メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

震える窮鼠@フィヨルド

 

ネズミ(ここではハムスターの俗称とする)って蛙飛びするんですよ。

 

これは先日共同生活/飼育管理がスタートした修士号(ハムスターの個体名)もといショゴス(同個体名)の話なんですけれども、当該ハムスターは生後一か月前後、育ち盛りなのか餌を与えすぎているせいかは不明なんですが、少し目を離すと、育っている。二日前まではあるんだかないんだかはっきりしなかったシマが、知らんうちにくっきり背中に出て来たりしていて、大変です。かわいい。

折角なのでこの「育ち」を記録にでも残そうかと思って私、体重測定を思い立ちました。家に来てから全然日が浅いんですけど、産まれた瞬間から人の手の入っているハムスターと言われていることもあり、まぁなんとかなるだろうと思って(伏線)、取り敢えずケージからハムスターを出して、アッそうだ、体重測定の為の箱出しておくの忘れたわとか、段取り悪く視線をウロウロさせている内に、手に持っていたつもりのハムスターが、びょっと飛び出て、床に向かって十五センチぐらい、滑空してた。吃驚した。モモンガ?

滑空したハムスターはその後重力によって無事床に激突して、一ミリかそこらの鼻の穴からいっちょ前にほんのり血を滲ませながらヂヂヂヂ(クソデカボイス)ってブチギレてたんですけど、えっ今の何 滑空じゃん こいつモモンガじゃないよね? え? 人間の側が理解が追い付いていない。今の何だったの? え? 俊敏Sかよ。動きをカバーできないのは勿論、目視すら追い付かないんだけど、ウッソ、ネズミこわ……

何とかケージに戻すや否や鼻血が見る影無く消えた(あれ本当に鼻血だったのかな……)ブチギレハムスターは、今もケージの隅に身を隠しながら息をひそめています。また一匹、世に新たな観賞用ハムスターを生み出してしまったかな……お前はいつもそうだ。今回は殊に「人慣れしてる」ものを貰ってきたので、なんだかショックがでかいんですが、別に小動物に嫌われること自体は、初めてのことではない。慣れがある。

ハムスターとの信頼関係を構築できる余人と、何かハムスタ―飼育したことはあるんだけど、概ね漏れなく嫌われていく私との、飼育環境の間にある差を、未だに理解できていない。段取り悪い癖に見切り発車で行動していくところでは? と思わなくもないんですけど、その他のポイントを検討させて頂くと、餌、水、これに特別なものを仕込んでいるようにも思われないし、名前がなんだかんだ未だ確定せずなんですが、一応ネズミとか、ハムスターとか、ヒメキヌゲネズミとか、呼びかけはしている。

やっぱ、種族名で呼びかけるのが悪いんですかね? 好かれる基本は、個別名呼びなのでは? でもネズミからすると、そんなの極めてどうでもいいことと思うんですよね? だって体系だった言語システムとか、なさそうだし、そもそも使用言語とか、無さそうだし。しかしやっぱ種族名で呼びながら、いきなりケージから取り出して来る大型生物、どう考えてみても、好かれる要素がゼロ。

お前はいつもそうだ。ハムスターの反応は、お前の人生そのものだ。お前はいつも失敗ばかりだ。同日人間とのやりとりでもミスをして人の地雷を踏み抜いたようなので、いよいよもって誰もお前を愛さないという感じなんですが、今回は完結する前に、完全に停滞した紀行文をやり遂げることを通して、「お前はいろんなことに手を付けるが、ひとつだってやり遂げられない。」ここだけ挽回していこうと思います。

 

(一部の文章は旅行中にリアルタイムで書いていたものなので、ところどころそういう書きぶり)

 

いま、時刻としては15:44で、わたしはネーロイフィヨルドだったかなんだったか、とにかく世界自然遺産の、奥底みたいなところにいる。ナットシェル(後述)の真っ最中だ。旅行の最中から回顧すんなよ。テスト期間中は常に予習あるのみじゃんかっていうと、本当にその通りで、これにはもう、いくばくの有意義もなく、わたしはただ、スマホの電池を異国にていたずらに使い込んでいるわけなんですけど、とにもかくにも、フィヨルドの奥底、フロムのビジターセンターのベンチに、マジでたった一人でぽつねんと座り込みながら、ここで書き残したいことは、フィヨルド観光のハイシーズンは夏だぞ~~~~!!!!ということです。なぜわたしがいまここでひとり座り込んでいるかという理由も、ひとえにそれ。嘘です。事前にちゃんとメールを確認しなかったことと、己の英語力の貧弱さゆえです。ゴミです。

 

で、とっちらかった文章ととっちらかった状況をまとめてわたし、そう、わたしがいま何をしているかを、こう、つまびらかにしていきたいと思います。

 

渡航前】

羽振りの良かった親戚は往年、客船旅行でヨーロッパに行ったらしい。彼彼女は立ち寄ったノルウェーフィヨルドの美しさに感激した旨を、私と顔を合わせる度、しきりに語っていた。

後年故あってそっち方面に旅行する都合が出来たので、その話を思い出した私が調べてみたところなんか、フィヨルドっていっぱいあるらしいね? まぁいっか。見ればわかるやろ(鼻ホジ)

↑怖いことにこのテンションでフィヨルド行きを決める(伏線1)。

 

多分、正気じゃなかった。そういえば旅程を組んだの、学外発表*1直後だったなアレ。今この場から逃げたいという気持ちと、責務を成し遂げたことによる解放感が負の相乗効果をしていたんじゃないかと思う。

 

この時点で親戚はヨーロッパクルーズをしている時点で恐らく夏にそこに行ったのだとか、フィヨルドがどういった所なのかだとか、そういったことは一切調べていない。怖。何この無計画。キイロタマホコリカビだってもうちょっと慎重にルート作るって。

そんなキイロタマホコリカビ以下のルート策定ですが、現代のネット社会というのは恐ろしいもので、以下のウェブサイトより更なる知見を得ました。

dent-sweden.com

dent-sweden.com


なんでも、ナットシェルで鉄道チケット&バスチケット&クルーズチケットをまとめて予約すれば、ベルゲン→オスロ鉄道移動のついでにフィヨルドを見られるらしい。

なお、冬場は日没が早いので、オスロ→ベルゲンにするとこう、フィヨルドを見るどころではなく暗闇に包まれるらしい。

この時点で「冬場は日没がアホかってぐらい早い」という知識を得ている筈なんですけど、以降のプランニング段階において日没について顧みるとか意識するとかは特にしていないです。「愚」じゃん。

 

www.norwaynutshell.com

 

調べものをしている途中でナットシェルについて「日本語予約代行サイト」なるものも見つけましたが、まぁどこに頼んだところで値段は大して変わらないらしいことを確認して、私は公式サイトから自力で申し込むことにしました。

 

今思えば、ここが伏線2。

片足突っ込んじゃった棺桶みたいな分野があまりに英語で迫って来るせいで自分でも時々忘れますが、わたしは、基本的に英語が苦手。四年間を越える学生生活を通し、必要に迫られ英語を読むことへの抵抗が薄れただけで、そこまで必要に迫られていなかった受験時は、偏差値四割からのスタート。未だに、他動詞と自動詞の違いとか、あまりよくわかっていない。でもまぁ、ニュアンスさえ把握できればなんとかなるなる。あとはまぁ、必要に迫られればこう、未来の私がなんとかしてくれる☆彡

↑こいつほんと許せねぇな。

ただでさえ事前に発表が三度重なることが既に前もってわかっていたのに、どうしてせめて趣味シーンでの負担を減らそうとしなかったのか。

しかしまぁ、意図せずしてかなんかもうそこまで頭が回らないということもあって、やたらと伏線張りまくってる当時はそういう自省が全く無く、走り出したダンプカーのような勢いだけがあった。音速で申し込みを終える。

 

この時点でもまだ、ベルゲンとオスロの位置関係や、観光しに行くフィヨルドの場所、そもそもフィヨルドって何なの?ってことも、調べてないです。ウッソだろお前。

 

やがて自由意志に委ねられ過ぎた人生の夏休みが明け、自転車操業式に発表を繰り返すゼミや日常の些事、本業に身体を占められている内に「そういえばあれから、ナットシェルから来る筈と言われているチケット確定メールが来ていないな?」と思い出してから一週間を過ぎたあたりで、申し込み時点でナットシェルから送られてきた「確認メール」に記載された連絡先に宛てて、日本時刻で非常識な時間にメールを送ると、丁度向こうの始業時刻と噛み合ったらしく、十分ぐらいで返事が来た。

 

「送った筈だけど届いてない? 迷惑メールフォルダとか見た? まぁ念のためもう一回送っとくわ(意訳)(下線は筆者による強調)」

 

迷惑メールフォルダに入っていた。

 

問い合わせる前に自分で確認しろよお前(わたし)、自分の確認不足で人様の仕事を増やすな。クソか? 

 

それにしても、まぁ、折角送ってもらったので、送ってもらった方のメールを参照する。日付、間違いない。名前、間違いない。発着地、間違いない。強いて言えばメールの前文になんか、「Please note」って書いてある以下の部分がよくわかんないけど、文中に「follow hotel」とか書いてあるし、希望者向けのオプショナルサービスへのご案内やろな。希望せんかったらええやろ(伏線3)。

 

この辺りから私生活がアホか?っていう予定の詰め込まれ方を見せ始め、私は旅程について考えるのを放棄した。

旅行計画と同じく私生活のスケジュールも同一の馬鹿が組んでいるので、渡航直前に三日間連続で発表が重なる。クソか?

結果ガイドブックも大して読み込まず、ぼんやりとした不安を抱え、歯車から逃げるように渡航。気持ちとしては、高飛び。

 


【12月某日、ベルゲン滞在二日目】

前日夜にベルゲン入りして、暗闇に浮かぶフロイエン山の際、地元の若人が乗り回すスケボーが、バス停すぐ側にある立体駐車場のコンクリを擦る音の響く中、ホテルを探して右往左往した結果、SAN値がゴリゴリに削れたり、オイルサーディン的な、一尾ずつ入っているのを期待して缶詰を買ったら、意外に鯖の味噌煮系の缶詰(魚のトマト煮)が入っていて、当然箸やスプーンの手持ちなど無く、よく考えるとこの時点で一階の共用キッチンを見に行けばよかったんですけど、残SAN値がヤバくて部屋を出る気力が最早残っていなかったので、ちょうど手持ちの左手で缶をほじって食べたりしてからシャワーを浴びて、一日ぶりに横になって眠り夜を越え、ベルゲン滞在二日目は、八時起床。しかしここは高緯度ゲッテルデメルングなので九時まで朝日が昇らないし、実際に日の光らしきものをしっかり拝めるのは十時以降。

は? 

体感でいくと、冬のベルゲンの朝九時が冬の東京の朝六時、朝十時が朝六時半。さらにこれは豆知識ですが、高緯度なので太陽は基本的に南中しません。

博識な皆さんからすると、え? お前何言ってんの当たり前だろ馬鹿なのと思われるに違いないのですが、しかし実際に南中せず、何となく山際をずーっとへばりついてる太陽、見てみ? その日は一日晴れているのに、一日中朝が続いたような有様だった。そして不意に朝日が力を失ったと思ったら、途端に夕日に変わった。正午前に夕焼け手前、冬の東京でいう十五時半ぐらいの黄色の日の光が、早速山際へ沈もうとしている光景、本当にショックだった。マジ? みたいな。自分が知っている、これまで生きていた感覚が悉く裏切られる異世界体験。日が昇らないし、空は晴れないし、夜が余りに長すぎるし、クリスマスイルミネーションがある中心部は兎も角、そこから外れた駅向こうのホステルがある方面はマジで暗闇だし、グーグルマップでホテルの位置を確認した時は、さも自分大通りですよ顔をしていたホテル前の道が、実際見てみると、片側一車線街灯ナシの暗夜行路。恐ろしい土地に来てしまった。

 

ところで本筋はベルゲン滞在二日目に行ったナットシェル関係のステップの話なんですが、

ナットシェルの予約には「ネット予約」か「現地予約」の二種類があります(現時点)。

ネットで予約できるナットシェルは基本的に早朝(午前八時代発)発の便のみなんですが、現地窓口で予約するとなんだか色々時間の融通をして貰えるらしい。2018年11月時点ではWWWに体験記が掲載されていた気がしますので、各自頑張って調べて下さい。

 

今回私は「ネット予約」をしました。

ネットで予約すると、実際の行程で必要になるチケットを「現地受け取り」にするか、「郵送してもらう」か選べます。集合知によると、ヨーロッパじゃないところに郵送してもらうことにするとハチャメチャに時間かかったりするらしいので、やめた方がいいみたいです(私調べ)。

現地でチケットの受け取りをする場合は、出発時間の三十分前までに、起点駅(スタート地点)のインフォメーションセンターで申し出るともらえます。私はベルゲン駅のインフォメーションセンターで受け取りました。

ノルウェー国鉄駅は改札が無い(電車内で切符をチェックされる。無いと高額罰金が発生する)ので、ベルゲン駅の中にズンズン入って行ってプラットホームに出ると、右手にインフォメーションセンターがあります。そこで受け取りました。

ノルウェーの施設って出入り口が普通に分かりづらいのがクソ多いんですけど、インフォメーションセンターばっかりは出入口にこれ見よがしな感じで「i」って書いてあるので、すぐわかります。その中に入って、「ナットシェル」「チケット」というようなことを窓口の人の前で呻くと、相手も慣れたもので「ご予約者のお名前は何だ」とスムーズに話が進みます。

ベルゲン駅のインフォメーションセンターは、平日8:30から19:30まで空いています。休日はもっと短い。こういうような情報は、ナットシェルの手配完了メール*2に諸々の記載があるので、そこを参考にして下さい。

 

【ベルゲン滞在三日目→オスロ滞在一日目/ナットシェル当日】
《8:15》

ナットシェル当日である。

最早故郷と言っても過言ではない(過言だ)古巣こと宿を後にする。

 

citybox.no

 

今回滞在したのはシティボックスベルゲンというところなんですけど、ここ、最高でした。屋根があるし、お湯が出る。浴室には床暖房があります。リーズナブルに泊れて、鍵のかかる個室がある。本当に最高。

諸々の経費削減の為ケトルとかテレビとか電子レンジは一階の共用部のみ、冷蔵庫を使いたい人間はそこに記名して冷蔵庫に入れろという学生寮チックな仕組みなんですけど、学生寮(イギリス)と比較してマジ綺麗で清潔なので最高です。

冷蔵庫の治安は確認してないんですけど、まぁ学生寮よりはマシなんじゃないかな、多分。私は滞在した時期が12月だったのと、部屋の暖房の効きが普通に悪かったので、冷蔵庫は必要なかったです。それでも場所柄建物自体の気密性は高いので、外と比べると全然暖かく暮らせるんですが、一点問題を上げるとすると、部屋がいい感じに冷えてた。

それにしても、原因は不明なんですが何故か部屋のグレードアップが行われていたりしてマジで住みよかったですし、何より綺麗で、良い空間でした。以降の旅程でも、定期的にここに帰りたくなります。

 

それはさておき、

 

ホテルをチェックアウトして、まだ夜明けの来ない中、一路駅へ向かう。

シティボックスベルゲンからベルゲン駅までは、だいたい五分足らずの一本道なので、一度道を覚えてしまえば、スーパーマリオの1-1より楽勝です。強いて言えば、煉瓦造りの駅舎が、周囲の建築物と馴染んでしまって、入り口の木製のドアなんかが閉じてたりすると、わりと普通に駅の入り口と気付かずに、通り過ぎたりすることぐらい。

この辺りで「えっ、私このトランクゴロゴロ転がしながらフィヨルド見るの?」みたいな、自分の選択の浅はかさを思ったりしてるんですけど、道行を共にした人々も、みんなトランクゴロゴロしてましたし、ベルゲン→オスロとか、オスロ→ベルゲンで移動する民は、みんな大なり小なりトランクゴロゴロするもんなのかなと思います。トランクゴロゴロしながらでも普通に見て回りは出来ました。まぁ、多少邪魔ですが。

 

《8:30》

列車の発車時刻は43分で、まだ時間がある。この時点で一応朝食は済ませていたものの、室温でいい感じに冷えたパン(二つで15NKぐらい)と、昨日の内に購入した紅茶系ソフトドリンクのペットボトルに水道水を入れたものだけでは熱量が足りないので、駅の売店でホットドックを買う。

 

駅のキオスクみたいな所に入る。

レジ横にセルフサービスとして置かれているケチャップのメーカー名が「イドゥン」で、かつて拝読した某同人誌(ジャンルは察してくれ)のタイトルを思い出す。イドゥンのケチャップは空だった。仕方がないので、こちらも死に体のハインツのケチャップと、なんか水っぽいハインツのマスタードを掛けてから、席に戻る。

 

《8:43》

列車が動き始める。昨日集合知仕入れた事前情報によると、ここの車窓からの景色も結構乙なものらしいが、この時刻ではロクな日の出をしないので、外の景色も大して見えない。むしろ列車内の方が明るいので、アホ面でホットドックを齧る観光客の顔が見える。この辺りで車内の温度に耐えかね、かぶっていたニット帽と上着、その中に着ていたフリースを脱ぐ。マトリョーシカか?

