メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

「世界」の価値

「限界のその先の力を使うのはキツい。だから、力をくれ… 手嶋さん!! 青八木さん!! 鏑木!! 小野田!! そして…鳴子!!」

 

「ジャージを背負ってここを走らせてもらってることに感謝してる だから競り勝つ!! 相手が誰であっても!! それがエースの価値だ!!」

 

――渡辺航弱虫ペダル』(509話)より

 

 


この度北海道における大きな地震にて被災された方、および台風23号で被災された方におかれましては、心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い再建をお祈り致します。
なお、この記事については、週刊少年チャンピオンにて連載中の漫画『弱虫ペダル』509話「エースの価値」について大荒れした挙句、意識されているか否かに問わず否応なく作者の倫理によって定義される漫画世界において存在するやもしれぬ倫理規定を呪い、世界の崩壊を希求する気持ちを抑えるために最適な、絶望的な感情に捕らわれた人間の気を紛らわせるパワー系パニック映画を紹介するだけの記事ですので、読まない方がいいです。

 

 

「エースの価値」を知った後のやり場のない感情を処理する為に四時間使っている。

とりあえず「レース自体が終わっていない」時点であの煽り文を付けた編集サイドの人間を極刑にして下さい。アレが侮辱でなくて何が侮辱なんですか、この世界に神はいないんですか?

 

週刊少年チャンピオンにて連載中の漫画『弱虫ペダル』において描かれるキャラクターたち個別の努力については、何も言うことがありません。あの漫画に描写されている時点で、努力していない存在、故に驕ったものというものはない。皆一様に真摯なんです。それだけは確か。

 

であればこそ、なんだアレは。

 

「勝利すべきキャラクターは居らず、ただ勝敗だけが存在する世界線」であれば、こうも読後感を処理する為に時間を費やすことはないだろう。

箱根インハイを描いていた頃の弱虫ペダルというのはそうであったと、少なくとも私は思おう。

私が弱虫ペダルという世界における「繰り返し」を知らない一年目の段階で起こる数々の事象は、まぁそういうこともあるな、凄い、こういうこともあるのかと、一重に感動の眼差しで見ていた。

 

オイ聞いてるか二年目の三日目におけるインターハイ展開、テメーだよ。

 

立ちはだかる危機、追い詰められるも「同じチームの仲間との間に築いた絆」を糧に立ち上がる総北メンバー、そして勝利。

一年目で描かれたそれにはまぁそういうこともあるかと納得した、それを、二年連続で繰り返されると、「作者による結論である」という納得によって蓋をされ得ない、ある感情、そして疑念が沸き起こる。

なに、この既定路線じみたそれは……と私は宙を仰ぎ、そしてこの漫画における世界観を疑い始める。


箱根インハイにおける心臓がポンプする山岳賞、各日程最終ゴールで繰り返し描かれてきた「ロードレースの世界において速度こそ全てであり、努力を出し切った以上それ以外の何物も介在し得ない」という価値観。

それを提起しつつも一年目の焼き直しを思わせる二年目の展開に私が透かして見たものというのは、「仲間同士協力することこそ正しい」すなわち「勝利」であり、「正しくない価値観は勝利しない」世界観なのではないかという疑いだ。

作者の意識の上にその意図がなかろうと、見たいものを見て見たくないものを見ないという制御は人間だれしも無意識に行うものだ。

 

前者(「ロードレースの世界において速度こそ全てであり、努力を出し切った以上それ以外の何物も介在し得ない」という価値観)のもと行われる展開が、二年目IH三日目のレースであるのならば十分に納得できただろう。

そこに存在するのはただ「勝敗のみ」であり、可能性は無限に広がっている。

 

しかし後者であれば、

仲間と協力し、仲間のことを思い、皆で連帯し揃ってジャージを届けるという「正しい価値観」に与えられるものが「最終的な、最も大きな勝利」といういわば「正しさ」の証明であり、そうでないものに正しさたる「最大の勝利」は決して付与されることがない、可能性すらを否定する規定の元に存在する世界観であるとすると?

 

極論言ってしまえば話の筋なんてもんは作者の勝手の領分でありそれを元手に云々する不平不満ばかりの「読者」という存在を介在させるべきではないと常々私は思いますが、その世界観の元にある世界に、私は何ら尊厳や価値を感じない。

 

という訳で今日も今日とて大荒れですが、ここで最近見た(ポスト)アポカリプス映画を紹介して気を静めたいと思います。

 

近々本業たる学生の領分にてビックイベント・公開処刑(ゴミを元手にした学外発表)を控えているため生存にも気がそぞろ、関係領域の記事を見るにつけ公開処刑時の弁明に使う資料もといゴミのゴミぶりが明らかになり、悲鳴を上げ頭を抱えながらネットフリックスで映画を見る日々を最近始めました、現状それなりに続いています。純度1000000%の現実逃避。

 

ここで今回紹介する(ポスト)アポカリプス映画について以下の通り定義したいと思います。

①大規模なパニックを扱う(パニック映画)
②開始時点で既に文明が壊滅している(ポストアポカリプス映画)
③劇中以降で収拾のつかない事態を予測させる

このいずれかを満たす映画作品を「(ポスト)アポカリプス映画」として、この記事での定義としたいと思います。

 

なお、映画紹介を行う人間についてですが、映画鑑賞については旅行同様まったくの素人、趣味と言って憚らない程精通している(またはしようとしている)意識は無く、水を片手に「ただ気さえ紛れれば何であろうと全く問題ない」という認識のもと現実逃避に映画鑑賞を行っている身なので、諸々ご容赦頂ければと思います。

 

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現実逃避に供されるゾンビ映画がやたら多いのではないかと思われるかもしれませんが、バイオハザード攻略本によって児童期における識字訓練と情操教育を済ませた人間は、ゾンビ映画を見ると親と誤認して見てしまう習性があるのです。

なお、蛇足ですが特に私の情緒育成に影響した攻略本は『バイオハザード』『バイオハザード アウトブレイク』『バイオハザード CODE:Veronica』の三冊でした。ヨーコの設定と零下のシナリオに過載されたロマンと夢は、私の青春時代に甚大な影響をもたらしたものでした。そして何より、あらゆる設定を盛ろうと結局最後、各位助からないエンドがある群像劇は至高。感染による味方の変貌もゾンビ映画の見どころであるところだなぁと感じます(この辺りの性癖はSIRENにおけるパロディを行う際の既存のキャラクターの屍人化に対する躊躇いの無さに続いている気がします)。

最後に、スティーブ・バーンサイドが再登場したら連絡下さい。

 

以下で各映画の簡単な紹介とネットフリックスにおける視聴の可否を記載していきますので、各位宜しければ参考にして下さい。いや、参考にしなくたっていい、ただ気がまぎれさえすればなんだって良いんだ。

 

AKIRA (1988) ネットフリックスで見れる!
1988年東京に新型爆弾が落とされ勃発した第三次世界大戦後の世界、暴走族のリーダーである金田は立ち入り禁止区域にて別件にて逃走中の小男を避け事故を起こした結果、軍に身柄を拘束された仲間の鉄雄を探しに行くが……
攻殻機動隊とか旧劇場版エヴァンゲリヲンの質感やあの時代の空気に強い性癖を感じる人間にオススメ。持っていかれる。

ただこちらの作品、舞台設定が「東京オリンピック」を控えた「2019年」の世界なので、平成末年(推定)に鑑賞するのもエモいんですが、2019年まで寝かせておくのも悪くない案かと思います。

 

インドオブザデッド(2013) ネットフリックスで見れる!
失恋した男と失職した男が二人の友人の男の出張にかこつけゴアに向かう!(原題Go Goa Gone) 失恋した男は向かった先のゴアで出会った美女に「離島でロシアンマフィアが開催するパーティーがある」と誘われるがままに離島に乗り込み、朝を迎えると……
開始十分で「月曜日は嫌だ」という内容の歌が流れるので最高。所々の台詞回しが非常にツイッター映えする内容でありツイッターで映画の画面キャプチャが流れて来たこともありましたね。内容としては私は所々中だるみするかなという感じなんですが全体的には面白かった。視聴後インターネットで他人の感想を見た所色々な事実が判明したので、映画が好きで色々知識がある人が見るとより面白い作品だと思う。知識がなくても楽しめるので是非。ババジキブッディー(ゾンビ走りません)

 

クローバーフィールド/HAKAISHA(2008) ネットフリックスで見れる!
主人公がマンハッタンの自宅?で昇進転勤パーティーをしているその時!マンハッタンに巨大怪獣が現れる!!
都市を謎の超巨大生物がパワーで破壊していく様を見たい人におすすめ、突如現れた災厄になすすべもない一般人が何とか生存目指して生きて行こうとする様に感動を覚えるタイプの情緒を持つ人間には百点満点の結末。『バイオハザード アウトブレイク』とかAA作品バイオモナードの民間人視点のストーリーとか好きだった人間にはハチャメチャに刺さる。

 

クローバーフィールド パラドックス(2018) ネットフリックスで見れる!
世界的なエネルギー不足のなか、打開策として期待される宇宙船における実験中に事故が起き……
クトゥルフ神話TRPG「火星より」を見ている最中に思い出したのはさて置き、21世紀の人間の新たな定番恐怖即死ステージは宇宙で決まり! ほら、真空だし……逃げられないじゃん……?(いや、前世紀から宇宙船パニックはまま存在していたのでは……?)

メインカメラは宇宙に据えられていますが、この映画世界における地球も地球で無事ではないので前作が好きな人も安心して見られます。一緒にエンディングロールに向かってなんだそれはとキレながら呆然としよう!

 

ジオストーム(2017) ネットフリックスで見られない
南米から帰国する時に視聴した映画、予告編の「彼氏も凍った……」が好きだったんですが、本編も期待通りの暴れぶり、世界中が衛星由来の異常気象でどったんばったんしている様はお金がかかってる感じがして中々面白かったです。エンディングは嫌い。

 

スウィングオブ・ザ・デッド(2012) ネットフリックスで見れる!
原題「BATTERY」、ゾンビパニックにより荒廃した世界で拠点を転々としつつ生き抜く元野球チームの中継ぎ投手と正捕手コンビだったが……。
ポストアポカリプス後の世界で淡々と生きる人間のロードムービー。是非全国のフジョシにはこの映画における設定をパロディした男同士の生き残り物語を語り聞かせてほしいんですけど、バトロワパロ以上に救いがゼロなのでそのつもりで見るといいと思います。暫く見たくない。(ゾンビ走りません)
※鑑賞後映画がトラウマになりそうだったので私は間髪入れず『インドオブザデッド』、一日置いてから『アタックオブザキラードーナツ』を鑑賞し、そこから『クローバーフィールド パラドックス』の資金のかかった美しい宇宙映像を見てようやく心が立ち直りました。ご参考までに。

 

ゾンビ・サファリパーク(2015)ネットフリックスで見れる!
ゾンビパニック収束後の世界、ゾンビパニックによるトラウマを残す主人公は克服の為、僅かに残ったゾンビを孤島に収容し、「狩猟」を楽しむリゾート施設に向かうが、案の定ジュラシックパーク現象が発生してしまう。
原題「RESORT」、クソふざけた邦題からは想像できない程設定が練られているのでわりと面白かったです。ラストシーンのゾンビ大脱走は必見。(ゾンビ走ります)

 

ドーンオブザデッド(2004) ネットフリックスで見れる!
突如発生したゾンビパニック、生存者たちはショッピングモールに立てこもる。
圧倒的なゾンビパワーを前に追い詰められていく生存者たちの一時の享楽的な生活が美しく描かれ高得点。行き詰まった状況における生存者たちの仲間割れが適度に状況の絶望にスパイスを加えていく様が芸術的です。ネットフリックスでは見られないんですが特典映像もゾンビパニックで人間生活がいかに変容していくかが生々しく描写されていて私はとても好きな作品です。ゾンビ走ります。

 

ワールド・ウォーZ(2013) ネットフリックスで見れる!
突如発生したゾンビパニック、主人公のジェリー(元国連)は家族を連れ混沌とする街を脱出、収容された海軍軍艦に愛する妻と子供を匿って貰うことを条件に、ゾンビパニックの発生源を探るべく、世界を股に掛ける!
主人公が強すぎて正直感じない。ゾンビよりアメリカにおけるヒスパニック系の移民家族描写やイェルサレム分離壁のことがめちゃめちゃ印象に残ったんですが、金がかかってるだけあって色々壮大な景色や突飛な映像を見られるのは良かった。「主人公がクソ強い」ということを念頭に置くと、そういうものとして楽しめるかもしれません。ゾンビ走ります。


今回の表には掲載しませんでしたが「デイライツ・エンド」(2016)というゾンビによるポストアポカリプス映画という分類に入りつつ実の所生存者たちの冗長な会話を執拗な顔のアップで演出するある意味SAN値が減る映画もあったのですが、8月31日をもってネットフリックスから消えたので、ここでの紹介は差し控えました。

TSUTAYAなどでもし見かけたら是非借りて見て下さい。ある意味色々なことを忘れられるかもしれません。

 

 

気が紛れきらなかったので話が冒頭に戻ってしまうのですが、しかし、作中における勝敗を始めとする事象について作者の倫理だとか云々に理由を求めると本当に救いようがないので、無理やりにでも作中に理由を求めた方が救いがあるなと私は荒れ始めて五時間でようやくその境地に至りました。

勝利によって自己肯定を得ていた御堂筋くんが、大いなる目的の為であれば目先の勝敗について拘らない、身体を保全するという方向に目が向いたのであれば、それはそれで一つの成長として考えることは可能なのではないか。

しかしいずれにせよ、そのように思わなくもないんですが、どうしたって描写が少ないので、こちらの都合がいいように考える他無い上、これから先の展開や、その「友情パワー」、そしてさらに二年目である以上これから先の物語において「御堂筋くん」という存在がどのように描写されるかにもよって荒れ方が変わるんですね。

その世界観において正しくない存在には勝利を付与しないという倫理規定が存在する可能性がある以上、これから先「御堂筋くん」という当初のキャラクター、いわば人格を一種の洗脳、もとい「浄化」、或いは「回心」のように扱われることがあるのではないか、原作がそうである以上、それ以外の「可能性」は存在しないと規定されることさえもあり得るのではないか。

それならもういっそ早く言ってくれ。「正しさ」の証明は最終的な、圧倒的勝利であって、作品世界において「正しくない」と判断されるものに「正しさ」の証明たる圧倒的勝利は存在しないと、

 

しかし、もしも実際に、作中世界において最強の第六元素は友誼であり、皆でジャージを届けるという団結が「正しい(勝者)」ものであって、そうでないものは「正しくない(敗者)」と倫理規定がされているのであれば、それはそれで一つの結論だとは思います。

その規定の外側にあるのが創作であり、考えることはどうしたって自由なのですし。

 

追記

書ききってからツイッターを見て改めて「決着がついたわけではないな」と極めて冷静になったので、七時間も苦しんでいないで広い視野を持って建設的なことをすべきだったなと思いました(不毛な反省)

 

追記(2)

 

しかし、もしも実際に、作中世界において最強の第六元素は友誼であり、皆でジャージを届けるという団結が「正しい(勝者)」ものであって、そうでないものは「正しくない(敗者)」と倫理規定がされているのであれば、それはそれで一つの結論だとは思います。(上述)

 

あれから一週間経って次なる作者のプロットをそれぞれの情報筋から伝聞致しましたが、どうやらこの記事で大荒れした案件がよっぽど真実味があるような気がしてきて……?

