メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

クソ腐のすなる日記

 


これはもう完全にフジョシというか、クソ腐の日記。ヒトのすなる日記といふものを、クソ腐もしてみむとてするなり。旅行のリョの字も無い完全な日記。移動距離0km、万歩計を見るに、本日の総歩数は199歩なんですが、今この不動の肉体に、五年以上の時をかけ「フジョシ界隈における誕生日絵」に対する憧憬フェーズから抜けつつある涅槃メンタルが訪れているので、記念に書き残しておきたいと思い立ち文章にしました。

 

フジョシと呼称すべきか同人女と呼称すべきか、そうなると腐男子と称される方々やサークル参加で同人活動をされている諸兄らを含まないジェンダーバイアスある表現になるかと思うんですけど、一般に「女性向け」とされるジャンルで活動していて、男性をお見掛けした経験が、イベント時のコスプレイヤー男性ぐらいしか私にはないので、私がここで呼称するフジョシは、一般に同人女と言われる類のそれで、所謂腐女子です。
一部のフジョシには、フォロワーの誕生日を祝い、それにかこつけて推しカプ作品をこう、絵や文にしたりする習性があると言われています。
私は絵を描くことを諦めて二次小説をしているので、ぶっちゃけ閲覧する私としては小説も見るけど、自作出来ない絵の需要が圧倒的に多い。故に他人に絵を描いてほしくて仕方がないので、こと誕生日が差し迫る一月よりはじまる一か月間の誕生日絵乞食を過去五年以上に渡って行ってきているんですけど、「絵需要が満たされたか」という結果としては、目出度く全滅しています。

 

何故か?

 

結果として誕生日絵とか〇〇さんの小説を元に絵を描きました!っていう案件が発生しうるのは、「友達」だからなんじゃないかと私は数年の模索の末にようやく理解をしました。

こう見るとSNSやってると人間狂うんだなっていうので終わってしまう話に見えるんですけど、でもあながち間違っていないというか、厄介な点はこの距離の近さ。

同じジャンルの同じような人間関係所謂カプに手を染めていて、それを理由に程々に言葉を交わし「友達」に成るケース、そんなに珍しくないんですよ。こと同人誌を出してイベント参加とかしていると、「ご飯食べに行きませんか~」とかいう、アフターに発展して、そうなったらわりと友達なんじゃないかなと思います。「前ジャンルでめちゃめちゃ気が合った奴」とかいう呼称で、レポ漫画にも登場するぐらいの。

そうなると誕生日ってなって、じゃあアイツのために絵でも描いてやるかみたいな、そういう関係性になるんじゃないかと、思います。

まぁ言ってしまえば私、そこの距離感が取れなくなっていると言わざるを得ない状態だったので、SNS、感覚が狂うんですけど、「同じジャンルで同じカップリングに手を染めた」が契機になるとはいえ、それが全てではないし、こちとら一方的に生活見てるんで、何となく親しくなった気持ちにもなるんですけど、そういうことはない。

だから#〇〇クラスタさんとつながりたいタグとか、#フォロワーさんともっと絡みたいタグとか、#フォロワーさんともっと絡みたいけどそういうこと言えないから寿司ネタ呟くとか、そういうタグが出回ってるんだよ。じゃあお前(わたし)はここ数年どこに向かって乞食し、何に対して絶望していたのか?

 

上述したようなトントン拍子で友達になるケース、SNSでは割と盛んに見るんですけど、友達という段階に至るまでには実際割と高いハードルがあるように思う。

リプライとか何とかしてみても、行き過ぎたらシンプルにストーカーですし、気持ちが悪い。これはわかる。友達ではない。
じゃあ普段から愛着を持って観察し、良い感じにいいねとかファボとかしたらどうか? それも友達じゃない。フォロワーっていうか、何か、虫かごの外から眺めてる謎の人間。視線は見えないので、そういうのは友達ではない。

そもそも、良い感じの距離感のリプライって、何? ああいう手合いのフジョシって、どういう感じに距離を詰めるものなのか。

フジョシの言う「〇〇界隈の皆さん優しいから」っていう、その界隈概念がよくわからない。同じ〇〇の民とか〇〇村とか〇〇界隈とか言って、何かとタイムラインやツイッター言論におけるフジョシは同質性を自ら強調していますけど、それはどこからどこまでを対象としている言葉なのか、或いは単純に何を考える訳でもなく発されたただのリズムなのか。界隈、それは誰が構成員なのか? 下手に同ジャンルに長居すると後発の人間が余程〇〇クラスタの××さんとしてめちゃめちゃに交流楽しんでたりなさるんですけど、「〇〇界隈の皆さんほんと優しくて」、って何気ないツイート、何を以て優しいと定義する。〇〇界隈の皆さん/〇〇スペースにある「ほんわかムード」とは何か。何? 誰を指しているの? 

 

友達ってどうやって作るんですか?

 

おっ良い感じに煮詰まって来たなっていう所なんですけど、安心して下さい、友達、います、私にも。

所謂同ジャンルとか同界隈は全滅ムラハチアカウントですけど、程々にエアリプをする人間や程々に会話をする人間、TRPGを教えてくれた人間(神)や脳味噌死んだ会話を取り交わす人間、友達はいるんですけど、前述したフジョシ同士のこう、「同ジャンル同カプから」の友達繋がりではないというか、唯一それっぽいようなところも、こう、年単位でツイート見てて、何かこうふぁぼしたりいいねしたり、リツイートしたり稀にリプライしたり、SNS情緒不安定な時にアカウント輪廻転生して新たなアカウントを作る度出したフォローリクエストを全承認頂いたり、多分これ一般に言われる友達ではないんですけど、この距離感こそがフォロワーなのでは? と、薄々思っている。

 

同ジャンル同カプを契機にフォロワーから友達を作れる人間は一定数いるんですけど、そうじゃない人間はこう、私にも何とか出来る筈だと苦しみを重ねるよりも旅行に行った方が良いです。

旅行中、こう、概ね煮詰まってるので、フジョシ同士が交流していようが〇〇さん誕生日なので〇〇さんの小説から絵を描きましたとか、pixiv新着がアップされたとかアップしたものに反応があったとかそういうものインターネット社会ですからね、全部見られる訳ですけど、でも自室で煮詰まるよりはマシ。そうか? 通信料とか色々変わってこない? それに人間の感情は永遠ではないものの代表選手ですし、百人一首でもこれめちゃめちゃに詠まれていますし、かたみに袖をしぼりつつ、行く末までは難ければ、やがて時が全部解決してくれます。

そして、やがて来る涅槃の時を迎える為、心構えとして必要な気付きは、「このタイムラインは苦である」という真理。苦の原因は「同界隈で活動していることをネタに、フォロワー数を表す数字から友達になれるかもしれない!(それであわよくば性癖の絵を描いて貰いたいですね)」という迷妄と、「ここまでやってあらゆる同人女と同じような俎上に上がれば何か、何か変わるかもしれない」というような執着にあるという真理。そして、迷妄を離れ、執着を断ち切ることで心安らかになります。八正道はなんか余っちゃったんですけど、三諦ぐらいでだいぶ楽になる。Loveは知らんがPeaceは訪れる。ここまでくるのに、たぶん五年以上かかりました。

※なおここで絵でも文でもなんでもいいのでカップリング関係で自分の好きなものを自作出来ないと自分が飢えて死ぬので注意

 

DA PUMPのU.S.A.というベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽章リミックス

 
定期的収入の無い身分なので転々とアルバイトをしている。数年前の大晦日正月は、人気の無いコンビニエンスストアのレジで立ち尽くしていた。今年の大晦日正月は、郵便局で年賀状を仕分け続けている。年末。仕事おさまんねぇ。クリスマスとか仕事納めとか、季節ネタに悉く置いて行かれている。着々と仕事を収めていく勝利者らのタイムラインを見つめながら、言いようもない焦燥に駆られるばかり、季節感の無い人生。
 
年末だ。
 
人生に季節感がないんですけど、民報が度を越えてさわぎはじめると、なんだか「今年はもういいかな」って気分になりませんか? わたしはなります。もう今年はいいかなって思って、あらゆる手を止めて寝転がって、今年の振り返りは今年の内に、みたいな気持ちで、堂々とpixivなどを見てしまう。いや、実のところ全然よくないんですけど。今の身分は季節労働者なので、31日に仕事が納まり1日に仕事が始まる。年が変わるだけで、平常運行。しかもわたし、本業というか、学籍をもつ身分的には、年末より年度末の方が区切りとして重いので、年末で気分が中弛みしていい理由がないんですけど、なんなんでしょうね、社会が浮かれてるからわたしも浮かれちゃっていいんだ! みたいな、逆同調圧力なんでしょうか。浮かれないで。
でも年末年始の番組の浮かれポンチ空気正直嫌いじゃないです。歌か暴力、時々グルメ。人間の娯楽って変わってないなぁって感じがしませんか? 古代ローマからっていうと、なんかそれはそれで語弊ありますけど。我々が現代の娯楽のかたちから古代ローマを再定義しているのでは?パンとサーカスという形をした記憶の場、まとまる予定のない流動系の思考を垂れ流さないで!しまって!
 
とにかく年末なんですがわたしはDA PUMPのU.S.A.が好きで好きで、年末第九と前後して流れるU.S.Aを聞けるのが私ほんとうに嬉しいんですが、たぶん今日今この時を逃すと二度とこの嬉しさ書き残せないと思うので、文字にして残したいと思います。ついでに2018年2月頃にUSAをトランジットした時習得したビザ(ESTA)について記憶に残っている限りのことを書き残したいと思います。
 
で、タイトルなんですけど。
DA PUMPのU.S.Aはベートーヴェン交響曲第9番の第4楽章だと思っている。
もっと言えば「歓喜の歌」ですね。クラッシックについては専門外なのでなんかもうおかしなこと言ってたら年末だしなと思って流してください。行く恥来る恥。
 
歓喜の歌」、年末に良く聞くアレです。或いは新世紀ヱヴァンゲリヲンクライマックスシーンというか第17使途戦闘シーンとかで流れる奴。歓びの歌ともいわれます。原題はAn die Freude。ドイツ語です。シラーっていう有名な詩人がいるんですが(世界史Bで名前だけ聞いたことある……)、Wikipedia日本語版によるとシラーの作品「自由意志」をドイツ語に書き直した作品「歓喜に寄せて」をベートーヴェンが歌詞として引用し書き直したもの、だそうです。
私は第二外国語で無意味に(本当に無意味に)ドイツ語を履修したんですが、正直クリスマス前にこれを扱ったことしか覚えていません。あとテストに若きウェルテルの悩み(抜粋文)を日本語訳しろとかあってブチギレ、単位が憤死しかかったこと。講義にあたって人権を可視化したものとされる辞書を忘れ、コースの図書館に頼み込んで持ち歩きを想定してい無さそうなでかめの人権(辞書)を貸し出して貰い回避スキル矢除けの加護を展開した結果、本当に矢除けの加護なの?ってぐらい運よく指名されず、ただ無意味にコースの辞書に散歩をさせてしまったあの昼下がり……(結構覚えてますね)
 
第九の歌詞についてはほんとWikipedia日本語版を見て頂ければもう十分!ってぐらい書いてあるのでそこらへんを参照して頂きたいですし、私の頭の中にあるのは訳出にあたり教授に指名された「Deine Zauber binden wieder,」のDeineが神を指し示すこと、そののちのディクテーションで運よく聞き取った「Alle Menschen werden Brüder,」の二文だけなんですけど、歓喜の歌というのは私が運よく聞き取ったところだけ抜き取っても「あ、人間存在の統合をうたっているな」ということがわかるものですし実際東欧革命とかベルリンの壁崩壊とか、東西分裂が統合されていく過程において全ヨーロッパ団結!(というとちょっと話盛ったかなっていう感じですが)というテンションで歌われることの多い曲のようです。どっかのクイズ番組で「歓喜の歌が中継で五大陸同時に歌われた時の映像です、この都市はどこ?」みたいな出題もあったような気がする。
 