人影が多いという程でもない車内には、アジア人が四人居た。内一人が私、私から見て、通路を挟んではす向かいに座る二人連れの女性、私から見て通路を挟んで隣に座る一人のアジア人女性。私を除くと、皆中国人であるようだった。通路を挟んで隣に座るアジア人女性とは何度か目が合ったが、話しかける理由がなかったので、話しかけなかった。そして一人沈黙を守りながら、ノルウェー国鉄(NSB)鉄道内無料Wi-Fiにアクセスを試みるも、トンネルの多さ故か、すぐにアクセスが弾かれる。諦めてぼんやりと車窓に映る自分の影と見つめ合う。

時々車窓の向こうに、微かに見えるノルウェイの森、その木々のどれもが、積もる雪の重みにしなっていた。魔界?

 

《9:56》

トンネルを抜けると雪国であった。

ベルゲンは海流の影響によりエライ高緯度な場所にありながら、雪は大して積もらずむしろ雨が降ってるんですけど、油断して(?)少し内陸にいくと、普通に雪、積もってる。北欧だ~~~~~~っ(興奮)

 

ちなみにここまでで利用しているノルウェー国鉄、車内アナウンスは基本ノルウェー語のみ。一方のノルウェー語さん、時々、アルファベット表記のスペルから、想像だにしない発音を繰り出してくる。特に相手は地名。日本語でも時々訳わかんない読みが発生するフィールドで、正しく聞き分け降りられるか、しかしスペルがVossなんだから、良くも悪くもフォスかヴォスあたりで、まぁ聞き取れるんじゃないか、だいじょうぶかこれほんとに、等と、当地に降りるまで戦々恐々としていたんですが、ヴォス(Voss)の駅はナットシェルの利用客が多いからか、ヴォスに近づく時だけは、「お前らが降りるのはここだぞ」というアナウンスを、英語で二度繰り返していた。

 

《10:05》

ヴォスの駅にも、随分と雪が積もっていた。北欧だ~~~~~っ(二回目)
駅舎内に土産物屋やトロールなんかが居たが、次のバスの集合時間が10時10分の為、外から見るだけに留めた。

www.travel.co.jp

 

事前に読んだ旅行ブログの紀行文などによると、オスロ→ベルゲンの場合はここが自由行動の場になるらしくて、というか、ヴォス、なんか旅行サイトにも掲載があるし、結構フィヨルドの入り口として栄えているらしくて、何より、戦前の姿を留める石造りのヴォス教会とやらがあるらしいんですけど、わたしは日の丸仕込み集団行動のプロなので、大人しく観光客の集団に従い、トランクを引き摺りながら、駅から工事現場の上にあまった工材で一時的に設置された感じのスケスケの橋を渡り、集合場所の駐車場へ移動。ようやく夜が明けたはいいものの、ここで粉雪が舞い始める。あ˝あ˝あ˝あ˝眼鏡!!!!眼鏡が!!!!!曇る!!!!!!!


眼鏡を庇いながら駐車場に移動すると、駐車場内には複数台バスがあったが、今にも出発しそうな感じでスタンバイをしているのは二台。フロントガラスに、トイレ停車中の夜行バスの行先表示みたいな感じで「nutshell」と書いた紙が貼ってあるので、その内の手前の一台に荷物を預けてバスに乗る。バス内が暖かく、眼鏡が曇る。

これまで同じ列車の車両に乗っていた中国人二人連れの後をなんとなくついていき、そのまま流れで彼女らの後ろの座席に座った。暫くして乗り込んできた、これまた同じ車両にいた一人参加の中国人が、少しきょろきょろしてから私を見つけると、無言で隣に乗り込んでくる。

色素薄い人間が多数派だとアジア人の顔が目立つのか、日頃見ない顔が多数派のところで、見慣れた顔の上でついつい目が留まるのかどっちなんでしょう。私も何となく彼女らと固まって歩こうとしたし、同じような意識の引力が相手側にも働いていたような気がした。程なくしてバスが発車。

 

《11:00頃 この辺から時間の記憶がアバウトになる》

ヴォスからグドヴァンゲン(Gudvangen)までバス移動。バス内がアホかってぐらいガンガンに暖房きいてて、普通に眠い。窓の外では粉雪が散っており、視界が白くけぶっていた。駅前から五分も走ると、アパート的な集合住宅や店という店が車窓から消滅。森の中にぽつぽつと家や、開けたところ(恐らく牧草畑 雪にコーティングされた牧草ロールが見えた)といった景色が続くが、どれもこれもが白い。わ~~~~っ北欧の雪~~~~~~~って、興奮はするんですけど、同時に酷く遠いところに来てしまった感がある。隣には観光客であること以外特に関わり合いもないし、第一特に知り合った訳でもない中国人がいる。

 

《11:50頃》

グドヴァンゲン着。なんかデカイ水辺の側の、パーキングエリアのようなところの、駐車場に降ろされる。粉雪はみぞれに変わっていた。眼鏡に水滴。

チケットを確認すると、ここで一時間休憩の後、13時発のフェリーに乗り込むらしい。

 

パーキングエリアの建物内は大きく二つの部分に分かれ、駐車場側の手前エリアは土産物、奥は軽食エリアになっていた。それにしてもノルウェー、この後の行程でも土産物っていうと、きみもなりきりヴァイキングみたいなヘルメットを始めとするヴァイキングモチーフのもの、イボのある鷲鼻が特徴的な顔に引き攣ったみたいな笑顔を張り付けたトロール、時々樽床教会モチーフのマグネット等々、あとは毛皮なんですけど、ベルゲンもオスロも土産物のテンションが大体同じで、面白いなと思いました。何その統一感。

いやほんと、私の目の付け所がゴミってところは存分にあるんですけど、地方色が息してない。ご当地トロールとか、探せばあるんだろうか。或いは私がその差異を見分けられてないって可能性はほんと存分にある。違いの分かるヒトになりたい。

グドヴァンゲンパーキングエリア(暫定)の土産物屋は、特にヴァイキングモチーフに気合いが入ってて、ルーン文字が刻んであるネックレスとか売ってました。どうせ高いだろうと、値段は見なかった。日本語ガイドブックもあった記憶がある。

 

奥の軽食エリアに話を移します。ところで私、結局ナットシェルの全行程で三本のホットドックを食べる(暖かくて安価、最高)んですが、グドヴァンゲンパーキングエリア(?)内軽食エリアのホットドックは、この後乗るフロム(後述)行きフェリーの店よりだいぶ高かったので、ナットシェル道中にてホットドックを食べる際は、グドヴァンゲン以外をお勧めします(個人の感想です)。

 

パーキングエリアの中で一番長い時間滞在したのは、軽食エリアとお土産エリアの狭間にある、螺旋階段のふもとの暖炉の側、ソファーの置かれた休憩スペースだった。概ね八畳ぐらいの広さのスペースには、観光客が詰め寄せていたし、私もその一人だった。
ソファの奥に置かれたテレビでは、クリスマスリースの作り方レシピを紹介していた。けれども、それをあまり長く見ていた記憶もない。パーキングエリア内にはフリーWi-Fiがあったので、もっぱらツイッターを見たりピクシブを見たりして時間を潰していた。旅情も息してない。

 

《13:00頃》

グドヴァンゲン発フロム (Flåm)行きのフェリーが出発する。後述するフロム鉄道と併せて、ナットシェルのハイライトです。

出航して暫くもしない内に船着き場は見えなくなり、あとは大自然の威容を、ひたすらに目の当たりにすることになります。

首を上に上に、仰ぎ見ても見果てぬ程の規模の岩々が、鋭い岩肌を晒しながらそそり立っている。空模様はみぞれ交じりで、フェリーの進む水面は陰鬱な灰色、時々岩肌の合間にぽつんと立っている枯れ木。強烈な威圧感を放つ、陰気な色彩の風景が、延々と続いていきます。

視界、見渡す限り、圧倒的な大きさの岩と水ばかりで、進むフェリーのエンジンの音と、同行する旅のものたちの話し声と、それ以外は、耳が痛いぐらいの静寂。無生命空間。宇宙ってこんな感じ? いや、探せば生命、雪の下とか水の下とかに息づいていると思うんですけど、一瞥して、陰鬱な光景。わたしはそういうの好きなので、凄い楽しかったです。北欧の方の絵画っていうか、例えばハマスホイの画面の陰鬱な感じが好きな人は、割と好きな光景だと思います。でも多分、景観としては、夏がハイシーズンだと思う。冬のフィヨルド、それはそれでいいんですけど、「クルーズ!」って光景じゃないもん。強いて言えばなんか、「巡礼」に近いものを感じる。巡礼もしたことないので、適当言ってるなぁコイツと流して下さい。

 

そうこうしてフェリーで運ばれている内に徐々に天気が回復してみぞれが止んだんですが、いずれにせよスキー場の気温なので、大して長い間外に出て居られる訳でもなく、迂闊に写真ばっか取ってると、手がヤバくなります。冷える。恐ろしく冷えたスマートフォンをポケットにしまいつつ、手を擦りながら船内に撤退。


人間寒いと生命維持に体力使うもので、なんかもうすさまじく疲弊する。夏の憔悴ぶりと比較するとまだ健康的な感じがしますが(個人の意見)、空腹になるまでの速度が凄いし、意外と喉が渇く。船室で三本目のホットドック購入。いくらか忘れましたけど、グドヴァンゲンよりは安価、ソーセージやパンの種類を選べてビックリした覚えがある。あとケーキとか売ってた。高いので買わなかった。

 

しかしここまで来てあまり船室に長居するのも癪なので、程なくして外に出る。甲板二階のベンチに座りながらフェリーのフリーWi-Fiで、「フィヨルド 地理」と検索。ここでようやく、フィヨルドについての知識を入れようとし始める。目の前に見えてる厳めしい絶壁が、他ならぬフィヨルドさんなんですけど。

というか、ここで私、何故か「地理的知識」に限定して仕入れようとしていて、肝心のフィヨルドの位置とか、今目の前にあるフィヨルドの名前とか、ここまでで全然わかってないです。暴挙か? 

この暴挙検索過程で、フィヨルドの地理的形成について、ようやっと復習等もしたんですけど、

 

フィヨルドは氷河によって削り取られた地形です。そのため土壌が削られ、土地がやせています。ノルウェーでは耕地面積は国土の3%以下であり、農業には向いていません。
フィヨルド:偏西風が当たる海岸に分布」<http://chiri-tabi.com/chikei/fjord.html>、「旅の情報~地理の世界から~ 」、2018年。(最終確認日 2019年3月25日)

 

ここで、産業革命以前のノルウェー、この世の地獄の一つでは……? というようなことを考える。そんなことない! ハンザ同盟とかあったし! 栄えてるところは栄えてる! しかし、ペストで人口ばっさり半減とかしてなかった……? というような思考を続けながら、眼前の絶壁とかすげぇ岩を見てると、なんだか見る方の気持ちも変わりますね。大自然の威容、土地がやせています……。

 

ちなみにフェリーの上では、これまで移動の度ゴロゴロゴロゴロ転がしていたトランクを船室内に放置して行動していました。流石にフェリーに乗り込んでまでの部外者は居らんやろという賭けに出ていた。

道中、船室に放置した私のトランクの側の座席で、中国人女性たちがasian lady teamなるものを作って盛り上がっているのを見た。いかにも渦中のお姉さんの所持品って感じで、そこにあるのは、私のトランク。ただトランクだけが、新たに生まれた人々の関係性のともしびに、暖かく照らされていた。俺も仲間にいれてくれ~~~~~~(栄誉ある孤立)

 

《15:00頃》

クルーズ終了、フロム着。ここから二時間ぐらい待ってから列車に乗って戻るんだ~~~~~というようなことを思いながら私は着々とフラグ回収への歩みを進めているが、私はまだ伏線を知らない。

フロムの船着き場は清潔で現代的な感じ、インフォメーションセンターも、既に十分整備されていたベルゲン以上に整備されてる感じなんですけど、船着き場から駅まで、300メートルもなさそう。お土産物屋二軒と、駅に隣接したインフォメーションセンター、駅の裏手にある小規模な博物館、以上。フラム終了。街? ここで二時間潰すの? でも夏場だとなんか、ここでボート漕いだり、ここを基点に登山? とか、できるみたいです。インフォメーションセンターには、日本語/中国語のフロムとレキングガイドみたいなマップが置かれていた。

ちなみにここ、フロムの近郊には、「アナと雪の女王」の氷の城のモデルになったと言われる、ボルグンスターヴ教会があると噂なんですけど、インフォメーションセンターの地図で見た感じ、だいぶ遠い。徒歩じゃ無理だろこれ。今記事にするためにGoogleで調べてみたら、車で一時間ぐらいのところにあった。

日本からはるばる飛行機で随分飛ばして来てるので、今更車で一時間なんて誤差だろ誤差と思われると思うんですけど、トランク持って、異国、私は一人、なんか曇天の外では、また粉雪が舞い始めて、段々と薄暗くなっていって、というかこの山道に、タクシー呼びつけたら来るの? おいくら万円する? え、ここ、タクシーあるのかな 今思えばインフォメーションセンターの人が車出してくれたりしないかなとかいう厚顔なことも考えられるんですけど、先進国なのであんまりそういうバグは期待していない。実際、どうだったんでしょうね。兎角私は愚かだったので保身に走り、取り敢えずフロムのこの直径300メートル以内の空間で二時間、潰して見せようじゃないかと開き直った。

