メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

友だちはいないからネットにクワガタの絵を描く

 

ツイッターで生きているとたびたび、「光の腐女子VS闇の腐女子」というような構図の話題が現れては消え、現れては消えていく。これ以外にも「暁の腐女子」みたいな分類もあるらしい。

その話題が出現するたびに、タイムライン上に並み居るアカウントたちは、自己の妄想の方向性を手際よく分析し、次々と自己を表明していく。時々「〇〇さんは光の腐女子だと思ってました~」だとか、「▲▲さんは創作は闇の腐女子だけど思考は光の腐女子」とかいう、他人による他人の他己分析を見ることもある。ツイッターのアンケート機能でなん、かアンケート取ってる奴もいる。

いいな!!!!!!!!!!!!!!!!私も自己分析したい!!!!!!!!!!!!!!自分を定型文に落とし込んで安心したい!!!!!!!!!!!!!!そうやって定型に落とし込む過程で、他人にわたしの創作傾向とか分析してもらいたい!!!!!!!!!!!!!友だちがいない。


光の腐女子なんだか闇の腐女子なんだかの一つの境界線としてよく知られているのが、「妄想の中で最終的に、その二人をどういうエンディングに持っていくか」だ。「腐女子属性診断テスト」なるものがあれば、多分最初にこの質問をされるだろう。「Q1、あなたはハッピーエンド、バッドエンド、どちらにグッとくる?」である。

私はこの時点で、分類不能に陥る。そもそも「幸福」か否かを定めるのは主観であって、主観の位置によってハッピーかそうではないかは変化するのでは? 見方によって変化する問いは不適切だ。「質問を変えよう。」と、内なる私Aが言う。

「じゃああなた、自分の創作でキャラクターを「幸福」にしたいと思っている?」

内なる私Bはそれに答えて、「幸福であってくれれば、この上ないけれど」と前置きをした上で、「別に幸せになってほしいわけじゃない」と言い出した。

 

話は変わるが、ツイッターで生きていると、光の腐女子闇の腐女子論議よりは少ない頻度で、「好きになるキャラクターの傾向」というような話題が時々、墓の下から蘇るようにやってくる*1

黒髪とか金髪とか短髪とか長髪とか、生き様とか死にざまとかポジション(主人公、主人公のライバル、主人公の親友、ヒール、など)とか、なんか様々な性癖をもって、腐女子*2が、色々な自己のアイデンティティを表明してくれる。うらやましい。私も自己の性癖の傾向を明らかにして、新たなジャンルへの傾向と対策にしたい。

私も自己分析を開始するために、歴代のドツボにはまったカップリングを並べてみるが、外見的特徴の共通点がマジで見当たらない。好きになるキャラクターの外見に、一貫性がないのだ。ゴリラ体系だったりモヤシだったりする。

というか、おそらく私は、二次元キャラクターの外見に興味がなければ、大した拘りもない。最近ヒプノシスマイクの弁護士を見て初めて、「顔が良いと思う」という感想が出た。我ながら驚いた。「顔が良い」という形容を、私はこれまで自分の飼っているハムスターにしか向けていなかった。あいつはマジで顔がいい。すごい なんというかこう、顔のオーラというか、透明感? が、違う。

 

 

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これは顔が良いハムスター

 

そもそも自分の傾向を考えてみると、私は「キャラクター」というより「カップリング」に先にはまり込んでいる気がする。じゃあそもそもお前、どういうカップリングが好きなんだ?

自分が好むカップリングの傾向を考える。フジョシは自己の関係性への傾倒も上手に分析して言葉にし、自己主張してくれる。自己の傾向どうしてああも的確に把握できるのか? 私の疑問なんて本当に知る由もないフジョシAは、「私はこれが好きです」と簡潔な言葉で明言してくれる。同じように的確に自己の性癖を把握している腐女子Bが「〇〇さんもですか!?」とリプライを送る。そのうちその人らがサークル参加後に飲み会をしたりスカイプでチャットをしたりして、ツイッター上で以前程観測されなくなる。ツイッター社交の世界である。そう! このSNS時代において他者と交わるには、まず自己の傾向を把握することが不可欠だ。自己分析が大事。5000円超を支払って占い師を困惑させる自我ふわふわスフレ状態でそんな偉業を成しえるはずがない。

ところで、カップリングの傾向にも、兄弟とか弟兄とか師弟とか弟師とかライバルとか何とか、色々あるんですけど、これまで私が二次創作に手を出す程ハマったカップリングを自分自身で並べてみても、いまひとつ共通点が見えない。ここでサカナクションが踊り始める。アイデンティティがない、生まれない、どうして?