それでU.S.Aなんですけど、この曲がいかに第九的というか歓喜の歌的であり、いかなる統合を歌っているのかを解釈していきたいと思います。
U.S.Aがカバー曲であること、懐メロ的なユーロビート(ディスコ調)を用いていること、ダンスがバズったことなど諸々あるんですが、音楽については2019年になってから深く知っていきたいと思うので、ここでは歌詞の字句解釈のみを行いたいと思います。
 
「U.S.A」の歌い上げる世界観、これは明らかに冷戦終盤における統合ム―ドとバブル経済期およびソ連崩壊から9.11までのパクス・アメリカーナにおける世界秩序の中の、まだ文化側面においてバブルの残り香があった頃の日本社会であると考えています。ちょっと時代違いますけど2005年の愛・地球博で標榜された「持続可能な社会」とか1970年代から2000年代前期にテーマとなった「宇宙船地球号」とか、あの辺。世界史の教科書でいうフランシスフクヤマの「歴史の終焉」辺り、大文字の歴史の最末期における、パクス・アメリカーナの元の資本主義的な統合、そしてアメリカの傘の下で経済発展し東京が世界の三大都市のひとつと挙げられるまでに成長した当時、かつての古い秩序を文化を享受する無邪気な視点から歌い上げたのが、U.S.Aではないのか。
冷戦期資本主義陣営における日本とか、当時の日米蜜月期の両国関係とかその辺を歌っているのではないかということもあり、厳密に第九が指すというか第九からイメージされる(ヨーロッパ)統合!イメージとはニュアンスが少し違う感じもあるんですけど、それは行く恥来る恥というか、あくまで類似のニュアンス、「統合」や「古き良き秩序」を歌い上げている点にのみ注目して、ただびととしてエモを感じていきたい。行く恥ですね。
 
パクス・アメリカーナにおける文化的バブル期の日本や、或いはパクス・アメリカーナ時代を殊に歌っていると感じられる歌詞として私が挙げたいのは以下の点
 
夢というグラス交わし
Love and peace 誓うのさ
C'mon, baby アメリ
サクセスの味方 organizer
 

 

ここが本当にエモい。
悪しきを挫く世界の警察時代のアメリカですよ。本当にエモい。
 
かつての日米関係を歌い上げる歌詞として見る場合は
 
C'mon, baby アメリ
ユナイテッドする 朝焼け
 

 

ここにおける「統合」はあくまで日米二国間のもの(でありその直後の「交差するルーツ」や直前の「ウェストコースト」辺りからもおそらくは日米両国に主眼が置かれているのではないか?という説が私の中で有力ではある)なんですが、U.S.Aを「パクス・アメリカーナによる世界秩序」を歌う歌詞として見る場合、ここで「資本主義」の元に統合されていくと読み替えることも出来ます。グローバルシティとしてのアメリカ都市部、インスパイアされていく世界の都市という構図ですね。ところで以前きょうじゅちゃんが言っていた「グローバルシティ構想が後背地の恨みによって潰えたのが現代」というような話の論拠となる本、酒の席で口が滑ったきょうじゅちゃんということもあって聞きそびれてしまって、あれが何の書籍から生まれた思想なのかあるいはきょうじゅちゃんの実感なのかがいまいちよくわからない。お心当たりの方はメールほしい。
 
で、曲の話に戻るんですけど、U.S.Aの曲中で繰り返される「交差するルーツ」や「競合していくジパングで」というあたりから、冷戦体制下で経済発展をする日本、一時期アメリカの全州を買いたたける程の経済力を持ったというのを私は漫画で見ている世代で、私は世代としてはそれらの世界を肌で知っている者ではない失われた二十年に属するアレなのでほんと、その辺の歴史をちょっとしたダイジェストイメージでしかとらえられておらず時系列もぐちゃぐちゃだとは思うんですがエモいのは兎も角、パクス・アメリカーナの元で経済的発展、復活を遂げた「我らが」祖国が経済的発展により盟主でありかつての仇敵でもある「アメリカ」を越えていく、「パクスジャポニカ」という、余りにも無邪気なそれを歌い上げているという読み替えも可能な曲であると思っています。むしろだからこそ、この曲は今現代においてここまでヒットしたのではないか?いや、普通にダンスとか曲調であって歌詞のことについては無頓着な人間が多いんじゃない?っていうとそれまでの、一個人の妄想なんですけど。
 
この無邪気さの善悪は置くとして現象としてはエモいんですこの曲。「歴史」は終わることなく我々は「宇宙船地球号」として統合されることなく争いは引き続くんですが、ユートピア建設に誰もが燃えていたあの巨大な時代における理想ではなく目標として掲げられたあらゆる統合を歌うこの曲、歓喜の歌と同じ感じで私は廃墟をバックに流したい曲トップイン2018という感じでした。最高。
 
以下から私がC'mon, baby アメリカした時のビザを中心とする記録です。
 
私がトランジットしたのはヒューストン空港。ここは地図見て貰えばわかると思うんですけどわりとメキシコ、宇宙兄弟の第二の舞台なんじゃないって、ヒビットがイエ~~~~イするところまでしか見ていない私は漠然とそういうイメージを持っている訳ですが、かなりスペイン語が幅を利かせています。英語の横にスペイン語。なんならスペイン語の方がデカいのでは? 職員の話す英語も超訛っていてわりと困惑しました。
ここでというか、アメリカ入国に必要なビザをESTAというんですが、これはロシアビザと同じくトランジットの際も必要です。というか全部がそうなのかはわからないんですけど、わたしはヒューストン経由でリマはホルヘ・チャベス空港に行くにあたって「ヒューストンで一度入国して出国した」ので、何がおこったのかよくわからないんですけど、とにかくそういうことです。本当はトランジット専用レーンがあるの? とか、並んだ列が悪かったの? とか、ヒューストンで南米に乗り入れるルートが悪かったんでは? とか、色々疑念は尽きないんですが経験は一度きりなので本当のところはよくわからないし、私はその経験に則した物しか私の経験として言うことは出来ない。とにかく、ヒューストン経由でリマに行こうとすると、なんか一回入国でスタンプ押されて、出国でまたスタンプ押されます。場所は違うんですが、2018年12月に出国した時やヘルシンキでトランジットした時は、日本・韓国のパスポート保持者はこっちでパスポートの顔写真とお前の顔を照合するぞみたいな自動機械があったので、今はちょっと違うかもしれませんが、とにかくヒューストン、一度入国します。
 
そこで入国するにあたって必要なESTAなんですが、私は以下のurlから取得しました(2018年1月頃の情報です)。
 
ロシアビザと異なり結構詳細な犯罪歴や既往歴(たしか)を聞かれるので、問題文をよく読んで選択肢のyesかnoどっちを選べば問題が無いか、文意を見るというかどこにNOTがあるのかをチェックするのがちょっとしたセンター試験のような感じで、どっちかというと日本語の方がわかりやすかったような記憶があるんですが、センター試験をしていた記憶があるなら、私、おそらく英語で取得しているな? どうなんでしょう。ロシアビザは日本語だと意味が通らない質問があったので英語の方がいいです。ESTAはちょっとよくわかんないけど日本語選べたんじゃないかな。是非ご自身の目でご確認下さい。
 
問題がなければ、確か一週間前後でメールが帰ってきます、そこで入力したパスワードだったか或いは名前だったかを入力すると取得したESTAのページへ、私はそれを印刷して満を持してヒューストン空港へ降り立ったんですが、なんか、使えたのかなアレ。手にもって走っていた記憶がある。何せスカイスキャナーで一番安い乗り合わせを選んでいるものだから、とにかく時間がない。一応90分から二時間くらい時間を見てはいたんですけど、無理。だって入国の手荷物検査とか質疑応答とか、凄いもん。チェックで特別話が長いとかはないんですけど、とにかくクソクソ並ぶ。並んでいる。アメリカ国籍持ってるマンがその行列を、横からスイ~~~~って通っていく。ファストパス。なお復路はもっと並ぶ。手で持ち込もうとしてる空港で入手したチョコレートとか全部、麻薬系の品ではないかとチェックをされるからだ。あと靴も脱がされる。厳重~~~~~私のケースはそもそも飛行機の着陸が遅れていたというのもあります。一時間出入国チャレンジ! 走って!
 
C'mon, baby アメリカ 
トランジットしていく旅行者
 
ヒューストン国際空港を全力で駆け抜けながら、私は搭乗券を落とした。
 

お前に本当のヒュッゲを教えてやる、等。

 

クリスマスシーズンにヨーロッパ(ノルウェーデンマーク)に行ったんですけど、ほんと何につけても人間が番っている。いや北欧は北欧でヤバいのでクリスマス中止とか言ってる奴はすっこんでろフィヨルドから突き落とすぞって感じですし、ほんと、クリスマス万歳!とにもかくにも、クリスマスイルミネーション万歳!!って感じなんですけど、それにしても人間が番っている。日本のクリスマスはカップル多すぎで不純!本場のヨーロッパはそんなことないもんっ!っていう言説、日本語ツイッター界隈でわりと見なくも無いんですけど、確かに実際の現地クリスマスは家族で消化するイベントなのかもしれない(クリスマス当日はマーケットも午前までで店じまい、店も概ね閉まるらしいです)。ですが、クリスマスマーケットに居る人間は、だいたい番っている。そこかしこから鳥のさえずりのようにリップ音、聞こえてくる。まぁリップ音で済んでる分まだマシなんじゃないっていうのと、わたしが時間と場所を弁えなかったんじゃない(十九時のチボリ公園)っていうのもありますし、それにクリスマスマーケットの面子が必ずしもカップルだけって訳ではないので、恋愛特化っていう点で日本のクリスマスある意味特殊なんでしょうけど(そもそもヨーロッパ諸国によくある都市とは擁する人口が違うのもありそう)、それにしても、ヨーロッパの人間はナチュラルに番っている(個人の偏見)。

 

ところで今回の旅行経験を経て、私の中の北欧エリアのイメージがなんか薄暗くて雪降ってるイメージで固まりつつあるんですが、これは完全にわたしが12月のベルゲンから旅行をスタートしてしまった事によるミス。多分世間一般だと、冬の北欧、極夜とかオーロラとかサンタさんとか、なんかロマンチックでミステリアスで大衆的でキラキラしてるんじゃないかな!? キラキラしてるのは本当。電飾の力です。電気!それは文明! 12月の北欧からクリスマスの電飾を取ると、殊に観光客は暗闇に呑まれて死にます。

ベルゲンの日は十四時にはほぼ死んでる。太陽によって空がなんか明るくなる……?のは、だいたい十時前後、空が夕焼けよろしく黄ばむのは、正午前。そもそも太陽は南中しない。地平から頭を覗かせた状態から出てこない。高緯度地方だからと頭ではわかるんですけど、えっそんなに……?ってぐらい、昇らない。ほんと、頭を見せるだけ。張り見世でももうちょっと顔見えたんじゃない?