そして、いずれにせよトランクゴロゴロしながら歩き回るのウザいなと思って、インフォメーションセンターの女の人にトランク預かってくんない?と頼んだら、快諾してくれました。フロムのインフォメーションセンターで、トランク、預けられます。

 

《15:30頃》

寒さに起因する空腹を抱え、土産物屋に併設されたカフェに入る。まだ乗って来たフェリーが船着き場に残っているので、フェリーに紐づけされたフリーWi-Fiを用いながら、ツイッターをチェックしつつ入店。

ここはフィヨルドの終点、ボーイズラブ漫画でいうS字結腸のエリアにいるからか、物価がバグっている。お湯が300円(20NK)の世界線。どうせ高いし、とりあえずなんでもいいからこの土地のものっぽいものを購入しようと思い、アホサイズ(手の平いっぱいぐらいの大きさ)のメレンゲ等に目移りしながら、skollebollerを購入。暫く懐で温めて、実際にこれを食べるのは三時間後とかなんですけど、なんか薬草の味がするジャムパンでした。ノルウェー領内で食べたもので一番、素直に美味しかった。

 

《15:44》

冒頭。

 

いま、時刻としては15:44で、わたしはネーロイフィヨルドだったかなんだったか、とにかく世界自然遺産の、奥底みたいなところにいる。ナットシェル真っ最中だ。旅行の最中から回顧すんなよ。テスト期間中は常に予習あるのみじゃんかっていうと、本当にその通りで、これにはもう、いくばくの有意義もなく、わたしはただいたずらに、スマホの電池を異国にて使い込んでいるわけなんですけど、とにもかくにも、フィヨルドの奥底、フロムのビジターセンターのベンチに、マジで一人で座り込みながら、ここで書き残したいことは、フィヨルド観光のハイシーズンは夏だぞ~~~~!!!!ということです。なぜわたしがいまここでひとり座り込んでいるかという理由もひとえにそれ。嘘です。事前にちゃんとメールを確認しなかったことと、己の英語力の貧弱さゆえです。

というのは、2018年11月某日、ナットシェル公式から送られてきてわたしがしばらくプロポーションのメールボックス?で寝かせていた予約完了メールには冒頭に以下の文章が記載されていました。

 

Please note: If you prefer to take the Flam Railway in the best daylight we recommend you to take an earlier departure from Flam to the station Vatnahalsen at 14.40 arriving at 15.21. There is a path you can follow to the hotel. You can then spend the time at the Vatnahalsen Hotel, buy a cup of coffee etc. before you take the next train to Myrdal Station at 17.32 arriving Myrdal station at 17.40. You follow the original departure time from Myrdal to Oslo. You use the same tickets as you have booked. Please also see: http://vatnahalsen.no/en/

 

で、これなんですけど、

序盤のpreferの辺りまで読んで「希望者に向けてやな」と飛ばした過去のわたしさんのお陰で、いまの私は、多数の観光客を詰め合わせて発進していった列車を見詰めながら、フロムのビジターセンターのベンチに一人佇んでいるし、やがてナットシェルの旅程における大きな目玉の一つであるフロム鉄道にて、「右手をご覧ください、あの教会は~~」っていう車内放送(ノルウェー語/英語)を聞きながら、右手の車窓から見える完璧な暗闇にうつる、自分の顔を見ている。窓の外、パーフェクトな闇。ようこそダークサイド。

 

というわけで、冬場フィヨルドされる方はほんと、早めのフロム鉄道に乗って、日のあるうちにフィヨルドの絶景を、見てください。

わたしはなんか、所々車内のあかりを照らす白い雪がぽっかりと途切れた瞬間、口を開くフィヨルドの闇を前に、不安を胸をかきむしられているんですが、こういうことにならないように………(たぶんこれ夏場はパーフェクトな夕焼けフィヨルドタイムなんだと思います。)

 

そして愚かにも14:50の電車を見送ったわたしのフラム(船着き場から港まで300mもなさそうだし、それ以外のエリアに迂闊がいくとたぶん間違いなく遭難する)でのスポットを以下に紹介します。

 

フロムツーリストインフォメーションセンター
毎日17:00まで営業(2018年12月時点)、トランク等荷物を無料で預かってくれる。あとクリスマスの飾りかなんか知らんけどお菓子で出来た町並みやオブジェを展示しています。かわいい。いいにおいがした。

 

インフォメーションセンターに隣接した土産物屋1(ノルウェー土産)
16:00まで営業してるらしいんですが、15:30に鍵しまってた。は?

 

インフォメーションセンターに隣接した土産物屋2(フラム土産)

水道水持ち歩きようの再生プラスチックを利用したボトルとか、他になんか石鹸とか、意識高そうなハンドメイド品を売ってる。あとクリスマスが近い為か、なんかかわいい図面のチョコレートも売ってました。

 

インフォメーションセンターに隣接していない土産物屋

特に特筆するところがないんですが、インフォメーションセンターに隣接の土産物屋1より、布系の品揃えがよかった。普通に土産物屋。

 

上述の土産物屋に隣接したカフェ

ここがお湯が300円(20ノルウェークローネ、1NK=15円で換算)のバグカフェ。店内にはいい感じに暖房が効いていて、おしゃれな感じのカフェっぽい丸テーブルの上にはひとつひとつ蝋燭が点火されていて雰囲気ばっちりなんですけど、ここは軽減税率が導入されている世界線なので、少しでも安く上げるために雪が降る中外のベンチでお湯を飲む。ここに限らず旅程は基本的にそんな感じなんですけど、喫煙所の横のベンチに座ったのもあって場末のスキー場に来たような気分になった。スキー場十年来行ってないので、もう完全にイメージの中のスキー場でしかないんですが。

ここで買ったジャムパン???みたいな、なんかよくわかんない名前の顔サイズのパン(skolleboller)、パーフェクトにおいしかったです。 これの話を他の人間にすると「あーデニッシュのことね」って言われるんですけど、デニッシュじゃないです。デニッシュ生地じゃない。是非試してみて下さい。ハーブの香りがします。

 

フロム鉄道博物館

16:00まで、入場無料でフロム鉄道の歴史についての展示を見ることができます。展示はノルウェー語/英語のみ。ジオラマや当時の駅施設の再現、映像展示など、見て楽しめる要素も多くて寒さ凌ぎに絶好のスポットでした。土産物屋も併設されています。

 

屋内施設は以上

 

夏場は水場のアクティビティとかトレッキングとか、色々あるみたいです。ちょっと足を延ばしてスターヴ教会とか、マジでオススメなんだろうな……などと……

 

《16:23》

諸々中略しますがこの辺りから冬場のフロムを歩き回って時間を潰すことに限界が生まれ始め、乗り遅れたマンが各々インフォメーションセンターにバラバラと集い始めるんですが、顔ぶれがみんなやはり、アジア系というか、おそらく中国人。なんかおしゃれなヘアスタイルの、一見して大学生の集団だったので、上海とか香港とかその辺の、南部の人じゃないかなと勝手に当たりをつけていた。

やはり「高緯度の日照」がどういうことかよくわかってない奴が、Please note: If you prefer to take the Flam Railway in the best daylight…の意味をとれなかったか、それか普通に乗り遅れるかしたんだろうなと勝手に確信する(偏見だ)。

 

《17時頃》

フロム鉄道に乗車。


この鉄道、恐らく車窓から見える雄大な景色がウリの一つっぽいし、車両自体もめちゃめちゃ気合入ってて、明治大正期の一等車両、ニスの効いた木目が美しく車内の灯りもレトロ仕様、千と千尋の神隠し豪華バージョンといった所の車両なんですが、乗り込んだのは私と西洋人のおっさんしかいないし、インフォメーションセンターあたりで一緒に固まってた乗り遅れアジア人グループ、どこいった? あとなんかオッサン一人で笑ってるし、私もまぁぶつぶつ一人でしゃべりながら、座席でジャムパン齧ってますけど、おまえどうした? というメモが、Gmailの下書きに残されていましたが、そののち無事アジア人男グループたちと合流しました。特に会話はないし、座席も離れたところに座っていますが、心としては最早合流。

 

やがて動き出したフロム鉄道は、多分スターヴ教会についてとか、この近辺の雄大な景色とかを英語/ノルウェー語で解説してくれるんですけど、車窓の向こうはパーフェクトな闇ですし、車内の灯りに照らされアホ面で外を見る見慣れた顔が良く見える。あなただ。わたしだ。

 

唯一フロム鉄道に日没後に乗ったメリットというか、単純に「日没後に乗って映えたもの」なんですが、七色にライトアップされた、トロールの氷漬けを見ることが出来ます。七色に光る氷の彫像トロールと、その奥で完全に凍った滝が、同じく七色にライトアップされていた。電車はそこで五分ばかり停車して、アジア人グループ(別に知り合いでもない)と私は、はしゃぎながら粉雪の舞う中、ちょっとした広場に出て、凍結した滝とか、屋敷しもべ妖精っぽい、トロールの彫像の写真を撮ったりしました。

後で調べてわかったことなんですが、ここが恐らくKjosfossen(ショースフォッセン)駅だったんじゃないかな……フロム鉄道的には、割と目玉の一つのようです。先入観を持たずに行きすぎ。

 

《18:00頃》

Please note:の意するところを正しく解読し、Vatnahalsenのホテルで正しく冬のナットシェルの醍醐味を満喫した勢との合流。当初私は、いや、闇の中で七色に光るトロールの氷漬け見たのは多分我々だけだし、みたいな、謎の対抗意識を持っていたんですけど、ベルゲン駅から一緒に乗り合わせていた中国人二人連れと、一人とか、その辺の、アジアンレディスグループの人たちが、雪塗れの荷物と一緒に、興奮した様子で、口々に笑い合いながら列車に入って来るのを見て、わたしなんだか、心が折れてしまった。

「正しさ」は間違いなくあちらにある。それだけが、はっきりとわかった。敗北者は座席に縮こまりながら、船を漕ぐふりをした。

 

《18:30頃》

ミュルダール(Myrdal)着、ここからオスロに向かう鉄道(ベルゲン鉄道)に乗り換える。


ここはなんかもう、ちょっとした田舎の無人駅で、駅舎はあるんですけど、日没過ぎて、売店全部締まってて、明かりだけがついてる。ここに金田一が居たら、絶対殺人事件起こってるわ……毛利小五郎でもダメだわ……っていう感じ。絶望の駅舎。

時折暗闇の向こうから、切り裂くみたいな灯りが見えて、列車かな???って思って、粉雪の吹きすさぶホームに出ていくと、貨物列車が通り過ぎていく。私の周りはいつの間にか完全に中国人(推定)観光客ばかりで、そんなアジア人ばっかだったか? この行程。と、無人駅に佇むアジア人の私は首をひねったんですけど、言われてみれば確かに、ベルゲン→フィヨルドオスロ(ベルゲン→オスロ間は普通に六時間ぐらいかかる)とかいう、よく考えると強行軍に他ならないスケジュールで行脚するのは、地球の裏側方面からここまで来てるお前らになるよなっていう、納得の顔ぶれではあった。東京→大阪間で富士山登山してるみたいな感じでしょうか。新幹線だったら四時間とか、そんな時間かかりませんけど……無理してんだ、俺達……

次なる列車を待っている途中、貨物列車が数度通り過ぎたんですけど、我々は皆誰が言い出すでもなく、皆でホームに出て行って、通り過ぎるコンテナを見送り、自分たちの載る列車ではないことを確認していた。

ミュルダールのその駅に、置き去りにされるかもしれないという可能性への恐怖が何よりも強く、トランクを引き摺りながら私の足を動かす、その力となっていた。なんてったってここ、ほぼS字結腸だし。外は森だ。森しかない。粉雪の吹きすさぶノルウェイの森。さっきまで思う存分、暗闇にぼんやりと稜線の浮かぶフィヨルドの威容をしっかり見た後ですし、もうこれ以上人の居なさそうな場所に居ることが恐ろしかった。大自然という恐怖。

日本人、すぐに「古くから我々は自然と共存してきた」とか言いますけどね、何を以て「共存」というかとか、その成否がどこにあるかとか、お前もののけ姫見たのかよとかは、兎も角として、お前の言う共存が出来るような「自然」が優しかったんだ。ここの自然は、恐ろしい。ここの自然と渡り合うにはそれこそ、強くなければ生き残れない……ここはロストベルトNo.1……目と鼻の先、すぐそこに広がる獣国……

 

この後18時後半にミュルダール(無人駅)のホームに無事停車した列車に、闇市帰りか?という必死さで一同乗り込み、ようやっと一息ついた。電気の元でこそ、人間は心から息が出来るなと思いました。

それにしてもノルウェイの列車(ベルゲン急行)、一等(コンフォートクラスと言うらしいです)と二等が日本のグリーン車みたいに露骨に書いていなくて、私は前日時点でロクにチケットをチェックしていなかったので、誤って一等に乗り込み、チケットを見回りに来た車掌に「お前なァ……」みたいな呆れ顔で見られたんですけど、私がオドオドとして見るからに英語通じ無さそうな顔だったからか、「別にいいぞ、座ってろ」と言われ、罰金を免れました。レアケースだったと思う。

当時は、食堂車(最前列車、メニューを見るに寝台車利用客向けのライトミールの提供とかもしてた)終わってるし、水も買えなかったし、フロムの駅の便所の手洗い場で、自動センサーを誤魔化しながら汲んだ便所手洗い水をゴクゴクしながら、以前後輩がお土産に持って来てくれた、モンゴル土産のチョコレートを齧りつつ、暖かいものが食べたいと、なんだかいじけたような気持ちで、チェッ、なんだあの車掌、厭味な目付きで睨みやがってと、一人で荒んでたんですけど、お前、たぶん、相当温情掛けられてたぞ、と思う。

世界一物価の高い国の罰金があそこで発生してたらほんと、ヤバヤバだったので、感謝して下さい。あの節は本当にありがとうございました。あの時救って頂いた旅客で御座います。反物織れるように、ユーキャンで資格とっとこう。

 

ここまででもう三度目になると思うんですが、ベルゲンが海流の影響で雪が降らず温暖な気候であるというのは本当で、ミュルダールから更にオスロに向かって内陸に進むにつれ、車窓から積雪が見る見る内に厚くなっていくのが分かった。

時折雪深い謎の駅で降りていく人影を見るにつけエッ……ここで降りるの……?YOUは何しにGOLへ???というかGOL、ベルゲン急行内のフリーWi-Fiで調べるに「ゴル」なんですけど、どう聞いてもヨルとかオルとかそんな感じの発音で、えっ私本当に今乗ってるのベルゲン急行なの?????キサラギ駅とか、出て来たりしない??????みたいな、出所不明の妄想や不安に苛まれる等したんですけど、この謎は後の行程のデンマークにて、現地滞在中の知人によって解かれました。なんか、向こうの言葉、Gを、発音しないらしいね? 知らんけど。

 

暗夜行路ベルゲン鉄道ではNSBのフリーWi-Fiがビュンビュン飛び回っていたので、座席に根を生やした私はひたすらツイッターで呟きながらピクシブを閲覧し時折浅く眠り、走行している内にやがて来たるオスロ着が、22時も終わる頃だったんですが、幹線道路沿いのオレンジ色の光の周囲に、徐々に人の居る白い灯りが見えるようになって、最後ようやく、自然の威容が目に入らない、見るからに人工の建築物に囲まれた都市に列車が止まったとき、私は心底安堵した。ぶ、文明の光……! 