インターハイとかいう些細な勝敗より体が大事という判断であることがわかれば余程納得できるので、得てして作中でそのような詳細説明はないと思いますがせめてそのようであってくれと願っています。

その上で、一年目を読んだ時点でわたしが危惧していた、「彼、三年目のインターハイなんか出走したら死ぬまで走り続けるのでは……?」という懸念は少なからず放逐されたかなと思いました。

 

しかし何なんでしょうね現時点の友情ぱわわの大勝利プロット

 

滅びよ。

いま(下痢で)負けそうで泣きそうで消えてしまいそうなぼくは市販薬を信じるべきではない。救いは処方箋にのみ求めるべきである。

 

実はこのブログ、いわくつきである。

日頃私は健康な生活を送っている、というより、頑健にかまけ不健康な暮らしを送りつつ、怠惰ながら健康を享受しているのだが、年に一度あるかないか程度の確率で大きく体調を崩すことがある。

その直前に、不思議とブログを更新していることが多いのだ。

ブログは体調不良の始まりなのか、体調不良の兆しが私に回顧録に走らせるのか、卵が先か鶏が先かは定かではない。

 

しかし確かにそういえば、カンボジア回顧録を血涙を流しながら夜明けまで書き上げた時は、その後見事発熱し一週間寝込んだ。そして先のイギリス留学の回顧録から間を置かず、二周年記事を書き上げた翌日にも見事発熱し、その余波はファーストインパクト(発熱)から一週間たちつつある今日まで続いている。

 

一般に、多くの人々の通院の決め手というのは熱の有無だろう、下痢や腹痛程度では通院を様子見する人間は多い。

しかし、これはあくまで、骨格から健康優良児、持病無し、花粉症を含むアレルギー症状今の所なし、エアコンとカロリーを目当てに献血ルームに入れば忽ち400ml血を抜かれ、けんけつちゃんの耳へと吸い取られる者の主観によるが、腸による反乱が発生してしまった腹痛と下痢を抱える人体というのは、存在しているだけで尋常ではない体力を消費する。

 

確かに、熱は危ない。かのサカリョも近江屋事件の折、のうがやられてはあかんと言ったとか言わないとか聞いたことがあるし、頭は大事なんでしょう。

ちなみに、私の幕末日本イメージは銀魂(~吉原炎上編)とFate/Grand Orderの期間限定イベント・「ぐだぐだ明治維新」および「ぐだぐだ帝都聖杯奇譚」によって構成されている。

ここまで思って気付いたんですけど、およそ史実はないですね? 特に後者の後者の方の例示、オープニングにバッチリ書いてありますが舞台は「1945」、幕末要素はキャラクターだけです。

それにしても、旅行で伏見とか何回か行ってるので、少なからず複数回、それ関係の展示とか酒蔵で見てると思うんですけど、体系的知識が全く頭の中に入っていない。興味関心ゼロかよ。ゼロなんでしょう。

ついでに私あの辺の時代についてあんまり教育を受けた覚えがないのもあって、時系列による体系的知識は勿論、偉人の名前とかその辺の基礎知識もちょっと怪しい所がある。しかし興味がないから忘れた可能性も無きにしも非ずなんですよね。卵が先か鶏が先か(二度目)。

 

それはさて置き、特に発熱慣れしていない人間が突如発熱をすると、突拍子も無い行動に出るのは確かだ。

カンボジア回顧録をしたためた日の夜、激しい悪寒に目を覚ました私がまず取った行動は、しまう場所を決めきれず床の上に乱雑に詰み上がった荷物*1の只中に埋もれていた御朱印帳を取り出し、部屋の一番高い棚の上に置いて必死に拝んだ。

ちなみに、平時の私は日頃観光でもなければ神社に通う習慣はなく、神社の御守り等はデザイン重視の購入である。

ブログ開設二年目に関する記事を書き上げた翌日の夜、激しい悪寒に目を覚ました私は、何故か真っ先に「熱中症」の症状を疑った。なお、発熱している人間の行動に論理性を求めてはいけない。

そして、内部でゲル状の「うずき」や「痛み」がチャプチャプしているような状態の頭蓋骨を抱えながら洗面所へ向かうと、水道に口をつけ水道水をガブ飲みした。

 

どこで拾って来たのか定かではない信心を突如として発揮し御朱印帳に手を合わせる私も、頭痛を抱えながら真剣に水道水をゴクゴク飲む私も、「発熱」という現象に一切思い至らず、「解熱剤」や「頭痛薬」、「冷えピタ」といった文明の利器のことなど、歯牙にもかけなかった。

特に前者の一心不乱に御朱印帳に手を合わせ発熱に思い至らない行動、我ながらなんか時代錯誤感あって頭おかしいですね。いつの時代からタイムスリップしてきたの?

 

さて、先のブログ二年目に関する記事を更新した折の発熱は、試験十割の講義の試験を控えたその日に発熱したカンボジア回顧録の時のものと違い、一日で下がった。残ったのは腹の鈍痛と下痢である。

当初私は、その腹痛と下痢を舐めていた。「それがどうした」と。こちとら食あたり高山病下痢頭痛酸欠コンボの記録保持者であると。諸々あるにしても少なからず「清潔さ」においてはまごうこと無き先進国であるこの日本国で消毒された食品に、南米に耐えたこの腸のリズムを乱せるものか、恥を知れ恥を(誰に向かった言葉だこれは、お前が恥を知れ)。

日頃多少頑丈な奴って、こういう所があるので嫌ですよね、あとお前は南米のことを引き合いに出し過ぎ。確かに地球の裏側で通用した事実って、なんだか妙な自信につながりますけどね、過去の話なので控えて下さい。

そして頑丈な皆さん、発熱後には気を付けて、御身を労わって下さい。とにかく発熱時絶食状態だった所に、いきなりただの米を掻っ込むのはNG。熱が下がれば飯さえ食えばあとは寝て回復するだろうなんて愚かな考えは捨てましょう。それで治る(治る?)のはティーンまで。後は下痢をして消化器の違和感からの食欲不振(食べたいけど食べたくない)コンボの苦しみを喰らうだけです。

 

そう、皆さん通院のバロメーターとして「熱」を何かと重視なさると思いますし、熱が下がればああ落ち着いたと一安心、通勤通学も可能かなって感じになると思うのですが、熱が下がってからも対応も肝心です。何なら熱よりも更なる苦しみが生まれます。

この更なる苦しみというのが、先程から連発している腹痛と下痢であることは言うまでもないでしょう。

 

腹痛と下痢を併発した人間は、息をするだけで疲弊する。

消化器の違和感と膨張した感覚、しかし腹痛、下痢の度にトイレに立つと腹部に鈍痛が走る。しかし、それでも、熱が下がっていると一番苦しいのは、「空腹」だ。

耐えがたい空腹。高山病でも味わったあの感覚である。食べたい。何かを食べたい。しかし食べられないのだ。食べた所でそれは腹痛の元になり、果ては下痢の材料になる。食べた所で辛い、食べずとも辛い。熱は下がっており確かに快方に向かっているんでしょう、だからこそ発熱時のように意識を失うことも出来ず、睡眠不足が重なる。人間体調不良になると眠れなくなるんですね? なんですかこのバグ、たまげたなぁ。

 

愚かなことに成人する程度に人生を積んだにも関わらず、「腹痛と下痢だけならまぁ外出も出来ましょう」と思っていた私は、解熱して二日後にちょっと野暮用があって出かけたんですけど、昼食ついでに正露丸を飲みながら、「別に腹は痛くないし漏らしそうってこともないけど、いったいなんだろうこの脂汗は」と、どこからともなく垂れてくる嫌な感じにべたつくその汗を、心底不思議に思っていました。

それはまごうことなき「火事場の馬鹿力」だったと、自宅に戻ってから叫び出す程ではない、しかし無言で耐えられるほどのものでもない、地味な腹痛にもんどりうち、無意味にウ゛~(CV:野中藍大塚明夫)と唸りながら、あの「不思議な脂汗」を思い出し、私は後悔していた。

海外や屋外であれば耐えられるというのは「火事場の馬鹿力」でしかなく、普通それは、殊に日頃健康体を享受し不健康に慣れていないユーザーには、耐えがたい苦痛なのだ。

海外や屋外で倒れてしまうというのは、もう本当に本当の異常事態であって、だからこそ救急車も出動するのである。

 

あと、先程もちょっと触れたんですが、唐突に不健康になると人間、何故か眠れなくなるようです。なんでかは知らないんですけど、まとまった時間眠れなくなる。二時間置きに目を覚ます。発熱している間は気絶が出来るので良いんですけど、熱が下がって腹の痛みに耐えながら眠ろうとしても、気絶が出来ないのでどうしようもない。

これはもうやっていられないと、処方箋を貰うために腹痛(二日目)を抱え決死の想いで外出し、初診料を支払っても、飲んだ処方箋に決して即効性がある訳ではない。しかし頑丈を自負する身体は、以前インフルエンザを罹患するも薬を飲みひと眠りした結果、半日でインフルエンザから体の主導権を奪い返した記憶のまま思い込みで動くので、本当によくないんですね。

 

そしてさらに時間が経過し、熱が下がって処方箋を貰って、それでもなんでこの気怠さが抜けないんだろうと心底不思議に思いながら、ツイッターで見たチョコラBB紹介画像を見てチョコラBBハイパーを購入、ラベルには小さな文字で次の記載

 

「以下の症状がある方は服用を避けて下さい:下痢」

 

Ηλι ηλι λεμα σαβαχθανι.――『マルコによる福音書』15章34節より。

(空を仰ぎながら、心もとない腸よりか細く呟く声はさながら磔刑に処されるキリストのような)

 

不注意から結局410円払ってしまったので仕方なく液状便の悪夢にうなされながら一滴ずつという調子で舌の上に乗せていたら、幸いにも液状便から霧状便にグレードアップすることなく、チョコラBBハイパーをドーピングしたその日の日没辺りから身体の主導権が不調から我が手に戻って来た感じになりました。ありがとうエーザイ、ありがとう処方箋。

 

 

そして以下では、今後発熱・腹痛・下痢の三コンボを再びたたき出してしまったときの為に、発熱慣れしていないにも関わらず発熱した脳でもわかりやすく理解できるよう、私の為の簡単な対応策を備忘していきたいと思います。

ついでに食あたり下痢コンボについての備忘もしたいと思いますが、全て私の経験を基準に書かれているので正直私ではない人に向けては参考にはならないと思います。

皆さんは皆さんで各自対症チャートを作成していって頂くのが一番いいかなと思う次第です。

 

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拝啓 未来の私へ

 

このエントリーのこの部分を読んでいるということは、どこで何をしているのかはともかく、あなたは短期的に、全く幸せではない体調不良に見舞われているということでしょう。

以下にこれまで見舞われた症状とその対策をまとめますので、是非参考にしてください。

 

・悪寒で目が覚めた!どうしよう あとなんか頭も痛いかもしれない。

→十中八九「発熱」をしています。「体温計」と「冷えピタ」を持ってきてください。なお、わたしの住居が今後の発熱時も変わっていない場合、体温計の電池は昨日(2018年8月22日)切れ、2018年8月23日現在取り替えず放置していることをここにお詫びします。

 

・熱は下がったけど眠れない!つらい

→不健康な状態だと眠るのも難しいみたいです。私も今回初めて体感しました。諦めて頑張って下さい。

 

・熱が下がったしお腹が減った、ごはんが食べたい。

→駄目です。発熱に伴う絶食により、あなたの消化器はなんだかつらい状態にあると思って下さい。お粥がウィダーインゼリーにしましょう。何なら一日くらい絶食した方がいいかもしれません。なお「脂っこいもの」「柑橘類」を取るとその後の腹痛下痢コンボを誘発するのでいけません。多分今回の私は熱冷め早々にバリバリ柑橘類を取ったのが決定的な悪手だったんだと思います。私の失敗を生かして下さい。

 

・お腹が痛いけどお腹が減った、ごはんが食べたい。

→そういえば高山病の時はチョコレートを食べましたけど、多分消化にあんまり良くないんじゃないかなと思います。チョコレートを溶かして食べたいなぁと思ったら、消化にいいかどうか取り敢えず調べてみて下さい。とにかく、消化にいいものを選んで食べて下さい。あと食欲があるうちに病院行って下さい。薬を飲むのが辛くなるので。

 

・下痢

→明らかに体調不良と分かる時に正露丸とストッパで対処しようとするのは現状維持の一手でしかないのでやめてください。

あとあなた食あたりの時も下痢止めでなんとかしようとしましたね? それで発熱に至ったことを思い出し、ストッパを過信するのを止めて下さい。

下痢の場合ケースによって出すか止めるかが分かれます。

 

(1)何か食べた心当たりがある 或いは ペルーで何か食べた

この場合は出した方がいいです。以前食あたりで発熱まで行ったときは、同行者が持っていた強烈な下剤で事なきを得ましたね? なんかあんな感じの薬を探して飲みましょう。そこがペルーでないのなら、病院に行って処方箋を出して貰うのが一番いいです。

 

(2)特に心当たりがない

この場合は私もよくわかりません。熱が冷めた翌日にめちゃめちゃ飯食ったか、感染性胃腸炎かもしれないとなんか医者は言ってました。とりあえず医者に行って処方箋を貰って下さい。突如腹痛だけが降って来るケースは兎も角、元より体調不良がある場合、静観しても、事態が良くなったことはあまりないです。

 

・熱が下がって処方箋を貰ったのに、身体がだるい

→栄養ドリンクを一滴ずつ飲んでください。アクエリアスポカリスエットに溶かしても良いと思います。なお栄養ドリンクを購入する前に、「下痢でも飲んでいいかどうか」を主眼にチェックして下さい。今回は結果的に別に飲んでも良かったみたいなんですけど、まぁ確認したところで罰は当たらないでしょう。

 

《番外編》

・爪先を出すスリッパを履きながら歩いていたらホテルの段差に激突、ボリビアのクソ田舎で爪を割ってしまった! いたい。

→まずネットで「爪 割れた」で検索するのを止めましょう。どのサイトも「清潔な布でくるんで病院に」と締めくくるので、ボリビアのド田舎、ウユニ塩湖の畔にいる我が身を顧みて腹が立ちます。次に飲み水、ミネラルウォーターですすいで下さい。水道水につかるとか、それが嫌だから洗わないとかよりマシです。最後にマスキングテープで補綴して下さい。帰国までその状態を維持したまま、シャワーに入る時は当該部位にホテルのアメニティで着いてるシャンプーハットとかを巻いて水に触れないようにしましょう。なお、バンドエイドは爪がテープに貼り付いて痛いらしいので、それを使うときは程々に覚悟をした方がいいです。

 

 