北欧諸国ではクリスマスはユール(jul)と呼ばれており、呼称の由来は古代ヨーロッパのゲルマン民族ヴァイキングの間で冬至に行われた祭りだそうなんですけど(Wikipedia日本語版調べ)、なんかこう、元々のユールというのは、Wikipedia日本語版を見る感じでは太陽の復活や再来を願う祭りらしくて、まぁ、そらそんな祭りもするわって感じで、暗い。

オスロの日は十五時にはだいたい沈んでいる。八時半ぐらいには明るくなるのでベルゲンよりはまだマシ……?(単純に気候の問題な気もする、ベルゲンは頻繁に雨が降るイギリスみたいな気候をしているので)ただオスロは市内一面スキー場かなって勢いで雪が積もっているので、ベルゲンよりも気温が低い!青空は見るけど、寒い!!南十条の駐車場で夜行バスを待っていた午前零時の京都盆地を思い出す感じで寒い。いや流石にこちらも装備を揃えているので、京都よりは寒くないんですけれども。どちらかというと、スッ転んで打った尻とか頭の方が痛い。私中肉中背なのでお陰で尻がクッションになって、後頭部のダメージを減らした感じがあるんですけど、それでも結構痛かった。助け起こしてくれる連れがいる訳でもなく、暫くマジで痛い、二つに割れたか!?という勢いのある尻を押さえたまま、オペラハウスの天井をずるずると滑り落ちる観光客ごっこをしました。推定観光客女性が手を貸して下さって事なきを得ました。起きてからなんとなく肘が痛いことに気が付いた。無意識に受け身を取ろうとしていたのだ。無意識に出た肘よりも尻の方が大幅に出てたのは間違いないんですけど、なんだか自分が愛おしくなりましたね。

行程としては以降海を渡ってデンマークに入るんですが、デンマークに入ると流石に明るい。午前八時には日が昇ってるし、十六時ぐらいまで夕焼け。こら人間も明るいわ!って思いますけど、ステイしている知人によると「普通に日の出前(午前七時)とかには活動開始してるから気が滅入る」だそうです。毎日夜明けを見る世界。暗闇に呑まれる暮らしの中で人々は自然と、番っていくのかもしれませんね。


2018年、めくるめく性の6時間です。皆様いかがお過ごしでしょうか。

これからクリスマスシーズンに北欧(ノルウェーデンマーク)に旅行をした際参考にしたサイトや、自分のしていた服装等を、折角のクリスマスなのでワールドワイドウェブにメモをして、サイレントナイトを過ごしていこうと思います。この文字がワールドワイドウェブに公開される頃には皆様の性の6時間も佳境を迎えつつあるかもしれませんが、もし宜しければお付き合いください。

 

ベルゲン

以前の記事で紹介した通り世界遺産を擁するノルウェー第二の都市、観光のハイシーズンは夏、市内移動手段は徒歩です。

 

【装備】薄いニット帽/綿入りで膝丈の長い上着ヒートテック/ハイネック/ネックウォーマー/ユニクロ巻きスカート/ユニクロレギンスパンツ/シャカシャカズボン/タイツ/ユニクロヒートテック靴下/靴底のあるブーツ
気候としてはノルウェーの中では温暖、ただしよく雨が降ります。降られました。金沢みたいなものなんでしょうか。以降の装備欄では大体ユニクロの回しもの感が演出されていますが一銭も貰っていません、むしろ払っている。

実際わたしが現地に行く前まで服装にわりと悩んだので一応メモとして残してはみたんですけど、いくら高緯度といってもオーロラとかが恒常で出る程高い位置でもないので、不安だったらスキーウェアに類似した服装をしていけばほぼ間違いないと思います。スキー場みたいな首都もありますしね。

 

【クリスマスマーケットの位置】Festplassen
ベルゲン駅を出て目の前に駅前とは思えない細くてなんか暗い道があるんですが、これを左手に進むとショッピングモールがあり(ここを曲がったところにある駐車場の奥にトラムの「ベルゲンバスステーション」停留所があります。空港から来た時はバス停を降りて、NSBのビルがないなんか暗い方に、最寄りのショッピングモールに向かって歩くと駅前に出ます)、さらに道路を越えていくと私の宿泊したシティボックスベルゲンというホテルがあり、そこからさらに向こうに進むとなんかこう、ベルゲン大学方面に続く兎に角暗い道があり、一方で右手を見るとフロイエン山が暗闇の中で威圧的な稜線を露わにしているんですが(駅前を彷徨った時間帯が大概暗闇でロクなことを覚えていないことも明らか)、そういったそれらを全て振り切り、ベルゲン駅前の道を横切って真っ直ぐ歩いていくと(途中で曲がる道は間違いの道です、よくわからないエリアに連れていかれます)「小ルンゲゴース湖」という謎ネーム湖があり、この湖にクリスマスツリーが浮いています。それを横目に湖の周りを歩いていくと「Festplassen」のクリスマスマーケットに突入します。やったね!

湖の周りにはKODEもあります。ベルゲンカードを持て余しそうになった時の強い味方です。

 

Festplassenの中では雨の中周り続ける観覧車とメリーゴーランドをバックにそこそこの広さのプレハブと結構な広さの屋台が立ち並び、クリスマスマーケットをしていました。その他の場所のマーケットと比較するとお土産物というか日常使いの物が多く、ニット帽やアクセサリー、どこで使うかよくわからない器、クリスマスオーナメント、本等が販売されていました。あと保存食も多い。チーズとかサラミとかチョコレートを売ってる出店が複数あり試食が出来ます。おいしい。

ハンドメイドの物だけを販売しているプレハブ(そんなに出店がある訳ではなくわりとすきすき)もありました。恐らく降雨対策のプレハブの中に複数の店が出店している形式なので、プレハブに入ると暖かいのが最高。プレハブのそこかしこに麦の穂?が刺してあり洋顔の雀やハトがつついています。かわいい。

 

Festplassenを突っ切ったところにあるMusikkpaviljongenや大きな道は大体クリスマスの電飾によって照らされているので、歩いているだけでなんだかウキウキです。その一方で通らないといけない道に電飾がなく暗黒面に堕ちていることがあるので注意が必要。逆に以降で紹介するベルゲン以外の場所は、割とクリスマスイルミネーションさえ見失わなければ安定してホテルにも観光地にも行けます。クリスマスイルミネーション最高。

 

 

オスロ

ノルウェーの首都です。市内移動手段はトラムと地下鉄(Tという目印があります)、あと今回使いませんでしたが、オスロ駅から離れたところにあるバイキング船博物館や民俗博物館、ホロコースト博物館等のあるエリアにはバスで行けるそうです。フェリーもあるみたい……? なんかメトロの表示で見た気がする。

 

【装備】薄いニット帽/綿入りで膝丈の長い上着/フリース/ヒートテック/ハイネック/ネックウォーマー/ユニクロ巻きスカート/ユニクロレギンスパンツ/シャカシャカズボン/ヒートテックタイツ/ユニクロヒートテック靴下/靴底のあるブーツ
経験したことのない寒さっていうことはないんですけど、全行程の中で普通に最も寒い都市(ナットシェル行程中を除く)。一面がスキー場。滞在中は昼は概ね晴れ(熱が大空に逃げていき寒い)、夜にレミオロメンがサビを謳います。寒いとはいえ青空が見られるので、精神衛生上はなんだかベルゲンよりも良いんですけど……

あと、行程のこの辺りで、ノンアルコールドリンクの選択肢の中でフレッシュジュースがかなり幅を利かせていることに気付きます。日照時間がアレだからビタミンがないんだきっと。逆に紅茶とかコーヒーはそんなにないです。自分で淹れろということか。あとはエナジードリンクがやたらとあります。サンタクロースカラーユール期間限定!みたいなパッケージの、レッドブルのようなものとか、割と見ました。ノルディックな人々、どこで戦ってるんだろう。

 

【クリスマスマーケットの位置】カールヨハン通り沿い

カールヨハン通りというのがオスロ駅からノルウェー王宮までの道を繋いでいるんですが(メトロも道沿いに通っている、二~三駅くらい。わりと歩ける。)、その道沿いのアイススケートリンクだとかその辺に、クリスマスマーケットがありました。

ベルゲンとは違い屋外形式、首都だからか流石に電飾の数が違い、キラキラしています。後楽園にありそうな電飾で作ったドーム型の入り口とかもある。

ここは特に家族連れが多かった印象があり(アイススケートリンクがあるからか?)、リンゴ飴(だいたい45NKぐらい、およそ700円、日本でデフォルトとされるリンゴ飴の上になんかピンク色のフレークとかM&Mのチョコとかが乗ってたり、そもそものリンゴをチョコでコーティングしていたりするリンゴ飴があった)を記念に買おうと思い、ボロボロ英語で手直な現地人っぽい人に、ここが列の最後尾かどうか聞いたら、聞いちゃった相手がティーンだったみたいで、横に居た母らしき人が彼女の手を引いて去って行った。ごめん……。

グロックホットワイン)売り場が隔離されていたのもそれ故かなと思います。道沿いの公園?の中に、でかいログハウスを模した屋根付きの広場みたいなのがあって、アルコール入りのグロックはこの中のみの販売という形になっていました。グロックの店の前では喋るトナカイ人形が向き合って設置されていて、なんかめちゃめちゃ喋ってた。それ以外の出店の「グロック」は、どうやら何かクリームぶち込んだココア? みたいなものらしい。値段としてはリンゴ飴とそんなに変わらないです。

ベルゲンだとそれ以外に甘めの軽食としてワッフルを販売していたんですが、オスロではチュロスを売っていました。デンマークはだいたいチュロスか豆だった。

 

なおクリスマスマーケットがあったカールヨハン通り沿いの道を歩いていれば、大体の観光施設に行けます。通りの名前を見てカールヨハンじゃなくても、クリスマスの電飾が付いていてきらきら明るい道を歩いていれば、アシュケーフース城やノルウェー国立美術館など王宮周辺の博物館エリア、あとノーベル平和センター等のあるエリアにも行けます。ノーベル平和センターエリアまで歩いてしまえば、そこからヴィーゲラン公園にも、歩きで行けないことはないんじゃないかなと思いました(実際はトラムを使いましたが)。オスロ駅からの距離的にはムンク美術館もヴィーゲラン公園と大体同じような距離をしている感じなので、歩けなくはないのかもしれません。

兎に角、そんなに規模の大きな都市ではなかったので、そこまで歩くことに固執する必要も大して感じませんが、最悪の場合徒歩で回ることも可能かなとは思います。ところで第二次世界大戦中のレジスタンスの活動を展示しているノルウェー抵抗博物館に行く際、駅前からの地図も無ければ看板もなければ常駐している駅員もいない(北欧では大体の場所に改札がない。勝手にチケットを買って勝手に乗る。但し時々抜き打ちでvalid ticketを持っているかどうか確認され、この時に有効な乗車券を持っていなかった場合、重い罰金が課せられるシステム)のでたまたま駅に居た一般男性に道を聞いたんですが、「ここから600mだって、なんでここで降りたの? 遠いじゃん」と言われたので、多分観光客では無さそうな人の感覚としてはそんな感じです。まぁわかる。でも最寄り駅だよ。

なお、オスロで私はシティボックスオスロというオスロ駅近くのホテルに宿泊したのですが、このように駅周辺のホテルに宿泊している場合、カールヨハン通りに沿ってオスロ駅付近までだいたいの道はクリスマスの電飾できらきらしているので、安心して歩けます。いや、時々なんかよくわからない絶叫とか聞こえてくるので夜はメーデーメーデーって感じなんですけど、明るさの点ではバッチリ。オーナメントのきらきらを積雪が反射して、殊更に明るい印象!

 

カールヨハン通り沿い以外のクリスマスマーケットについては以下のサイト等を見ると色々面白いかもしれないです。私は帰国してからこういうサイトを見つけました。いや、知っててもそれはそれで周り切らなかったと思うんですけど、事前の下調べってほんと大事。

allabout.co.jp

 

カールヨハン通り沿いのクリスマスマーケットについての記事もありました。もう見た。

tokuhain.arukikata.co.jp

 

 

オールボー

ここからデンマークに入り日照時間に驚きます。朝(午前八時頃)が、明るい!!あと博物館が10時頃に開いたのが、16時まで開いてる、すごい!六時間もある!!

 

【装備】薄いニット帽/綿入りで膝丈の長い上着ヒートテック/ハイネック/(ネックウォーマー)/ユニクロ巻きスカート/ユニクロレギンスパンツ/シャカシャカズボン/タイツ/ユニクロヒートテック靴下/靴底のあるブーツ
現地女性によると「曇りか雨」「あと風」らしいんですが私が滞在している時は晴れていました。気温はオスロよりはマシ。地面が雪で覆われていない。素晴らしい場所です。まぁ風ビュービュー吹いてる運河なんだか海なんだか沿いの街なんで、寒いんですけど。

 

【クリスマスマーケットの位置】Nytorv沿いのなんかこう、教会の工事現場、みたいな……
だいたいの位置を案内して貰ったものの、結局あれがどこでなんだったのかがよくわからない。観覧車としてはどうなのっていう速度の観覧車があったから、恐らくは公園なのではないかと思うものの、グーグルマップで見返してみても、それらしい公園が見つからない上になんか、思い出す限りでは案内してくれた現地女性がクリスマスマーケット沿いに教会に向かって通り抜けしようとしていて、でも工事中で、それが出来ないから引き返したような記憶がある。工事中の教会というので調べてみたら、それっぽいものとして「Budolfi Church」があったが、それ以外にも駅に近づくにつれ工事している場所が多く、「年末はこんなもんよいつも工事しているわ」的なことを、女性が言っていたような気がする。つまりこの道沿い工事中教会の裏、Adelgade沿いの「Folkekirkens Hus」前広場が、クリスマスマーケットだった場所として一番それらしい気がしなくもないんだが、如何せん記憶がはっきりしない。オールボー中心部のNytorv沿いに歩いていれば、大きな都市ではないので概ね大丈夫だと思います。ここを押さえておけば、オールボー市街地のだいたい網羅できる気がする。まぁ他にも色々道はあるんですが、オールボーもきちんとクリスマスイルミネーションが町を照らしているので、クリスマスイルミネーションのある道を選んで歩けばばっちりです。

ここで旅行の生命線と言っても過言ではない暗闇を照らす一筋のきらめき・クリスマスイルミネーションの話なんですが、デンマークに入ってから突如赤いハートの主張が恐ろしく激しくなる。ノルウェーではなんか鈴とか星とか、全体的に白か青の雰囲気だったんですけど、デンマークに入るとイルミネーションは全部赤いハート。アンダーテールでケツイ決めたプレーヤーが最後手放したソウル、全部ここに集結してるみたい。ここが地下世界か? 