 

かくしてカップリングから掘り下げる方向性は、サカナクションの登場により行き詰った。ここで創作スタンスに戻る。これはあくまで私の場合だが、「二次創作をするに至ったキャラクターの要素」以上に、「やってしまった二次創作が目指している傾向」を見た方が、まだ共通点が多い気がしたからだ。

 

「別に幸せになってほしいわけじゃない」

冒頭で内なる私Bが出した回答。おそらくこれが、私の二次創作の傾向で違いはないだろう。

そしてこの時点で、既に多くのアカウントとたもとを分かっている気がしなくもない。私が観測している多くの二次創作者は、「いかにキャラクターを「自分の考える幸福」の状態に持っていくか」に煩悶していることが多く、それから外れる妄想をしてしまう「自分」を叱咤しながら、それに興奮しているようなツイートをしているさまを度々観測したからだ。私にはおそらく、その「良心の呵責」フェーズが無いとまでは言わないが、タイムラインで私が観測したその他のフジョシと比較すると、それが短い、もしくは薄い。

かといって、キャラクターが辛い状態であることに、何らかのカタルシスやフェティッシュを感じるわけではない。辛い状態は可哀想だと思うし、そうあるべきではないと考える。

 

じゃあお前の好みは何なのか?と、突き詰めるようにして考えていくと、おそらくそれは「闘争」にあるのだろうなと、わりと年単位でこの創作スタンスだの自分のハマる傾向だの性癖だのについて考えてきて、ようやく最近、そう思うようになりました。

わたしは、キャラクターとキャラクターを便宜上カップリングにした上、その枠組みのなかでキャラクター同士が、自己の権利のために争うその瞬間に、大変なカタルシスを覚える。

なので、別にカップリングに幸せになってほしいわけではない。カップリングが幸せになっているものもそれはそれとして見るが、カップリングにしてキャラクターを「闘争」させるより、そもそも人間関係の成り立ちからして「闘争」の要素を含んでいるキャラクター同士の関係性を好む傾向があるので、恋愛然としたカップリングの作品なんかは、その創作者が原作で明示された「闘争」を、どのように克服しているかという点に主眼を置いて閲覧することが多い。

しかし、「ケンカップル」が好きなわけではない。「公式ライバル」とか「競い合う仲間」とか、そういうものではないのだ。

では、私が好む「闘争」とは何か。言うなれば、こう、「人生に現れた承服しがたい異物をいかにやりすごすか」という共通テーマを、わたしはまとめて「闘争」という単語に置き換えていた。

 

「人生に現れた承服しがたい異物をいかにやりすごすか」とはどういうことか?

ここで具体例として、弱虫ペダルの御堂筋翔くんと石垣光太郎くんの関係性(~箱根インハイ三日目まで)をあげさせていただきます。突然オタクの早口になった。これまでもオタクの早口なんですけど、ここから俄然フジョシの耐えがたい早口にトーンアップしている。

経緯は色々とあるんですが、新一年生の御堂筋くんは、持ちかけたタイマンのレースで最高学年の主将である石垣くんを下し、石垣くんから京都伏見高等学校自転車競技部の操縦権と、エースナンバーを奪います。石垣くんにとって御堂筋くんは、文字通り突如現れた異物。しかし異様に早い。自分よりもはるかに、そして、明らかに実力がある。彼はこの異物を渋々承服し、チームの勝利のために、新一年生にかしづくことを選びます。ここで描かれる異物への葛藤と受容の試み、異物からの反撃、当然覚えるような反感を飲み下す理性など、人間関係における「闘争」が好き。いや、ほんと他にも色々あるんですけど、原作でこれと明示されている中で、最も説明しやすいのがここだ。

人生に現れたこの承服しがたい、しかしそれと同時に逃れがたい異物に困惑する、憤る、抗う、諦める、克服する、足元を掬われる、さまざまな形でこの異物に「折り合いをつけていく」という過程に、わたしは恐ろしく興奮する。ここが、フジョシ用語における「性癖」であると思われる。

キャラクター同士の人間関係にハマるときも、私の場合、おそらくこの「闘争」の好みが影響してくる。先述の御堂筋くんと石垣くんのように、原作で「闘争」への可能性が明示されているキャラクターの間に発生しうるさまざまな関係性を好んで見る。

「闘争」が起こる必要があるので、互いにとっての互いの存在、あるいは、どちらか片方にとっての相手の存在は、少なからず理不尽である必要がある。それがあまりに魅力的だと、闘争が起こらないからだ。

同時に互いに、あるいは片方は相手に対して、強く執着しているとより良い。「逃れがたい異物」でなければ、闘争よりも逃走の方がより自然だろうと考えられるからだ。この執着は、必ずしも恋慕である必要はない。だが別に恋慕であっても構わない。何であれ、個人へ強く執着しているというのは、逃れがたいという条件を作る上で好都合だ。

上述した「執着」という闘争の発生条件、近年「クソデカ感情」というレッテルに収斂される傾向のある人間関係ですが、それによって引き起こされる「闘争」のあるキャラクター同士の関係性が好き。理不尽な異物から逃れがたければ逃れがたいほど、時に何らかの犠牲を払ってでも「折り合いをつけ」なければいけないからだ。