敬具

*1:整理整頓が行動様式に入っていない人間の生活空間にはしばしば「しまう場所を見つけられずとりあえず目につくところに置いた荷物」による小規模から中規模の塚が発生する。

二年

 

このブログを開設して最初のエントリー「旅行とは何か」が投稿されたのが、2016年7月16日。

件名「「メーデー!」を解説して一年が経ちました」という推定お祝いメールがはてなブログから届いたのが、2017年7月13日。

これらの日付から推定すると、恐らくこのブログを開設してから、そろそろ二年と一ヵ月が経過している頃ではないかと思う。

一年目ははてなブログからの連絡によって時間経過を知ったので、二年目もそういうメールが来ればそういうことなんだろうと思っていた。

まぁ二人にとっての「初めての記念日」っていうと、凄い重要めいて聞こえるけど、これが「二回目」「三回目」となると、ありがたみもなかなか薄れてくる気持ちはわかる。

幼児の生存率が低かった昔はいざ知らず、衛生環境や医療、保健制度の整った現代社会じゃあ、誕生日だって有難いのはせいぜい十八歳になった時くらいだろう(個人の感想です)。

これがニ十歳の誕生日になれば参政権が解禁される一方、国からのこちらへの直接課税も解禁されるもんだから、手放しに有難いかと言われると、正直微妙なところである(個人の感想です)。ただ、今時は十八にもなると、参政権と一緒に国からの直接課税も解禁されるそうで、あんまり有り難くないですね(個人の感想です)。

 

ブログ開設一年目の区切りの記事から身辺の状況が変化したかと言われると、そうでもない。

少なくともブログ開設時点から一年目までの間と比べると、そう大した変化はない。

住まいも変えていないし、進路も既定路線。研究分野も今の所変更はない。

現時点の分野に如実な行き詰まりは感じてこそいるものの、ブログ開設時から一年目までの区切りと比肩する程の大きな方向性の転換を見せるつもりはあんまりない、予定は未定ではあるが。

また、職を変更する予定はあるが、今の所は変わっていない。

辞意表明をしながら「ここまで」と決めた区切りまでの決着がつかず、また区切りついでにと新たな類似の業務を増やされなどしつつ、二、三か月ずるずる延長戦が続いている状態である。この現在の局面は、ソフトボールの試合で言う延長九回裏といったところにあると信じたい。

 

弊ブログでの主要な話題として一応設定している旅行に限れば、昨年もまぁそれなりに旅行に行き、中でも京都を頻繁に訪れた。しかしこれは来訪目的が旅行であるかと問われれば、半ばその通りであるものの、もしも当時旅行目的かと聞かれれば、私は「違う」と答えただろう。

というのも、進学を機に、京都で一時「学生さん」としての身分を得ようという不純な動機あっての、準備段階としての上京だった。

まぁ順当に失敗し、ゆかいな穢土ぐらしが続いている。

 

さて、先述の通り弊ブログは主要な話題として「旅行」を一応設定している。

何らかのグループに所属している訳ではなく、あくまでただの自己申告だが、更新サイドでは一応そのつもりである。

ブログタイトルの横に表示されている簡便な紹介文にも、「旅行関係の備忘録」と記載がある。

その他趣味の一つである同人活動におけるダークマターが記事の全体を暗く包んでいようと、一応メインは旅行の話の筈なのだ。

 

しかし、改めて見返すと全体的に同人暗黒日記の感が強い。

旅行に関するとはいえ、これらの記事はすべてパーソナルな備忘録なので、別にだからといってどうということもないが、折角なのでシンプルかつ明快に、話題とした旅行先別にカテゴリで分けてみることにした。

もしこの個人的な備忘録も、枯れ木も山の賑わいということで旅行前の参考、或いは旅行後の感傷に用いたいとの奇特な方がいらっしゃいましたら、二年目にして新設したカテゴリによる区分を参考にして頂ければと思う。

旅行についての言及がない記事についてはカテゴリ分けをしていないものもあるが、いずれ何かしらのカテゴリを作ろうとは思っている。

予定は未定であるし、一年前の記事で記録しようと心にとめた台湾に関する記事についても、未だ一文字も書いていない状態ではあるが。

 

なお、このようにカテゴリ機能を用いて、書いてしまえばあとは野となれ山となれといった様相を呈していた暗黒記事たちを整理区分した所で、記事全体自体が腐女子による同人暗黒日記~零細文字書き同人活動編~の感は拭えない。

ついては、開設二年目の区切りついでに、以下でこれまでのブログ記事の「旅行的な内容」について、簡単に紹介をしようと思う。

 

「人類は思い出すべきである。金の他に価値あるものが確かに存在することを、無償のものなど何も存在し得ないことを。」(2016-7-24)

同人暗黒日記である。当時界隈では一部アカウントがインフルエンサーとなり893パロが流行しており、関西開催のイベントで各アカウントが各々オフ会でスケブしてもらっただの、個人的に作成した同人誌(つまり頒布物ではない、非売品である!)をアカウント間で交換しただの、タイムラインは各位の同人活動で賑わい、精神的な四肢を捥がれた私はもんどりうって苦しんでいた。

読み方によってはカンボジア旅行の個人的な回想と読むことも出来るので、まぁそのように見て頂ければいい。

 

「しかし神も人も査証申請の前では皆等しく無力だ」(2016-8-8)

トランジットでロシアを通過する際にも必要な「ロシア入国ビザ」の作成方法に関する備忘録。

 

「10年後の安定」(2016-11-8)

高レベル放射性廃棄物を半永久的に地中に埋める最終処分場・オンカロ(Onkalo)を擁するオルキルオト原子力発電所を訪れたときの個人的な回顧録、及びヘルシンキからオルキルオト原子力発電所の所在するエウラヨキ(Eurajoki)を訪問する経路についての備忘録。

 

「それでもムーミン谷博物館は廻り続ける」(2017-3-6)

タンペレムーミン谷博物館ヘルシンキから訪問する経路についての備忘録だったが、当該博物館は2017年4月に、記事中で経路を説明した場所からタンペレホールへ移転した。

(参考:ムーミン美術館(フィンランド) - ムーミン公式サイト

 

「ほんとの愛はここにある?」(2017-6-15)

ヘルシンキで「コティハルユサウナ」に行ったときの個人的な回顧録。一応フィンランドのサウナ実録ではある。

 

「マカオ「寝言を言うな、目を覚ませ」」(2017-10-28)

同人暗黒日記である。記事内にあるが、当時私は絵師に表紙絵を依頼するかしないかの瀬戸際にあった。

私は個人的に十年以上二次創作(小説)をインターネットで公開しているが、しかし他人に自作の小説を基にイメージイラストを描いて貰ったという類の経験はない一方で、「〇〇さんの小説を元にイメージイラストを描いてみました!」という投稿は結構な数を目にしている。

殊に小説二次創作を行っている人間というものは、およそ反響がないし、反響に飢えていることがままあるのだが、同人界隈において好かれない小説形態の己が二次創作物を読まれるか読まれないかを決める、とまでは言い難いが、作品に対する反響力を決めるのは、コミュ力であると断言できる。

話がそれたが、とにかく「私には小説を元に描いて貰うイメージイラストに長いこと屈折した憧れがあった」ということを前提に見て頂けると、前半の暗黒同人ぶりに少しでも臨場感が出るのではないかと思うが、こういった苦悶の類は理解してもらおうと思って表現するのではなく、そうしなければ精神のどこかしらに異常をきたすから表現するのであって、「その苦しみ、わかる!」というその言葉さえ癇に障ることも無きにしもあらずなので、あまり触れない方がいい。

そうだ世の中のコミュ力アカウントよ、或いは安易に人の苦しみに言葉を投げかける有象無象よ、知っているか。

そもそも「話しかけること」は、他者のスペースへの侵害行為だ。「話しかけなければ始まらない」というのは半ば真理であるが、半分は間違っている。話しかけることでより悪い方向へ転がることはままあるのだ。

苦しみもんどりうつ他者に安易な同意や同情をくれてやるのは勝手だが、望んだような反応がないからといって、「同情してやったのに」という怒りは土台間違いなのだ。

お前がしたくてしている自慰に、何故こちらが慰み者にされ、あまつさえ「大人しく慰み者にならなかったから」と逆上される謂れがあるか、無いだろう。

 

旅行的内容の紹介の筈が暗黒同人日記が再来しているが、当該記事の旅行の要素としては「香港からマカオへの行き方」「マカオ領域内では案外英語全然通じない」「バスの乗り方」という内容があるので、この内容に用のある方は「映画クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険」の画像あたりまでスクロールすると良い感じに見られると思います。

 

「界隈での交流/zero零細文字書きが一時の気の迷いと「同人誌さえ頒布すれば自分だって」というような思い込みでサークル参加するぐらいだったらその分貯金して南米にいった方がいい」(2018-4-13)

暗黒同人日記。内容として暗黒同人日記パートと旅行の備忘録・回顧録パートにより関連性があり、洗練された形態であると言うことが出来るのではないでしょうか(個人の感想です)。

なお、上述記事における個人的なイチオシ情報は「高山病対策」です。

 

「アフターに縁がない、たぶん嫌われている。」(2018-8-5)

多少同人暗黒日記要素がありますが、上述と比較するとだいぶマイルドなので表記としては「同人グレー日記」くらいでいいと思います。

旅行パートは香港でアフタヌーンティに失敗しハイティーを頂いた回顧録兼関連する備忘録。

 

「も~っと!存在の耐えられない軽さ」(2018-8-13)

喪女暗黒日記(New!)

キングストン・アポン・ハルの回顧録及び数年前における当地の個人的な旅行情報、およびハルからの脱出情報もといイギリス国内での鉄道移動に関する回顧に近い備忘録。

 

も~っと!存在の耐えられない軽さ

 

このところ深夜一時半から寝る支度を始め、深夜二時半に布団に入り、それから無意味にスマートフォンを弄って眠れなくなった結果、深夜三時半から午前四時半頃の間、眠れる訳でもなく布団に横たわり、時折スマホ衝動に耐えられずスマホを弄るも、水着イベの周回をするにもクラス相性を間違えてバトルスタートするなど頭はほぼ眠っている状態で、およそ生産性の無い時間を過ごすのが恒例になっている。

かつては深夜一時を越えると「もう十分に深夜だ」と一人ワクワクしていたが、爛れた生活リズムをずるずると続けてしまった今となっては、深夜三時にもならないと「もうそろそろ眠らないと」という焦燥感が生まれない。深夜三時なんて、特に夏場では、「深夜」という冠を付けることも若干躊躇われる午前四時と一時間しか変わらないのに……。

 

こうして無意味に布団に転がる虚無タイム中、ふと「存在の耐えられない軽さ」というフレーズだか何かが頭をよぎった。

どこかで聞いたことのあるフレーズだ。

テレビ番組だったかnoteの投稿記事か、或いは他人のツイートか。

スマホの衝動にかられスマホを起動し、ブルーライトの波を浴びながら検索したところ、「存在の耐えられない軽さ」というのは、「本およびそれを原作にした映画のタイトル」だとわかった。

そういえば昔、そんな感じのタイトルの小説を図書館で借り、結局持ち歩くだけ持ち歩いてハードカバーサイズのダンベルとして存分に活用した後、本として読まずに返却した覚えがある。

そのことまでもを思い出してしまうともう改めて借りる気力も生まれない私は、惰性のままに検索を続け、Wikipediaに記載されているストーリーを見た。

 

「冷戦下のチェコスロヴァキアを舞台に、1968年に起こったプラハの春を題材にした恋愛小説である。」(「存在の耐えられない軽さ」Wikipediaより 最終確認日2018/8/13)

 

概要の二行目で、私はおおよそのストーリーラインを把握した。

ここにおける「存在」とは、恐らく「個人の存在」のことであり、たぶんこれは、命が軽い感じのことを主題として取り扱ったストーリーだろう。

だいたいあの時代の共産圏を舞台にしたストーリーにおいて、個人なんか羽毛よりも軽いと思ってまず間違いない。

なお、私個人の冷戦期共産圏のイメージは『動物農場』や『1964』、そしてきょーじゅちゃんがイキイキと語り聞かせてくれる、朝鮮戦争参戦時中国共産党が取った人海戦術の逸話、というのは、アメリカサイドの性能の良い銃器に対抗し、中華人民共和国サイドは膨大な兵士を雲霞のごとく排出。人民による長城を形成することで弾切れや銃器の打ち手の精神摩耗を狙い、その間隙を縫って突撃し前線を釜山まで押し戻したとかなんとか、そういったもので構成されている。

そういえばこれ関係ない話なんですけど、『死のロングウォーク』のスクラム、『動物農場』の馬に似てない? スクラムの咳シーンで、私は毎回あの馬の顔を思い出していました。

というか、聞く話によると死のロングウォーク、映画化されるらしいんですが、ところであの「こんにちは臓物」シーンはどう映像化していくんでしょう。

あそこ、個人的にかなり印象的なシーンなのでここは存分にモツをピュッピュしてほしいんですけどそんなことしたら人は死にますし、日頃ゴア描写のある映画とか見ないんでわかんないんですけど、最近のCGなら、文章を基に私の脳裏に発生した鮮やかなモツの映像も再現可能なんでしょうか。

それにしても、ここはやはり、フレームアウトとかで妥協しないでほしいですね。フレームアウトするぐらいなら、バラエティ番組のキラキラエフェクトの方がまだマシ。イってQの牛乳マラソン祭り回みたいな。

 

と、いうところまで徒然に思いを巡らせながら、より詳細が描かれている存在の耐えられない軽さ(映画版)のウィキペディア記事を見たら、なんか色々違いました。(2018年8月13日現在)そもそも小説版Wikipediaにも「恋愛小説」って書かれてるし、主題はまぁ普通に恋愛らしい。

実際のところ小説も映画も何一つまともに見ていないので詳しい所は何もわかりませんが、恋愛というか、「恋人関係」という関係性について、パートナーとの間で解釈違いが起きたみたいな感じの話、みたいです。

それならまぁ、わかる。それもまた存在の耐えられない軽さの一つだよね、みたいな。自分にとっての唯一に無碍に扱われる気持ちってどう? 実体験として(そもそもそういった唯一パートナーの存在が居たことが)無いので想像力をたくましくするしかないが、便利な言葉ながらまぁ、筆舌に尽くしがたいものではないかと心中お察しする。海外で各々のパートナーに連絡している私の同行者らを思い出すと、特にそう思う。

 

一例、九份から市内に戻り昼食、暫く名前も思い出せない淡水河のほとりで道に迷い、それから二二八博物館に渡り、夜にはいるころには完全に疲弊し歩く死体と化していた私に、同行者の存在を勘定に入れていないという点で百と言わず五百の非があるにせよ、付き合って三か月目の彼氏とSNSでそれをネタに盛り上がるのは止めてほしいし、私はその彼氏のアカウントを閲覧用リストに無許可で入れていたので、普通にその愚痴大会見える、見えている。見えていた。

交際して三か月目の彼女の為にいかにその同行者が「世間の基準」から見るとクソかについて弁舌を振るうのはやめようね彼氏。気持ちはわかるけど、至らないながらこっちも人間だからね。ま、お前は見てるの知らないんだろうけどな。