なおコペンハーゲンから小一時間で着くスウェーデンのマルメというところにも若干観光というか最早お前足跡つけてきただけだろって時間滞在したんですが、そこはなんか、ナイアガラ的なアレを期待しているのか、通りに面して特にこれといった形状のないストレイトな電飾がぶら下がってるだけで、もしかしてこのオーナメント、国柄……?を、若干感じなくもなかった。ストックホルムを見ていないので、スウェーデンを比較対象には出来ないし、どういう基準でオーナメントを選定しているのか知らないんですけど、少なくともデンマークコペンハーゲン(首都)もオールボー(地方都市)もどちらもクリスマス電飾の八割が赤いハートで共通なので、ここにはたぶん確固たる意志があると思います。ケツイ

 

 

なおオールボーは空港から市街地がバスで15分他の移動手段は車になります。

空港から市街地までバス移動の際は200番(夜行の場合は22N)のバスでNytorvか、2番、70番、71番のバスでVesterbroで降りると市街地に移動できます。

 

airmundo.com

 

運が悪いとここで
「英語表記がない(詰む)」
「何番のバス停に近づいているかの表示がない(STOPボタンで降車の意思表示をしなければバス停はガンガンスキップしていくし街はDing-Dong遠ざかっていく)」
「バスアナウンスがない(仮に読まれたところで私の知ってるアルファベットの発音とかけ離れ過ぎててわからないが)」
「STOPボタンが一箇所にしかない(これほんとに押していいの?非常停止ボタンじゃない?)」
「そもそも車窓から見える景色がにっちもさっちも闇(このバス市街地に向かってる?)」

以上の詰みのオンパレードが襲い掛かって闇に呑まれて死にます。

ただ観光客丸出しのスタイルで目につく人間で善良そうな顔をしていて耳にデカいヘッドフォンとかつけてない人に手あたり次第に話しかけていくと、わりと逃げずに救ってくれるのでデンマークってすげぇな(北欧で救いを求めると8:2の割合で人に逃げられるイメージがある)、これがヒュッゲのちからか。

※運が悪くなければ次のバス停を表示してくれるパネルがあり、手すりという手すりや座席という座席にSTOP意思表示ボタンのついているバスに乗れます。

 

オールボーのクリスマスマーケット内訳なんですが、えっと、普通に小規模です。広場にちょっとした屋台がバラバラと並ぶ感じで、近所の神社のちょっとした例大祭みたいな風情。玩具を販売している比較的大きなプレハブや、グロックを販売しているバンガローみたいなバーがあります。プラスチックで触るとぷにぷにしているカイロ(保冷剤としても使える)を売りつけてくる屋台もある。それと、ダッチチーズ・ダッチパン・ダッチ菓子の屋台が三つ並んでオランダ三連星を形成してて、なんだかおもしろかったことを覚えている。試食が出来ます。

あとクリスマスマーケット外なんですが、通り沿いのショッピングモールの前にも出店が出ていて、チュロスやなんか甘くておいしい豆を販売している。豆は試食が出来ました。割といろんな味があった覚えがあります。キャラメルとか、シナモンとか。

 

コペンハーゲン

ra927rita1.hatenablog.jp

 

デンマークの首都です。装備はだいたいオールボーと同じかそれよりも(歩き回ったから)若干薄着。市内交通手段で私が使ったのはメトロ。その他にバスがありました。調べれば他にもあるかもしれない。

前掲記事を見て頂いても分かるようにこれまでの場所とあまりに規模が違い途方に暮れるんですが、意外と徒歩でも回れる。コペンハーゲンカード(Copenhagen Card)で元が取れる気がしなかったので市内交通乗り放題カード(City Pass)を購入するも、コペンハーゲン中央駅の観光案内所で「どのバスに乗ればいい」と聞くと、「私を信じて!あなた歩いて行けるわ!(Believe me!  You can walk!)(原文ママ)」と言われる感じです。ビリーブって、英単語習ってからこんな例文みたいな使われ方したの、たぶん初めて。

 

etravel.ciao.jp

 

【クリスマスマーケットの場所】

taptrip.jp

 

私は上記のサイトを完全に参考にした上で、なぞるように歩いた。

途中まではクリスマスマーケット以外を観光していたので、ストロイエを通らずにこう、コペンハーゲン駅から出て右折、チボリ公園を回り込んでまっすぐ進むとあるデンマーク国立博物館とか、そこから直進したらなんかあったクリスチャンスボー城の塔を登ってみたりしたんですけど、クリスチャンスボーを出たところで暫くクリスマスイルミネーションに従って歩いていたら、ちょうどページに掲載されていたホイブロ広場のクリスマスマーケットとかち合ったので、そこから

ノアポート駅まで徒歩(コペンハーゲンを徒歩で彷徨っていると丁度駅前や曲がり角など欲しい所に駅や観光地の大体の方向を教えてくれる看板があります。最高)

クリスチャニアのクリスマスマーケット

→ニューハウンのクリスマスマーケット

→ノアポート駅に戻って徒歩でホイブロ広場まで戻る

→ニュートウのクリスマスマーケット

チボリ公園のクリスマスマーケット

という順番で歩き回った結果、わかったことは一日中石畳の上を歩いていると足が千切れるので辞めた方がいいということです。日が沈んでからイルミ強行軍するんじゃなくて、昼の内から友達と一緒にとかご家族でとかそれこそ恋人なんかと一緒にゆったり歩いてカフェに入ったりするもんだなアレ。楽しくズンズン歩いてた。ほんとわたし、そろそろ覚えてほしい。石畳の上で調子こくと、足がやばくなります。

それで本題のクリスマスマーケットの内訳なんですが、クリスチャニアは置くとして、ニューハウンのクリスマスマーケットでは「セックス前に鳴らす合図用ベル」を土産物屋で発見、チボリ公園あたりではグロックで内臓を温めながらアホみたいに降り注いでくるキラッキラの電飾に胃を痛めここは外から見るだけでよかったんじゃないかと心を痛めているところで、カップルのキス写真撮影を依頼される怒涛の展開withキラキラハートハートイルミネーションでこれだけ書くとお前、ひたすらコペンハーゲンでトラウマ作っただけじゃん。それにコペンハーゲンでお前が得た経験が特殊なのであって、通常のクリスマスマーケットはそんな楽しみ方じゃねぇんじゃねぇのと言われると思うんですが、そうじゃないんです、番う人々みたもん、嘘じゃないもん。

クリスマスマーケットに限らず、道行く人間は自然と寄り添い番っていて、ベルゲンやオールボーといった地方都市のショッピングモール(暖房が効いている)のベンチで進退窮まりボーっと座っていたりすると、男女二人ずつのティーンがカップル同士かな?グループで歩いているのが、なんか一人の女子が男子のフードを掴んでいたり。あとそこかしこで挨拶か知らないけどチュッチュしてる。男女三人グループの内の男女が、互いにお別れの挨拶か知らんけどチュッってした後に、女性がフンってそっぽを向くみたいなことをしてて、それをキッスで別れの挨拶してない同じグループらしい男が茶化しているみたいな高等芸能を、コペンハーゲンの街角で見た。オスロでノーベル平和センターで半ケツ晒した帰り道、最中若者男女混交のグループからタックルを喰らい「ウンシール!」って、タックルかましてきたきらびやかな女性に言われた。ウンシール、ノルウェー語でExcuse Me!くらいの意味だそうです。なおバシッと良いタックルが決まったのはこの一回だけなんですが、基本的に旅行中の彼我の間には高い身長差の壁があるので、割とぶつかりますし、前は見えません。

 

ここまでつれづれなるままに着地点も見定めずフンフンと文章打ち込んでてふと思ったんですけど、クリスマスイルミネーションに照らされた道を行く周囲の人間の様子がここまで記憶に残っているのは、たぶん私が今回単身だったからだと思うんですね。

でもね、110DK(1DK=17円で換算してだいたい1870円ぐらい)支払って入園したチボリ公園は、これ私の眼鏡が曇ってんじゃねぇのっていうぐらいエフェクト掛かったらキラキラを素で放ちながら、本当のヒュッゲを教えてくれるんです。心許せる相手と空間を共有すること、それこそが、人間の本質的な幸せなのではないかと。ほらご覧、周囲の人間の幸せそうなさま。

チボリ公園だけに留まる話ではなく、ナットシェル(フィヨルド観光ツアー)で道行を同じくした中国人グループ、友達同士雪に塗れて凄い明るく笑ってたじゃないですか。ほんと、冗談じゃないのってぐらいキラキラ。

チボリ公園のそこら中にハートハートハートダンネブロ~~~~~オラオラッって感じのイルミネーション&ライトアップに照らされる人々も、これと定めたかどうかは知らないけれども自分の連れ合いと微笑み合って、ほんと、夢の国なんじゃないかなここ、みたいな、キラキラを放ちながら。

 

 


粉雪 - レミオロメン(フル)

Someone in the Crowd(てか、ラインやってる?)

 

ヤマトの若い兄ちゃんに戸口で微笑みかけられて、交際について真剣に考えている自分がいる。年齢がそう離れていないと思われる他人の優しさに触れるや否や、惚れる。外見に大した拘りがないという割に清潔感はあった方がいいと思うとか言い出すんですけど、一定以上の容姿だと私が主観的に判断すると、惚れるまでがウサイン・ボルト。宅配の兄ちゃんはこちらにサインをお願いしますってボールペンを貸してくれるんですけど、私はもう婚姻届けにサインする気持ちで、それを受け取りサインをしている。オンユアマーク・セッ!「優勝者インタビューです! 選手、この度はおめでとうございます。惚れの決め手はなんですか?」「優しくされたからです、ありがとうございます。」

ここで声かけ事案をしてしまう私はたぶん今頃刑期を立派に勤めているんですが、一方シャバにいる私は、お疲れ様ですとか何とか、月並みな言葉と共に玄関ドアを閉めました。率直に申し上げてやっぱ人生一回しかないし、折角なので断られる前提でも私用の連絡先、お聞きしたかったですね。てか、ラインやってる?

 

どれぐらい惚れっぽいかをもう一例、嫌だと言われても述べるんですが、それは一年前の三月、マチュピチュ→オリャンタイタンボ間の列車移動(ペルーレイル)の最中のことでした。所謂観光客が使う等級の高いビスタドーム(天井ガラス張り)の車両に乗っていたもので、車内ではドリンクのサービスから車内販売ではベイビーアルパカの毛を使った織物や衣服が売りつけられ(何人かご購入して車内にテンションの高い歓声が満ちる)、そしてその車内販売の一環として、乗務員(男女一名ずつ)によるファッションショーだとか、本当、色々あったんですけど、その中の車内アトラクションの一環で出て来たモルモットの霊みたいな扮装したスタッフが、音楽に合わせてリズミカルに踊りながら通路を練り歩き、ランダムに通路側に座っている乗客を引きずり出してレッツダンシング!LALALAND!みたいな、そういう形をした余興にわたし運悪く選出されてしまって、黒いモルモットみたいな顔したお面に幣が大量についてて、人間の頭を覆い隠しているような、なんか、なまはげとかスネカとかそんな感じの来訪神ルックの乗務員に手を差し伸べられて、人並みに同調圧力に弱い私は通路をおたおたと跳ねまわったんですけど、そのとき、異性と手に手を取って握り合ったのがほんと、小学校低学年ぶりっていうか、なんならこういう自然な感じで(業務と同調圧力といえど)自由意志から手をつなぐこと、初めてじゃない?ってぐらいで、私、その後の行程では殆どそのモルモットの亡霊乗務員のことを考えていましたし、今も時々思い出しては連絡先聞いておけばよかったと噛み締めている。てか、ラインやってる?