この性癖の傾向が、私の中で一番強く出たカップリングが、FGO二部二章の主従関係。逃れがたい執着にどのようにケリをつけるか。このテーマがものすごく好き。

 

ただ、私が志向するのはあくまでこの「闘争」なので、同じようなカップリングにはまったフジョシ(人間関係オタク)との間に、わりと巨大な乖離がある。フジョシのツイートの中でよくみられる煩悶の種である「幸福」を、私は最初から志向しないからだ。キャラクターの幸福を志向するなら、この二人の人間関係を使って思考をしない方がいいとさえ思っていることがある。べつに二人の恋愛が成就してほしいとも思っていない。この人間関係が恋愛の状態にあるかどうかも頓着がない(恋愛であればそれはそれで見る)。

「闘争」の過程とその結果、お互いの存在にどう折り合いをつけていくかという出された結論が何であれ好きなので、それがハッピーエンドかバッドエンドかに拘りがない。

そもそもハッピーエンド/バッドエンドとは何か。誰の目線によるものか? 基準として極めて曖昧では? 一人は心底幸せだと思っていたとして、もう一人が不本意に感じていた場合はどうなるんだ。そもそもハッピーエンド/バッドエンドの二元論で物語のエンディングを捉え得るのか? そんな ことを 言って いると 友達ができないです。

しかもこうやって自分をカテゴライズしたところで、ここに分類できる人格は今のところ私のものだけだ。これは血液型占いで私A型! O型~~~~ってやってる中で、クワガタとか言ってる奴と同じである。規定の枠の中で自己のアイデンティティを表明するから、ああいう会話が成立するのだ。

 

わたし人間関係オタク、「人生に現れた承服しがたい異物をいかにやりすごすか」(「闘争」)というテーマが好き。

 

 


蜘蛛の糸 by 筋少

*1:管見の限り、メインジャンルを変えた直後のオタクや、ジャンルにはまりたてのオタクがこれに言及することが多い

*2:ここでは「カップリングオタク」と呼称した方がフラットかつ正確であると考える。好きになるキャラクターの傾向を自己分析するオタクは、必ずしも男性同性愛のみを偏愛する狭義の「腐女子」に限らないからだ。

骨の重さを測ったことがある

 

骨の重さを測ったことがある。

 

事の発端はだいぶ前なんですけど、2014年の9月、台北を旅行したときに、行天宮周辺で道端にテーブルを広げて、紫色だったか何だったかの重々しいクロスを掛けて、いかにも占い然としたその上に、白文鳥の入った鳥籠を置いていた男性がいた。おじさんなんだかおじいさんなんだかといったところの年の人だ。九份へのパッケージツアーの解散場所のホテルで魯肉飯を食べてから、何でだったか徒歩で行天宮へ向かう途中の道すがらだった。

当時の私は文鳥を飼っており、文鳥占いの存在を知っていた。躾けられた文鳥が札を引いてくれるのだ。絶対可愛いのでぜひみたいと思ったが、言葉が通じないだろうと思ってその場では諦めた。

しかし9月の台湾、よく考えるとめちゃめちゃ暑かった気がする。何であのおっさんは野外の、それも道端にテーブルを出していたのか? アーケードの内側ではなく思いっきり歩道、背後のなんだか洒落た低い柵のような都市型ガードレールの向こう側は、片側二車線の車道だった。なんだったんだあれ、幻?

 

2019年の8月にまた台湾を旅行したときに、そのことを思い出した。思い立って私は行天宮に行ってみたが、流しの文鳥占い師はいなかった。なので持っていたポケットWi-Fiを駆使して「文鳥占い 台湾」で検索したところ、龍山寺地下街でできるらしい。

 

akahel.com

 

tabizine.jp

 

行った。

MRT龍山寺駅直通、時刻は18時を回っておりなんだか閑散とした地下街を歩いていくと、その一角にプリクラの機械みたいにちょっとした小部屋が集住する占いエリアが現れた。エリアの前で壮年の女性が客引きをしている。だれだったか日本の芸能人も、ここで度々見ていくんだというような話を日本語でしていた。

そこで文鳥占いをしてくれと頼んだところ、「通常の占い」にオプションで文鳥占いをつけることができるという。正直私は文鳥が札を引いているところさえ見れればよかったんだが、文鳥占いだけにしてくれと二三度頼んだところ、通常の占いに文鳥占いを無料でつけて、さらに通常の占いを学生価格ということで半額にしてやると言われた。言葉の往復でなんだか交渉に疲れてきた私は、結局その値段で了承した。

ここで一つ目の反省点、自己の意思を固く持っていない。お前はそもそも占いというよりは文鳥を見に来たはずだ。文鳥占いだけでいいとゴネていれば未来は変わったのではないか?