まぁすぐこの後首都オスロ24時って感じで、どこからともなく響く推定酔っ払い男性の「ア˝ーーーーッ!!」っていう絶叫から逃れつつ、粉雪(増量中)の中オスロ駅裏を、雪塗れで彷徨うことになるんですが。

 

ナットシェルを終えて

ほんと、俺の屍を越えていけ~~~~~~~~!!というか、普通の観光客はこんな脳味噌粘菌以下状態でナットシェル始めないと思うので、拝啓 過去の私へ といったところになるんですが


①メールを読め ほんと、メールをよく読んでほしい。真剣に

②調べろ フロム鉄道とか色々見どころあっから、調べろ。そのついでに高緯度だからそうじゃん日が沈むじゃんとか 思い至って せめてこの辺のウェブページは見てから行ってほしかった お前ベルゲン急行の名前も良く知らない状態で乗りやがったもんな。トーマスクック先輩がヨーロッパ景勝ルートって紹介してんだぞ。まぁ私が乗ってる時間はパーフェクト暗闇とどこまでも雪景色だったんですけど。

 

www.tumlare.co.jp

www.tumlare.co.jp

 

③(どの道日程的に不可能だったんですけど)夏場に行け(少なくとも夏場がハイシーズンと理解して心しろ) 冬の北欧!クリスマスシーズン♥ とか、それはそれで確かにまぁ楽しかったんですけど 少なくともベルゲンは夏場がハイシーズンだし、ナットシェルやフィヨルドもソレだと思うぞ。ウィンタースポーツやらねぇ人間がよ、わざわざ冬に軽井沢行って完全に満喫できるか? そういうことなんだよ。

 

おわりに

翻って、ここは自宅、私はパソコンに向かってほんと、そんなことしてる場合じゃないんですけど、これで精神安定を試みてるんじゃないかっていうような勢いで怪文書を作成していて、現在時刻は、午前一時を過ぎたぐらいなんですけど、先程蛙飛びをして鼻血を出したうちのネズミが、五時間を経てようやく立ち直ってくれたみたいで、鳴らしているのかどうかわからないサイレントホイール!という前評判の回し車を回す音がします。ガタガタガタガタ、或いは、ゴトゴトゴトゴト、牛車か? とにかく、立ち直ってくれたようで良かったです。

 

 

*1:類語:公開処刑 レジュメの準備により院生は体力的に死ぬ さらに当日の発表及びその後の詰問タイム、そして将来(修士論文)へのぼんやりとした不安により院生は精神的に死ぬ

*2:ネット予約に伴いナットシェル公式から送られてくるメールには、インターネット予約直後に送られて来る「予約確認メール」と、二日三日して諸々の手配が完了してから送られてくる「手配完了メール」があります。ナットシェル、要は自然を相手取った観光プランなので、なんか色々あって、「手配できなかったよ!別日にしろ」と言われる事例もわりと無いことではないらしく、ナットシェル公式サイトにもあるんですけど、「飛行機とか宿とか、ナットシェルに伴う諸々の予約は数日後に送られてくる「手配完了メール」を確認」してからの方が安心、というか、諸々の補償はしないので、ナットシェル次第で変動する予約はしないことが強く推奨されています。私はその辺普通に無視してました。鬼か? しかしまぁ運が良かったので、今回はこの点では火傷しなかったんですが。

譲り受けたハムスターに修士号と名付けることにした。

 

小動物はすぐ死ぬ。少なくとも私はそのように考えているし、漆原教授もそう言っている。このカシオミニを賭けてもいい。

 

私がハムスターを飼育していたのは、概ね十年かそこら前のことだ。当時の私はハムスター倶楽部という漫画雑誌を熱心に購読しており(それが私の人生最初で最後(現時点)の定期購読だった)、一時期一世を風靡していたハムスターブームの御他聞に漏れず、ハムスターをやたらに飼育しては飼い殺していた。

不適切な知識と、自己と他者を同一視した「思いやり」の視点から繰り出される奇怪な行動(私が好きなものは相手も好きに違いないと考えるアレ)をする小学生による飼育なんてものは、殆ど拷問のような、より残酷なやり方で殺しているようなものだ。悪意に満ちた状況で悪意だけが無く、過酷な状況下に飼育されていた者どもの内、気温差に耐え切れず死んだものが何匹いたかと思う。時折、全く世話をしていない水槽やゲージを覗かねばならないと思う悪夢を見る、かつて愛玩した動物は、みな例外なく、死骸に成り果てた姿で枕元に立つ。

生体の飼育について、自分の飼育が適切であると判断できる基準が無い。飼育の免許がある訳でもなければ、同じような動物を飼っている人間がすぐ側にいる訳でもない。こと小動物となると、Googleに集積した集合知でも、サイトによって書いていることが正反対であったりするし、飼育書もモノによって、言い分が食い違うことが少なくはない。

 

この手のものの飼育に関しては兎角、最善であったかはともかく「手を尽くした」と言う他無い。何せ、すぐ死ぬのだ。死んだあとに「私にできることは全てした」と言って、空っぽのケージを片付ける気力を出すことしかできない。自己満足に過ぎないのだ。死者を相手取る以上、人間の葬儀すら、家族制度の解体されつつある今となっては、遺族の自己満足の側面が強く出始めているだろうに、ペットの死に伴うプロセスなんてものは、それ以上の自己満足でしかなく、虹の橋を渡ってその向こうに「幸せに」暮らしているというのがちゃんちゃらおかしいのだ。そこで悼まれているのは、失われた愛玩動物そのものを通して見た、愛玩をはく奪された自己の心だ。欺瞞だ。しかし、そうする他どうしようもない。犬猫であればもう少し意思疎通のしようもあるのだろうが、なんてったってネズミだ。ラットとかは名前を覚えて芸とかもするらしいんですけど、ハムスター見てみ? 絶対そういう脳はない。聞いたことも無いし。

 

顔で笑って心で泣いて、目の前の人間が何を考えているかさっぱりわからないのに、どうして言葉を持たない、自分ではない存在を管理できると思うのだろうか? 自分ですらろくすっぽ管理できていないのに、他者の命をマネージする。愛玩動物って何でしょう。飼い主に求婚するインコとか、(愛玩動物ではないが)飼育員に求婚するペンギンとか、そういった物言わぬものどもの人間に対する求愛、心温まるエピとして消費される風潮ありますけど、同族から隔離された地にて、それらしいものに熱心に求愛する気持ち、お前は考えたことあんのか? ある日突然地球から五光年も離れた土地に連れていかれて、何を喋っているかわからない不定形の存在を前に、わからないなりに必死に対応する己の姿を、心温まる可愛いニンゲンちゃんとして消費する不定形の知的生命体……

ということを延々考えるのが趣味なんですけど、ツイッターを介して生活を覗き見るようになった知人の知人が、ウッカリ手違いで生まれたハムスターの里親を探している旨のツイートを発見して、気付いたら私は、小動物飼育の為のケージを購入していた。

 

オイお前どうした。お前は完全なる他者を管理できるのか。二年後の働き口すら定かではないお前に、他者をマネージできるのか、しかも、風が吹いたぐらいのショックで死ぬような小動物を。でもケージ、買っちゃったし、自分の中にある倫理問題を片付けるより早く、ハムスターを引き取る手はずが整ってしまって、頭と身体と予定と体面(既に引き取り手とのコンタクトを済ませ、家人にもその旨を伝え承諾を得てしまった後だった)がこのまま分離独立しそう!というところで、私の脳内には、先日舞台を観劇したことを受け、舞台の下地であることを聞き、そのままストーリーを視聴した斜陽イベ(文豪とアルケミスト)の記憶が過った。

 

よく聞け、お前の持つ不安は最もだ
今納得しろっていうつもりはない、俺たちにも答えられないからな
これから一緒に考える時間はあるはずだ

 

(「奇襲作戦「斜陽」ヲ浄化セヨ・六」『文豪とアルケミスト(文アル攻略 Wiki)』(最終確認日2019年3月16日)より)

 

かくして佐藤春夫(文豪とアルケミスト)の後押し(勝手に押されるな)を受けて、私は知人よりハムスターを譲り受けることにしたんですが、飼育するハムスターに付ける名について、何が良いかとか、何と名付けたいとか、そういったことについて、皆目見当もつかなかった。

このままだと、「ハムちゃん」という種族名で呼び続けるか、「かわいい」という概念名で呼び続けるかになる。ヒメキヌゲネズミちゃん略して「キヌちゃん」とかも考えてたんですけど、それって、ホモサピエンス略して「ホモちゃん」と同じだよなと思うとなんかこう、ネーミングセンスが地獄。

経緯を知っていた友人は、最後の後押しになった台詞を言ったゲームの文豪からもらえば良いと言ってくれましたが、それにはちょっと躊躇いがあった。佐藤先生にあやかると、自分の書類上の氏名と急接近してしまうからだ。

そうこうしながら、最新版のハムスターの飼育情報をインターネットで仕入れ、アップデートしていくにつれ、たかが五年十年で人間存在の本質が変わらないように、ハムスターの脆弱さもどうやら変わらないらしいことを知った。幼少期、私の身の回りに居た人間によって飼育されていたハムスターで、まっとうに天寿を迎えたものが、どれだけいただろうか。温度差で、掃除機に吸い込まれた、扉に挟んじゃった、ふんじゃった、猫が。

しかもそのハムスターの受け渡しの場所が、飼育の拠点となる自宅から徒歩三十分、地下鉄三十分の所なんですけど、ヤフー知恵袋には「Q.持って帰ってる途中でハムスターが死にました」「A.ショック死する生き物ですから、気を遣ってあげてください(大意)」

何かと天寿を全うさせることの難しさを取って、太宰治(文豪とアルケミスト)の方に因むかと思ったんですけど、縁起でもないし、はるおは兎も角、だざいはマジで由来がバレバレ、言い逃れ様がない。

これでもし私一人暮らしだったら、家で太宰を飼っていようが私一人の勝手なんですが、この自宅には自分以外のホモサピが居ますので、それはそれで問題。いい年の娘が自室で太宰を飼い始めるの、父母としては懸案事項では? そうでなくとも、無垢なヒメキヌゲネズミを、強火の業を背負った名で縛るな。

当座私はいずれ来るハムスターの名前を(未定)ちゃんとすることにした。

 

いくつかの説明会といくつかのウェブエントリー、そしてES提出を経て、ハムスターの受け渡し日がやって来た。

ケースの中で運ばれてきた九匹のハムスターを前に、私側の希望としては「電車移動に耐えられる図太そうな奴」だった。しかし注文をしている段階で、注文をしている他でもない私が、(これはもうだめだろう)と思っていた。ここまでもはるばる地下鉄にていらした、皆で団子になって固まり、暖を取っているハムスターたち。私はこれから、一匹を選出して、引き離し、東京砂漠へと連れ去るのである。かそけきハムスターにはきっと、耐えられないに違いない。「可愛がってあげて下さいね」という優しい言葉が、私の心をいたく抉った。小動物はかそけき夢のようなものである。

かくして、はんだにて空気穴をあけて下さった百均のプラスチックケースに入り、私と死出の旅を共にすることになったハムスターは、ヴィドフランスの青い袋の中で、手持ちゆたんぽと共に持ち歩かれることとなった。

自転車のタイヤが回る音を聞くにつけ(今の音がストレスとなってハムスターは死んだ)と思い、強い風に吹かれればこれにはハムスターも耐えられないだろうと思い、電車の音や人の雑踏を抜ける度、これを苦にハムスターは死んだと思った。矢鱈と咳をする隣席の人間から己を庇うように背を丸めて、地下鉄の電車内で膝の上に乗せたヴィドフランスの袋の中にあるハムスターケースをそっと覗くと、中のハムスターはケージの隅を熱心に掘っていた。それが二駅行った所で掘るのを止め、ケースの隅に丸まった。みっしりと絹のようなすべらかな毛が生えた泥団子のような大きさのそれが、時折耳を動かしながらふわふわとしていた。私が(おや死んでいるのか)と思いケースを少し持ち上げて内側を覗き込むと、揺れに伴いハムスターは顔を上げて鼻を動かしたかと思うと、念入りに丸まりなおし、円らと言うよりかビーズのように見え不安を誘う形の目を、うっすらと閉じるのが見えた。


ウッソ

ハムスターって、地下鉄で寝るの?

もっとか弱いもんだと思ってたんですけど

ウッソ

 

最寄り駅から地上に出て夜道を歩く最中、矢張りここでハムスターは地下鉄と外気の温度差に耐えられず死ぬものだと私は思ったんですけど、袋越しにケースを支える手の平に、ハムスターが熱心に隅を掘る細やかな振動が続いていた。

全く死にそうにない。

体長こそささやかながら生命に満ちたそのハムスターを連れてこのまま、三十分と言わず一時間二時間と歩いて行けるような心地になった。

そして私はこの、知人から譲り受けたハムスターに、修士号と名付けることにした。

私の知る小動物にしては群を抜いて図太く、地下鉄で丸まって寝るようなその態度を、未だ適切な史料や方向性すら見えず、残り一年を切り産まれる気配すら見えない修士論文に見習ってほしいと思ったからだ。だいたい、他人に書いて貰おうという姿勢がおかしい。自分で自分を見つめなおして、自己分析シートにして提出してほしい。と、このように未だこの世に生み出してすらいないものに怯え、怒り、狂い、そして責任を転嫁しようとする私が相当なんですけど、行き場も無ければ卒業も不明瞭、修士号の明日はどっちだ!?