 

他人と、親密になりたい!

 

ここでの「親密」というのは、所謂恋愛関係です。私は他人と恋愛関係になったことがないままこの世に生まれて四半世紀を過ごしつつあるんですけど、周囲で見かける恋愛事情とか同人誌とか同人誌とか同人誌とか時に商業誌を元に、恋愛関係とは双務的な最恵国待遇であるという認識を持っています。これが時に実質片務的なものだったって気付いてモメるのが二股。

恋愛関係にあるのならば、他人をわりと堂々と独占できる、すごくないですか。以前の記事でもなんか述べた気がするんですけど、私の旅行に同行してくれた同行者たちは、物理的に誰より一番近くにいる、その時点におけるある種の運命共同体である私より、物理的に海や大陸、時空的に時差という概念で隔絶された彼氏との連絡を密に取ってるんですよ。どうして? それは彼氏が最恵国待遇の相手だから。

旅行先でバリクソ時差がある中で通話に付き合ってくれても後腐れ無いというか罪悪感がない、「だって恋人だから……」という言い訳を使っていいという相手なら、わりともう私は男女問わないところがあるんですが、わたしのなかの異性愛規範が多分強くて、同性だと「どうせ男がいるだろ」みたいな目で見てしまうので、異性が良いです。善良で一定の良識がありその他男と確執がない程度に凡庸で、清潔感のある異性がいいです。でもはじめからそのつもりで付き合うと、私は相手の恋人に対して装う一面しか見る事がなくて裏で何言われてるかわかったもんじゃねぇなと思うので、知人から始めたい。相手の人となりをある程度知った上、納得づくで、双務的最恵国待遇の責を負いたい。いやその願望にそぐうような場に身を置いていないんで、当分無理なんですけど、行動範囲に異性、いねーもん。一人で震えてろ!

 

ついでなので、私が来訪神(乗務員)と手に手を取り合いララランドしたペルーレイルやマチュピチュ旅行についての記憶を以下にメモしていきたいと思います。

当時私一人同行者一人総勢二名の行程だったんですが、以下のツアーを利用して我々はマチュピチュに挑みました。

 

www.hotholiday.jp

 

マチュピチュへの玄関都市であり国際空港のあるクスコからマチュピチュまで、列車で四時間とかそこら程度の時間が掛かります。ほんと、一日がかり。上記の行程を見て頂ければわかるんですが、クスコ発だと、ホテル発が午前四時とかになります。復路ボックス席で相席になったコスタリカ人夫婦は「それがほんとつらい」と言っていたので、早起きが辛い人はオリャンタイタンボにより近い所に宿るか、オリャンタイタンボに事前に入っておいて、そこから列車・バス個人手配するかオリャンタイタンボ発着ツアーで行くかするというのも手だと思います。なお2018年3月時点ではクスコ=オリャンタイタンボ間の移動手段はタクシーかコレクティーボ(乗り合いバス)、後者はわりと事故とかあるみたいで、(勿論絶対無事故の移動手段なんて地球上に存在しないんですけど)地球の歩き方でも推奨はしていなかった気がします。

同行者たっての希望もあり、私たちはクスコ~オリャンタイタンボ間に横たわる「聖なる谷」にある「ユカイ(Yucay)」という町にある、スペイン統治時代の修道院を改装したホテル「ソネスタ ポサダ デル インカ ユカイ(Sonesta Posadas del Inca Yucay)」に宿泊しました。

クスコからの移動は往路直接ホテルと交渉し100ドルぐらいで迎えの車を頼む(疲れからか車内で変なテンションになって車内で歌とか歌ってマジごめん)、復路同行者が良い感じに話を勧めてくれたバーのおっちゃんに個人的に送って貰う(金額が往路の四分の一になった)感じでした。

雰囲気としては結婚式とかやってるホテルでほんと、中庭とかきれいで、あと朝ごはんがあります。ほんと周辺にはマジホテル以外には住宅街と牛のいる畑?と、後はアンデス山脈ゥ~~~~~~っていう立地なので、ホテル内のレストラン以外行く場もなく食費はお察しな感じにはなるんですけど、東京ディズニーリゾートで食事をすると考えると、全然食費も安いです。というか、ディズニーと同じで、そこまで行っちゃうともうそんなことあんまり考えていないというのが食の真実(ほんとう)。

それでソネスタユカイなんですが、ここはもうすでに何度か繰り返してる気がするんですがとにかく修道院を改装したホテルなので、フロントのあるメインの建物(ここにカフェとバーとイタリアンレストランがある、クスコで出て来た高山病・リマから引き続きの食あたり・恐らくそれに惹起された発熱といったデバフかかりまくりの私が「取り敢えず体力をつけるため何か胃に入れなければ」というどうかしてる義務感から夕食にとイタリアンレストランで注文したカルツォーネを吐き出した、ペルーでお目にかかった中では空港トイレよりもよく清掃された居心地のよいトイレもある)でチェックインを済ませて、そこから中庭の石畳を通って、山際にある教会を横目にせせらぐ小川の橋を渡ったところにある良い感じの数棟の良い感じの建物が宿泊棟です。語彙力は無いんですが、控え目に申し上げて雰囲気がある。

部屋の設備としては正直申し上げて、雰囲気込みでめっちゃいいです。ここの宿泊は同行者に任せていたのでどの等級の部屋に泊ったのかとか、サッパリわからないんですけど、鍵がまぁちょっと不安な感じのぼっちい鍵でもとにかく掛かるし、トイレが綺麗。それに、シャワーからお湯が出る。しかも朝食ビュッフェ付き(重複)で、同行者の持っていた強力下剤(と言われて渡された。後に彼女に薬剤の名前を尋ねたが「今となってはわからない」と言われてしまった。真相は藪の中。)を処方され発熱デバフが解除された私は、そこでキヌアの粥を啜りながら徐々に回復していきました。ママの味。(同行者は「これはでんぷん糊、病人食の味」と言って食べませんでした。他にもパンとか何とか色々あります。ソーセージとか卵とか何とか一般的なホテルビュッフェにあるものはあります。ペルーということもあってか、カカオの粉?とか乾燥コカの葉とかが、ミロの粉とかティーバックとかと並んでドリンクバーでスタメン張ってたのが印象深かったです)。さらにスタッフがめちゃめちゃ親切、というかフレンドリーというんですかねアレは。イタリアンレストランの給仕の人とか、「これサービスしてあげるから、うちの口コミで良い感じのこと書いてね!」と言って、なんかいい感じのおしゃれなパンを揚げましたみたいな感じのもの差し入れてくれました。あれから一年経とうとしてるんですけど、これであの揚げパンのようなおいしかった何かは帳消しになりますか。おいしかったですおばちゃん。ありがとう。

聖なる谷で宿るメリットとして、「標高が低めなので身体がやや楽」というのの他に、「聖なる谷内にあるその他の遺跡を巡りやすい」というのもあると思います。私はホテルからチャーターしたタクシーでマラスの塩田やモライ遺跡に行きました。旅慣れた人からすると余裕でボられた金額だったと思うんですが、「ビコウズウィーアーエルストゥデンティン……」「ムイガーロムイガーロ」とか言って、スペイン語を混ぜたボロボロ英語ながら程々に金額交渉が出来る程度英語の通じる相手が来たので助かりました。タクシーのおっちゃんが言うには「マラスは元々インカの都市なのでこの辺はケチュア語を喋る(し、オレも母語ケチュア語だ)」というような感じの案内もしてくれます。根差した語りによるガイドにエモを感じる(多大なる偏見)。

またユカイ自体も、敢えて観光で行くような遺跡があるところではなく、グーグルマップで各自見て頂いたらわかると思う感じでマジでなんもない場所なんですけど、砂埃が巻き上がる感じの踏み固められた道をホテルの門から出て歩いていると、道々の石造りの家は木戸で、教会があって、アルマス広場があって、ほんと、スペインの田舎風なんですね、私スペインに行ったことはないんですけど、イメージが本当に、ヨーロッパのその辺の雰囲気がある。いや、ヨーロッパのその辺言うて、私その辺のことは写真とかでしか知らないんですけど。兎に角、往年のスペインによる苛烈な支配というか、インカの都市を潰しその上、或いはそこではないところに新たに計画都市を作ったという状況を垣間見たような気持ちになります。興味深い体験でした。

 

上述のクスコ発着のマチュピチュツアーを申し込み、往復の出迎えを聖なる谷内のホテルに変えてもらうことも出来ます。そうするとクスコホテルからだとロビーに午前四時集合だったのが、ホテルロビーに午前六時に集合とかそれぐらいになるので、クスコ発着よりかは体力を使わないで済みます。私の場合は規定の時間から十分ぐらい遅れてバスが到着、え、これ列車に間に合うの?みたいな不安を残したまま町というか畑というか山脈はDing Dong遠ざかってオリャンタイタンボ着、結果としては全体的な遅延が列車の方に発生していたので間に合いました。私たちが実際にマチュピチュに行った数日前には小規模土砂崩れとかがあって全線往来中止みたいなこともあったようなので、そういうこともあると頭に入れておくと、いざというときに心安らかに事態を受け入れられるかなと思います。

ちなみにオリャンタイタンボはバックパッカーに人気?なんですかね、なんかそういう雰囲気の所で、クスコと若干雰囲気の類似した街並みがあり安宿や小さめの店構えの飲食店が立ち並び、石畳の上にバックパッカーや旅行客や地元面子が行き交って程々に繁盛していて、旅情が強く心惹かれるものがありました。今回は私ほぼ素通りだったんですが。


オリャンタイタンボからマチュピチュのある山のふもとの村、アグアスカリエンテスマチュピチュ村)まで概ね一時間ぐらい、暖かいドリンクのサービスがあり、晴れればビスタドームからなんかすごい川とか森とか森とか森とかが見えます。マチュピチュがあるのはケチュアと呼ばれる森エリア、天空の城的イメージからすると意外だったんですがそんなに標高は高くなく(2430m)、マチュピチュ遺跡内ではパッションフルーツの木が見られます。私も四半世紀で初めて見ました。木になるパッションフルーツ。ガイドの人によると「エッジオブアマゾン」だそうです。そのエッジオブアマゾンかどうかはわかんないんですけど取り敢えず、車窓から雄大アンデス山脈や自然を一望できます。車内案内もある、んですが、私の携帯アラームが不意打ちで予定時刻から一時間早く鳴ってしまい叩き起こされたこともあり起床リズムが乱れていた同行者がここで完全にダウン、私も車窓を見ながら段々と意識が遠のき、気付けば一行はマチュピチュ村にいました。

 

マチュピチュ村の駅からガイドと合流し、マチュピチュまでバスでいろは坂のような坂道を通り斜面を登ります。この行程が三十分ぐらい。そこで我々はマチュピチュ村の駅でガイドと合流し損ね現地携帯は電池切れでその辺にいるガイドに「携帯貸してくれ(緊急連絡先に連絡したい)」と言って「No」と断られあーーーーーこれ、死んだわ……アグアスカリエンテスに死す!って感じの展開を迎えたんですが、同行者の「なんか困った感じの顔で俯きながら歩いてたら「どうしたの」って話しかけてくれたガイドの人が……」という前置きと共に現れた、ペルーびとGuysの中では割と体格の良い兄ちゃんが緊急連絡先に電話を掛けてくれて言うことには、「あと三十分かそこらでマチュピチュ行のバスが出る、バス停まで行ってそこで合流しろって言ってるぞ」とのこと。

不可知の神と同行者に感謝しつつ私が漠然と心に蟠りを感じていたのは、あっ、やっぱ世の中ってひとえに愛嬌だわ。逆説的に愛嬌が無いといとも簡単に死ぬわと思ったところなんですけど、それは兎も角命が繋がったのは本当。ありがとな同行者に引っかかってくれた兄ちゃん。