値引き後の料金は1500台湾ドル、でもよく考えるとそれって、日本円にして5000円超で、学生の身分ではけっこうな大金だ。わたしは「2000円で文鳥占いをしてもらった」というインターネット記事を頼りに龍山寺地下街にたどり着いたんですが、後から考えるにつけて本当、その通常の占いというのが、単価が高い商品だったんだろう。しかし粘れば文鳥占いだけで行けたのでは? 人間の押しに弱すぎ、根性を持ってくれ。

 

ともかく客引きの女性に先導されて入った小部屋で暫く待つと、先生が現れた。彼女は何年か日本で仕事をしていたらしい。流暢な日本語でこの紙に氏名と生年月日、生まれた時刻を記載しろと指示をする。何でもその氏名と生年月日、生まれた時間さえわかれば、自分以外の人間の運勢を追加料金なしで見ることもできるらしい。先生は、意中の異性や仲のいい友人、あるいはなんか気に食わない奴との相性占いもできると言っていた。任意の他人の情報を記入する欄は五人分か六人分あった。結構多いなと思った。

私は自分の生まれた時刻を把握していない。私は生まれた側なので把握しようがないと思うんだが、先生はしきりに「午前か午後かもわからないか」と尋ねてくる。私がわからないと三度答えると、先生は渋々といった様子で、数字をデスクトップパソコンに入力し始めた。

 

やがて情報を入力し終えた先生から、何か特に聞きたいこと、気になることはあるかと聞かれたので、就職したらうまくやっていけるかだとか、あとは一生独り身かどうかという漠然とした将来の不安を聞く。

ここが二つ目の反省点。占いってあんまやったことないんですけど、おそらく、将来の漠然とした不安を吐露する場所ではないのでは?占いって言うのはこう、差し迫った問題や自己の希望をある程度自己分析した上で、こうしたいと思っているが、運勢としてはどんな感じかというアドバイスを貰いに来る場所なんじゃないか。

漠然とした将来の不安を持ち込まれた先生は、数字から導き出されたデータをもとに「何も心配はない」と元気づけてくれた。そらそうだ、5000円超の価格で買った時間だが、こうなってしまうとアドバイスもクソもなく、人並みに元気づけるしかない。私は漠然とした不安を吐露しただけであり、目前の差し迫った問題や希望を抱えていない。自己分析がなっていないのだ。面接で言うのならば「この業界を志望した理由は?」に、「安定感があると思って……」ぐらいの返答であり、「今日は寒いね」という世間話のトリガーへ、「そうだね」と漠然と返すようなものだ。

「私、どうすればいいでしょうか」って、そんな顔を見合わせて五分程度の、質問をしても短文で「とくにないです……」と答えてくる人間に言えることなんて、よっぽど限られている。これを求められる職能は占い師ではなく、超能力者であったり宗教家であったりするのでは? トリックで見た! 

ぼんやりとした不安を抱え、他人とサシで向かい合う時にしがちな反射的な愛想笑いで口角をひくつかせる私に向かい、先生は「何も心配することはない」と重ねて言った。氏名を何らかの法則で数字化し、生年月日となんとかした数をもとに先生は続ける。

「あなたの人生は16歳まではあんまりよくない、でもそれより後は何も心配することはない。とってもいい 大丈夫」

でも、と話を切って先生は続けた。

「他人の意見を聞きすぎるところがある、自分を持つことが大事」

あとは事故に気を付けろと続けてから、先生はラッキーカラー等々開運に必要な事項を述べ始めた。それを私がボケーっと口を半開きにして聞いていると「メモ取らなくていいの?」とやや威圧されたため、私は慌ててメモを取り始める。そうして先生は、私のラッキーカラーが白と黒だという。私はメモに白黒無常と書いた。ラッキーハンターでしょうかとその時は思ったが、後にホテルのWi-Fiでランダムマッチを試み回線落ちをした。

あとは何か聞きたいことはないかとしきりに言われる。私は一生独り身でしょうかと聞くと、「そんなことはない」と先生は力強く言った。

「子供が二人生まれる。」

マジか。

「女の子ね」

そうなんですか。

「身なりを綺麗にして、他人への関心を持ちなさい。そうすれば何にも心配いらない。」

「化粧は大事、化粧をしなさい。」

ここはぼんやりとした不安を持ち込む場所ではなく、自分が定めた行動指針が天命に背いたものではないかを答え合わせする場所であって、こういうふわふわスフレ自我で来られると、先生も一般論を返すしかないのでは? 一般論の「一般」とは母数が多い集団を指し、母数が多いということは、他人から受け入れられやすいということで、それは一つの「正しさ」でもある。というか、さっきから異性愛を前提に話されているなということをこの辺りで考え始める。同性関係の話を持ち込まれた場合は、そういう風に対処するのだろうか。

 

占いマニュアルに思いをはせ始め、「他にない?」という先生の質問を、二度「ないですねぇ……」で誤魔化したところで、ようやく文鳥が現れた。間仕切りのある竹籠に入った、二羽のふくふくとした白文鳥だった。可愛い。