しかしながら、自宅には私以外にこのハムスターを呼ぶ人間が居るので、修士号から字を取って俗名「修」にしよう。シュウちゃんでもオサムちゃんでもオサミちゃんでも、あれ、なんだかダザイの霊圧が消えていないんじゃないかこれ。

 

後に帰宅し家人に迎えられた修士号はケージに移されると、どこかしこもガラス張りで、人間の眼差しから逃れようのないケージに恐れを成したか、ジャンガリアンののぞいて安心ハウスの中に隠れたが、その内にケージ内を闊歩し、回し車の上に座り、給水機の飲み口から零れる水滴で顔を洗い、トイレの砂を検分し、回し車の下を通ってから、餌箱を漁り、小屋に戻った。

私のこれまでに知るハムスターは、人間の気配を感じると一日二日は箱から出てこないのがザラだった。果たしてかつての小学生が過去に飼い殺しにした小動物はハムスターではなかったのか、或いは、今回譲り受けて来たものがひょっとして、ハムスターの皮を被ったショゴスとか何かなのか。といったところで、いっちょ前に薄い毛の生えた四本の指を一生懸命に広げながら、餌箱を熱心に漁っているハムスターに今、ショゴちゃんという名前を与えることをふと思いついたんですが、修士号とどっちがいいですかね。

 

 

 

 

カップリング解釈という名の妄言を他者と共有したいという願望からサークル参加を始めるもコミュ力の破綻ぶりからブロック数を増やし見事ムラハチ者となった同人失格フジョシのレゾンデートル

 

これは同人失格したクソフジョシの妄言エントリーですが

 

自作が最高

 

遡ること四カ月前、2018年の11月24日に私、同人誌を頒布したんですが、そこにキャラクター同士の人間関係について私が五年間懊悩したアレソレを、余すところなくぶち込んだ気がする。

ここからどうしようもないオタクというか単なるクソフジョシの早口なので文章の密度が薄くなるところまで読み飛ばしてほしい(しかしこのブログのエントリーってだいたい全文そういうところあるよね)んですが、私の思想では御堂筋くんは前頭葉を削って走っているので情とか何とかいう不要な感情は発生し得ないんですけど、彼は人間既卒、つまり人間を卒業したいわば「元人間」である点から、何らかの感情のバグが発生する余地は確かに存在する。そのバグについてどのように対処し、乗り越え、かつそれを通して、幼少期に蔑ろにされ続けた経験から生じる人間存在への復讐願望と、発生したバグとの間でいかに折り合いをつけていくかという諸々についての筋道立てた妄言を、ひとつの形で達成した気がする。

私個人の一解釈では、何らかの形で同人誌を出している人間は「妄執」の現れであって、その妄執のファンが応援しようと、アンチが行動を阻害しようと、根幹に影響することは余りないという説があるんですけど、誰であれ自分の中に存在する一定ラインを超えると妄執はやがて昇華され、解を求める欲望は納得し、成仏する。ここでの成仏という言葉は、単に妄執からの解放を単純に言い換えているに過ぎないです。

また、殊に私の場合は界隈に蔓延るというか、そもそも「カップリング」という言葉からやってくる「キャラクター同士の恋愛感情」という宿命に、それにそぐわないキャラクター解釈をする自分の脳の中でどのように折り合いをつけていくか、数年かけて妄執を文章の形でなんとか昇華しながらずっと考えて来たわけで、この情熱を他所に向ければ一角の人物になれていたのではないかと、就職説明会から帰りがてら、説明会の同席者や道行く人が皆立派に見える、例え実が伴って居なくともそのように見せることが出来る時点で、十分有能であり立派に見えるこの頃、そのようなことを考えてぼんやりとしている(そして道行く人が皆立派に見えるというフレーズはどこかの小説で見たものであるような気がするけれど、タイトルが出てこない)んですけど、私の妄言は、カップリングというよりは、肉体関係を伴う人間関係。そこに至るまで長い間考え続けていたんですね。

それで、来たる11月24日。キャラクター解釈にそぐわない恋愛感情と人間関係、解釈の根幹に存在する人間存在への復讐欲求。そしてカップリングと「恋人」「恋愛」「恋」への分かちがたいフジョシ脳の接続に対する、私の一種の復讐としてあの最高の自作がそこに在ったのかもしれない。個人的には、二次創作で個人の思考を載せる程虚しいことはないし、それをすべきではないと考えているんですけど、11月24日頒布の新刊についてというか、その原稿作業をしていた辺りの私にとり、キャラクターの人間関係にまつわる妄想妄言は余りに日常と化していたので、敢えて何の為に書いているのと言われたらば、多分それは復讐でしたね。このメロスは一体何年、どこに向かって激怒しているんだ。

 

それでまぁ、満を持して出た最高の自作なんですが、特に感想というか、第三者による本作に対しての言及はないです。

 

当該同人誌はゾンビ映画を見ながら、「まぁ断られたらそれはそれでいいでしょう!」みたいな空元気で、前々からお願いするならこの神絵師お願いするならこの神絵師と考えていた神絵師にDM送ったら承諾して頂いてしまってわー!ハッピー!!って感じで表紙絵描いて頂いてしまって、もうこれ以上のことは何も望みようがないまでに満ち足りた同人誌なんですけど、ここに来て今まで、私が唯一思っているのは「この本、本当に頒布できているんだろうか?」という疑問。

いや、これは年末頃から延々抱えながら旅行行ったりしてるんですけど、本当に実在してる?この本。一応完売しているので、刷った分だけ捌けているのは間違いないんですけど、神絵師に送付した分以外、この世に果たして存在しているのだろうか。もしかして会場からの宅配とか、自宅に持って帰っている途中とか、どっかで燃えたり消えたりしてない? そして読んだ? 

自作が果たして他人の目にふれているかどうか、あんまりに知りたくなってしまって、二月ごろに、弊同人誌について読んだか、読んでないか、そもそも持ってないか、ツイッタ―上で三択アンケートしたらゼロ票のまま終了したり、タイムラインが動いているのを見計らって、春コミ後だしそろそろ読んだ奴いるだろって、弊同人誌について明るく問いかけをしたりしてるんですけど、界隈に存在していると思わしきフジョシたち~~~~~どう?

しかし果たして私が人事を尽くしたか、つまり、私がより多くの他人に読まれようと努力をして文章を書けているかっていうと、全然駄目。「人に読んでもらうための文章技法」みたいなタイトルのエントリーがリツイートされて来て、どれどれって感じで開けて見てみると、完全に駄目。まず一文が長い、冗長、この主語、どこまで? あとこの大学受験英語長文みたいな形容詞、どこまで続くの、これはどの名詞にかかっているんですか? そもそもろくすっぽプロット書いてないし、だいたい全部その場での思いつきだろお前、みたいな。これを本業でも容赦なくやるので、ほんと「長けりゃいいってもんじゃない」をタイマンで言われたりもするんですけど、そのお言葉、本業ならまぁ、しゃあないと甘受しますが、同人小説でそれ、言う? 私が読めりゃいいじゃん! とかいう気持ちでやらかしておきながら、他人の評が欲しいというのはちょっと、各方面より遺憾の意を表明されてしまうのでは? 

そのような自省を全くしないかと言われれば嘘になるんですけど、とにもかくにも、私の史上最高成仏新刊は捌けた訳です。フジョシ! 読んだ? 感想は必須とは言わないので、読んだか読まないかだけ教えてほしい。でも、どっかで燃えちゃったり消えちゃったりしたなら仕方がないねって、このごろの私は、11月に出した本を半年も立たない内から*1ウェブに掲載したくて仕方がないんですけど、ここで冷静に考えてほしい。私、過去に幾度となく自称したとおり、おそらく満を持してのムラハチサークルじゃないですか。いや、実態は知らないし、界隈でどういう扱いされているのかも、界隈にまともに繋がっていない自意識がひたすらにあるだけなので、知ったこっちゃないんですけど、だから、「本が燃えたり消えちゃったりしたなら仕方がないな」と好意的に理解して、インターネット上に怪文書を放流したところで、メインで当該キャラクター同士の人間関係を専攻している人間には誰にも、言及されるどころか、読まれすらしないのではないか。仮に目に触れたとしても、クソ程分かりづらい文章の構造している自覚はあるので、やはり読まれやしないのでは?

 

そもそも同人誌自体、「自分が冊子形態にしたいから」と言って出すのが殆どなのだろうと思いますが、私は同じような妄言を共有する人間を増やしたいと思って、少しでも自分の思考に理解を求め、大規模な解釈違いが(私の中で勝手に)発生していた潮流にNOをという志を持って、或いは、同人誌を出すというフジョシの最終ラインを突破することで、所謂神絵師とかサークル者とか、そういった所の人間関係の俎上に上がることが出来るのではないか(そしてそこから得た人脈による何らかの利を得られるのではないか、例えば小説のワンシーンを図式化してもらえるとか)等、諸々邪な考えと共にサークル参加を始めた訳ですが、

 

「共有目的で頒布したが、結局読まれなかったであろう文章に意味はあるのか」

 

この問いにぶち当たる度、私は過去、病室のカーテンの内側に寝転がりながら読んだハチミツとクローバーを思い出すようにしています。

 

うまくいかなかった恋に意味はあるのか

羽海野チカハチミツとクローバー』10巻)

 

今ならわかる、意味はある。あったんだよ。ここに。

竹本くんは恋を通し自己を見つめなおし、私は文として出力することで数年にわたる妄執を成仏させたのだと。

例えそれが誰の目に触れなかったとして、その妄執が、目下後が無くなってきている私の実生活に何ら実績を残さなかったとして、

思い続けたこと、書き続けたことに意味はあったのだと、私はそう信じている。

 

 

ハチミツとクローバー 10巻セット (ハチミツとクローバー) (クイーンズコミックス)
 

 

*1:同人誌の全文ウェブ掲載の時期については個人差があります。私としては、それは同人誌の作り手が決めるべきことだと思います。

導かれることに向いていないのかもしれない

 

ベトナムホーチミンシティ)でクチトンネルツアーに参加したんですが、ついてくる日本語可ガイドが「ここは作戦室、攻撃する前とか、ここで話し合いした。じゃ、次イキマショー」という軽い感じの説明に終始してくれていて、ここで粘って「いやもっと喋ってくれよ」と言えばまた違うと思うんですけど僕たち心がガラスだし、もっと喋れっていうか別に説明してほしい訳じゃない。ただ、「次イキマショー」って、ズンズン進むのをやめてほしい。何ならお前だけ、出口で待っててくれていいから。ということを、穏やかに伝える語彙を持たないだけなんですけど、じゃあどうすれば、そこに存在するガイドの圧を感じずに、ゴムの木の林をフリーに歩き回れたのか?ということを考えていきたいと思います。

 

クチトンネルについて

フリー百科事典ウィキペディア(日本語版)2019年2月25日時点によると、「ベトナムホーチミン市クチ県を中心とした、全長200kmの地下トンネルネットワークである。」所謂ベトコンの穴に入れる観光地がここ。

vietnam.navi.com

だいたいこのサイトを見ればわかる。

 

上述のサイトだけでなく、図書館で貸し出しした『地球の歩き方 ベトナム』(2018-2019年度版)等にもあるように、旅行会社催行のツアー或いは車をチャーターしていくのが良いと書かれている。

現時点でベトナムに公共交通機関としての地下鉄というサービスは存在しない。

ベンタイン市場付近から出ているバスターミナルからクチまで行くことは可能らしいが、そもそもバスが何かベトナム語しか通じないらしいし、今回は我々、ベンタイン市場から徒歩一分程度の所のホテルに宿泊していたんですが、市場からショッピングで話題のドンコイ通りまでを結ぶレロイ通りが、ジャイカさんの何か援助かアレで大工事してるわ、そういう訳で工事中で、ちょっと道幅の狭くなっているところはあるがまあ十分に大通りなそこを、ゴンズイ玉ですか?っていう密度で迫りくるバイクとか、その只中に迷惑そうな表情で取り残されつつ、毎秒五ミリ程度のスピードでジリジリ進む地元民とか見てると、「さぁバスターミナルを探そう!」という気力すら失せてしまって、一週間以上の滞在が可能なら、もうちょっと気力とか何かあると思うんですけど、数日ちょっとの滞在だと、太陽の熱気と人いきれに充満する人間の生命臭とに圧倒されて終了する。

 

我々はどういった経緯で当該ツアーに参加したか

ところで穴があったら入りたい我々一行、取り敢えずガイドブックとかネットの情報をうのみにしてツアーを申し込むことにしたんですが、

 

①混載ツアー(メリット:安い/デメリット:他の人間と団体にならなければいけない)
②専用ツアー(メリット:①と同じ価格・プライベート)
③専用ツアー(メリット:プライベート/デメリット:①②より高い)

この三択に行き当たった。

見たところメリットしかない②を選択するところかなと思ったんですが、②のクチコミの中に「ゆっくり見て回りたいから貸し切りにしたのに、ガイドに急かされて無意味だった」という内容のクチコミがあったため、念のため③に切り替えて予約をした。

 

実際のツアー行程

専用ツアーになると1区のホテルは割とどこにでも迎えに来てくれる感じでホテル下よりピックアップされ一路クチへ。行程最終日だったため割と時間を持て余しているというような話をすると、ホーチミン郊外、クチから車で半時間程度のところに位置しているらしい漆絵の工房に連れていかれた。工房にて労働するタメのベトナム人女性に連れられ見学。

道中車窓より現地の墓が見え興奮。ガイドは「田舎では土葬にする」と言っていた。またクチ付近のゴムの木の林を通行中、「この道を真っ直ぐ行くと30分くらいでカンボジアに入る」と言っていた。恐らく希望するとアンコールとのセットツアーが発生するんじゃないかという雰囲気があったものの、そこまでの時間的猶予は無かった為敢えてそれ以上の言及はしなかった。

クチトンネルに着くとガイドに連れられ入場、チケットはツアー代に含まれているためチケットセンターを通過し腕にシールを張られる。入場後藁ぶき屋根の半地下小屋にてプロパガンダ映画を視聴。半地下の小屋は複数あり、恐らく上映言語ごとに分かれている。我々はガイドによって日本語の小屋に案内された。

このプロパガンダ映画というかクチトンネルそのもの、所謂「勝った戦争」の事績について紹介する博物館のテンションは高いのではないかというのは同行者の談だが、本当にテンションが高かった。

のどかな村にて暮らすクチの人々を襲う鬼のようなアメリカ兵(原文ママ)を倒す我らがゲリラ兵!小さな体に燃える闘志で勇敢にアメリカ兵をばったばったとなぎ倒す!キャーッ!カッコイイ!!戦局が変化し爆撃が激化するようになってからの彼らは地下に生活を移し、炊事や余暇、休憩などしっかりと日常の暮らしを続けた(ここで一行「余暇は重要」と独り言ちる言葉が重なる)。悪のアメリカがどんなに人々の暮らしを壊そうとたくらもうと、平和を願う我々は決して屈せず、勝利したのであった……FIN!