そこからマチュピチュ行のバスってマジどこだよほんとどうすんだよ観光客二人ぼっちで行かすなよ死んでやる~~~~~みたいな気持ちで「そっち抜けて左に曲がったらある」と指さされた「そっち」、駅から出たところの売店売店に挟まれた細い道を私たち黙々と歩いたんですけど、そこから歩いて言われた通り右に曲がって、売店に挟まれた細い道を真っ直ぐ、数分も歩かない内に道の上にかかった金属製のなんか、素人とは言わないけどTOKIOが作りました? DASH村にかかるお手製の橋か? みたいなところの欄干の間に張ってあるフェンスから、下の道にたむろしている明らかにそれっぽいVOLVOのバス群が見えたので、そこまで迷いませんでした。割と観光客だけでも、なんとかなります。

参加した上述ツアーの開始時点、ホテルから出た時点で、バスの運転手のあんちゃんから「ペルーレイル」「マチュピチュ村からマチュピチュまでのバス」のバウチャーを予め貰うので実際現地でガイドがいないからといってマチュピチュ前まで移動できないとか戻れないとかいった障壁に出くわすことはなく、結果として我々はガイドと合流できず、その場(マチュピチュ村入り口)で、後述する正規っぽい白いベスト着てるガイドを雇っていざマチュピチュ!したんですが、上述のツアーではガイドと合流できなかった場合その旨申し出ればその分返金があるので、それはそれでかえって得したかなという感じでした。

 

それ以外にもペルー・ボリビア旅行中は結構ホットホリデーを利用したのですが、多分社員さんが現地(南米)に居るのかな……という感じで私が日本時間深夜とかにサイトマイページの問い合わせフォームから問い合わせをすると数分で返って来ることもあり、その節は大変お世話になりました。

2018年3月時点はその旨諸々本当に助かりましたし、ガイドと合流出来ないとか時間通りにはいかないとか当然色々あるんですが致命的なミスや遅れはなく、私が利用した感じではペケをつけるところのない、概ねいい会社だったかなと思うので、ご検討の方におかれましては、一つの感想として参考にして頂ければと思います。別に、お金貰ってるわけじゃないです。むしろ、払ってる。というか、こういう感想をホットホリデーで利用したツアーの口コミとして書けば、いくらかキャッシュバックあったのでは? おや……?

 

マチュピチュ村からバス移動すると、マチュピチュ前で降ろされます。2017年頃から法改正の影響か何かで、ガイドを連れない単独でのマチュピチュ散策は許可されなくなったので、どこかでガイドを捕まえるか何とかしないといけないんですが、マチュピチュ村入り口までいくとなんかいい感じに白いベスト着た人々が「ガイド?」「ユーニードガイド?」と寄ってきてくれるので、マチュピチュの所まで来ちゃってガイドがいないから入れない!ということは、あんまりないと思います。ガイド料金は確か10ドルかそこら。(2018年3月時点)。

 

マチュピチュ後の復路は往路の逆でバスに乗り(バスまでの待ち時間があるというのはよく言われるんですが、運が良ければ五分と待たず乗れます。私が見た感じだと割とVOLVOバスが京都市営バスみたいな感じでダンゴになって待機していました。ラッキーパーソンだったのかもしれない。)、マチュピチュ村で数時間潰してからペルーレイルでララランドをしてオリャンタイタンボ着、オリャンタイタンボの駅から両脇に連なる屋台だとか土産物屋だとかを恐る恐る進み、「バス運転手、いなくね……?」と震えていると、屋台で麺をもぐもぐしていた朝と同じ顔の運転手が我々を見かけて慌て気味に飛び出して来てくれました。食事の邪魔して悪かった。

復路は流石に一度通った道ということもあってトラブルは無かったのですが、一つだけ言えたことというのは、土産物はマチュピチュ村ではなくクスコ(或いはオリャンタイタンボ)で購入するべきだったということでした。当然といえば当然ですし当代随一の観光地ですので、マチュピチュ村の物価はクスコよりなんかこう、凄い。水一本でも相当違う。まぁ言われずともわかれよ当然そうなるだろって感じなんですけど、ほんと、マジで、同じようなとかではなく寸分たがわず同じ土産物シリーズ、クスコにだいたいぜんぶあるので、特にこれ!というものがなければ、金欠旅行者としては諸々の土産、クスコで購入するのがオススメです。ほんとはこういう、「こうだったんだよ」みたいな打ち明け話を親密な相手としたい。一年越しにとかじゃなくて、ライントークとか、ライン通話とかで。

 

ユカイなホテルに戻った後明日にはクスコに立つぞ!あとマチュピチュ村でテンション上がって食べちゃったアルパカ生肉のカルパッチョを消毒しよう!ということでウェルカムドリンクチケットを頂いていたのでそれを用いピスコサワーをホテルのバーで頂くんですけど、その時同行者の彼女のiPhoneとホテルのWi-Fiの相性が悪かったみたいで、彼女は若干ふてくされつつでも私と一緒にきょうのマチュピチュはほんと、写真みたいで凄い綺麗だった、日頃の徳のお陰だと言い合いながらピスコサワーをちびちびやって、結局全部飲み切って吐きでもしたら事だって三分の一残して、サービスで頂いたトウモロコシのカリカリした硬いスナックをもっぱら齧っていた。ポップコーンの種みたいな奴。

次のクスコのホテルはiPhoneWi-Fi拾いましたし、最終的に帰国に成功したので、彼女は彼女の最恵国待遇と今も親密にやってるんですけど、一方の私は、やっぱ世の中愛嬌だなと思いながら、ユカイのホテルに沈んだ時と同様、勝手に一人で震えながらペルーレイルで手に手を取り合ったモルモットの亡霊だとか、宅配の兄ちゃんだとか、リマのスーパーの入り口で搬入してて、私を見てニコッとしてくれたスタッフとか、多少袖擦り合ったあらゆる異性を思い出しては、「あそこで連絡先きいときゃ良かったな。」を繰り返している。ていうか、ラインやってる?ほんと。いや、旅行中にWi-Fi拾わなかった同行者のiPhoneの代理で、とか、話が盛り上がった同行者のついで、とかでラインを交換した幾人かの異性はいるんですけど、全くトークしてないしな。謎の連絡先と化している。ほんと、状況を打開するような愛嬌なく、話しかけてみるような気概もなく、ただ願望一つを持って、一人で震えてる。

 

他人と、親密になりたい! 

時間を取らせたという罪悪感無く、親密に無意味な話をしたい。

 


"Someone In The Crowd" La La Land (2016 Official Movie Clip)

コペンハーゲンヤバイ

 
マジヤバイ
 
フィヨルド観光列車乗り損なって山間の闇のなかひっそりと佇んでいたとか、オスロでほぼ飛行機乗り損なったとか、オールボーとかいうデンマークのワンオブ地方都市でいろいろな覚悟を迫られたとか、色々あるけど、なんかもう、コペンハーゲンが群を抜いた最大瞬間風速でわたしを吹き飛ばしてる。まだコペンハーゲン降りて一時間か二時間そこらなんですけど、コペンハーゲンヤバイよ、マジヤバイ。
 
まず広い。飛行機が着陸して荷物が出てくるところまで暫く歩かされるのは値段の安さで飛行機選んでるユーザーとしてはよくあるんだけど、荷物にたどり着かず一度道に迷った。
わたし、これまでいろんな道さ迷ってきたけど、空港の荷物のベルトコンベアまでで道に迷ったのはじめて。まぁ、途中トイレいったのはあるかもだけど、でもそれにしたってさ、普通一本道でしょ。降り口から荷物の回転寿司エリアまでさ、でも、コペンハーゲンカストラップ空港は違う。なんか離陸と着陸の制限エリアが合流してるのかどうかほんとさっぱり知らんけど、とにかく荷物回転寿司までのところに、めちゃめちゃ店がある。なに?ここ、ショッピングモールか?店構えの雰囲気的には、ららぽーとなんですけど。
 
で、空港から市内まで。なんか知らんけどデンマーク王国の首都コペンハーゲンはハチャメチャに国境付近にあるので、うかうか電車に乗ると隣国スウェーデン王国第三の都市マルメに輸送される。気を抜いてはいけない。闘争は常に続いているのだ。まぁとにかく、なんかメトロとかトレインとか書いてある看板の指示にしたがって歩いてくんだけど、そうしているとやがて行き着くチケット売り場(そこにはチケットの自販機がたくさんある。おたおた困ってるとチケット自販機エリアをうろついている赤いベストの係員が助けてくれる)の機械とか見ると、いろいろ選ぶとこあるんだけど、画面下部のショートカットメニューに「コペンハーゲン中央駅行き」とならんで、「マルメ駅行き」がある。空港があるのはなんか島?なんですけど、そこからオーレスンリンクという橋を渡るともうスウェーデンに入る。国境~~~国境氏~~~ちかいよ~~~~(只今文字列が乱れております。暫くそのままでお待ち下さい。)
 
お待たせしました。
 
で、だ。
コペンハーゲン国際空港からコペンハーゲン中央駅行きの電車は、聞いたところによると「Track2(たぶん二番線)」から出てる電車らしい。というか、二番線からでる電車でした。コペンハーゲン中央駅を最終目的地にしている電車が全てではないが、空港の二番線に立ち寄る電車は何にのってもコペンハーゲン中央駅に辿り着くと赤ベストは言っていた。わたしの到着した時間による可能性もあるのでそこは各自調べてほしい。なお電車についての詳細は以下のページを参考にしてわたしはコペンハーゲン中央駅に到達しました。
 
 
で、電車なんですけど、わたし切符売り場からプラットホームまでもわりと迷って、切符売り場にいる赤ベストパーソンに質問したんです。まぁ、わたしが道に迷いがちっていうのもあるんですけど、だって、まさかTrainのピクトグラムにどう見ても汽車の絵が採用されてるって思わなくて、Track1と2があってどっちにもなんか汽車の絵がついてるんですけど、煙突からなんかもくもく立ち上っててなに?機関車トーマス?みたいな。実際にプラットホームにはいってきたのは、新幹線[オルタ]みたいな、とにかく黒い新幹線でした。
ピクトグラムを見たとき、正直一瞬迷った。えっ、これ汽車か?MetroじゃなくてTrain(メトロでいくと乗り換えが必要なのだ)って頭に叩き込んできたけど、で、何?あの汽車の絵文字、新種のトランスポーテーション?みたいな。
コペンハーゲンヤバイ。想像を軽く凌駕してくる。マジヤバイ。トレインに汽車の絵文字つけてくるんだよ?嘘でしょだって、オメー絶対国際空港つくってそこにトレイン通したときさ、もしかすると確かにあの新幹線オルタではなかったかもしれないけどさ、汽車はまぁ、嘘とは言わないけどさ、さすがに遡りすぎでしょ。産業革命かよ。
 
それでもまぁなんとか頑張って乗って、旅行をはじめてから初めて有効な切符持ってるか確認されて、あーっ、都市!っていうか、大陸に近いんだなぁ、ヨーロッパ大陸、フッフゥ!って、思ったりするわけですよ。そんで小一時間で到着するコペンハーゲン中央駅、コペンハーゲン中央駅ヤバイ。何がヤバイって、駅前に遊園地ある。あーっ、チボリ公園、そこにあんの?みたいな。いまクリスマスシーズンなので、中央駅前のチボリ公園めっちゃライトアップされてんの。超きらきらしてる。23時までオープンしてるそうです。
 
なんかもう、ヤバイ。
コペンハーゲンって、コペンハーゲンですよ。ネットで調べるとすぐ麻薬とか移民とか出てくる、あのコペンハーゲン。今回のわたしの旅程では、最後にして最大の都市です。いや、同じく首都のオスロのことを悪くいう訳じゃないんですけど、やっぱコペンハーゲンでかい。大陸に近い。人が多い。
で、そのデカコペンハーゲンの中央駅。煉瓦造りの中央駅はなんかもう、古い感じで、雰囲気ムンムンなんですよ。建て直しました!って感じの東京駅とはまるで違う。まぁあれはあれで良いですし、コペンハーゲンと比較して東京駅が悪いって訳じゃないんですけど、コペンハーゲン中央駅には「「「圧」」」がある。そんで、何でか知らんけど全体的に良く言えばムーディー、言ってしまえば薄暗い。ヤバイ。
そんでそのムーディーな薄暗さの中でもみの木にライトアップとかして、ぴっかぴかにしてる。まぁそれはいい。他のところでもなんかピカピカしてたし、と、思いながら出口をとりあえず潜るとね、
 
チボリ。
 
えっと、ここ、舞浜駅かな?
 