先生は鳥籠の入り口の前にカードのぎっしり詰まった箱を置くと、鳥籠を開けて、彼らに生米を一粒ずつ食べさせた。非常に可愛い。

やがて先生の指から米粒を食べた間仕切りの右側にいる文鳥は、ちょこんと入り口に降りてくると、カードボックスの上をちょこちょこと跳ねて、三枚程カードを引く。左側の文鳥は米粒を食べたあとちょこんと入り口におり、羽繕いを始めた。ボイコットするものもいるようだが、先生は分け隔てなく米を与えた。可愛い、目の前に来てくれて非常にありがとう。(ここで写真を載せようと思い立ちクラウドを覗いてみるが、なんか威嚇されてるのしかなかった)

文鳥が三枚カードを引き終わると、先生は文鳥にまた米を与えて籠に戻し、文鳥が引いたカードを表にする。先生はその三枚の、かるたの取り札か百人一首かのような絵柄をしたカードを私に見せながら、絵柄を説明した上で、私が気を付けるべき事項を説明する。

「人の話を聞かずに突っ走ることがある」

「助言は程々に聞いた方が良い」

さっきなんか似たような話を聞いたなと思ったが、臨機応変にということだろう。

料金の1500元を支払った私は完全なオケラ、このあと龍山駅から台北駅に戻る道中で手持ちの小銭を使い切り、旅程をあと二日残しながらに、キャッシュレスを擬人化した存在となる。

 

その後、特に文鳥占いとは関係のない経緯から島尾伸三の『香港市民生活見聞』(新潮文庫)を読んだんだが、169-171頁の「秤骨歌」を見たとき、強い既視感を覚えた。

島尾によると「人は生まれながらにして成人した時の骨の重さが決まっていて、この重さがその人の富貴貧賤を決めているというのです」とのことで、後に筆者は自らを例にとり、生年月日と生まれた時刻の計算法を明示する。

この部分を読んでから、あ、そうか、あの時の私は骨の重さを測られていて、だから生まれた時刻を、ああも執拗に聞かれたのだと、ひどく納得しながら、それと知らずに骨を測ることになった、あのやや煤けた占いブースのことを思い出した。

そういえばあの時、例の診断結果を三つ折りにして拝領していた。作業中ずっと机の上に置きっぱなしで、しきりに視界の端にちらついていたが捨てるほどでもなく放置し続けていたピンクの紙がきっとそれだろうと思い込んで私、今さっきそれを、紙束から引っ張り出して開いたんですけど、開いてみてびっくり、台湾の銀行で両替した時のレシートだった。

じゃああの可愛い文鳥の名刺はないか、あれがあるところにきっと一緒にしておいてあるんじゃないか、名刺はどこにやったかと思い立ってみるが、生活とともに荒れ果てた部屋を眺めていたら、その気も萎えた。過去に飼っていた文鳥は季節の変わり目に死んでしまって、今はハムスターが、ガサガサと新聞紙を掘る音がする。

 

というわけで今年の抱負は身辺整理を進め、室内に打ち捨てられている謎の物品を捨てること、そして占い師の前で自我ふわふわスフレな返答をして5000円超をドブに捨てないよう、自己分析をしっかりと行うことです。欲を言えば客引きに対して毅然とした態度で要求を突きつける度胸もほしいが、とにかく私にはぜひ、目的意識と問題意識を持って、自我ふわふわスフレで興味のまま、糸の切れた凧じみた挙動をせず、自分の人生に挑んでほしい。

近況としては修士論文を提出し終えて、同期の一人は締め切り前の焦燥感に苛まれ続け、一人はかろうじて顔だけ知っている分野外の教授への妄執を、憑き物が取れるように落とした。

プレッシャーと年末を楽しく過ごす人間らの生活を見て勝手に苦しんだ経験から、渡すにも知らず知らずのうちに、アイデンティティの一部に論文が付与されてしまっていたようで、自分が何に熱を入れあげていたか、何をするべきなのかを忘れたままわたし、財布も買い換えないままでぼんやりと、あの産み落とした修論が、占いで言われた女の子なんだろうかというようなことを、考えている。思考の足を地につけて生きてくれ。頼む。

 

 

香港市民生活見聞 (新潮文庫)

香港市民生活見聞 (新潮文庫)

  • 作者:島尾 伸三
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1984/12
  • メディア: 文庫
 

 

 

今週のお題「2020年の抱負」

同人小説なんかを書かずにいられる人生が一番幸せ

 

あと三日で論文第二章を仕上げなければいけない(まだ十年分の史料分析が進んでいない)のに、プライベッターにアップされていた激エモ同人小説を読んで泣いている。

そして一つの真理に気が付いた。同人小説なんてものは、書かずにいられるのが一番の幸せだ。

 