というかそもそも、これって私が1000%悪いにせよ、今ここにいる私と同行者の問題であって、ここにいないお前が干渉する権利ってどこにもなくない? これが通じないのが彼氏もといパートナーという最恵国待遇の存在なんだろうなというのは、薄々勘付いている。なんだ急に強権を振りかざして、ポッと出のオメーと同行者の付き合いより私の方が二倍近く年数あるぞ。それが意味を成さないのも、パートナーという最恵国待遇なんでしょう。むなしくなってきたので次に移ります。

 

二例目、元カレなんだか今カレなんだか不明な相手からのプレゼントだったリュックサックを当て所なく彷徨ったヘルシンキのバーに置き忘れてしまったまでは兎も角、それで市内Wi-Fiで何とかそのパートナーなんだか何なんだかわからない相手と通話し、電話口でなんだか修羅場に発展してそうな会話が聞こえてしまうのも出来ればやめてほしい。

ここにいるのは私とあなたで、いくら最恵国待遇のパートナーといえど物理的距離がどれほどありますか。それ、今報告する必要ありますか。一例目の事例:台湾は兎も角、今回フィンランドですよ。時差がどれほどありますか。ちゅうか絶対暫くはバレないって、ダイジョブダイジョブ……(同行者の耳に届かない心の叫びだったもの)

殊に現代の電子化社会において物理的障壁を越えてくる、それがパートナーという存在なんでしょうか。

 

三例目、地球の裏側から帰って来た時に今の彼氏と空港で合流するのも別にやめてほしいっていう権利はこちらにはありませんし、それを見るのも嫌ならもっと手前でさよならしてろって話なので、別に結構なんですけど、なんというかこう、無常を感じる。

空港以前から同行者は事あるごとに彼氏と通話してましたけど、私と話してる時とCVが違うことから始まり、あぁ違う女がここにはいるなぁという認識が起こる。今ここにいる彼女が、目の前でここではない場所に行くのだ。聖なる谷で通話をする同行者の心はパートナーと共にあり、私は一人で聖なる谷の修道院を改装したホテルの広いベッドの上に、腹痛と一緒に身体を埋めている。

とはいえ旅程も後半になって来ると段々慣れ、また彼女は彼氏に私の動向含め報告するタイプの通話の仕方をしていたので、なんだかこちらも微笑ましく見守ってしまいましたけど、実際空港で彼氏と握手をする彼女を見ているとなんだかこう、灯台に向けて入港していく船を見送る流木みたいな気持ちになる。

 

であれば端から一人で行けよという話ですが、一人で行くにせよ、深夜のバスターミナルで再開を約束し別れを惜しむ人々や、旅の疲れを癒すように座り肩を寄せ合う人々の中に放り込まれる結果になるので大して差はない。行く世間に人々がいる限り、人はそこに無常を見、己の孤独を知るのである。

 

物心がついたころに妹が生まれるや否や、オリンピック出場も夢ではない懇親の赤ちゃん返りを見せ母乳を所望したミスチャイルドはすくすく育ち、人間関係について特段悩むことなく、驚くことにつまはじきにされる経験もなく、周囲の人間と環境に恵まれまぁ大体の人間と友好的に、しかし長期にわたって育むような交流や旧交もなく、またこちらが一方的に旧交と思い込めど、思い込む程の何かがある訳でもなく、誰から見ても概ね代替の効く存在として、時空を超えてくるような干渉力を持つパートナーだとか親友だとか幼馴染だとか何だとか、何らかの「かけがえのない」「唯一」的なものを持たない軽さに馴染み、異国でパスポートを窓から投げ捨てるような動作をすることにハマった。

それがおよそ狂人の行動であることは確かだが、生まれてこの方内向的、小中高6・3・3の教育課程を教室の隅でノートにらくがきんちょ、そうでなければ図書館の本を借りて読み、時に活字中毒を喧伝するようなタイプのヒトが、突如自分の生活領域から急激に離れると得てして狂うものだから仕方がない。私がエビデンス

 

という訳で異国でパスポートを窓の外に投げ捨てるごっこをして遊んでいた頃の備忘録です。

日頃から情報の正確さについては保証できませんが、記憶自体が新しくはないので、より一層保証できないエントリーになります。ご了承下さい。

 

私の「異国でパスポート窓の外に投げ捨てるごっこ」は数年前、イギリスでの短期語学留学がはじまりでした。

ちなみに一口に「留学」といっても「短期語学留学」というのは、私の知る限り短くて一週間スタートのものからあるので、学部生の皆さんは「アイツは留学に行ったから英語が出来る」というような目で見るのは止めてあげてください。

短期語学留学に行って海外により関心を持つ・より長期の留学への前哨戦とするというパターンは見たことがありますが、単発で短期語学留学から帰ってきて英語が上手い奴は、元々英語が喋れる奴です。

 

このエントリーでは特に、私が希望収容されたイングランドの果て(偏見)、キングストン・アポン・ハル(Kingston upon Hull)における数年前の観光案内と、そこからの脱出法をご紹介したいと思います。現在のハルの観光情報については各自、トリップアドバイザーなどの情報サイトを見て下さい。

なお、参考までに最近のハルの観光情報をトリップアドバイザーで確認したところ、「Escape Room Hull」という脱出ゲームが人気一位らしいです(2018年8月13日現在)

 

キングストン・アポン・ハルはイギリス東海岸に位置するシティであり、イングランドヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー地域の、イースト・ライディング・オブ・ヨークシャーという自治体に所属しているそうです。(Wikipedia調べ、2018年8月13日時点)

出所は定かではないものの、諸々あって前述のキングストン・アポン・ハルに所在するハル大学(Hull University)へ短期語学留学と相成った時、調整をして下さった現地側担当者の人によると「今!留学生に人気のイギリスの大学ランキング(2014年時点)」でハル大学は見事ワースト二位、理由は「名前がダサイ」「なんかパッとしない」というものらしいが、まぁ気を落とさないでねという感じのお話を頂きました。

 

ハルの市街中心部にある「ハル駅(Hull Station)」は、ロンドンはキングスクロス駅(King's Cross station)からヨーク(York)まで乗り(四時間)、ヨークで乗り換えてさらに列車で三時間程度揺られたところにある終着駅なので、ヨークでの乗り換えさえしてしまえばあとは安心して乗っていられます。ハルが近づいてくると、日中であればたいてい、車窓からハンバー橋という長さ世界第二位のつり橋を見ることが出来ます。なお、一位は明石海峡大橋です。

最寄りの空港はハンバーサイド空港(Humberside Airport)ですが、ここからはたぶん車しか移動手段がないんじゃないかと思います。空港からは第三帝国時代における非アーリア人に対するSSを思わせる愛想を蹴散らしたような態度の某旅行会社所属添乗員に急き立てられながら夜中と早朝にマイクロバスに乗って送り迎えだったので、正直ハンバーサイド空港からハル市内までの所要時間は、あまり記憶にありません。

 

ハルでの一番の目玉は、個人的には「ウィリアム・ウィルバーフォースの家」(Wilberforce House Museum)でした。

ウィルバーフォースというのは19世紀イギリスの奴隷廃止主義者で、1833年グレイ首相のもと成立した「奴隷廃止法」の制定のため尽力した人です。

館内の展示物としては、ウィルバーフォース個人の活動や当時の奴隷制の状況、そして現在に続く奴隷の問題についての紹介パネルが続き、いくつかの物品が併せて展示されているというものでしたが、中では当時実際に奴隷たちに使用された鉄製の棒に繋がれた足輪や、黒人奴隷を輸出していたアフリカ側の文化紹介の一環としての部族のお面(触れるように展示されているお面の前に鏡が設置されており、自撮りシングルにやさしいフリーフォトスポット)があり、私個人としてはウィルバーフォースに対して世界史の教員が熱弁を振るっていたなァという程度の思い入れしかなかったのですが、中々に楽しめる場所でした。

ハル駅からヴィクトリア女王の像がある広場(丸屋根の海事博物館前)まで商店街をまっすぐ歩き、そこから旧市街に入るとそこから先はあまり記憶がありませんが、まぁとにかく徒歩圏内だったような記憶があります。

 

また、先述の海事博物館(Hull Maritime Museum)も中々に展示内容が興味深い博物館でした。

私の記憶に強く残っている展示ベスト3としては、第一に「ハル周辺で起きた近現代の小競り合いに関するパネル」、第二に「人魚伝説に関するパネル」第三に「捕鯨反対運動を紹介するパネル」があります。特に第一のパネルには、ここハルの近海ではアイスランドとの間で起こった鱈戦争がらみの小競り合いが頻発したことの他に、帝政ロシアバルチック艦隊がここハルの近海を通ったので妨害してやったぜ的なことが書いてあり、実際に事が起きた場所の近くで見るパネルの、Wikipediaとは異なる味わいに胸を熱くしたものです。

なお、別に鱈戦争やバルチック艦隊にも大した思い入れは無いのですが、ハルにいた数年前の二月三月というのはおよそ発狂していた時期なので、感受性が豊かということで片付けましょう。

 

他にも交通博物館(Streetlife Museum of Transport)等、その筋の人が行ったら大興奮だろうなというような博物館施設がありましたので、博物館の為にロンドンから七時間、或いはハンバーサイド国際空港まで何とか来られる方にはおすすめの観光スポットかもしれません。個人的にはハルは在住者向きの観光地だと思っています。

共に短期語学留学をした同行者の内一人は、かいがいぐらしに精神的に疲れ切ってしまい途方に暮れて港まで当て所なく歩いていったところ、夕陽が沈むさまを見て深い感銘を受けたという話をしてくれましたが、私は港にいっていないので深くは触れません。

 

ハルから少し離れますが、バスで一時間程いった所にビバリー(Beverley)という、ここらの教会の元締め的存在の大きな教会がある小さな町があります。

そこでは小さな町内でアットホームな雰囲気の青空市場が開かれており、クソダサセーターなど、味わい深いブリティッシュネスなものを路地で売っているので、おすすめです。多分日曜日にやってたような覚えがあります。バスのチケットはハル駅の窓口で購入できますが、外国人が頑張ってビバリーと発音しようとすると「Library?」と鼻で嗤う感じで(認知の歪み)返されますので、予め紙に書いた方が、話が早いかもしれません。文字はおおむね万能。

 

ハルで私が挙げられるような観光紹介、もとい訪れて楽しかったスポット的な紹介は以上になります。

 

短期語学留学というのは案外忙しく、また出席も厳しく取られるので、時間割は大体午後三時頃には終わっていたにも関わらず、それなりに大学につききりの生活をしていました。

 

当時の私含む日本人学生一行は、大学のはからいにより、現地の学生に所在を明かせば哀れまれるような学生寮(駅微遠・大学遠・無線LANなし・停電頻発)に住んでいたということもあり、バスで大学から駅までの戻り、そこから駅前のテスコ(Tesco)というスーパーで買い物をして石畳を歩いて帰り、寮で同じフロアの同行者もとい元々留学が決まる前から知り合い同士だった彼女らと共に、疲弊の色をにじませながら歩き、時に人間関係は酷く、険悪になるも喧嘩をする程の仲ではなく、イギリスの空は気がつけば曇天。

そういえばイギリス、常時天気が悪いというわけではなく、青空が見えたと思えば曇って三時間だけ雨が降り、雨が上がったと思うものの嫌な感じに雲が残っている小康状態、というのが絶え間なく続き、結果的に陽の目をまとまった時間見ることがないので、総合的には悪天候という事実をその時初めて知ったつもりになったんですけど、単純に運が悪い、または季節柄なのかもしれないですねこれ。

ともかく、そしてやっと旧市街の外れ、川のほとりにある寮に戻り、四階だったか五階まで登って、手分けして洗濯をして、手分けして料理をし、宿題を済ませていると、気付けば夜になっていた。本当に、生活をするのでいっぱいいっぱいだった。

 

初日に購入したプラスチック皿(食器類は常時置かれているものではない、これは寮によると思います)で食事を済ませ、部屋に戻り、なんとか英語を読んでしかし実際の文法レベルとしては高校生程度の文法ドリルのような課題を済ませ、全文英語のエッセイを書く必要に苛まれながら、机の横にある窓の向こうに見える黒々とした川に向かって、紺色のパスポートを翳す。

 

私の命やアイデンティティというのはその瞬間可視化され、パスポートというひとつの豪華な手のひらサイズ小冊子じみたそれに凝縮されたように思えていた。

無くすと即死とまではいかずとも、非常に面倒なことになる。それを承知の上で開いても居ない窓越しにパスポートを見ることにひどい緊張があり、ともすればそれは快感に近かった。

これ一枚捨てさえすれば、別に絡みつかれる程のしがらみもない現在の自分から離れることができ、また離れた先に「今よりも素晴らしい何かがある」とでも、信じているかのようだった。

 

結局あそこでパスポートを捨てる真似はしませんでしたが、現状だいたい何者でもないぞって感じの身分なので、願望は九割かなえられたんじゃないかな、結構なことだと思います。

ただこの軽い身分で思うことというのは、ひとえに他人から最恵国待遇を受けたい。世の中の人間彼氏じゃなくても、幼馴染とか古い友達とか結構いて、まぁ驚きますね。家を行き来したりさぎょいぷ(作業中にスカイプで通話しあう存在)したり、わたしそのアイテム知らないです。無課金だから?

 

そんな無課金ユーザーにお勧めなのが漫画・アニメ!