絵に描いたようなテンションの高さに一行(二名のみ)拍手喝采

なお、ネットサーフィンしてる感じだとクチトンネルとセットで語られている戦争証跡博物館も、同じくベトナム戦争(+インドシナ戦争)をテーマにした博物館なんですが、こちらはクチトンネルからそのまま来るとグッピーが死ぬ勢いのテンション格差があります。恐らくここのメインテーマとしては平和学習。我々は別日の午前中から訪れましたが、現地の制服を着た感じの集団が出たり入ったりしていたので、実際平和学習のカリキュラムとして組まれてんのかなって感じ、展示としては写真がメイン。

そしてこの両者の間のテンションにある博物館としては、ホーチミン市博物館があるかなという感じです。

テンション一覧としては、

クチトンネル「鬼畜アメリカに大勝利祖国正義!!!!!!」>>(壁)>>ホーチミン市博物館「こうして俺達は独立と平和を勝ち取ったぜ✌✌✌社会主義サイコー!!!!!!」>>(結構厚い壁)>>戦争証跡博物館「平和学習」

これぐらい。

またこれらの亜種として統一会堂(南ベトナム共和国時代の大統領官邸として使われた建物)があります。「吉」の文字を模るように作られたとかここで迎賓が行われたとかいう落ち着きテンションのキャプションに、突如防空壕とか地下道(ホーチミン市博物館まで繋がっているらしい……?)、戦車(ここに北側の戦車がブッコムことでベトナム戦争終結した)とかが入って来る。それにしてもプノンペンの博物館とかもそうなんですけど、東南アジアの博物館って、なんだか大きな窓から風が通って日差しが遮られて綺麗で、心地が良いですね。例外としてシェムリアップのアンコール系の博物館はお金持ってんな!!って感じで、気密性バツグンクーラーガンガン!って感じでしたが。まぁそれはそれで。


プロパガンダ映画を視聴した後は実際にゲリラが使っていたトンネルや集会所、塹壕などの実地見聞に入りますが、颯爽と歩くガイドが二、三言「みりゃわかる」としか言いようのない説明を加えて去っていくのを尻目に、欧米系団体客のガイドが落とし穴の仕組みやブービートラップの構造について英語で解説しているのを暫く聞いたり等、えっ、これどこに金を落とす構造になるんだ。この空間に存在しているっていう時点で割とまぁ良いっちゃ良いんですけど、どうせならAK47について異様な熱量で説明してる団体英語ガイドの所に混ざって説明聞いてそっちにお金落とした方が有意義では……こちとら時間あるし……あっなんかすごいスピードで我々のガイド先に進んでるわ……別に、そんな日本語ガイドじゃなきゃヤダって訳でもないし……勝手に喋るスピーカーみたいな英語ガイドでいいから……だれかいないかな……

そうこうしている内にガイドにつられスタスタ進み、ベトコンの穴体験(10m、40m、60m、100mとあり、ガイドは「60m以上はアツイから40mがオススメ」と40mを強く推していた。実際体育座りとか地べたに正座とかしないだろう欧米人的にはなんか狭いし有り得ない感じだと思うんですが、地べたに正座とかするし体育でうさぎ飛びとかやらされていた1hydeに満たない女性アバターだと結構「あ、いけるな」という感じがする穴だった。でもこの中銃背負って全力疾走は端的にやべぇなと思う)を過ぎ、暫く道なりに進んでいくと、追加料金でマシンガンの試し打ちが出来る土産物エリアに出ます。

なんか順路の逆流は出来ない?らしい(ガイドがそういった)ので、追加料金で試し打ちをする場合は、ここで覚悟を決める必要があります。AK47となんかもう一種類から選んで、銃を撃てるという人生オプションの発生。それにしても、射撃場エリアに近づくにつれ「パン! パン!」ぐらいの音が「タァン! タァン!」に変わり、エリア看板が視認できるぐらいになると(入り口に国民なんたらかんたら射撃演習場というような標識がベトナム語/英語/繁体字で表示されている)「ガァン!!!!!!!ッパァン!!!!!パタタタ!!!!!」という音が五臓六腑に響き始める。かくいう私は追加料金で銃を撃つ気がわりとあり、同行者がそれを余り好かないであろうことを知りながらそこに居座る気があったんですけど、え、銃を撃つってことは、既になんか腹にぐっちゃぐちゃに響いているこの銃声の源に、さらに近づかなければ、いけない? いや耳栓するでしょうけど、耳栓ってどこで渡してくれるの嫌だなんか余りにも本能が「こらアカンで」って言ってくる感じの音がしている。幸いにも私、銃声が響くような場所で生活をした経験はないが、銃声、スゲー不愉快。液晶越しで聞いている音とはワケが違う超迫力の立体音響、何ならそこで撃ち方始めてる。

「日本円で3000円ぐらいで撃てます。ベトナムドンだと80万ドン(あんまり聞き取れてない)ぐらい やりますか?」

ここで「人生オプションで銃を撃たなくて済むのはかえって特権階級なのでは????」という謎論理が脳を駆け巡り始めた。実際やってみたら楽しいこともあると思うし、それを実際やってみたら楽しい人もいるだろうけど、やってみても自分には向いてないってわかるだけのことも結構あるし、ほら、サークル参加みたいに……私はガイドの誘いに首を横に振って辞退した。


その後のツアーでは蒸したタロイモ(ゲリラの主食だったらしい)を食べられますが、割とマジで普通にふかしイモで、タロイモに対してかつて鼎泰豐で食べたタロイモ餡小籠包(ほんのり甘くてなめらか)のイメージしかなかった私は普通に「ただのイモじゃん……」というテンションの下がり方をした。一緒に出て来た中国茶が中々美味しかった(喉が渇いていた)。しかしなんか、二人参加で一皿しかタロイモ出てこないし、ガイドがもりもり食ってるなと腹減ってんのかなこいつ思っていたら途中でガイドが中座して、もう一皿イモを持ってきた。ありがとう。小皿にもりもりのイモをもたもた食べていると、イモを食べることに飽いたらしいガイドがスマホから顔を上げ「袋あったら詰めて持って帰れますよ!」と提案。いいです、食べきります。

その後特に解説もなくのしのしと雑木林をウォーキングし、ホーチミンが祀られている立派な廟なんだか祠なんだかの前を通過し土産物を買って(射撃エリアの土産物はろくすっぽ見なかったが、クチトンネルの出入り口にある土産物屋で買える、米軍のライターとか銃弾ストラップとか、タイヤで作った曰く10年は壊れないらしいサンダルとか、その他クチトンネル!という主張が強い土産はほんの一角で、後は統一会堂の最上階とかドンコイ通りとかで買える感じの土産と同一のラインナップだった)、行程終了、車に戻る。

 

不満点というにはアレなんだが

日本語可ガイド!専用でゆったり回れる!という割には説明あっさりだし、ガイドもあっさりだったなぁという感想でした。
ただ当該サイトのクチコミを見る感じだと、ハズレの人とアタリの人居る感じなので、これはガイドの差なのか……?という感じがする。それなら当該サイトの口コミに書いた方がタメになるのでは?

ただ、そのクチコミを参考に「はずれだった」というクチコミの無かった少しお高めの専用ツアーにして、満を持してハズレ、引いたな……? いや、こちらのコミュ力が無かったというのも多少ありそうですけど……だってガイドと喋ること、無くない……?

 

どうすればよかったのか

いや、こちらのコミュ力が無かったというのも多少ありそうですけど……だってガイドと喋ること、無くない……?


ハイ上述のココなんですが

今回車のチャーター&ガイドで、結局ガイドに言われて運転手にチップをはずんでいるんです(まぁ頼んでない漆絵の寄り道とこちらは頼んだ感じのあるスーパーの寄り道をさせているのでそれはいいんですが)。

ただガイドと喋ること、無くない?とか、ガイドの指示の圧に負けてしまいがち、かつ、ガイドの説明以上に現地の塹壕とかに入っちゃって、その目線を確かめたりしたくなっちゃう一行の行動を考えるにつけ、これ、ほんと、ガイドに金払わなくてええやん、マジ、車のチャーターだけでよかったな?というのを、しみじみ思った。

しかしタクシーのチャーターとかクソ難易度高くなるので、なんかこう、クチトンネルツアー!じゃなくて、ドライバーと車だけチャーターできるホーチミン現地ツアープランみたいなのを探して申し込んで、行き先としてクチトンネルを指定したりしても良かったなと思った。

それか、そもそも専用ツアーのガイドとそんなに話さなかったことで消極的印象を持たれたというか、わざわざツアーに来てんだぞ金払ってしっかり腹から声だして説明しろやと思わなくもないがそれは兎も角、無口な我々を見たガイドの心証的に「あんま興味ないかな」「急いでんのかな」みたいに、思われたのかもしれない。それを踏まえると、各客のオーラに逐一合わせていく専用プライベートプランでなく、複数の客に一斉に情報を提供する混載プランにした方が、かえって良かったかもしれない。断片的にしか聞いてないんだけど、同じ空間に時々居た混載英語のツアーのガイドの情報量、凄かったもんな(ただ、混載だとベトコンの穴体験でゆっくり写真撮影とかは間違いなく出来なかったとも思う)。

 

或いは、旅行雑誌やネットではツアー利用を推奨されていたんですが、実際調べる心の猶予や時間があればある程度調べを着けて、自力でバスで行った方が(ガイドと喋ることないじゃんと言い放ってしまう人間には)適していたんだと思う。これは以前の北欧とか南米旅行とかでも感じたことなんですけど、ぶっちゃけツアーで申し込んで一式手筈を整えて貰った方が結果安価だったりすることが多いけれども、己の行動パターン的にどうしてもガイドの存在に圧を感じたりガイドの意図する通りに動けなかったり、或いは過剰にガイドの意図する所に沿ってしまって動いてしまう傾向があるなと思い、今危ない地帯とかに行くとかでないのであれば、どうせなら渡航費+αで自由を買うべきだったかもしれない。そもそも旅行で自由を買うというのも珍妙な話ですけどね。一か月ぐらい休暇をぶち抜かせろ。ここではないどこかへ行くんだ。


というようなことを考えながら改めてネットサーフィンしてたら、バス旅行したぜっていう記録、WWW(ワールドワイドウェブ)に結構ありました。

tabi-taka.com

myplan.hatenablog.com

 

巨大な寺とかイイナァ~~~~~見たい~~~~~~と思ったので事前の調べと心の余裕があればこっちでも良かったかなと思った次第。

 

 

輝ける闇 (新潮文庫)

輝ける闇 (新潮文庫)

 

 

東南アジアって「初めての海外!」「安くてオススメ」みたいなお手軽イメージが付きまといますけど実際距離が若干近くて時差があんまり大きく無いだけの異世界転移だからな(自戒)

 

www.tobu-dept.jp

 

池袋東武の催事場でやってるイベントに行ったんですが、そこで頂いたホットチョコレートが凄くて、私、勝手にバンホーテンココアの濃い奴を想像して、なんかこう甘いんじゃろと思ってたら、確かに甘いんですけどそれ以上にこう、カカオ!!!!!の激しい自己主張が舌を蹂躙し喉に突撃してくる。カカオじゃない、カカオ!!!!!。

そういえばコンキスタドールの皆様方に蹂躙される以前のインカ帝国とかなんかその辺の中南米の文明の皆様方って、カカオとかその辺を興奮剤にしてお祭りだったか政だったかなさってたなぁみたいな朧げな知識とも記憶ともつかないそれが、カカオ!!!!!の摂取と共に無理やりこじ開けられる感じで広がる血管に血が流れていく感覚と共に、意識の上に浮上する。

このホットチョコレート、事前の紹介では「新感覚!とろみのあるチョコレートムース~」なんですけど、チョコムースというか、体験に基づく主観としては、肥沃な大地を思わせる感じの泥、天地開闢以前の世界を満たす泥濘、押し込めど押しこめど、全然食道に流れて行かない。飲むタイプのケイオスタイド、いや、実際の接触というか摂取による効果としてはHP3000減少というより、攻撃力バスター向上タイプの強制バフというか、より正確に表現するとエンチャントファイアなんですけど。

これもひとえに私の見聞の狭さ、チョコレートといったらこう、文明的に砂糖マシマシされたチョコレート❤といった貧困イメージしか持たなかった私が悪いんですけど、ちょっとした日常生活の延長にある催事場で、まさか強制炎属性付与を受けるとは思わなかった。

同行者は別店舗のホットチョコレートを頂いていたんですが、彼女にもエンチャントファイアが掛かっていたのでほんと、あの空間っていうか、最近のカカオ志向のチョコレートすごいね? ほんとに合法なの? エンチャントファイアされたついでに我々一向は着込んでいた上着も脱ぎだし、尚沸き立つ血潮を何とかしてもらおうと献血ルームに直行する話も出たんですが、そのよくわからない話の延長で愚かなことに旅程を組んでしまった。

何?そのよくわからないテンション。事前の下調べがゴミだった為に珍妙な体験に陥った前回の反省を書き留め切っていない段階で、何故そのような暴挙に? おかしい、反省して。

 

しかし泣いても喚いてもキャンセル不可なので我々来るときの為に対策する必要があるんですけど、残り一週間足らず。エクスペディアの当該ページも「出発まであと●日」って、太字で急かして来てる。そう急かすな。まず服装からだ。

当方同時期のカンボジアに滞在した経験はあるんですが、記憶によるとあの時期のカンボジアはクソアツ気温、UVで視界が何か青っぽいし、太陽の殺意が高い。2018年の日本、6月とか7月とかその辺みたいな湿度が無いので、あの気候を生き抜いた記憶から鑑みるにいわゆる乾季のインドシナ半島さんはまだ気候としてはマシ、旅行だし、開放的に、カラッ!っていう感じではあるんですけど、湿気はなくとも単純に太陽光がクソ強いので、日陰に入った途端疲弊を思い出して膝から頽れる感じ。それらを思い出しながらベトナム南部の気候をウェブページで確認してみても、何だかアツアツだっていうことはわかるので、ヨシ、方針は定まった。帽子をかぶろう。

www.arukikata.co.jp

 

ところでそういえば、滞在するホーチミン市内の移動手段とか市内の治安情報とか市内の詳細な観光情報とか調べる前に、ベトコンの穴あるの、どっち!? ホーチミンだって!じゃあそっちで!みたいな アホのする旅程の立て方をしたのはまだしも、輝ける闇~~~~~なんつって、払い込みを済ませるな。

しかしそれにしても不幸中の幸いというか不慮中のラッキーというか、ホテルはなんかいい感じのタイムセールを「なんかいい感じじゃん」でとっていたので、なんか良い感じだと思います。いや、場所的に、なんか……? 調べたところによるとホーチミンサイゴン川以南は低所得者層が多く危険地帯なんですよね? みたいなお気持ちになるところではあるんですけど、まぁまぁまぁ、いやしかしグーグルマップ見ても、ぶっちゃけ市内の感覚がほぼつかめない。これまでも掴めたことはあんまりないんですけど、ほんと、これで出国して大丈夫なのか? これまでも無事帰ってきてる辺り、テクノロジーグローバル化ってほんと凄いなって思うことしきりなんですけれども。

 

vietcam-oh.com

 

取り敢えず気候は掴めたし紫外線対策虫対策すりゃなんとかなるっしょと気持ちを掴んできたところで以上のサイトを見つけ膝から崩れ落ちる。予防接種、必要だよな、大事。

同行者と妙なテンションで旅程を話し合っている最中、他にオーストリアとかトルコとか候補に挙がってたんですけど、「やっぱちょっといきなり思い立つには遠いし、そんな長いこと滞在してられる訳でもないし」という事由でアジア圏に落ち着き、「しかしアジアは社会の歯車と化した後も(日数的に)行けるのでは……」「物価の高いヨーロッパこそ、日常的な収入が入ってからの方が楽しめるのでは」とか後ろ向きな論を交わした訳ですが、オメー、予防接種は一週間前に思い立って即受けられるものなのか?え? そういえばカンボジア行った時はその年の夏に行くことを決めて春に渡航したまっとうな記憶があるので、冬にかけて嫌々日本脳炎とか予防接種を受けたような記憶もある。「旅行者はできるだけ多く打っておくのがおすすめです。」ってほんとごもっともなんですけど、えっ、どうなるんだろこれ、肝を痛めて死ぬ未来が見える、見えるぞ……

物理的には言ってしまえばほぼ地球の裏なのでそら当然時間の制約とかありますけど、衛生面とかの気軽さではヨーロッパに10000000軍配があがる。何が「やっぱちょっと思い立つには遠い」だよ、どこだって遠いだろアホ、気軽に思い立ってフンフン鼻歌歌いながら行ってもそんな問題なさそうなのはほんと、台湾香港辺りが限界なんじゃないかと改めて思い知る。いやこれはこれで、偏見だし誤認だと思います。

 

それにしても戸籍謄本、会話帳辺りはなんとかできるにしても、保険はまぁ確定で入るにしても……予防注射……あっ、あとなんか色々なサイトでWi-Fiはもってけって出るんですけど、サイトによってはベトナムは東南アジアで一番Wi-Fiが普及している!カフェに駆け込め!って書いてあって、今回も「借りた方がいいのかな……」と怯えながらもなんだかんだWi-Fi、結局借りない気がする。