私は趣味で同人小説を書いている。趣味と言えば聞こえはいいが、ほぼ宿痾だ。妄想に脳の空き容量を食いつぶされないために、定期的に外へ出してやる作業が必要なのだ。
元々は大手同人絵師になりたかった。しかし絵心がなく絵心を育むための努力に耐えうる精神も持たなかった。なので文章を書き始めた。それが十年近く続いている。

十年近く同人小説を書き続けるとさすがに自分のツボを押さえるのが上手くなってくるので、自分の同人小説を読んで自家発電するのが好きだ。自分の好みが無ければ自分でツボを押してやればいい。それが可能という点で、同人小説を書く技量の身についた人生は幸せだと言うことができる。まれに同人小説を読んで褒めてくれる人間もいる*1

しかし、他人の脳から出て来た激エモ同人小説を読む瞬間の幸福に勝ることはない。自分の頭の外にある概念を直に流し込まれる快感は一種、ヤクにも似ているのでは? ンギモヂイ 文章が上手い他人の激エモ同人小説大好き 一生こういうの読んで生きていたい。

ちょっとした喫茶店めぐりとかショッピングとか映画鑑賞とか旅行とか趣味にしてさ、他人の激エモ同人小説を読んでわたし、美しい涙を流していたい。自分の性癖ツボ押しフェーズが発生する以前に、他人の手による激エモ同人小説と出会いたい。

自分の性癖のツボ押し やっぱ自分がやってるだけあってスゲー的確なんですけど、ツボを押すにあたっての手間が尋常じゃないし、費用対効果としては間違いなく赤字なので。

 

ついては、私の理想の日常は次の通りです。

特に私が関係性についてキャラクター解釈などの自我を持ち始めるよりも前に*2、私の脳を経由しない激エモ同人小説を見つけて、美しい涙を流したい。激エモ同人小説を読みながら、私はオスロコーヒーに行ってパンケーキとか食って、激エモ同人小説を読みながら美しい涙を流し、帰路について家で映画を見ます。

 

現況じゃ喫茶店も映画も無理です。あと三日で論文の第二章を仕上げなければいけない。作業に来た構内で他人の激エモ同人小説を読んで、美しい涙を流している。いいな、一生こういうの読んでいたい。

自分で書かないと理想の文章が誕生しないとか言ってる奴は宇宙人です。自我が生まれる前に理想の激エモ同人小説を見ることが出来る人生が、最も幸福であると神は言っている。単純に、それが激ムズなだけです。

提出締め切り日という枷を負う人間たちのなかにいるので、わたしはこれを往々にして忘れるんですけど、現生人類の間では、小説を趣味で読むことも割と珍しいらしいので、趣味で小説を書くような奴とまみえる確率が、もう宝くじ。それが激エモ同人小説であることなんて、もう天文学的数字です。

きみは流れ星。推し同人作家に幸あれ。神のご加護がありますように。

ついでに私の修士号にも加護をくれ。いやそんな贅沢言わないから せめて第二章をくれ。キャラクター解釈ではなく史料分析の方向性にあたって自我を持ってくれよ 頼む わたしこれで、何を言えるんですか?

 


The Beatles - Help!

*1:ただし、同人小説を書く人間が、特にオタク的コミュニケーションの作法を理解しないままに、「界隈」と呼ばれる類似の原作を共通知識として持つ集団の読解認識能力に過度な期待をかけると、承認欲求がバグり精神衛生が加速度的に悪化する。悪化例は次の通り。「人類は思い出すべきである。金の他に価値あるものが確かに存在することを、無償のものなど何も存在し得ないことを。 - メーデー!」「界隈での交流/zero零細文字書きが一時の気の迷いと「同人誌さえ頒布すれば自分だって」というような思い込みでサークル参加するぐらいだったらその分貯金して南米にいった方がいい - メーデー!」「カップリング解釈という名の妄言を他者と共有したいという願望からサークル参加を始めるもコミュ力の破綻ぶりからブロック数を増やし見事ムラハチ者となった同人失格フジョシのレゾンデートル - メーデー!」など。

*2:キャラクター解釈という名の自我を持ち始めると性癖のツボが自分にしか押せない場所にうまれてしまうため。

備忘:財布を買うこと

 

わたしのコミュ力は地なのでsocial networking serviceを介してsocial networkを築けないし、逆にSNSを介してヤバな人柄が知れてしまうことで、思想に付随する創作物をわりと遠巻きにされるタイプだ*1

趣味を介して他人と親交を深められない。これまでの人生で所属したいかなる組織からつまはじきにされた経験があるわけでもなく、どちらかと言えば、うまくやっているとまではいかずとも、程々にお目こぼしをもらっている方だ。義務を介して人と役割分担をしたり、親交を深めたりすることは出来るのだ。

これが趣味になるとマジで、ビックリする程荒れ地の腐女。話しかけた所で罪悪感の薄いフォロワーは、片手で数えられる。創作活動という趣味に手を染めて五年では済まない年数を過ごしているが、その内過去に同じカップリングを嗜んでいた経歴を持つ人間は二人だ。