いとも簡単に孤立してしまえる現実、ふと気づけば耐えられないほどに軽い自己の在り様を内省的に見つめなおしたところでそんなに意味はない割りに精神力を使い、先への漠然とした不安にSAN値が削られるので、関係の無い何かしらに没頭して、動きのない現状をやり過ごした方が五倍かマシです。

特に私からのオススメは『弱虫ペダル』、二年目の展開については賛否ありますが、一年目が凄いので初見の人は是非一年目をまず見てみて下さい。

人が人を思うこと、あらゆる形でありながらもその純粋さ、真摯さを前に、自己がおよそ代替可能で恐ろしい程軽いことなど簡単に頭から消し飛ぶのでおすすめです。

 

  

またハルからの休日小旅行もとい脱出方法については、基本的に鉄道メインにご紹介します。

なお、私はビザの関係で休日国外脱出が出来なかったのですが、先駆者の中にはハルからフェリーでノルウェーへ脱出していった強者も居るそうなので、旅程や順路にお悩みの際は是非参考にどうぞ(航路が現存しているかは保障できません)。

 

当時、基本的に自分が何に乗車しているのかもわからず鉄道に乗り移動をしていましたが、私は鉄道の予約に以下のサイトを利用していました。

 

www.tpexpress.co.uk

 

 

2014年時点は予約にクレジットカードが必須だったので、その点ご留意ください。

 

まず行先を決めてこちらのサイトで鉄道の切符を購入し、その後確か発行されるコードか何かを参考に駅で切符を発券してからの乗車という手順です(2014年時点)。

車内では時々切符の拝見が回って来るので、無くさないようにしましょう。

切符の拝見をしてくれる車掌さんが♥ハート型の穴開きパンチ♥で巡回していたこともあったので、キュートさの点ではここも中々の観光スポットじゃないかなと思います。

 

車内は四人単位のボックス席がメインに配置されており、ボックスシートの中には机が配置されています。ハルは始発だったのでハル発の列車ではまずありませんでしたが、ロンドンやヨーク、リーズ(Leeds)から乗車すると机の上に前任者のビール瓶とかが残ってることもわりとままあったので、これもイギリスらしさだなぁと観光気分で流して下さい。運がいいと車内でプチ宴会をしている小太りのおっさんたちを見ることが出来ます。

 

また、「高慢と偏見」の熱烈なファンが高じ英文に進学した一人の同行者は、バス路線で弾丸小説題材地聖地巡礼ツアーに向かっていました。留学中は時間重視で行動していた為バスルートは使いませんでしたが、イギリス国内をリーズナブルに移動したい方にお勧めできるかもしれません。

 

 

 

アフターに縁がない、たぶん嫌われている。

 

 

吹けば飛ぶような軽い身分で、あまりにも自由な、もとい自主性に任せられた夏を送っている。人間これとスケジュールを定めなければ何もせず無為に日々を送るということは受験時に学んだことであるが、歴史から学ぶことなく怠惰に日々を送りつつ、しかし果たして今の時間でこれをすべきかという疑問を覚えながら、業務中に「10年後の安定」序文を打ち込んでいた事務バイトの身分から解放されようと、怠惰なりに業務を行っている。ここでの最後の業務をこれと定めてから、早くも三か月が経とうとしている。二年前の秋にはこのブログを開設していたというのだから、時の流れの早さには驚きである。夜になると漠然とした焦燥、未来の見えない身分、結論の見えない自己分析を前に頭を抱え、眠れずにスマートフォンを弄っている。中火のフライパンの如き暑さを避け、日がな一日屋内に引き籠っているのも、精神的な悪影響の一因となっているのだろう。

 

そんな中、縁あってキリスト教神学の座学を受ける機会を得た。

真夏の14時、外はまさしく「白昼」という有様だった。蛍光灯に白く隈なく照らされた講義室内で、スティーブ・ジョブズ風のアジア人をふくよかにしたような容貌の神父は白板を背に、聖書における「神の国」について説いていた。

曰く、「神の国」は四つの特徴から成る。一つに「神との交わり」、神の国は神との交わりを取り戻した永遠生の世界であること。一つに「共同体」、神の国は一人の人間の上に注ぐものではなく、人々の間にあること。一つに「愛とゆるし」神は我々を愛し、罪を許すこと。一つに「逆説性」神の愛は自らの善性を疑わず善行を行う九十九人より、自らの罪に自覚的な一人の罪びとの上にあること。

神父の穏やかでありながら逸脱を許さないような厳しさを節々に感じる声を聞きながら、私は旧劇場版新世紀ヱヴァンゲリヲンの終盤を思い出していた。神の国は至り、LCLと化した人々の間にある。そして、愚かな夢想をした。

例えばもし、現実世界に、ヱヴァンゲリヲンにおける「神の国」の顕現と、私が仮定したあの状況が発生したとする。しかし私はその出現を拒み、愚かな定命の個体として生きることを選ぶだろう。LCLと化した人々の間に、御堂筋くんのイラストを描き、その目にハイライトを入れる連中がいる限り。

 

思えばこのブログを開設した当時である2016年、私は未だ人間の可能性を信じていた。ツイッターで流れるあらゆる言説を、素直に間に受けていた。「出ない構想より出した同人誌」「〇〇さんとイベント後オフ会」「■■クラスタ会最高でした!」同人誌を出し、この風潮に乗じて、己が思想を布教することに前向きになっていた。

現在、研究会や学会に参加する度、第一線で活躍される先生方より「この業界で大切なことはコミュニケーション能力である」とご教示を頂く。「自分だけが理解できる文章を書いてはいけない」「人を説得し、面白いと思わせる文章を書くことが肝要だ」「すなわちそれはコミュニケーション能力と通じるところがある」趣味と本業は違う、しかし本質的にはそう大差ないことは残念ながら明らかだ。

 

果たして、私が過去二年間で頒布、或いはそれ以前からインターネット上にアップした文章の、何が悪かったのだろうか? 

現状として界隈において、私が蒔いたと思い込んでいた何かが芽吹く様子も無く、ただひたすら大手の思想が共有され、二次創作におけるキャラクター同士の関係性の糖度は、いたずらに増していくばかりだ。ここは原典から遠く離れた極北、永久凍土に種を撒いたところで土台意味はない。

果たして私は彼等と同じ言葉を用い、文字を書いていたのだろうか? 

たぶん、違うのだろう。私と彼等が使っている言葉は違う。同じ言葉であるように感じるが、しかし異なる言葉である。

人と人との間には、深い断絶がある。時としてそれはコミュニケーション能力の問題であったり、認知の問題であったり、単純に思考力の問題であったり、時に感情の問題であったりするのだろう。

 

という訳で、言葉が通じない楽園・日本じゃない国の話をします。

そういえばちょうど去年の今頃は香港に滞在していたので、香港の話をします。

 

香港というのは日本から飛行機で(多分)五時間以内でたどり着く都市です。

現在は中華人民共和国の中に組み込まれていますが、香港は中国が共産党体制をとる以前からイギリスの植民地統治下にあり、また戦後、植民地体制下で資本主義的な著しい発展を遂げたという、特殊な事情がある為、「特別行政区」という立ち位置が与えられています。

特別行政府については、中国というマトリョーシカの内側にあるミニ国家のような立ち位置と言うと、若干語弊はあるかもしれませんが、旅行者の漠然としたイメージとしてはあまり問題ないかと思います。

例えば中国で流通する貨幣は中国人民元ですが、香港では香港ドルが流通しています。香港ドルを発行する銀行は香港内に三つあり、そのどれもが微妙に異なるデザインの紙幣を発行していますが、問題なく流通します。また、香港と同じく特別行政府の地位にある、マカオで流通しているのは「パタカ」という通貨ですが、これは、細かいお釣りが戻ってこないかもしれないというデメリットはあれど、割と香港ドルで代用が効くようです(2017年8月時点)。もしかしたら人民元も使えたんだろうか。マカオに行ったとき人民元持ってなかったからわかんないけど。

また、ランタオ島にある香港国際空港で押されるハンコは、中華人民共和国のハンコではありません。というか私はハンコ押されずに「入境証」という小さい紙を貰った覚えがあります。今確認した所パスポートには挟まっていませんでした。

 

香港は長らくイギリス植民地という地位にあったことから、西洋的なものと東洋的なものが融合したことにより発生した独特な融合文化がウリというのはよく言われますが、根強い「広東語文化圏」であるということも、中国内における香港の特殊性を担保している、ということも出来るかもしれません。

第二次世界大戦後、大陸中国との往来が遮断され、また、50年代におこる生産体制の変化に伴う資本主義的発展、及び50年代後半から60年代にかけて、テレビやラジオ放送等が一般に普及したことにより、広東語による文化圏が香港で形成され、これが現代に続く香港人アイデンティティの下地となっていると言われています。

この「広東語」というのが、旅行者として香港を訪れた私にとって目につくものでした。私は卒業要件単位として一年程度普通語を履修したものの、広東語は発音が全く異なります。繁体字のニュースサイトを眺めているとき、わからない単語を調べると、その下に広東語のピンインが表示されることがありますが、普通語であれば1から4までの声調が表示されているところに、6とかいう謎の文字が附されていたりするので、なんかもうあんまり考えないようにしています。そういえば以前留学中に出会った推定華僑の方が言うには、広東語で「ありがとう」は「ンゴイ」と言うそうです。シェイシェイのシェイもない。

香港ではこの広東語が車内アナウンスのトップバッターとして流れて来るので気分はムーンサイドですが、イギリスによる長い植民地統治の影響により、二番手に英語での説明が大体の場合入ります。また香港で使われている「文字」は台湾と同じく繁体字、これは時々訳が分からない画数が多いばかりの謎漢字がありますが、多くは日本でも使用されていた旧字体と同じため、繁体字と英語の字幕をマジマジと眺めれば、必要最低限の理解には十分すぎる程の情報が入るので、体感としては、「何か標識はあるけど書いてある言葉がわからない」問題で詰む確率は、台湾よりも、それも、著しく低かったような覚えがあります。

八月の香港というのは気候としては蒸し暑く、一方店の中は常時冷房がガンガンきいているので、大通りを歩くような時は、時折入店して息継ぎをするように涼みながら歩いていたのですが、今にして思えばあれは、今年の東京や名古屋の暑さと大差はありません。今年の夏を乗り切った方は、これから夏の香港の気温に臆する必要はあんまりないです。台風とかには臆して下さい。

以上で香港についての大体の概説が終わり、続いて香港で行ってまず食べるべき物だとか行くべき場所だとかの情報は、各位ガイドブックを参照頂いた方が間違いなく有意義なので、ここではあくまで私的な備忘録の一環として、「香港で嗜んだアフタヌーンティー」について記したいと思います。

 

と思って、記憶の補強の為に調べていたのですが、多分香港でわたしが嗜んだのはハイティーだったかもしれない。

諸々の記憶が曖昧というのはその日の暑さというのもあってだろうが、香港に滞在していた推定三泊四日の内、アフタヌーンティーを求め尖沙咀を徘徊したのは、確か三日目のことだった。

一日目は尖沙咀の大通りを無策に歩いて汗を流し、二日目はマカオで道に迷い汗を流し(香港は高層ビルによりまだ直接の日差しは遮られることが多いものの、特にマカオ風致地区?は、まさに白昼といった様の白い日差しを全身に浴び、そして突き抜けるような青空の下ということを忘れる程、それこそ眼鏡が曇るまで蒸していた。コロニアル様式ど真ん中、いかにも南欧風の美しい景色も、蒸し器さながらな暑さのなかで見るのでは、何の感慨も生まなかった)、そして確か三日目に半日別行動の後、尖沙咀・九龍公園のモスク付近で合流、そして一路アフタヌーンティーへ向かったのだった。

 

我々がアフタヌーンティーに求めていたのは、まず第一にお手頃価格だった。

元英領で頂くアフタヌーンティーなんだから、どこでもまぁ雰囲気はさぞ宜しかろうという見通しの上だった。

その上で事前リサーチを重ね、我々が第一目標に据えたのはニューワールドミレニアム香港ホテル 、ザ・ラウンジのアフタヌーンティーだった。

 

www.cathaypacific.co.jp

 

尖沙咀から彷徨いつつ尖東へ、MRTの駅構内地下道をズンズン歩き、大江戸線改札外乗換を優に超える歩行距離にウンザリとする。尖東からニューワールドミレニアムホテルの最寄り出口に出たはいいものの、尖東周辺は大規模ホテル街であり、ここそこから焼けるような日差しを惜しみなく浴びながら歩きに歩き、やっと辿り着いたラスボス・魔王城のような感慨と共にようやくたどり着いたのが、ニューワールドミレニアム香港ホテル 、ザ・ラウンジであった。

調べて貰えば、また先にリンクを張る形で紹介したページや、その他私が選出の参考にしたアフタヌーンティー感想ブログ等からも分かるように、このホテルのアフタヌーンティーは一般に目玉と言われる香港アフタヌーンティーと比較してお手軽価格で、他サイトで見られる画像から見て分るように美しい造形、我々がまさに求める形の一つであった。

しかし結局、我々一行がアフタヌーンティーを嗜んだ場所はそこではない。

現在(2018年8月5日時点)のニューワールドミレニアム香港ホテルザ・ラウンジ公式ページでは

「弊ホテルでは、VISA・Mastercard・American Express・Diners Club・JCBの各種クレジットカードのほか、Apple pay・Android pay・Samsung payもご利用頂けます。」

との記載があるが、2017年時点ではAmerican Express或いは中国銀行?(説明を聞き取れなかったが、中国系のクレジットカードであったことは確か)のクレカしか使えないというお断りを頂いたのだ。

当時、実際に注文する前にクレカの使用について聞いたのは、賢い判断だったという他ない。アフタヌーンティー代を手持ち現金で支払ったら、その後無一文になってしまう。

硬いコンクリートに照りつける日光を経てようやく座った青々とした柔らかなソファから立ち上がり、我々はラウンジから出て、エスカレーターを降り、中国人団体観光客とすれ違いつつ外に出た。

 

半ば途方に暮れつつ、ホテルの部屋にセットでついていたポケットWi-Fiを駆使して発見した、その現在地、というのはニューワールドミレニアムホテル付近からそう離れていない場所にあった、お手頃アフタヌーンティーを提供してくれるらしい場というのが、ホテルICON一階のレストラン、GREENだった。

 

blog.his-j.com

 

ここでの支払いにはVISAやMasterCardが問題なく使え、安心してアフタヌーンティーを口にすることが出来たと思っていたが、改めて調べたところ、我々が口にしたのは恐らくハイティーだ。

 

アフタヌーンティーとハイティーの違いは私にはよくわからないが、調べたところによるとその違いというのは、行われる時間にあるらしい。アフタヌーンティーは昼下がりの軽食、ハイティーは事実上の夕飯であり、元は労働者階級・農民の生活環境から始まったものであると説明されている。(「アフタヌーンティーとハイティーの違いは?」、Travelers Cafe World Gallery、(http://www.travelerscafe.jpn.org/column5.html)(最終閲覧日2018-08-05)参照)

 

私は紅茶の味が分からず、コーヒーの味区別はもっとつかない上、あんまり量を飲むと下から腹痛と共にあったかコーヒーフロートを生成するという理由から紅茶党の顔をしつつ、実の所アッサムとアールグレイの違いも全くよくわかっていない。フレーバーティーかそうでないかの違いは辛うじてといったところであるが、しかしその私でも、ここで飲んだ紅茶の味は今でもよく覚えている。

それはホットティーだったが、シャンパンの味がした。確かに炭酸の気泡が舌の上で弾けるような心地を、今なお思い出すことが出来る。ラグジュアリーな夏、芳醇な香り、本格派ではない、本格、というか、これは本物。金を掛けた茶葉から出た、極上の一滴といった味がした。その香り高さたるや、存分に札束を煮込んだらこんな感じだろうなといったところだ。

アラカルトというのだろうか、アフタヌーンティーの三段重ねの皿の上に乗ってやってくる料理もすごかった。中でもわたしがよく覚えているのは、一口大にカットされた縦にぶ厚いサーモンの上に、キャビアがちょこんと乗っていたものだ。

その時、キャビアを人生で初めて口にした。以前ロシアでトランジットした時は、シェレメーチエヴォ空港や赤の広場のグム百貨店でキャビアの缶詰をメチャメチャに目にしていたが、値札も併せあくまで観賞用の芸術品のような存在であったキャビアがその時、缶詰に入ってではなく、純然たる食用として、わたしの目の前に出現した。

舞い上がって味はよく覚えていない。しょっぱくて、おいしかった。記憶における味の解像度が余りにも低い。美しいものの味を覚えておくために、日頃からの食を蔑ろにすべきではなかったと深く恥じ入った一年前のことを、書きながら今思い出した。あと、焦って食べない。でもなんか、口に入れないと逃げる気がして……。