いや、チボリ公園の規模?というか、(知らんけど)動員数とか、町のなかでの立ち位置的に、たぶんふさわしい換言は「東京ドームシティ」くらいだと思うんですけど、ぴっかぴかにライトアップされた東京ドームシティが、煉瓦造りで、クリスマスオーナメントが放つ光以外極力絞ってまーす、節電中でーすって感じのいわゆる東京駅の位置にある中央駅の出口出たら、なんかもう道はさんでバーーーーーーンってあるの。ヤバイ。
こちとら一番警戒しないといけない瞬間なんですよ。旅程最終局面市街地到達の観光客とか、カモが自分の羽根むしって鳥肌というか鶏皮に下味つけて、そしてネギ背負って満を持して現れてる感じある。その自覚、わたしにもある。初期は食費から旅費を削ってたもんだから少しでも安く少しでも安く値札を見比べる元気があったけど、正直言って今のわたしにそれは無い。目についた、おいしそうなもん食ってるし、デンマークは北欧諸国の中でも酒類への課税が低い影響かコペンハーゲンがヤバイせいか、とにかくめちゃめちゃビールとかずらって並んでるんで、クリスマス限定パッケージっぽい缶ビール買ってる。おいしい。
それにこれまでと違って、あんまり悠長に見比べてたら人とぶつかるし、見比べてたところでもう所謂西欧に近いところの元西側国家の首都なので、どれもこれも概ねおんなじような値段してる。さすが。
そんななかでもさっきまで悪あがきして、ショーウィンドーに入ってるバケット見比べてたりしたら、不意に至近距離に気配を感じ「何奴ッ!!!」て顔をあげたら、なんか、ラリラリハッピーな感じの、山のあなたは空遠くのさいわいを見るような感じの眼差しの浅黒い系あんちゃんが、「良い反応速度だな」って言いたげにニコッというかニタッとして、離れていったんですよ。「良い反応速度だな」って。
 
 
一番気を抜いちゃいけないところなんですけど、出口潜ると、道はさんでなんか、もう、ディズニーランドがあるんですよ。
もう気を抜くとかそれどころじゃない、浮かれる。
一番気を抜いちゃいけないところで、浮かれる。
これ、もうちょっとなんとか出来なかった?ほんと、道路はさんで目の前が、政府機関とか商業施設とかバスターミナルとかそういうんじゃなくて、冗談じゃなくマジ、チボリ公園。遊園地あんの、駅のマジ真ん前に、キラキラオーナメントの。冗談かよって、夢で見てんのかな?みたいな、キラキラ。
 
コペンハーゲンという圧倒的な現実が、わたしの既成観念を破壊していく。
 
最後にいまのわたしは、シティホテルネボという中央駅裏のホテルっていうか、なんか留学してたときの現地びとから哀れまれる設備だった寮をちょっと思い出す(寮より綺麗で明るいし暖かい、無線インターネットもある)空間に佇んでいて、外からは愉快な鐘の音が聞こえるんですが、このホテルのあるエリア・コペンハーゲン中央駅裏について紹介したいと思います。
この駅裏エリア、コペンハーゲン中央駅から各々ホテルまでで検索すると徒歩一分とかいう、いかにもコペンハーゲン中央駅は駅裏に続く出口もってますよ~って感じの検索結果出してくるんですけど、現時点の検証結果として、コペンハーゲン中央駅にはそういう駅裏に繋がる出口はないです。別に工事してる風もないので、たぶんGoogleマップが見せてるのは幻かなにかだと思います。観光客を幻惑して食うタイプの。
 
実際、確かに駅から五分かからずに着くんですけど、五分かからず駅からホテルに着くためには、コペンハーゲン中央駅の、チボリ公園じゃない方の横道のささやかな出口から、薄暗いながらオーナメントのおかげでムーディーな雰囲気の駅から出てきたあとということもあって、もう寒々と薄暗い駐輪場を突っ切る必要があって、そうすると三分くらいで駅裏ホテルエリアに突入します。初見でそんな道通らねぇよ。
 
でもまぁ、結果としては今回のホテル、やっぱダントツで近いしそんなに迷わなかったのでよかったです。たぶん空港からホテルチェックインまでのRTAで自己ベスト出してると思う。窓の向こうではなんか戦隊ロボが合体変身するときみたいなウィーーーーンガシャガシャみたいな音を放ったあと、パトカーのサイレンが爆音で響いたかと思うと走り去った。ホテルの部屋にあるテレビでは、デンマーク版警察24時みたいな番組が流れている。顔をモザイクで塗り潰された容疑者が、誰も声を荒げないからびっくりですね。コペンハーゲンとかいう意味不明な現実が、わたしの想定を片っ端からぶっ潰していく。コペンハーゲンロードローラーで整地された瓦礫の山のなかに、わたしは息を殺しながらひっそりと佇んでいる。現場からは以上です。
 
 

ノリでベルゲンカードを買うべきではない10の理由(The 10 Reason Why We Should NOT Buy Bergen Card WITHOUT THINKING.)

 
ベルゲンカードというものがありまして
 
他にヘルシンキカードとかオスロカード(オスロパスだっけ)とかコペンハーゲンカード?とかタリンカードとか、とにかくなんかそれ一枚買っとけば対象の博物館とか美術館とか市内の公共交通機関とかが無料になったり、対象のショップでの買い物やレストランでの飲食に5%~20%くらい割引になったりするカードで、たぶん物価高めのヨーロッパ諸国にあるんじゃないかなって感じで、ゲンミツにわたしの知る限りでは、自己申告北欧(エストニアのことだ)含め北欧諸国ではわりと見る感じで、24時間/48時間/72時間とか時間制で、その間使えるカードなんですけど、わたしいま(2018年12月6日現在)ベルゲンにいまして、ベルゲンカードを買ったんですね。なおベルゲンカードは公式サイトで購入できます。学生証持ちの身分で一定年齢以下の人間は70歳以上のシニア料金と同等、「学生料金」で購入できます。
ところでわたし国外の習慣を安易に日本に持ち込むべきという発言嫌いなんですけど、それを踏まえた上でも、この学生料金システム、日本に持ち込んでほしい。博物館とか美術館とか、学生証持ち込みでシニアと同じ値段にしてくれ。現在の現役シニアは生きてれば年金貰えるらしいけど、学生はただ生きてるだけじゃなんも貰えないんだぞ。学費払って既に赤字の無産市民から、これ以上何をむしりとろうというのか。
 
それはさておき
 
ベルゲンカード(24時間)を買って、きょう使った訳ですが、あとは表題の通りです。
 
1.ハンザ博物館が改装中
ところでこの怪文書を読んでる人はベルゲン、ご存じです?
わたしは空港の係員さんに「最終目的地は……バーゲン?……バ、バーゲンでよろしいですね?」と言われてしまい、続いてキャビンアテンダントさんに「どちらに行かれるんですか?」って話の種として聞かれてしまったので素直に最終目的地をお答えしたら「ベ、ベルゲン?」って言われてしまって、到着前からもしかするとベルゲンってバリクソマイナー都市なんじゃないかと戦々恐々としたんですが、一応弁明(?)させて頂くとその、世界遺産が、あります。
ベルゲン、ノルウェー第二(たぶん)の都市(19世紀まではノルウェー最大の都市だったらしい)、フィヨルドの入り口、この辺りから考えるにどっちかというと、(ノルウェーのなかでは)観光メジャー都市です。日本の高校で学ばれる世界史Bでも、ハンザ同盟した四大都市のうちの一つとして教科書太字になってでてくるメジャー都市ベルゲン、但し観光シーズンは夏!!!!!!!!いまは12月。
悲劇の始まりってだいたいここからじゃない?っていう勢いで「冬のベルゲン」はいたるところのアクティビティ閉まりまくりなので、これから冬にベルゲンに行かれる方はほんと、ノリでベルゲンカードを購入せず、ちゃんと目的地が開いてるかどうか確かめてください。ひとえにそれだけのことをこれから10に項目立てしていきますので、よろしくおねがいします。
 
で、第一の理由なんですけど、現在ハンザ博物館、閉館中です。2018年10月1日から12月31日までリノベーションのため、閉館。
 
いや事前に調べれば普通回避できるでしょって感じなんですけど、弁明するとするとわたし夏(9月)のヘルシンキカードを使い倒した記憶があって、カードものってなんか買っときゃだいたい得やろ!みたいな思い込みが正直あった。あとは旅行を(それこそノリで)決めちゃってから旅行開始直前まで、ベルゲンについて調べてる場合じゃないアホの作ったお祭りスケジュール状態だったのもあると思う。反省しろ。
 
 
2.そもそも冬季はベルゲンの観光シーズンじゃない
これもう早速さっき書いたことの蒸し返しなんですけど、ベルゲンのシーズンは夏です。日本で言う軽井沢みたいなところです。いや、これは完全にわたしのなかの貧困なイメージなんですけど、テニスとか、登山とか、そんな感じのアクティビティがウリの場所。ベルゲンではそれが、登山とかフィヨルドツアーとかなんですけど、とにかく観光のハイシーズンは、夏。
なのでミュージアムとか教会とか、夏場は9時10時から少なくとも16時17時まで開いていて、まぁこれは日本のミュージアムとか寺と同じようなもんだなって感じなんですけど、これが冬になると当然のようにClosedしてるので、カードがあってもまぁこれも当然なんですけど入れません。開けてくれないし。いま手元にある観光案内所からもらってきたベルゲン案内に掲載されてる、セイントメアリーズチャーチとかグリーク博物館とか、冬場は閉まってます。
あと閉まってなくてもここは日の出が9時………?みたいな午前中だいたい薄暗い世界線なので、そのせいかはわかりませんが冬場の博物館の開館時間はだいたい11時から15時です。4時間。あと土日しか開いてないところもあります、ありました。
 
 
3.ベルゲン市内の移動手段との兼ね合い
ベルゲンカードを買うと有効時間中Light Railway(ベルゲン空港からベルゲン市内中心部と思われる公園付近まで走ってるトラム)や、市内を走るバスが無料になります。が、ベルゲン市内は正直徒歩でなんとかなる。わたしが購入したガイドブックは紹介がオスロメインというのもあるんですが、ベルゲン市内の移動について記載がなかった。Googleマップで各地の距離感を確認し、「まぁだいたい徒歩で事足りるだろう」とベルゲン未踏のわたしは判断したし、ベルゲンのコンクリートを踏んでも足は死にますが、だいたい徒歩で事足りる。
参考までに実際に歩いた感覚として、「迷わなければ」ベルゲン駅(小さい鉄道駅)からブリッケンまで、だいたい10分でつきます。
ベルゲン駅からベルゲン市街中心と思われるByparken(トラムの駅、以下バイパルケン)まで五分(駅前の交差点を渡ってそのまま進むとはいれる湖周辺の公園を抜けていく)、バイパルケンに隣接する公園からブリッケンまで三分から五分。わたしは今朝この法則、というのは、ベルゲン駅前の細目の道を直進して公園を抜ける技なんですが、これを理解していなかったために、ハチャメチャに迷ってブリッケンでなければ観光案内所もないなんかよくわからんガチの港に出ました。未だにあそこがどこなのか謎。少なくとも観光向けじゃない雰囲気はムンムンしてた。
 
で、とりあえずベルゲン市街地はだいたい徒歩で事足りるし、徒歩移動を前提としたガイドブックで思考を養っていると、バスに乗れないんですね。乗り方わかんないし。トラムですら英語アナウンスないのに(意外と無い)。それに、端からバスに乗らないとどうしたってたどり着かなそうな博物館とかは、最初から予定から除外してしまっているし。例えばBergen Marintime Museumとか、正直関心のかたまりなんですけど、若干市街から離れていて除外した場所でした。あとなんか、戦争系の博物館おおむね市街から離れたところにあるので、がんばってそこにいってしまうと、他の博物館が空いているうちに戻れなくなるという思考もあった。
後夜祭ですがネットで調べたらバスの乗り方解説してくれてるページありましたので、過去のわたしに紹介する気持ちでリンク張りますね
 
 
ちなみに、夏場は博物館間を往復してくれる観光客向けバスがあるので夏場!夏場はそれでどうぞ!(冬場もやってるのかどうかは見なかったんですけど、なんかインフォメーションセンターでチラシがなかったのでたぶんあんまり本数はないかそもそも出てないかかなぁと思います、知らんけど。) 
 
 
4.ブリッケン博物館が閉まってる
2018年9月3日から2019年5月1日まで改装工事してるそうです。ていうか、してた。一度にガタ来すぎでしょ。ハンザかブリッケンどっちか開けてくれよ。
 
 
5.ホーコン王の館が閉まってる
これはなんでかわからん。ここはベルゲンについてからおーおー色々閉まってるやんけと思いつつ調べて選んだ行き先だったんですけど、なんか、閉まってた。なんで?
 