サークル活動とか参加すれば同好の誰かと一緒にサークル参加❤とか合同サークル❤とかあるんじゃないかと思っているそこのお前、サークル参加って実は一人でも出来るし、義務を介してつながったオタクではない他人に売り子を頼むこともできるし、売り子が隣のサークルと仲良くなってるところにわたしがサークルに戻ってきちゃって、水を打ったように周囲が静まり返ることだってあります。

趣味を介して他者と親交を深めるのには才能が必要、他人と会話で盛り上がるには才能が必要、オフ会でオタク同士の会話を盛り上げるには才能が必要ってことを証明するために、誰か会ってくれる他人いないかなとか思ってたらそういや以前、元フォロワーと、絶版になってるジャンル本を受け渡すついでに、一緒にオリエント工業ラブドールの展示に行ったことがある。あれはオフ会と言えたんじゃないか!? 結局一ミリもジャンルの話をせず、最終的にあんたまだ若いんだから人生頑張れよみたいなアドバイスをいただく、虚無の人生相談になってた。

〇〇最高ですよね!っていう話で盛り上がるには、才能と成功経験が必要です。

こういうブログ記事を量産していると、より人の寄り付かない孤の立が生まれることも、わかっちゃいるんですけど、ブログ開設前だって似たようなものだったことを思い出すと、歯止めもなくなる。

わたしも、もし己の性質を選べるのならば、ぜひともこういうエントリーを作らず、フォロワー(概念的存在)と原稿作業中に通話とかしたいし、原稿合宿とか原稿監視とかしたいし、原稿の進捗で他人に褒められたいです。今生まないといけないのは論文の進捗。生み出すと生み出した分だけ審査会で凌遅刑を執行いただくためのぜい肉が増える。でも読んでいただけるんですよね!? そのうえで感想をいただけるんですか!? すごい!! 論文ってすごい!!*2 SNSやめろ!!

 

情緒と進捗に続いて、最近財布が壊れた。

わたし一時期メルカリにアホのはまり方をして、私の手の届くところにあるもの全てに値段をつけて売り飛ばそうとしていたんですけど、その時期に購入した、二つ折りの綺麗目デザイン革財布。お値段なんと500円だった。ワンコインで買えた、その財布が壊れた。

地味カワイイOLを志向して購入した財布だったんですけど、地味カワイイの境地を超越した小銭の詰め込み方をしたのが、多分よくなかった。前々からチャックにイカレの気配を臭わせてはいたんですが、先日、ついにそのチャックがバカになった。

購入当初から小銭の間仕切りだと画像で見て思い込んでいた部分が、実のところちょっとした装飾品でしかなくて、シームレスな小銭スペースのいたるところから一円玉がコンニチワしてたんですけど、ついにそのチャックも締まらなくなったので、ここ数日、普段旅行用に使っている、アディダスマジックテープの布財布で凌いでいる。

ところで週末、また義務を介して親交を深めた人間たちとの、ちょっとした同窓会みたいな場に行ったんですけど、お勘定の場でバリバリッって元気よく開封した私のアディダス、めちゃめちゃ注目を集めてしまった。

アディダス、最高です。旅行でいつもお世話になっている。スリムなボディ、目を引く蛍光ブルー、でも会社にもそろそろ慣れてきて最近どう~?みたいな会話をしているところで、バリバリィッってやったのは、単純に私の、こう、TPOの選択ミスだったと思う。バリッってしたついでに、旅行中使い切らなかったハンガリーフォリント転がってたし。1フォリントは日本円にして0.36円です。3ユーロで1000フォリント7000フォリントぐらいあれば、フォアグラステーキが食べられます。

 

というわけでタイトルです。これまでもこれからも、大概のことを「提出締め切り終えたらやる」と擲ってしまっているんですが、さすがに財布は不便、いや、アディダスマジックテープ布財布が悪いわけじゃ決してないんですし、キャッシュレス化の進展するこの時代に、財布がヤバいなんてのは、些細な問題であるべきなんですけど、どうにもアナログ人間、結構財布を人前に出すこと、まだまだ意外にありますし、アディダスのマジックテープ、ソフィーが持っている分には、まだ可愛げがあるかもしれませんけど、少なくとも、荒れ地の腐女が所持を許される逸品ではないので、早急に購入してくれ、おさいふどこかたのむ。

 

 

ハウルの動く城1  魔法使いハウルと火の悪魔 (ハウルの動く城 1)

ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔 (ハウルの動く城 1)

 

 

*1:まぎれもなく、ここには被害妄想が入っている。そもそも消費した二次創作物に感想を残す行動が貴重な社会だ。まして「趣味で」小説を読む人間はオタクでもそんなにいない(体感と偏見)。インターネットで見られる感想であるとかオタク同士の創作物の宣伝のし合いは、いうなれば砂漠で狼煙を上げているから目立って見えるだけだ。しかし世は大SNS時代、狼煙がそこら中から上がり霧の都のようになっている状況下で、火種もない状況の原因を「これはそもそも読まれないもの」と考えるか、「これは私の人柄ゆえに遠巻きにされるだけであって、自分が最高と思う自分の創作物は最高なのである」という自尊をとるかはどっちみち茨、そんなこと考える前にコミュを磨いて囲みのフォロワーを作るか、そうでもなきゃそんなことを考えるべきではない