 

会計をしてくれたお兄さんというには老けた男性は、「オレは日本語を習ったことがある」と言い、得意げに「コニチワ、アナタ、ニホンジンね」と、我々のナショナリティを言い当てていた。うんうんと赤べこのように頷きつつ曖昧に笑って反応出来ない事実を濁す我々と、そこから言葉を続けない男性店員の間で、暫し腹の探り合いのような時間は流れたものの、あのどう考えても高い、高価な味のする、高級なシャンパンの風味がする紅茶の味の記憶に、影さすものは一切ない。

クリアーでエクスペンシブ、ゴージャスかつラグジュアリーなお味。この一点において、なにものにも引けを取らない素晴らしい人生。

 

私の人生のハイライトは、以上の通りお金で買える。

しかしお金は、私を界隈のインフルエンサーにしてくれるだろうか。頒布価格を下げることで、絵を活発に描くような界隈のインフルエンサーが、私の頒布物の三次創作をしてくれるだろうか。

答えは否だ。

創作活動というのはどこまでも自由で、そしてその分、人間存在の間にある深い溝を露わにする。

そこでものをいうのはコネクションであり、個人の言葉であり、気持ちであり、定量化しがたい何かが、創作世界をぼんやりと覆っている。

至高のティータイムを記憶として持つ私は、しかし今もなお、ぼんやりとした不安の中にある。

 

八月にまた同人イベントがあり、そしてタイムライン上の界隈はにわかに活気づくだろう。

それが、溝を知り体感し克服しようと足掻き、それでも無駄な徒労だったと悟り尚、眩しいのは、人と好きなものについて話し合えるという空間が、恐ろしく得難いものだからだろう。

 

これまでの記事を通してみた上、「ブログ記事でまで同人における人間関係の愚痴を垂れ流している、これはオタクないしフジョシの風上にも置けない存在であるからして早く失踪してほしい」と考える好き者は、それはそれで(どうでも)いいのだ。

私の感情としてはトラックで轢き潰しにかかる勢いがあるが、眩しい環境に気軽にアクセスできるようなその恵まれた位置で、人間の情動の一つである妬み嫉みを忌避することを至上としながら生きればいい。

 

そして他方、眩しいタイムラインに目を焼かれ、血と同じ成分である涙をこぼしながらトラックのハンドルを握ろうとするそこのお前。お前は幸いだ。天の国はお前たちのものである。

え? 「私は現世主義だから今すぐにこの感情でぶちのめしに行きたい?」

……それはほら、法律があるから、仕方ないね。残念だった。

 

 

新約聖書 (まんがで読破 MD073)

新約聖書 (まんがで読破 MD073)

 

 

 

界隈での交流/zero零細文字書きが一時の気の迷いと「同人誌さえ頒布すれば自分だって」というような思い込みでサークル参加するぐらいだったらその分貯金して南米にいった方がいい

 

私は昨日耐えました。今日も耐えることができます。そして、明日のことは決して考えないことにします。— ドロシー・ディックス

 

 

自他ともに認められるムラハチアカウント(性癖あるいは人間性によって村八分となっているアカウント、本件の場合は後者)になったり、南米(ペルー・ボリビア)に行ったりしましたが、私は元気です。

 

ぶっちゃけ同人小説書いてるより、旅行内容をツイッターに垂れ流している方が、反応が良い。

日頃私が何をツイートしようと沈黙と不干渉を守っているような、界隈内の比較的交流を活発になさっている素敵なアカウントからも、お声がかかる。〇〇さん(わたし)の旅行のファンですとか、リプライを貰った。

 

当該アカウント、見てるー?

 

旅程序盤、多分私が同人小説を書いていることを知らず、そういった暖かい言葉を投げてくれたアカウントは、旅程中盤、私が高山病で苦しんでいる頃から、更新されなくなった。

私に向かって不用意に好意的な発言をしてしまったばっかりに、界隈内部で[検閲済み]されてしまったんじゃないかと思いながら、動かないアカウントを一日に一度程度眺めている。

 

ここまで来ると、自作のSSが周りに読まれようが読まれまいが、最早どうでもいい、みたいな、涅槃の境地に達しつつある。自作を書いて周囲に布教するという意気込みは、既に消滅している。

『本を出したやつがエライ、性癖で殴れ』というような言論、頻繁にフジョシのタイムラインに流れてくるみたいですけど、ホンモノかニセモノか知らんが、とにかく本を出した所で読まれないケースもあるので、みんな安心してほしい。

これを言ってしまうと締め切り前の執筆の手が鈍るのかもしれないけれど、妄想の形に貴賤とかね、無い。

ツイートでもなんでも何かしらの形に残していると、未来の自分への財産にもなるというだけのこと。

その過程で他人が消費していくこともあるし、運が良ければ賛同されることもあるかもしれない。

私もメールフォームで、「書いていてくれて有難う」といったような感想を、匿名の方から頂いた時、これまで誰に向かって書いていた訳ではない、認められる為に書いていた訳でもない。書いた結果交流を得られたこともない。それでも、「赦された」と感じた。

その感覚は、発作のようにいきなり襲い掛かって来た。心のなかにひとすじの火花となって燃え始め、突然、炎のように自分の全てを飲み尽くした。自分のなかのすべてが一気に和らいで、涙がほとばしり出た。

 

ただ、所謂「界隈の人間」、フジョシ用語で「クラスタ」と呼ばれる類のアカウント同士がどのように交流しているのかは、未ださっぱりわからない。

一時期交流が活発になった時期があったような気がしなくもないが、だいたい苦しんでいた覚えがあるし、メッセージフォームの文章以上に、私を救った経験は何もない。

「あなたと話したい」と言われたからスカイプを再インストールしてみたところ、事前に通告されていないよくわからない宣教師タイプのフジョシが参加しており、見かけるたびに自主ミュートしている話題の布教会場になるし、特にわたしの話はしない。

通販の礼と手紙を貰うが、三行を一行として使われた便箋に当たり障りのない文句が申し分程度に書かれているのを見て、「あぁ無理をさせてしまったなぁ」と、申し訳なくなる。

SSのイメージ絵を描いたと言われ見てみると、書いていないことが描き込まれ書いたことが省かれるなどして、よくわからないことになっている。いや、描いて貰っただけ有難い。それは確かだ。思い上がるなと言われるのを承知で、しかし以前他人が他人に送られている絵を見てみても、やはりそちらの文章再現率と比べ、何かよくわからないことになっている。SSのイメージと言われ期待値が高まっている分だけ、最早墜落死といっても過言ではないテンションの乱高下。多分、お題箱に匿名で入れた文章の方が、再現率が高い。解像度どうした?

そしてまた、無理をさせたのだなぁと反省をする。当然だろう。いくら引き籠っていようと、他人が見ている可能性のある場所で、界隈への恨み言を垂れ流しているのだろう。私がそう思っていなくとも、まともな人は私の態度を見て、「気を遣え」という言葉を言外に感じているのかもしれない。

「次の誕生日は孤独じゃないですよ」と、的を得ないがしかし励ましの気持ちはあるのだろうと思われるリプライを飛ばしてきたアカウントには、誕生日前にブロックされた。その誕生日に、「来週のイベントが誕生日プレゼントだと思いましょう」と教示して下さったアカウントから、丁度昨年の誕生日にブロックされた。世の中のフジョシ、誕生日楽しみ過ぎてない?こちとら一億総ブロック社会ですけど。

 

環境が悪いのか私が悪いのか、もはやよくわからない。

他人の無知から来ると思われる言動に悪意を見出してはいけない(意訳)(Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.––Wikipedia『ハンロンの剃刀』より(2018-4-13最終閲覧))と、かつてロバート・J・ハンロンやそれ以前の知識人は口にしていたが、しかしここまで役満が揃うと、果たして何が悪いのかという気持ちにもなってくる。

 

時期は前後するが、私は交流の為に同人誌を頒布するようになったと言っても過言では無かった。

サークル参加後の打ち上げや、サークルさんへの差し入れというような文化に憧れを持っていた。

小説に挿絵を描いて貰うようなコネも、サークル参加をすれば出来るのではないかと、淡い期待を持っていた。

 

一方、本物のコミュ強はオンライン時代から挿絵を貰っており、周囲に励まされる形でオフ活動に参加していた。そもそも出来が違う。スタート地点で既に歴然とした差がある。

 

表題の件に戻る。

そして表題に補足をしよう。

 

オンラインで交流を深める努力もせず、また同時に他人と妄想を介して交流を深める適性が無く、元手となる人脈も無い状態で、サークル参加をすればきっと何かが変わるかもしれないと、そのような邪な気持ちを持ってサークル参加をするくらいなら、もしかしたら死ぬかもしれない、良くても五体満足ではないかもしれないという深い絶望を抱きながら南米に行った方がマシだ。

 

サークル参加をしていると買い物には絶対的なアドバンテージがあるが、そろそろサークル参加をしているがために身元が割れ、頒布拒否をされるのではないかと漠然と思っているようなアカウントは猶更南米の方がいい。

 

 

サークル参加と比較した時の南米のメリットを以下に列挙する。


・誰もあなたのことを知らない

 イベント会場におけるクラスタ同士の謎の一体感(そしてムラハチにおける圧倒的疎外感)を感じることがない。南米(ペルー・ボリビア)ではアジア系の顔立ちは極めて目立つ為、アジア人同士で顔を合わせると、それだけで一体感が生まれるというのも、寂しがりやのあなたに南米がオススメ出来るポイントだ。

 

・景色がいい。
 束の間の晴天下にあるマチュピチュ、「天空の鏡」ことウユニ塩湖、モライ遺跡の花畑、見下ろすマラスの塩田、クスコはアルマス広場周辺の世界遺産に登録された街並み、リマ・サンイシドロ地区のこじゃれた雰囲気。

 どこを見てもサークル主と盛り上がるフジョシや、あなたのスペースに駆け寄ってきてからサークル番号を間違えたことに気付き、脱兎のごとく去っていくフジョシもいない。相互ブロックのアカウントがはす向かいに居ると言うことも無い。ブロックされた大手やその信者がいつあなたに石を投げに来るか考え、こう来たらこう、ああ来たらこう、と護身の対策を練ることも無い(ただアンチではなく職業スリや強盗があなたに駆け寄って来る可能性は十分にあるので、町中では常に周囲を警戒しておいた方がいいだろう。遺産でも警戒するに越したことはないが、人影もまばらかつインカ帝国関係の遺産があるような場所は決まって富士山頂よりも標高が高いので、高山病でそれどころではない)。

 

・言葉が通じない。

 買い物をして戻ってきたら隣のサークル主と一般人の売り子の話が弾んでいたものの、互いに私を視認したら話が終了した時の気持ちを考えてみてほしい。

 或いは、反対側の隣のサークルが、ジャンルの盛衰やカップリング内大手のあの作品のここが良かったと話し合っているのを、ただ座って部外者として聞きながら、ずっとそういったことを、他愛も無い話として出来る誰かが欲しかったことを思い出している時のことを考えてみてほしい。

 または、買い物の途中でもいい。イベント直前にフォロー返しされた大手に挨拶に行くべきか、いやでもここで何かしておいたら後で何か会話とかできるかもしれないし、と、色々考えて結局私は何をするでもなくただ頒布物を購入して逃げるように立ち去ったが、その道の途中で大手と交流のある人員が「あ~■■さん!」と訪れた時のことを、「▲▲で配った本ね、とってあるよ~」と、今回頒布無しの本を取り出したらしいことを察しつつ、逃げるように去る時のことを思ってほしい。

 言葉が、分かってしまうから苦しい。言葉が分かっているから同じ生き物か何かのように錯覚してしまう。隣でどんなに素晴らしい、かつて憧れた、他愛もない同人者同士のような話をしていようと、「取り敢えず身内に次の新刊見て貰ったんだけど~」というようなツイートが流れて来ようとも、或いは何か侮辱的なことを言われていようと、言葉さえ通じなければ何もわからない。

 

 ペルー・ボリビアはどちらもスペイン語圏であり、英語は通じない。通じるところでは通じるが、極めて限られている。

「ドンデ・エスタ~?(Where is~?)」、「ケ エス?(What is~?)」「クアント・クエスタ(How much?)」「キエロ~(I want~)」等の、スペイン語旅行フレーズは必須。数字も覚えていた方が望ましい。なお数字は1~10だけ覚えてもほぼ歯が立たない。

 しかし彼らは観光客慣れをしているのか、そういった人柄なのか、身長の低いアジア人が珍しいのか。已むに已まれず道を尋ねたり何かをすれば、身振り手振りを交えながら教えようとする。

 そして、ラテンの雰囲気が強いからか、或いは口をきいてくれただけでこちら側からの補正が掛かっているのか、別れ際、素敵な笑顔で手を振ってくれる。

 

 ラパスはセントロ、サンフランシスコ寺院へ向かう下り坂の途中にある二度道を聞いたパン屋のあんちゃんや、その裏の流し台の上で面倒を見られていた赤子。ペルーはクスコ近郊、ウルバンバ川流域に広がる「聖なる谷」沿いにある、修道院を改装したホテルのバーで勤務しているあんちゃん。オリャンタイタンボ駅で麺のような何かを口にしながら一行(総勢二名)が戻って来るのを待っていてくれた、バン運転手のあんちゃん。そしてラパスはソポカチ地区のゲストハウスで旅程最終日の我々に対し、地図を片手にこの上なく丁寧なラパス観光案内をしてくれたロドリゲス。

 あらゆるあんちゃん、そしてロドリゲスには、きっともう二度と会うことはないだろう。旅行中、きっとおそらく永遠の別れをフランクにひらっと片手を振りながら繰り返し続けて気が狂いそうになった。しかしきっと二度と会うことなく、互いに理解に程遠い場所にあったからこそ、彼らの姿は旅先で見た美しいもののひとつとして、記憶の中に今はまだとどまり続けている。

 

・映画が見放題。

 日本からペルーに行くにあたって直行便はない。アメリカやどこかで乗換が必要だ。

 私はヒューストンで乗り換えた。その際、到着時間に一時間の遅れ+アメリカ入出国荷物検査トリプルコンボを喰らいチキチキ乗り継ぎデスレース(タイムリミットは45分)を繰り広げ、ヒューストン国際空港出発ロビーでラストスプリントをかました挙句搭乗券を落とす等したが、それは別の話として、国際線機内では基本的にすることがない。

 ゲームをして飯を食って寝てゲームをして映画を見てそのエンドレスである。

 

 かくいう私は機内で大量の映画を見、「ファインディング・ニモ」を二回、「怪盗グルーとミニオン大脱走」を三回見て最大限楽しみ、隣の席に搭乗していた同行者をドン引きさせた。

 DM3、ユニバでポスターを見たときから「顔がそっくりな男同士、自分に見向きもしない男をガン見する男の構図……これは……」と思っていましたが、やはり、素晴らしい愛でしたね。ラストシーンがほんっっっっっっっと最高。「愛してる」って、何???いやその前から色々言いたいことはあるんですけど、私はグルドル派です。小説版も読みたい。(愛してると伝えなければならなかった)って地の文があるってマ?読みた過ぎなんですけど?