毎回非常時の為に現地携帯は借りるんですけど、Wi-Fiは観光案内所とか諸々でフリーのWi-Fi拾って凌いでいる。借りたところで、どうせ外でゆっくりスマホなんて持ち歩いたら500%スられるだろうし。

(しかし香港でホテルが持ち歩きのWi-Fiを貸し出してくれた時は、マジでWi-Fiのある行程をエンジョイしていた。香港の地下鉄でタイムラインを見ていると、なんだか顔ぶれも変わらないし、自分の「日常」を感覚としてむざむざ得てしまい、次の降車駅をアナウンスする広東語の異世界感にちょっと眩暈がした)

 

ちなみに、海外旅行時に現地利用の携帯電話を借りるときは、以下の海外携帯レンタル比較ナビのページからその時の気分で選んでいます。

www.mobistar.jp

 

あと以前見つけて便利だったのが以下のページで紹介されているオフラインで使うグーグルマップ機能。これ超便利だった。
オフライン状態で「現在地」からのルート検索が使用可能になる条件がいまいちよくわからず、前回は「一度Wi-Fiのあるところに入って現在地にアクセス出来たら、Wi-Fiスポットから離れても継続してナビが続けられた」みたいなことが発生して若干ヒヤヒヤもしたんですけど、特段目が飛び出るみたいな支払いも発生していないので多分一度Wi-Fi環境で現在地にアクセスして、そこからカメラアプリ起動したりせずに地図を表示し続ければ問題なく使えるんじゃないかと推測している。

rocketnews24.com


この辺りまで調べるとだいたいの気候(クソアツ)、服装(帽子必須 虫刺され対策の薄手の長袖が必要だけど基本半袖)、装備(虫刺され、日焼け止め)そして成すべきこと、危険地帯(チョロン、7区8区、市内南側、サイゴン川沿い)等を理解してくる。

あと国内通貨としてはこれも事実上米ドルだけど米ドルじゃないみたいな、カンボジアと類似の事態が発生していることも理解した。政府がドンの使用を推進してるらしいです。カンボジアではリエルが推進されているかどうかわからないんですけど、意外と使えなくてどっかで両替した記憶がある。どこで両替したんだ……?アレッ、でもプノンペンのスーパーで使えたよな……?お釣りが全額リエルで戻って来たんだっけか……(記憶)
※危険地帯については以下のページを参照した。

https://www.tour.ne.jp/w_review/SGN/danger/

旅行者必見!ベトナム危機管理 | ベトナム基本情報

 

まぁだいたいこれでなんとか生きてはいけるだろう。全くの無知で舞い降りるよりは全然いけるいける。ホテルがほんとサイゴン川に面してない? リバービュー? みたいなお気持ちにはなってるんですけど、キャンセルできないしな、観念してリバービューしよ。

 

その他調べたところによると、ホーチミンシティ市内の移動手段はだいたいプノンペンとかシェムリアップとかと同じで、地下鉄とかいうサービスはないし、バスの乗車は観光客には厳しいらしい。

しかしホーチミンの場合、観光する分の移動には徒歩でもまぁ無理ではない(観光地が集中している1区内は割と歩ける)らしい。ヨッシャ!じゃあ歩こう! そのノリで前プノンペンのホテルから王宮まで歩いたら、文字通り太陽に焼かれて体力ゴッソリ持ってかれちゃったけど、ま、そこは疲れたらその辺のカフェで灼熱から逃げよう。だって今回の行先は、プノンペン国際空港に行く途中に立ち寄り、実に文明的な街並みや空港の清潔さ、そしてその穏やかな雰囲気に魅せられトランジットの最中、同行者と口々に「ここで降りたい」「ここで観光したい」「土埃の舞うカンボジアに行きたくない」と言わしめたあのホーチミンなんですもの。いけるいける(強気)


ちなみに徒歩以外の移動手段としては、あの話題のシクロとかタクシーとかあるらしいんですけど、いや、出来る限り交渉(戦い)は避けたい。私平和主義というかことなかれ主義なので、ほんと、交渉はしたくない。決められた適正価格でやりとりしたいよな。

まぁどうしても徒歩は無理なケースはあって、それが空港から市内までの移動なんですけど、最初行先をホーチミンに決めた時に、ここは調べていた。どうやらバスがあるらしい。

asia-traveling-alone.com

 

ホテルの場所を改めて確認したところ、おそらく49番路線バスに乗れば、ゴルフでいうグリーンに載った感じになるでしょう。

 

オッケーオッケー

 

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Routes


……49番路線バス、無くない?

死?????? いや、乗ればいいんですけど、タクシーにね?闘いの始まりである。

 

vietcam-oh.com

vietcam-oh.com

vietcam-oh.com

この辺りからどうにも一つの良さげな情報サイトからの参照が増えて来て、検索するにも疲弊してきたなという感が見受けられるのですが、バスは勿論、タクシーの運転手も英語は使えないらしい。何となくその辺の、バスは兎も角として、タクシーのあんちゃん、多くの旅客観光客を相手にするマンたちって、満を持して英語を操って来るイメージあるんですけど、どうなんでしょう。

まぁいずれ戦うやもしれぬ相手ですし、多少理解できるに越したことはないし、ベトナム語の簡単なご挨拶のページもこのサイトで紹介されていたし、ちょうどいい感じにリンクされていたので、見てみるだけ見てみることにした。

 

vietcam-oh.com

 

えっと、ベトナム語さん。これまで私ディエンビエンフーという漫画で、なんとなく見知って、ほ~んほん、こんなんねって、勝手に親近感すら持ってたんですけど、声調が1~6まで存在する声調言語ということは初耳でした。

声調が1~4の中国語で「多少銭(ドーシャオチェン)」が通じなかった伝説の舌を持つ私なんですけど、そういえば広東語さんもそんな感じだったな。声調って、南下すると増えるの? 知らんけど。こわ……無理……尻の毛まで毟られる……

 

 

 

冬真っ盛りにナットシェルを利用してノルウェーのフィヨルドを見に行った①(Bergen→Voss)

紀行(きこう)は、旅行の行程をたどるように、体験した内容を記した文。紀行文・旅行記・道中記ともいう。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』日本語版「紀行」最終確認2019年1月30日)

 

このブログ、自己アイデンティティとしては旅行記録、情報提供といった性質を持たせたつもりだったんですが、改めて見返すと情報提供というにはあまりに雑音(同人暗黒日記色)が強いし、かといって日記というには、何か要らん回顧してよくわからん情報を撒き散らすし、何だ? 文字数多いツイッターか? 

といったところなので、メールの下書きに残っていた紀行文的な体裁の強い文章を手直しして、ブログ全体の体裁を整えたい。いや、余計になんかよくわからないことになるんじゃないかというのは、薄々察してはいるんですけど。

 


渡航

往年羽振りの良かった親族が客船旅行に行った際、立ち寄ったノルウェーフィヨルドの美しさに感動した旨をしきりに語っており、私自身フィヨルドの景観に対する関心はあった。

調べてみたところなんか、フィヨルドっていっぱいあるらしいね? あの身内がどのフィヨルドを見たのかは知らないが、話を聞いた所によると複数諸国周遊のクルーズ旅行の為、恐らく海に面していて、そんなに入り組んだ所にはいかなかったのではないかと思う。オスロフィヨルドとか。でも自分自身、フィヨルドクルーズへの参加を決める前から存在を知っていたのは「ソグネフィヨルド」ぐらいだし、多分そこなんじゃないかな、知らんけど。

 

怖いことに以上のテンションでフィヨルド行きを決める(伏線1)。

 

多分、正気じゃなかった。そういえば発表直後だったなアレ。

なので、この時点でこの親族はヨーロッパクルーズをしている時点で恐らくにそこに行ったのだとか、フィヨルドがどういった所なのかだとか、そういったことはこの時点で一切調べていない。怖。何この無計画。キイロタマホコリカビだってもうちょっと慎重にルート作るって。

 

以下のウェブサイトより知見を得る

dent-sweden.com

 

dent-sweden.com

 

なんでもナットシェルで予約をすれば、ベルゲン→オスロ鉄道移動のついでにフィヨルドを見られるらしい。

なお、冬場は日没が早いので、オスロ→ベルゲンにするとこう、フィヨルドを見るどころではなく暗闇に包まれるらしい。この情報を元に、移動ルートをベルゲン→オスロデンマークに確定する。

 

www.norwaynutshell.com

 

日本語代行サイト等も見つけたが、どこに頼んだところで値段は大して変わらないらしいので、公式サイトより自力で申し込む。

今思えばここが伏線2なんですが、わたし、必要に迫られて英語を読むことへの抵抗が薄れただけであって、基本的に英語が「得意」で「スラスラ読める」ではない。受験時は偏差値四割からのスタート、未だに、他動詞と自動詞の違いとかあんまりわかってない。ニュアンスさえ把握できればいいという、投げやりな気持ち一つで生きている。あと、必要に迫られれば、まぁ何とか出来るだろうという楽観的な期待。

ついでにこれはたぶん性格の問題ですが、面倒になると文章を結構読み飛ばして「ま、重要じゃなさそうだな」と雑な判断をすることも多い。ただでさえ事前にプレゼンが度重なることが前もってわかっていたのに、どうしてせめて趣味シーンでの負担を減らそうとしなかったのか。

まぁ、当時はそういう自省が全く無く最早走り出したダンプカーのような勢いがある。もう勢いだけで走っている感じで、申し込みを終える。

この時点でベルゲンとオスロの位置関係や、フィヨルドの場所、見に行くフィヨルドの名前も調べず、自由意志に委ねられ過ぎた人生の夏休みが明け、自転車操業式に発表を繰り返すゼミや日常の些事、本業に身体を占められている内に「そういえばあれから、ナットシェルから来る筈と言われているチケット確定メールが来ていないな?」と思い出し一週間過ぎたあたりで、申し込み時点でナットシェルから送られてきた「確認メール」に記載された連絡先に宛てて日本時刻で非常識な時間にメールを送ると、丁度向こうの始業時刻と噛み合ったらしく、十分ぐらいで返事が来た。

 

「送った筈だけど届いてない? 迷惑メールフォルダとか見た? まぁ念のためもう一回送っとくわ(意訳)(下線は筆者による強調)」

 

迷惑メールフォルダに入っていた。問い合わせる前に自分で確認しろよお前(わたし)、自分の確認不足で人様の仕事を増やすな。クソか? 

 

それにしても、まぁ、折角送ってもらったので、送ってもらった方のメールを参照する。日付、間違いない。名前、間違いない。発着地、間違いない。強いて言えばメールの前文になんか、「Please note」って書いてある以下の部分がよくわかんないけど、文中に「follow hotel」とか書いてあるし、希望者向けのオプショナルサービスへのご案内やろな。希望せんかったらええやろ(伏線3)。

伏線3っていうか 伏線2の延長っていうか 伏線2を回収した先が3っていうか。

 

まぁあんまり考えないまま、脳味噌モッツァレラチーズの時は進んでいく。

スケジュールも馬鹿が組んでいるので渡航直前に三つ発表が重なる。クソか?

ガイドブックも大して読み込まず、逃げるように渡航

 


【12月某日、ベルゲン滞在二日目】

前日ベルゲン入りして暗闇に呑まれかけメンタルが瀕死の重傷を負ったり、オイルサーディン的な、一尾ずつ入っているのを期待して缶詰買ったら、意外に鯖の味噌煮系の缶詰(???のトマト煮)が入っていて、箸やスプーンの手持ちなど無く、よくかんがえればこの時点で一階の共用キッチンを見に行けばよかったんですけど、部屋を出る気力が残っていなかったので、ちょうど手持ちの左手で缶をほじって食べたりしていたが、折角旅行先なので八時頃に起きて動き始めようと計画するが、何せ高緯度。九時頃まで日が昇らない。

仕方ないので九時頃に外出(それにしたって目的地の博物館とか何とか、全部11時開館なんですけれども)。駅のNSBチケットオフィスにて、プリントアウトしてきたメール文面と引き換えに、ナットシェル周遊券(鉄道・バス・フェリーフルセットのチケット綴り)を入手。この周遊券に印字されている内容も、出発地と目的地のみの確認に留めていた(伏線4)。

 

【ベルゲン滞在三日目→オスロ滞在一日目】

《8:15》

ナットシェル当日である。

最早故郷と言っても過言ではない(過言だ)古巣こと宿を後にする。
この時滞在していたのはシティボックス ベルゲンという宿なんですけど、ここ、最高でした。屋根があるし、お湯が出る。浴室には床暖房があります。リーズナブルに泊れて個室があるのは本当に最高。諸々の経費削減の為ケトルとかテレビとか電子レンジは一階の共用部のみ、冷蔵庫を使いたい人間はそこに記名して冷蔵庫に入れろという仕組みなんですけど、学生寮と比較して全然綺麗なので最高です。冷蔵庫の治安は確認してないんですけど、まぁ学生寮よりはマシなんじゃないかな、知らないけど。私は滞在が12月だったのと、部屋の暖房の効きが普通に悪かったので、冷蔵庫は使いませんでした。場所柄気密性は高いので外と比べると全然マシなんですけど、部屋がいい感じに冷えてた。何より綺麗ですし、住みよいホテルでした。以降の旅程でも、定期的にここに帰りたくなる。

 

それはさておき

ホテルをチェックアウトして、まだ夜明けの来ない中一路駅へ向かう。シティボックスベルゲンからベルゲン駅はだいたい五分足らずの一本道なので、一度覚えてしまえば楽です。強いて言えば、煉瓦造りの駅がなんか周りの建物と馴染んでしまって、入り口の木製のドアなんかが閉じてたりすると、わりと普通に通り過ぎたりする。

この辺りで「えっ、私このトランクゴロゴロ転がしながらフィヨルド見るの?」みたいな、自分の選択の浅はかさを思ったりしてるんですけど、ベルゲン→オスロとか、オスロ→ベルゲンで移動する民は、みんな大なり小なりトランクゴロゴロするもんなんじゃないかな……道行を共にした人々も、みんなトランクゴロゴロしてたし……

 

《8:30》

出発時間は43分なので、まだ時間がある。朝食は食べたが室温でいい感じに冷えたパン(二つで15NKぐらい)と、昨日の内に購入した紅茶系ソフトドリンクのペットボトルに水道水を入れたものだった。これでは熱量が足りない為、駅の売店でホットドックを買う。

ここの店頭に置かれているケチャップのメーカー名が「イドゥン」で、かつて拝読した某ジャンル同人誌のタイトルを思い出す。イドゥンのケチャップは空だった。こちらも死に体のハインツのケチャップと、なんか水っぽいハインツのマスタードを掛けてから、席に戻る。

 

《8:43》

列車が動き始める。事前情報によるとここの景色も結構乙なものらしいが、まだ日が大して出ていない(日本の感覚だと冬の朝五時半ぐらいの明るさ)ので、外の景色も大して見えない。むしろ列車内の方がなんか明るいので、アホ面でホットドックを齧る観光客の顔が見える。この辺りで車内の温度に耐えかね、かぶっていたニット帽と上着、その中に着ていたフリースを脱ぐ。マトリョーシカか?