つつがなくホーコン王の館に入れた場合の体験記がネットにあったのでリンクを張ります。この体験記も12月ベルゲン入り体験記なので冬場閉まってる博物館じゃないと思うんですけど、まじでなんで?
 
 
 
6.道に迷う
まじで。
これまでわたしも関心のある人並みに世界遺産系のものは見てきたんですけど、冬場のブリッケン、四半世紀近く生きてきて初の「閑散とした世界遺産」。別に空港からいきづらい訳でもないのに、10時にブリッケン行ったら、夜行バスから降りて直行したときの朝5時6時の伏見稲荷ぐらい人がいない。そのあと11時頃からじんわりと人数増えるんですけど、ほんと、じんわりと。なので人が増えてもなんか、道とか、ぜんぜん広がって歩ける。いまわたし一人なので、大手振って歩いた。たぶんダブルラリアットできる。空、飛べる。
話を戻しますと、ブリッケンからフロイエン山に向かう斜面をこう上るとセイントメアリーズチャーチとかなんとか、観光客収容系の施設があるはずなんですけど、なんか道がいりくんでてよくわかんない。ていうか、どこが入り口なの?ブリッケン地区に限らずわたし、ベルゲンに来てから建物の近くに陣取り、まずその辺を一周して、毎回入り口を探している気がする。ホーコン王の館とか、結局入り口がわかんないから閉まってるのかあいてんのかわかんなくて、ウロウロウロウロ五週した。追い出された犬かな?同じ方面から歩いてきた観光客女性に聞いてはじめて、入り口の場所となんか閉まってる旨を聞いた。
世界遺産とか露骨にあると、大抵道がなんか整ってたり、観光客が多いところは人だかりでわかるのでそれさえ見てればわりとどこになにがあるかわかったり、観光客がいるエリアにはそこかしこに地図があったりするんですけど、ベルゲンはわりといりくんでて、冬場は観光客がひとところに集るほどいなくて、標識はあっても地図はなくかつ見通しが悪いので、道に迷う人間はかなり迷うと思うし迷った。えっ!?これ入り口なの??関係社用じゃなくて??みたいなのが特にブリッケン周辺の建物には多めです。フロイエン山のケーブルカー入り口とかいうメジャー施設すら、なんか周囲の建物に自然と溶け込んでて注意深く見ていかないとわからない。間違い探しか? 
道がなんかわかりづらいし坂で見通し悪い上にやけに曲がりくねってて、安易に歩いてると即効で迷うので移動にわりと時間がかかるから少ない開館時間中にどれだけエントリーしていけるかっていう話でした。
 
 
で、結局わたしが購入したベルゲンカードを利用した局面は
「フロイエン山へのケーブルカー往復(通常大人95NK)」
「ベルゲン大学付属博物館(通常大人69NK)(あっここは歴史系のCultural History Collectionと自然科学系のNatural History Collectionが併設なんですが、後者がいま現在改装中でした)」
ここまででしめて164NKで、ベルゲンカードの学生料金が205NKで、しめて41NKがドブじゃんあぁあぁあぁあぁってなって歩いていたところで、16:00まで開館してるKODE(ベルゲン美術館)(入館料120NK)の前にたまたま出たので15:00に飛び込んで、収支としては事なきを得たんですが、ほんと、あのときKODEがなかったら、サンドイッチ地面に落としたぐらいの赤字が発生していたので(ここは物価が鬼のように高いところなのでパンに何か挟んである系の食品はだいたい750円くらいする。いまいるホテルから道をわたらずに歩いて二分くらいのところにあるチェーンのスーパーで売ってる素のパンは300円くらい。あと、いま日本でも話題の軽減税率がバチクソ導入済みなので、イートインするともっと高くなる。)、ほんと、KODEと巡りあえてよかったです。というか、ベルゲンカード必勝法、行程に必ずKODEを組み込むことでは?
 
ベルゲンカード、夏場はどう動こうとたぶん元取れるので、ノリで買ってしまっていいんじゃないかと思います。
冬場にノリで買ってしまった人間は、KODEに入館して赤字回避しましょう。なんかクソデカキャンバスとかバンバン出してきて、楽しかったです。
 
以上、ノリでベルゲンカードを買うべきではない6の理由(The 6 Reason Why We Should NOT Buy Bergen Card WITHOUT THINKING.)でした。

旅行の直前って、いつにも増して「突然死」について考えませんか?

 

わかるー!考えるー!(裏声)

 

ハイジャック、飛行機の墜落から始まり空港での置き引き、(今回特に)悪天候による事故遅延運休による足止め、悪意ある第三者、暗がり、治安、押し込み強盗、性的暴行、空港から宿に向かう途中荷物をスられあたふたしてる合間に覚醒剤を打たれて物陰に引きずり込まれるイメージトレーニングをしている。イメージトレーニングというか最早習い性。思考に歯止めがきかないのだ。そういう傾向。

今回、毎度西欧にいきたい西欧にいきたいと言いながらまた北欧(飛行機に二時間のればパリに行けるんだから計画時点でちょっと足を伸ばして、パリ!とか、やればよかったんじゃ?また1から動くよりは安上がりなのに……)に行くんですが、不安がすごい。

人懐っこい性質の文化じゃないというネット情報をもとに、話しかけてきた他人はまずヤバ奴と思っていいとまで思考が固定されつつある。

幸運にもこれまで旅行中に悪意ある第三者と遭遇した経験がない(推定)んですが、「ttttttourist」が鳴き声のホームレスじーさんに睨まれたのフィンランドだし、フィンランド北欧だしな(特殊事例の極端な敷衍)(確かに借りたアパートが見つからず真夜中をさ迷ったHellsinkiでしたけど、沢山の道行く男女が道を教えてくれた上「あんたら学生でしょ安くするよ」とタクシーのあんちゃんがまけてくれたのもフィンランドじゃん)(「わたし英語できないから……」って観光案内所の女性スタッフが逃げたのもフィンランド)(北欧氏~~~!!!)

 

と、いうわけで、

とにかく観光のオンシーズンこと繁忙期とは真逆、氷に閉ざされた異聞帯ゲッテルデメルングの周辺に十時間かけてレイシフトする予定があるんですが、これもほんと身から出たアレでしかないんですけれども、スケジュールをアホが組んだばっかりに直前に発表が大いに重なり三連星、あれがオリオン座かな?っていう具合で、論文の構想を滅多うちにされるマゾプレイ(これこそ身から出たアレだ)にいそしんでいるばっかりに全くそっちの支度が進んでいないし、ヒートテックとか防寒に関する諸々が見当たらず、今回の行脚の標語はこれです。

 

「洗濯しなくても、人間は死なない。」

 

旧日本軍か。物資の問題を精神の問題とすり替えるな。買え。それか小分けの洗剤と可能なら桶、そして出来れば紐と洗濯ばさみをもっていけどうせ荷物そんなに無いんだから。洗濯しろ。なけりゃ服着て風呂はいれ。ラパスのホステル(暖房がない)の専用バスルーム(共用バスルームと隣接している。つまり与えられた個室から離れている)でそれやったスレンダーの鬼こと友人は風邪を引きましたけど。3月のラパス気温五度VS12月の北欧。ファイッッ 

そして今回とうとう付き合ってくれるお友だちがいないというかこなすべきクエストがあるがために完全なフリーツーリストではないことが災いしていて単機掛けなので、流石に北欧でワクワクルーレット★食あたりつき★はないと思うんですけど、運悪く体調を崩したらお陀仏、往路の着空港から復路の発空港まで這ってでも向かう地獄クエスが発生する。金払ってなんでこんな贅沢な苦行してんだ死ね。風邪の市販薬を購入しておいてください(メモ)

 

ちなみにわたしは普段渡航前に現地の語学学習というか、旅行者のための語学学習アプリを入れて学習はせず、切羽詰まったときに代役で喋らせるとかいうコンピューターに支配された子羊然とした行動をとっているんですが、ここではこれまでの渡航先別おすすめアプリをおすすめして記事を終えたいと思います。よし、落としどころが見つかったぞ。

 

 

 

わたしが持ってるのはAndroidなのでAndroidの話しかしませんが、オルキルオト原子力発電所を見学にいった際、「北欧は電子マネー文化が普及しているため現金がなくても問題ないと判断」かつ「最終日が迫っていたため」手持ちが0の同行者&パスポートに挟んだ20ユーロの他手持ちが0のわたしwith英語が通じないタクシー運転手onクレカ支払い機のないタクシーという詰み詰みに詰みを塗り重ねた状況を救った救世主アプリ(メシアプリ)がこちら

こちらのアプリの例文で「おいくらですか」を起動したのち、懐から取りだしたる20ユーロ札を互いに目視で確認。結果から言うとたぶん来客用の施設まで乗せてってもらってしまって、そこからオルキルオトビジターセンター(学習施設)まで徒歩移動!ヘラジカ注意の看板!謎キノコ!地平!森森の森!で全く生きた心地0悪夢なら覚めてくれ状況が発生したんですが、お言葉もクレカも通じない状況から徒歩10分か20分かそこらの距離まで持ち込んだのはなかなかファインプレーだと思うんですよね。自分らをカーリングのストーンにたとえると、もう場外乱闘の距離ですけど、カーリングのコートって45メートルだそうですし、徒歩歩……。

 

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続いてのアプリはこれなんですけど、実際「局地的に英語が片言も通じなくて詰む」というのは(場所を選べば)あんまり発生することのない事案なので、この辺はただこれで数字だけ覚えようとしたし、実際「数字」と「ありがとう」を覚えて使うと現地マンたちの「上手にしゃべるオウムを店頭で見つけたとき」みたいなちょっとしたびっくり驚きおおむね好意な表情を見ることができてハッピーなぐらいです。

なお、数年前のシェムリアップではほぼ英語が通じる&あっちも観光客はクメール語ができないことわかってるのでそう困ることはあまりなかったです。

プノンペンはスーパーとか行くと「えっなにこいつ、英語しゃべってはる……」みたいな顔されますし、ホテル一階の中華料理屋とかいくと「えっ?中国語通じないのになにそのアジア顔は」っていう不思議顔されますけど、ドライバーさえ捕まればおおむねなんとかなります。ハッピー!

 

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ヘタリア Axis Powers 旅の会話ブック ロシア編 僕と友達になろうよ!
 

 

で、HAPPY FEWなところにWEしにいく時に使用したアプリ(書籍)がこちらになります。

たぶん探せば他にアプリがあると思うんですけど、私はこれらでスペイン語とロシア語をなんとかしました。

前者で覚えたhombre(オンブル)/mujer(ムヘール)で私は便所の見分けをしましたし

後者で覚えた「グジェー ナホーズィッア トワレーテ」によってグム百貨店でオシッコを漏らす生き恥を回避しました。全部トイレかよお前。いやトイレ大事だろお前。

ところでいまの私、北欧語っていうか、ノルウェー語およびデンマーク語でトイレって言えないし、ヒートテックないし、見る限り最高気温がなんか氷点下割ってるし、雨だし、駄目だ、失禁死、終了。