 

 

一方、サークル参加と比較した時の南米旅行のデメリットは以下のとおりである。

 

・グッズを落とした時、それは万に一つも戻ってこない。

 リマはセントロ、サンフランシスコ修道院からピサロの墓があることで有名なリマ大聖堂に行く途中の道すがらで、わたしはナンジャタウン限定猫耳御堂筋くんラバーストラップを落とした。

 道々にはライフル銃と思わしき銃を携帯した軍隊装備の警官が100メートル置きに立っていた。北半球の季節は二月、南半球は乾季、リマの気温は大体20度から25度、日差しの眩しい日のことだった。

 

 同行者はおよそアニメを見る習慣の無い一般人であり、ストラップ程度で済んだことを喜ぶべきだと励ましてくれた。ここでは日頃と比べ相対的にいつなんどき命がコロっといってしまっても何ら不思議の無い土地であると。落とすのなら財布を落としたかったと私は思った。比喩でも命を落とせると言えるような環境ではなかった。

 通じない英語、飛び交うスペイン語、ライフル銃を持つ軍隊装備の警官の群れとの接近戦、日差し、ペルー国内でも有数のスラム街であり治安がもっとも悪い地域の一つであるバリアーダスは、セントロから歩いて五分も行かないところにあるリマック川にかかる橋を渡ればすぐそこにあった。アルマス広場へ向かう途中にも、掘っ立て小屋の群れが山の斜面に隙間なく敷き詰められている様が見ていた。

 命は惜しかった。それでも財布くらいで手を打ってほしかった。

 身に着ける以上いつか手放すことは覚悟していた。初めて海外へ渡航した時、台湾行の飛行機や台湾夜市の裏側で客死することを想定し、どうせならと当該ラバストを携帯電話に装着した頃から思っていた。

 

 それでも何故、よりによってここなのか。

 きっと今頃ナンジャタウン限定猫耳御堂筋くんラバーストラップは、リマ大聖堂で列聖されていることだろうと願う。それが夢ならば、どれほどよかったでしょう。いまだにラバストのことを夢に見る。忘れたものを取りに帰れなかった。土埃もきっと払えなかった。願うことしかできない。


 ところで、仮にイベントで落としたら、手元に戻って来たのかはわからない。

 名前が書いてある訳でもないので、心無い窃盗犯に「わたしが落としました」となり済まされ、持っていかれてしまう可能性もあるだろう。

 それでもまだ日本国内にある。よりによって地球の裏側でやらかしたくなかった。つらい。

 

・体調が悪くなる

 私が今回訪れた南米屈指の観光地マチュピチュ(標高2,400m)、マチュピチュの玄関口、クスコ(標高3,000m)、ボリビアの首都ラパス(標高3,600m)、その玄関口エル・アルト国際空港(標高4,000m)。その他インカ帝国系の遺跡はほぼ全て標高が富士山とタイマンを張ります。

 今回訪れたインカ系遺跡シリーズの中では一番標高が低いマチュピチュでも強行軍をすれば高山病になるとインターネットが言っていました。それを踏まえ、我々は予め黄熱病ワクチン接種と共に専門の病院に掛かり、高山病予防のため予め服用する薬(ダイアモックス)を処方してもらっていました。われわれはかしこいので。


 結果から言うと無駄でした。

 無駄だったのか、薬が無かったらもっとひどかったのかわからない。

 頭蓋骨を締め付けられているような頭痛、吐き気、階段を二段上がって息切れ、嘔吐、そしてリマから尾を引いている食あたり(恐らく戦犯はホテルビュッフェに供されていた生トマトと、私がこれまでのムラハチ人生で味わった中で最もフルーティーでジューシィなマンゴーやパイナップルのジュース)、続く下痢、同行者も下痢、嘔吐を催し入ったトイレで下痢にやられてHP赤、令呪なし、コンテニュー不可、日本に!日本にレイシフトさせろ!!

 

 ホステルのやたらとでかいサイズのベッドに戻る。この部屋には暖房がない。三月のラパスの平均気温は5℃から15℃。あばらの浮いた女体という御堂筋くんを女体化したような、しかし筋肉の無い体躯を持つ同行者が、うわごとのように「寒い」と繰り返しながら、時に咳き込む音が遠くに聞こえる。

 わたしは寝転がって、緑色の天井を見上げる。腹が減った。しかし食事をするのも疲れる。先程同行者は日本から持参したどん兵衛を食べていた。彼女が憎かった。糧を分かち合えと心の中で私は憤っていた。しかし彼女の症状よりも私の高山病の症状の方が重いものだから、彼女の判断は妥当なのだ。食べられるはずがない。一時間ラパス市内を歩いて、そのまま五時間ベッドの上でピクリとも動かない。動けないのだ。食べられるはずがない。しかしそのことも理不尽に感じる程腹が減って、空腹を慰撫する為にわたしは日本から持参したゼリー飲料を咥える。ゼリーは食道を通って、胃におりて、ほぼ消化器としての活動を止め新たなホースの役目に徹している胃はすぐさま不服を訴え、もたれ始める。

 ゼリーで、ゼリーで胃もたれをした。今わの際に思い出したのはサイゼリアのメニューだった。フレッシュトマトとモッツァレラ、名前も思い出せない生ハム、アンチョビのピザ、肉、毛が生えていない、肉が食べたい。「サイゼリアが食べたい」同行者は咳き込んでいた。私は人知れず泣いた。

 

 (なお、余談ですが高山病の対策としてインターネットで検索した中で唯一参考になったのが「ひたすら水を飲む」でした。というか水分補給以外何も出来ない。あと日本から持参したバンホーテンココアのチョコレートをひたすら口で溶かしてました。チョコレートは現地調達可能なので別に日本から持って行かなくてもいいと思います。その他のカロリーメイトとかはほんと口に入らなかった。

 それとボリビアのホステル・ゲストハウスは水道事情が余りよくは無く、シャワーは洗礼程度のお湯が出れば運がいいです(あくまで私の感想です)。同行者は一度洗濯の為に私と一緒に無理に入浴をしてから風邪の兆候が出始めたので、特に暖房の無いホステルでは痩身の方は入浴しない方がいいかもしれなかった。

 あと高山病を経て何か言えることがあるかと言うと特に無い。ただ耐えるしかない。あとラパス市内観光で「徒歩」は無理。コーカソイドバックパッカーとか歩いてるのを見るけど、沿岸のモンゴロイドには耐えられない。大人しくタクシーをホテルかゲストハウスで呼んで使った方がいい。間違えてホステルに泊まってしまい迂闊にタクシー呼べない雰囲気?ご愁傷様です。)

 

・同人誌がない。
 当然だ。仮にあってもスペイン語だ。なおペルーおよびボリビアのホテル・ホステルのWi-Fiは、私の所持するエクスペリアはおおむね快適に使えたが、同行者の持つアイフォンは時々ログインできず苦労していた。

 

太秦映画村もない。
 現在京都・太秦映画村で開催されている弱虫ペダルとのコラボ企画ですが、京伏優遇期間は三月一杯だったようで、私はタイムラインに流れて来る様々な情報を眺めながら、天空の鏡を見て、何度か、ここを太秦映画村とすると呟いていました。

 周囲にオタクがいないことは慣れっこなんですが、一般人の友人はほんと、よく最後まで私と一緒に居てくれたと思います。いや、仕方ないんですけどね、一人になったら死ぬ世界観だったし。

 

 

 ムラハチアカウントことジャンルの癌ではないかという認知の歪み、或いは自覚が芽生え始めたわたしですが、このようなエントリーを書きながらも買い物の欲望に抗えず、またイベント参加をしようとしています。

 私は年一見るか見ないかも定かではない人間の顔を覚える性質ではないのですが、時々ブロックされたアカウントに頒布物を貰いに行ってハンドルネームを呼ばれることがあるので、いつ頒布拒否をされるかどうか戦々恐々としています。

 また、今の所ブロックされているアカウントで、次のイベントに参加するアカウントが三つ程度あるんですけど、ジャンルかカップリングを変えての参戦を皆さんしているので、こちらとしてもわざわざ面を突き合わせたい程の気持ちもないので、わぁよかった~と思う反面、ジャンルの癌としての自覚が確固たるものになってきました。

 というか、私をブロックしているアカウントの方が、わたしよりも閲覧数も交流も遥かに上を行ってらして、オフ会とかフォロワーと旅行とかしてるから、界隈全体の幸福の総量としては、私が立ち退くべきと迫られてもおかしくないのでは?と、思いながらサンプルをアップして、サンプルの前後にアップされた他の方が書かれた小説は順調に伸びているんですけど、当方のサンプルはえーっと、初期状態のまま、みたいな感じです。

 

 ええ、その、えっと、南米に居る時はあれほど恋しかった故国は遠くにありて思うものだった。余りに気付くのが遅すぎた。あの美しい南米に帰りたい。その南米で後ろから首を絞められたら、屈んで膝をつくかつかないかの所で走り出す。わたしがブロックされているアカウントのファンの方から参加について文句を言われたら、何かしら悲鳴を上げることで視線を引き、これ以上の厄介を回避する。

 

 結局、治安の点では、南米もムラハチ状態でのイベント会場も、そんなに変わらないのではないかと思いました。この春、南米に行きます。

 

 

 

マカオ「寝言を言うな、目を覚ませ」

 

 その限界同人女が慟哭したのは、八月初旬の終わりの夜。冷房が程良く効いた、香港国際空港第一ターミナル二階、待機ロビーでのことだった。

 その限界同人女は当時、善良な第三者に挿絵を依頼する為の同人誌構想を持っていた。「コミュ力がないから挿絵の依頼方法が分からない」等と散々喚いて、実際何一つ行動を起こさない、ゴミのような女だった。

 とあるコミュ強アカウントから、その限界同人女に「挿絵の依頼方法虎の巻」が伝授されたのは、それから遡ること、数週間前のことだった。それから数週間後。コミュ強アカウントは、一冊の同人誌の頒布を公表した。その小説同人誌は、絵師手づからの表紙付きであった。

 

 限界同人女は慟哭した。限界同人女は帰国次第、誰かしらに挿絵を依頼するDMを、親愛なるコミュ強アカウントから伝授された虎の巻に従って送信しようという、明るい未来を描いていた。依頼を断られれば「挿絵が欲しいと呻いていた自分のため、やれることはやった」ということになる。なんとか動いたんだ、自分なりに上出来じゃないかと、自分を慰める準備まで出来ていた。

 しかしある程度の字数は書くわけだから、誰かれ構わず依頼するのは気が進まない。恵んでもらえるだけ十分だろうという罵声に背を向け、曲りなりにも書くものとしてのエゴを振りかざし、限界同人女は表には一切出さず、極めて一方的に、ある絵師に目を付けていた。世が世なら取り締まりの対象となりかねない薄気味悪さ、最早害悪である。

 

 思い込んだらこれと妄想の激しい限界同人女は、その華々しい発表を前に気が付いてしまったのだ。

 件のアカウントは前々からあらゆる方面に顔が広かった。人脈があり、ある絵師に限らず様々手がけた同人小説が描画されるような存在だった。ツイッターという諸悪の根源。これが件のアカウントと、妄想の激しい限界同人女の間にある、途方もない溝を覆い隠したのだと。

 構想の同人誌を頒布する機会は、秋しかなかった。これから冬にかけて、限界同人女同人女としてだけでなく、人間としても限界を迎える時期となる。今後どう転ぼうと、或いはどこへ滑り落ちようと、なんとなれば、いずれにせよ、これが最後かもしれない。

 「恥の多い人生を送って来た。しかしどのような人生にせよ、最期の瞬間にはスポットライトが当たるのではないか。」と、それ自身が発光しているような同人ライフを送る諸姉らのアカウントを前に、思い違いをしてしまった事実に、気が付いてしまったのだ。

 

 件のアカウントは元々、ある絵師に限らず様々なアカウントと親交を結び、オフ会という儀礼の場で様々な考察を深めていた。その場で内々に話を通していたのかもしれないし、或いは約束を取り付ける等、上級の人間としてある種当然の社交を営んでいたのだろう。

 対してそこの限界同人女。お前には何がある? お前はオフ会という概念に接触したことがあるのか。お前はリアルタイムに会話が進行する場で、他者の考えを笑顔のまま受け入れられるのか。そもそもお前に思考と発言を同時に行う程の脳味噌があるのか。

 そもそも、お前は自立した社会生活すら営めていないじゃないか。そうだ、お前は一度でも、お声を掛けてくれる皆さんに感謝をしたことがあるのか? それ以前にお声が掛からないじゃないか。

 お声が掛かったとしてもだ、お前が誕生祝いにかこつけてBのLを、己が宿啊である解釈過激派であることを顧みず、タイムラインという不特定多数に向かって乞うた時、「〇〇さんも誕生日だったのですか! 知らなかった! おめでとうございます!!」と、或いは、「一週間後のイベントで出る頒布物を誕プレだと思いましょう」とわざわざお声を掛けて下さったアカウントたちに、お前は何を思った?

 そうだ、お前は他人に感謝が出来ていない。他人のことを、およそアプリか機械か何かと勘違いしている。お前はアカウントが、アカウントがと連呼するが、その向こうに血の通った人間を想定したことは一度でもあったのか? 

 尊重をしないまま尊重されたいと喚く、およそ存在が害悪でしかない限界同人女の最期に、そのような華々しいスポットライトが当たるとでも思ったか?