車内にはアジア人が四人居た。内一人が私、二人が通路を挟んではす向かいに座る二人連れの女性、一人が通路を挟んで隣に座るアジア人女性。私を除くと皆中国人であるようだった。通路を挟んで隣に座るアジア人女性とは何度か目が合ったが、話しかける理由がない為、話しかけなかった。NSB鉄道内無料Wi-Fiにアクセスを試みるも、トンネルの多さ故かすぐにアクセスが弾かれる。諦めてぼんやりと車窓に映る自分の影と、そこから垣間見える片鱗からもなんかこう壮大なことを推し量れる、ノルウェイの森の景色を眺める。

 

《9:56》

トンネルを抜けると雪国であった。Voss着。

ここで利用しているのはノルウェー国鉄(NSB)なんですが、車内アナウンスは基本ノルウェー語のみ。なので、地名を読まれてもスペルから想像できる発音をおよそしていない、正しく降りられるか、しかしスペルがVossなんだから、良くも悪くもフォスかヴォスあたりでまぁ聞き取れるんじゃないか、だいじょうぶかこれほんとに、等と戦々恐々としていたが、ナットシェル利用客が多いからか、Vossに近づく時だけは、「お前らが降りるのはここだぞ」というアナウンスを英語で二度繰り返した。


Vossの駅は、随分と雪が積もっていた。駅舎内に土産物屋やトロールなんかが居たが、次のバスの集合時間が10時10分の為、外から見るだけに留めた。

事前に読んだ旅行ブログの紀行文によると、オスロ→ベルゲンの場合はここが自由行動の場になるらしくて、というか、Voss、なんか旅行サイトにも掲載があるし結構フィヨルドの入り口として栄えているらしくて、何より、戦前の姿を留める石造りのヴォス教会とやらがあるらしいんですけど、わたしは日の丸仕込み集団行動のプロなので、大人しく観光客の集団に従い、トランクを引き摺りながら、駅から工事現場の迂回路を通りつつ、集合場所の駐車場へ移動。夜が明けたはいいものの、ここで粉雪が降り始める。

 

駐車場に移動すると、中には複数台バスがあったが、今にも出発しそうな感じでスタンバイをしているのは二台。フロントガラスに夜行バスの行先表示みたいな感じで「ナットシェル」と書いた紙が貼ってあるので、その内の手前の一台に荷物を預けてバスに乗る。バス内が暖かく、眼鏡が曇る。

これまで何となく同じ列車の車両に乗っていた中国人二人連れの後をついていき、彼女らの後ろの座席に座ったが、暫くして乗り込んできた同じ車両にいた一人参加の中国人が、少しきょろきょろしてから隣に乗り込んできた。

中国人、どこにでもいて旅行情緒がないみたいな話はなんかよく聞くんですけど、ここまで平たい顔がマイノリティだとなんかこう、お互いに何となく目配せをして顔の平たさを確認し合うみたいな非言語交流が生まれる(私が一方的に見ていた説は大いにある)。程なくしてバスが発車した。


(つづく)

人の間


同じ娯楽作品を見て、同じキャラクター同士の関係性或いは組み合わせに惹かれ、人間関係という小宇宙にまつわる二次創作を手に取ったり手掛けたりするわけですけど、何故こうも何もかもが異なるのか? ということを、もっぱら考えていました、今日一日。

いや、最新の弊同人誌をゲームブック的マルチエンディング方式にしたんですが、頒布11月で、年も明けましてそろそろ何かしらあるかなと思って、「気に入ったエンディングどれですか」的な雑なツイッター投票しましたら、「未読」欄も含めて総得票数ゼロ票(ヒューッ!“““ホンモノ”””のムラハチは一味違うぜ……!)だったことを受けての反省文というか怪文書なんですが。

自解釈が界隈のメインカルチャーではないことはもうこの際、いい。

自認識においてはあれ以外の可能性はないだろむしろ何で誰もここにいかないのか? 先行研究の蓄積が厚過ぎるタイプかな、その先行研究出典を示してくれ読むから、読むからってところなんですが、とにかくそれは、いい。

多様な解釈の在り様があるのも、もうこのさい、いい。忸怩たるところはありますが、それはそれでいいとしましょう。

訳が分からないのは、解釈の多様さがない中で、ひたすら自分の「異質」が際立つことなんですよ。せめてもうちょっと、こっち寄りの何かがあってもいいだろ。なんでここまでガラパゴス? 

こよりは主観なので、私が出典を示しいかに自分の思う正当性を主張したところで、偏見を完全に排したとはとてもいいがたいインターネットリソースの浪費なんですけど、その私の主観からするとえっマジで原作読んでる? みたいな、珍妙な一次創作に見えるものを愛好し、それに影響を受けた二次創作を再生産(reproduction)し、ミーム汚染的なそれを広めていく人間の数の方が、余程多いのは何故なのか? 創作者の人柄ゆえ? えっ、ところでその、まことに原作読んでる? マジで? まぁ弊では原作にも喧嘩売ってるんですけどね。マジで一年目のスタンスとか展開とか、覚えてる? えっ、マジで?

 自力でどう考えてみても私の主張に10000分あるんですけど、なんか、主観的に見ても超絶異端。

一通り現状研究の最先端的なpixivの検索結果とか、Twitterの検索結果とか、時々追ってますけど、びっくりするほど異端。アルビジョア十字軍来ちゃう。えっ、どうした? みたいな。

わたしとて出典と展開の方法を説明する準備は出来ているので、何時でも凸してくれて構わないんですけど、目下の状況としては良い方で腫れもの、悪くてステルスなんじゃないかなと思います。単純に界隈にブロミュされ切ったために見えていない。まぁ、大抵のSNSアカウントなんてあってないようなものですけれども。

 ここで界隈についての詳細な説明は意図的に省いているので、ここで私が記憶喪失になったら何を意図しているのかわからない意味不明な怪文書爆誕する訳ですが、以前から私が異端だったわけじゃない。むしろ、数年前のメイン解釈としてはこちらに分があったと認識している。多分、私が何かしらの活動を始めたのはその、メインストリームと、当時も存在していた謎一次創作の量が逆転した、丁度そのあたりだったのかもしれない。

全く周囲との連関性がない二次創作を続けていると、自分の頭がおかしくなったのかという恐怖に捕らわれることがある。昨日まで理解できる文脈の生産をしていた新規アカウントのツイートが、訳の分からない理屈に汚染され、どこかで見たようなパターンの謎一次創作を繰り出して来るようになる。隣近所の人々が次々とゾンビへと変貌していく。昨日まで正しいと信じていた世界が綻んでいく。ああ、窓に!窓に!! 私の頭がおかしいというのか!? 

残念ながら人間は社会的な動物なので、大勢に認められない真理がいかに正しかろうと、その正しさを認められないことは往々にあるんじゃないかなと思います。それでも地球は回っている!

 

一点、唯一私の何が悪いって、一重に人間の認識に働きかけようとする姿勢だったんじゃないでしょうか(虚空に向かって)。

まぁそういう本編から乖離した認識汚染を簡単にしちゃうのが絵描きの絵であり、秀逸なツイートであり、てか、ぶっちゃけ、世の中のフジョシのどれだけがpixivで二次創作の小説を読みますか。通りの良い言い方をすれば斜陽ジャンルに居残っていると言われるようなフジョシのどれだけが、自作でもない小説本の読み返しなんかするんでしょうか。私はしますけど、世の中の識字率、多分思っているより低い。私は何なんでしょうか。私の頭がおかしいっていうのか(二度目)。

ところで今回の弊同人誌で何がこんなに反省文を産むのかって、様々な幸運が重なり絵師の方に表紙をお願いすることが出来たので(イエイピースピース)、これまでになく前評判というか、サンプルの評価数とかが多かったのに起因していると思う。刷った分全部捌けましたし、かといって人間、買った本を必ずしも読む訳ではないし、私の主観では自解釈百理あるんですけど、他人からするとそうではない(むしろ私の解釈、現行把握している限りではちょっとどうかしているぐらいテンションが異なっている上、書き手のものがソーシャルのSの字も無い)ので、結果として「人間に作用したか」「界隈解釈を変える程のものか」「自解釈寄りの再生産はあるか」という点に絞って考えると、最新同人誌を含めあらゆるものが無価値だったのだろう! 

ここで今日の豆知識、「自解釈を布教する為に本で殴れ」とか、定期的にツイートで回ってきますけど、自分の本が救えるのは概ね未来の自分だけです。私は基本的に紙媒体よりインターネット媒体の方が馴染むタイプなので、早くサイトに収録したい。どの道読まないだろ!もういいだろ!何もかも!私が好きに読めるような環境にさせてくれよ!あれは最高の奴なんだからよ!!

ここまできまして、フジョシのノロケツイートに対して「〇〇さんカップルみてるとなんだかほっこりしちゃいます~~~~(〃▽〃)ポッ いつもありがとうございます✨✨✨」とリプライしている人間様からするとうわっなにこれ近寄らんとこという感じなんでしょうが、私も同じ感覚をそちらに抱いているので結構結構、相思相愛だねッ!

しかしまぁ、考えてみればわかる話なんですけど、人間の感じ方なんてほんと人それぞれとしか言いようがありませんし、知識の捉え方等も人それぞれとしか言いようがありませんし、私の主観からはコンキスタドールらによる強烈な支配の象徴であり一種グロテスクなものとして見えるクスコ中心部・アルマス広場も、クスコ在住で雑貨店を営んでらっしゃる在留邦人の方のエッセイでは、「人々がのんびり暮らす美しいのどかな情景」として描かれる訳です。

南米ってちょっと、あんまりのんびりイメージが無く、記憶の中でも確かにこれは人の性質なのかわかりませんが明るく割りに親切で、しかしその人々が置かれてる状況というのは控え目に申し上げてちょっと……ちょっと……という感じではあるがこれも私の主観、主観主観主観、人と人との間にある深い断絶、これを含めて「人間」という字を当てるのか……?全くの妄想ですが。

というところまでこうやって虚空に語り掛けるように文章を打ち込んでいたら、驚くことにマシュマロが来ました。他人への理解を求めたところのある弊同人誌群とは、特に関係のないところなんですけど、土台肯定を求めた訳でも誰かを洗脳する意図があった訳でもなく、ただこの関係性ええな~~この関係性でこういうのみたいな~~と考えたところに、「よかったで」「ええなこういうの」と、淡々と自己の思考を他者に肯定された事実に、思わず目から涙が溢れた。

 

ここまでで旅行についての話を差しはさむ余地がなんだか無かったので、ここからクスコで購入した土産物や土産物屋について触れて終えたいと思います。

 

《クスコで買って良かったお土産》 アルパカのぬいぐるみ

かわいい ふわふわ いや、マジで顔がかわいい。生活の潤い足りうる。オススメ。
インカ系の観光地に行くとどこにでも売っている。露店によって毛色もそれぞれ。スタンダードはたぶん白、他に黒、混ざった色、茶色、黒ぶち、ハーフカラー、などなど。耳飾りを着けているものや首飾りを着けているものなど装いも様々。君だけのアルパカを見つけよう!
私の旅程ではナスカ・マラス・ユカイ(ホテル内に入って来る行商ウーマン)・オリャンタイタンボ・マチュピチュ村にあった。

値段別に並べるとマラス(交渉が上手くいった)<ユカイ(行商ウーマンのお情けを受けた)<<クスコ<マチュピチュ村<<<ナスカ(後述) ※購入しなかったため選外・オリャンタイタンボ(マチュピチュ村で吸いつくされた)

ちなみにウユニ塩湖にもあるが、ボリビアに入るとなんだか顔がゴツくなってあまり可愛くないので、マスな可愛いもの好きはペルーで買ってしまうのがオススメ。空港とかにある公式っぽいお土産ショップにはないので注意して下さい。基本的に個人商店か露店、行商人からの購入になります。

こちらの外国人観光客向けふわふわ毛色アルパカのぬいぐるみ(自立式)、交渉にもよるがだいたい十五センチぐらいのもので20ソル(600円ちょっと)~、三十センチぐらいのもので50ソル(1500円ちょっと)~(もうちょっと高かった気もする)。日本でもマライカとかで2000円~3000円ぐらいで売っている。

なお、現地催行のツアーで連れてってくれる土産物屋で買うと他の露店で買うより数段高い上に小さいし可愛くもないので注意。私はナスカツアーで連れていかれた土産物屋でうっかり購入して後悔した。

 

《クスコで買って無難だったお土産》 チョコレート

ここ数年のバレンタインフェアではペルーがカカオ生産地として注目を集めているらしいんですが、わりとどこにでも売ってる。なんかいい感じのところとしては、チョコムセオ(Choco Museo)というチョコレート専門店がアルマス広場の近くにある。リマのアルマス広場の近くにもある。ここでカカオの殻を購入して茶にするといいと店員に言われるがまま購入したものの、なんだかんだ一年ぐらい寝かせてある。

チョコレート専門店でなくとも、チョコレートも、わりとどこにでも売っている。クスコのスーパーマーケットにはほぼ確実に土産に無難そうなチョコレートが売っているので、土産に困ったらこれでいいと思う。空港でも売ってる。ボリビアの空港にも売ってる。

ウユニ塩湖にも「ウユニ塩湖の塩を使いました!」という触れ込みのチョコレートが販売しているが、ウユニ塩湖の塩チョコレートは、ウユニ空港売店には多分ない。私が見る限りでは、無かった。ウユニの塩チョコレートを確実に購入されたい方は、市街地で調達しておくといいと思う。でもネットでちょっと調べたら「ウユニ空港にある」って書いてあるんですよね、私が行った時間が多分ランチタイムかシエスタ(伝統的なお昼寝)タイムかで、ウユニ空港の外側の売店が閉まってたのもあるかもしれない。ラパスには無いです。たとえあったとしても(あるらしいんですけど)、そこまで赴く気力体力が高山病で蒸発する。

上述ネットで話題のウユニ塩チョコレート(パッケージが綺麗な景色の奴)でなくても良ければ、これはこれでネットで見たところこれボリビアでは有名なブランド、砂糖を使っていないことでその道の者に話題らしい、EL CEIBOのウユニ塩チョコは、ラパスのエル・アルト空港内で購入可能。手の平サイズから大き目サイズまで、各種取り揃えてあった。但し賞味期限が商品によって大きく違う為、気になる場合は買う前にチェックした方がいいかもしれない。ちなみにクスコのスーパーだと「マラス塩田の塩で作りました!」という触れ込みのチョコレートが売ってる。まぁ、これはこれで。

 

《クスコで買わなかったけどちょっと面白そうだったお土産》コカの葉グッズ

アルマス広場周辺の綺麗目なちょっとした雑貨屋に入ると、わりとスピリチュアルオーラ全開なミュージックと共に、コカの葉啓蒙本や、コカの葉を模したキャラクターグッズ等が展示されている。そこで本を流し見した程度の記憶しかないが、こう、コカ文化はインカの時代から脈々と伝わっているものだということを主張していたような気がする。

私はコカ葉関係のものは購入しなかったが、帰国しようと別の所に旅行にいこうと、あそこまで全面的に出て来たマスでポピュラーな顔のコカの葉は中々お目にかかるものでもないので、よく印象に残っている。あと、ラパスの魔女市場には、コカの葉を模して作った「コカの神」みたいなお面が露店で売られていた。高所ならではというか、高所ヤバい、マジヤバい。