 

 冷静になって考えてみれば、全て筋の通った話だった。表紙絵を頼むにあたって使用した手法を、件のアカウントは限界アカウントにまで丁寧に教えて下さったのだろう。

 限界クソ同人女の内心など、当人が表明しなければどこにも向かうことはない。

 ただ全てが、そうなるように運んだ。それだけのことだ。

 

 しかし限界クソ同人女の内心を知っているただ一人の限界同人クソ女は、極めて一方的な「裏切り」を、そこに感じ取ってしまった。

 病的な妄想癖だ。

 憧れの先輩に告白したい、玉砕してでもいい。でもどうせ告白するなら、かっこ悪いところは見せたくない。そう悩むクソブス女に、親身にアドバイスをしてくれるチア部あるいは吹奏楽部に所属する溌剌とした人気者、しかも学年きっての美人、つまりスクールカーストの高いクラスメイトが言う。

「こうすると上手く行くって!がんばって!」

 その翌日、アドバイスをしてくれたクラスメイトと先輩が交際を始めたことを、クソブスは知ることになる。

 玉砕することも出来ず立ち尽くすクソブスの呟きと、八月上旬の終わりに上げた慟哭は、およそ種類の近い憤りであった。ヤクでも打ってんじゃねぇのか。

 

 そして、「せめて先に言ってほしかった。」と、クソブスこと限界同人女は溢した。日頃から誰かれ構わず向け続けている殺気を放っておきながら、実に勝手な話だ。

 しかし、せめて「挿絵を依頼するような時に使うと良いですよ!」ではなく、「自分が表紙を頼んだ時の実体験ですが」と前置きがあれば、クソブス限界同人クソ女は、その座り心地の悪くない空港のベンチで、あそこまで激しくせき込むことはなかった。

 ちょうどその頃香港ではインフルエンザが流行し、多数の死者が出ていた。元々軽度の咳き込みを定期的に繰り返していた私に対する周囲の旅行客、職員、誰よりも、同行者からの視線が痛かった。

 

 

 同日誕生日の小説アカウント誕生日絵をアップした後、「えっ、〇〇さんも誕生日だったんですか!?」と、心優しい絵師の方の心を痛めつけてしまう存在。

 そして、「一週間後のイベントが貴女の誕生日プレゼントでは」と発想の転換を促してくださる素敵なアカウントが、当人の誕生日の際は小説イメージイラストを絵師の方からプレゼントされていたことを、永遠に根に持ち続ける怨念の化身。

 尖った性癖の持ち合わせはないものの、ネットの荒波に削られ研がれ磨き抜かれた刃物のような神経で、心優しい所謂クラスタの皆様の心を傷つけた結果、順調に各方のアカウントから締め出しを喰らい続ける存在。

 どうも、クソブス限界同人女です。

 

 今回は開き直り、或いは天に向けた釈明の為にエントリーを書き始めた訳ではありません。

 以降は淡々とマカオ旅行に関する概要が続きます。

 

 皆さん「マカオ」と聞くと何が最初に想像されますか。

 私は映画『クレヨンしんちゃんヘンダーランドの大冒険』に登場する二人のオカマ魔女・マカオとジョマです。

 

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 パッケージ左上の二人組です。左の頭頂部スキンヘッドがマカオ、右のバレリーナがジョマです。

 

 ところで、今夏私が旅行したのはヘンダーランドではなく香港でした。

 香港は成田から案外時間がかかる所にあり、約五時間飛行機に乗ると到着します。ちなみに私の乗った便は何かしらのトラブルで離陸時間が大幅に遅れた為、例示した前述のフライト時間は全く正確ではありません。

 

 魔女ではなく特別行政区マカオは、香港からさらにフェリーで一時間程、近所のドブ川の色をした海を渡った所にあります。

 香港からマカオ行のフェリー乗り場は香港島(上環)に一つ(マカオ・フェリー・ターミナル)、九龍半島発着に一つ、香港国際空港に一つの計三つ。

 一方、マカオから香港行のフェリー乗り場は北部のマカオ半島に一つ(アウター・ハーバー・フェリーターミナル)、南部の離島・タイパ島に一つ(タイパ臨時フェリーターミナル)の計二つが存在します。

 

 私は香港島のフェリー乗り場から、世界遺産に登録された美しい街並みのあるマカオ半島に行こうと思い立ったのですが、フェリー乗り場手前のチケットを買う段階で誤ってタイパ行のチケットを購入しそうになりました。

 香港島のフェリー乗り場から「マカオ半島」に行かれる際は「赤色のチケット販売業者のブース」の所に行きましょう。青色のチケットブースに並ぶと目出度くタイパ行になります。

 なお、タイパ島に対して大変失礼な、あたかも流刑地のように描写しておりますが、実際はタイパ島もコロニアルな雰囲気の残るリゾート地としてガイドブックに掲載されています。

 

 それではここで先程の問いを繰り返させて頂きます。

 「マカオ」と聞いて連想されるものはなんでしょうか。

 

 カジノ、観光地、間違ってはいません。

 世界遺産の街並み、エッグタルト、そこまで出れば上出来です。

 長きにわたる植民地支配によって、マカオでは(個人的には、恐らく本土と比較するとという注釈がここに入ると思います)独自の食文化・アレンジが生まれました。

 そう、マカオは中国大陸におけるヨーロッパ諸国による最古の植民地であり、紆余曲折を経ながら実に1999年に至るまで、ポルトガルの植民地だった町です。

 

 一方かつての英領植民地・香港から出発した私、そして今回の旅行の同行者は、ガイドブックに掲載された「ちょっと足を伸ばして……」という煽り文に浮かれる踊り子でした。

 ちょっと足を伸ばしてマカオ。耳馴染が無いという程のことはない観光地。そう、観光地です。

 地図の読めない女たちは実際にマカオの地に足を踏むまで驚くほど楽観的に物事を見ていました。時々雨がぱらつきながらも天気もだんだんと晴れて来た、驚く程明るい陽光が、昭和の時代には隆盛を誇ったものの、今は鄙びた海水浴場の最寄り駅といった風情を漂わせる、さながら灯台のように白いアウター・ハーバー・フェリーターミナルを照らしていました。

 

 香港からマカオに「ちょっと足を伸ばす」際、まず最初に申し上げたいのは、香港での感覚は捨てるべきということです。

 まず比較対象として香港での例を上げさせていただきます。

 

 香港では「基本的に英語が通じます」。

 そして「空港から市内まで無料シャトルバスだけでなく、MRT等鉄道網が発達しており、そのすべてに英語表記が付記されています」。

 香港およびその周辺地域に暮らす方々の広東語は、我々が一般に学ぶ中国語(普通語)で太刀打ちできる相手ではありませんが、旧字体じみた漢字の字面と「英語表記」を見ることで、ほぼ七割の意味を取ることが出来ます。

 

 ここでさらに比較対象として、以前フィンランド旅行中に「ちょっと足を伸ばして」ヘルシンキの港から客船でバルト海・三時間の船旅を経た末に踏んだエストニア・タリンの地を挙げます。

 まずエストニアは、「港からいわば目玉スポットであるタリン旧市街までが徒歩圏内」でした。

 次に「公共交通機関等観光客との触れ合いが多い地元民には、英語が通じます」。

 最後に、香港と違いエストニアで漢字を見かけることはまずありません。ですが、「エストニアに居るモンゴロイドは、外見的特徴からして、一目で異邦人であるとみなされます」。

 

 そして肝心のマカオ

 

 まず、香港・マカオ間を繋ぐフェリーの発着場であるアウター・ハーバー・フェリーターミナルから、世界遺産が居並び、宣伝写真等で使われるマカオ市内まで、徒歩で向かうことは不可能です。かなりの距離があります。ちょっと足を伸ばしてなんてもんじゃない。バス、またはタクシー必須です。

 バス・タクシーの乗り場は、アウター・ハーバー・フェリーターミナルの出口付近にあります。出口を出ればもう目の前がバス停。観光客が大勢たむろしているのが見えます。

 なお、マカオでは基本香港ドルを使用することが出来ますので、香港から来た場合手持ちの香港ドルを握りしめていればまぁ何とかなります。何とかなりました。

 但し、金額ぴったりの小銭が無く五ドル札を出しても、当然お釣りは返ってきません。都営バスや京都市バスのような、バス内両替機はありません。バスが到着するや否やバスに向かって人民が大挙するので、そんなことをしている暇もありません。

 多めに小銭を持っておくと支払い後勿体ないお化けに憑りつかれずに済みます。

 しかしいくら運賃があっても、どのバスに乗れば目的地に着くのかわからない。そんなの簡単じゃないか。「このバスはここに行きますか」と英語で聞けばいい。いけません。マカオのバスでは、英語は通じません。その時、乗車拒否も含め計六回バスに足を踏み入れましたが、その全てで英語は通じないどころか、英語を口にした途端運転手の顔が如実に曇りました。

 

 かつてのポルトガル領・マカオ公用語は広東語とポルトガル語です。入境審査の時点から香港では公用語顔をしていた英語の幅はがた落ち、審査所の上に表示される電光掲示板の一切から英語が消失します。

 であれば漢字を見ればいいじゃないか。バスの運転手に漢字を見せている暇はありません。

 確実に目的地の経路を通るバスに乗ればいいじゃないか。ごもっともなご意見です。しかし当方、京都市バスを利用してですら、目的地にたどり着けなかった経験を持つ女。バスの経路図におよそ信頼を置いておりませんでした。

 

 普通語は通じないのか。ここで最後の一点。マカオではポルトガル系の先祖を持つ彫の深いお顔立ちの方を散見しますが、マカオ在住の中国人、および観光客の中国人と、私、そしてその同行者。みんなモンゴロイド、外見上の区別はほぼありません。つまり、私が拙い中国語を使えば、ネイティブの容赦ない中国語が返ってくる。

 運転手の皆様の言葉というのは、ネイティブであれば「訛りがきつい」で済まされる程度であるのかもしれませんが)、我々第三言語として中国語を専攻した者としては如何せん教科書が全て。訛りなんて御大層なものは一切聞き取れません。

 三人目の運転手から手で追い払われる動作をされた瞬間、流れるように日本語が口から出ました。

「ふざけんなコノヤロー」

 なんて美しくない日本語! いくら追い詰められていようと、ガラの悪いクソ観光客です。

 マカオの事情について、その都市が辿った歴史の他に、「香港の裏番組」以上の現状知識を最初から知っていれば、旅先でこのような日本人の失態を晒すことはなかったでしょう。

 

 なんとかして乗り込んだバスの座席に座った後も、果たしてこのバスは市街地まで進むのか、戻りのフェリーの時間までに自分たちは再びこのフェリー乗り場まで戻れるのか、あらゆる不安を残したまま車窓は変わりゆきます。

 その内にバスはハイウェイじみた道路に乗り、香港と比較するとやはり鄙びた海水浴場といった風情のある中国語ネオンの点在する商店街を抜け、煉瓦造りの街並みが見えた時の感動といったら!

 その日の宿から一定以上離れた場所で行動するとどうしようもない不安を覚え、時間経過ごとにSANチェックが入るタイプの観光客からすると、あれはツーリストではなく、サバイバーが味わう類の感情でした。

 

 なお、アウター・ハーバー・フェリーターミナル内、吹き抜けのホールでは、日本語のビラを配る浴衣の女性がいました。カジノへのお誘いのビラでした。このことから、恐らくカジノ内では英語どころか、何なら日本語も通じるのではないかと思われます。

 マカオを観光される際はカジノを活動の拠点にされるか、或いは元々通じないという大きい気持ちを手荷物として道中持ってゆくか、または、香港から日系のツアーを申し込むのが、一番の安全牌ではないかと思われます。

 

 また、アウター・ハーバー・フェリーターミナルの出口付近にあるツーリスト・インフォメーションセンターでは、バス運転手に英語通じない問題が周知されているようでした。

 マカオで唯一、片言の英語が通じたそこでは、目的地最寄りのバス停名が書かれた紙を受け取ることが出来ます。

 さながらフォーチュンクッキーの中に入っているような小さい短冊。その上段には広東語、下段にはポルトガル語でバス停名が書いてあるので、それを運賃支払い前に運転手に見せれば、首を振るか、頷いて「乗れ」というような手の動作をするかで、そのバスが目的地に向かうか否かを判別できます。

 「民政総署」というような名前のバス停で降り、目の前に広がる美しいセナド広場のベンチに座って食べたエッグタルトは、この世のものとは思えない程美味しく、今回の香港・マカオ旅行で最も費用対効果の良い、一個五香港ドルのスイーツでした。

 もしも、ラッシュアワーという程ではないものの景観の妨げになる程度の人込みがなく、座ってるだけで汗ジミになる程の気温でなければ、あのまま小一時間広場に座り込んで、エッグタルトを一ダース食べたい。

 

 こうしてここまで書きながら、マカオのバス停の名前を検索しようとした所、まず最初に目に飛び込んできたマカオ観光局の日本語サイト、その「観光スポット」紹介の下にそのスポットを通るバス路線の番号が書いてあるのを見つけました。

 

jp.macaotourism.gov.mo

 

 矢張り「ちょっと足を伸ばして」の感覚ではなく、事前にきちんと調べれば、突然のサバイバルではなく、全うなトラベルを楽しんだのではないかと、たった今思いました。

 多分、というか、間違いなく、事前に調べてさえいれば、ここまでの生還体験を味わうことはなかった。

 そこでも「先に言って欲しかった」と喚く、まさしく怠惰の成した人災。粗大ゴミのような性根を持つ女が観光を「楽しむ」など、およそ烏滸がましいことだったのだと思います。

 旅行も趣味の一環として、その他趣味性の高い領域と、同様のことが言えるのでしょう。

 

 しかしどうでしょう。私が仮にマカオについて全て調べ上げていたとすれば、私はあらゆる不安から解放され、コロニアルな風情の残る街並みでリッチな旅行気分を味わうことが出来たでしょう。

 同様に、私が仮にあらゆるアカウントに感謝の念を絶えず、あらゆる二次創作に対し寛容さを持ち合わせ、少しのツイートの向こうにもアカウントの中に存在する人間を感じながら、真心を込めてリプライをしたとして、私は輝かしい交流人生を楽しむことが出来たのでしょうか。

  そう在ろうと思い立って、他人に感想を送りつける時期もありました。しかしどこかで歪みが生じているのでしょう。意図しない文章でまた一つ、また一つと見られないアカウントが増えていきます。

  それならば、もう何もしない方がいいのではないでしょうか。どのようなネタが流行ろうとROM専であれば幸せです。

 ▲▲さんがツイートしました「〇〇さんが書いた××が最高でした!」〇〇さんがいいねしました。ROM専であれば、以前××について書いたことを思い出さずとも良いのです。

 書くことは楽しい。しかし書いた事実は公開しようと、非公開のままにしようと、おそらく私以外、知ることが無いのではないだろうか。

 それならば公開する意味とは何か。

 最近そのことについて考え、「それは自分がデータを無くした時のためのクラウドである」という結論を見ました。

 しかしそれにしても、自分は本当に日本語を使えているのだろうか。

 透明な文字で何かしら怪文を書いていたりしない?

 

「新刊について感想ありがとうございます!励みになります!」

 慟哭の八月から大した紆余曲折を経ることも無く、結局挿絵構想の存在を抹消した形の同人誌は何とか物質となった。

 その際、あらゆるイベント後感想報告ツイートを参考に現代技術の粋を駆使して奥付に添付したQRコードが、どこからも認識されないまま朽ちていく様を時折考える。

 残るのは、この世で最も無駄なリンクをこの手で生み落としてしまった悔恨。

 せめて苦情が欲しい。このリンクが正しく機能しているのか知りたい。

 そう思い自分でQRコードを認証し「テスト」の文字をメールフォームから送った一週間前、

 新着メッセージが一件届いた一週間前、

 全メッセージ数は永遠の一。

 メールフォームが正常に稼働していることは、取り敢えずはっきりした。

 

 認知されないことについて云々したい訳では無い。

 世に文庫本として出回っている商業小説の内、自分が読んでいるのは何割か考えてみればわかる話で、そもそも小説など、大体が読まれないものだ。

 そのことについてはどうでもいい。

 

 ただ一瞬、酷く儚い夢を見た。

 「ちょっとそこまで」無目的にそこへ、ぶらりと足を伸ばし、なんの心配ごとも無く世界遺産の町を楽しげに、颯爽と、汗一つ掻かずに歩く、さながら旅行雑誌のモデルのような、私の姿を。

 なにがしかの文章を書いたという事実を業界一般に認知され、存在だけで人を喜ばせ、あの話が良かった、この設定が良かった、ここが凄かった等、他愛もない話を人々と屈託なく談笑し、延長線上で酒を酌み交わしてはまた集まりたいねと笑い合うような輝かしい環境の中で、何の苦しみも無く趣味生活を送る、私の姿を。