*2:支払った学費への対価だ

ヴィエリチカ岩塩坑を信じろ

 

フジョシというかカップリングオタクたちが徒党を組んで見る集団幻覚に乗り切れず、コミュニケーションもロクに取れないまま気付いたらブロ解でフォローを外されていることがままある私でも、観光地を信じることはできます。観光地は裏切らない。観光地を信じろ。

 

2019年9月、ヴィエリチカ岩塩坑に行った。

 

witam-pl.com

 

そもそもがどこかから降って湧いたような東欧旅行の旅程に、強硬にクラクフ(ポーランド)をぶち込んだのは、アウシュヴィッツ強制収容所博物館目当てだった。こちらは折角だしついでに行こうというテンション。つまりあんまり下調べをしていないのだ。わたし、これまでの多くのエントリーで自分のこの下調べの薄さを深く反省しているんですけど、こいつさては学ばないな?

 

現地入り前(だいたい七月とか八月とか)

同行者の社畜ぶりをいいことに、私は独断でヴィエリチカ岩塩坑のツアーに申し込んだ。何せ世界遺産登録第一号の内の一つ、愛知万博ポーランド館のメインテーマである。そのヴィエリチカに、人生でここまで接近することはもうないだろう。行きます(即決)。

ヴィエリチカ岩塩坑の観光ルートには「ツーリストルート」と「マイナーズルート」がある。ツーリストルートでは普通に坑道を観光するらしい。一方のマイナーズルートでは、なんか、鉱夫の格好をして、実際に三時間塩を掘り出していくらしく、終了の暁には、修了証ももらえるらしい。

修了と名の付くものは何でもかんでも喉から手が出る程欲しい。なので暫く悩んだのだが、私は地下のキンガ聖堂とそこにある塩製シャンデリアを確実に見たかったので、ツーリストルート英語ガイドツアーを予約した。マイナーズルートで聖堂を見られるかどうかはいまだによくわからない。誰か鉱夫修了した人います? 聖堂がルートに組み込まれているかどうか教えて欲しい。 

申し込み終了後、同行者には後から「世界遺産第一号の一つ」「地下の空気は肺に良い」などと雑な宣伝をした。オタクで私の布教に乗ってくれる人間は今のところ実績ゼロなんですけど、同行者は簡単に乗ってくれた。持つべきものは尻の軽い同行者だ。

飛行機に乗る前日にバウチャーを印刷し、手荷物にいれた。

 

現地(旅程開始~ヴィエリチカ前日)

日本から出国しまず台北桃園国際空港、そしてバンコクスワンナプーム国際空港で深夜二時の乗り換えを済ませた後、ウィーン国際空港からクラクフ・バリツェ国際空港に到達した我々は限界だった。

私や同行者のみに限らず、ウィーン到着時点で、乗客の多数を占めるアジア人たちは一様に異臭を放っていた。何故? 夏の亜熱帯から風呂にも入らず乗り継いできたからでしょうか?

 

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ウィーン国際空港出発ターミナル 私のベッドよりデカイソファ

ウィーン国際空港時点ででかいソファに寝そべり、ひたすら乗り継ぎの時間を待った。

これが数年前ならお互いにはしゃいでいるので、こう、多少無茶して市内に出て観光したりもしたと思うんですけど、端的に限界。往路でありながらテンションが復路。なんか自分、臭いし。

 

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クラクフ・バリツェ空港 鄙びている

 

ここから以降の道行きをダイジェストするんですが、「クラクフ・バリツェ空港から市内までの移動でバスの運賃を払いたくても払えない」「込み合う車両内でなんかすげぇ絡んできたおっさんが口を止めたと思うと目の前で飲酒スタート」「飲酒乗車のおっさんが目の前に立ってる人体のデカイ尻に向かって腰を振り始める」「Booking.com経由で借りたアパートメントの電子ロックが開かない」「旧市街を女性水着で颯爽と歩くおっさん」等々、個別イベントやスチルが盛りだくさんの道行きが発生してしまったんですが、ここから得られる教訓は以下の通りです。

「2020年に向けてやたら工事してるっぽいので、クラクフの電車は結構少ない 運が悪いと電車がない時間がある」

「上をカバーするためにやたらバスの本数が増えている。鉄道の時刻表にこの代行バスの時刻が記載されていることがある」(これを鉄道が出る時刻だと思い込み私は空港から市内に行くホーム上で鉄道のチケットを購入した。その後に必要なのがバスのチケットであることに気付く。運賃はドブに捨てた)

クラクフのバスチケットはバス停或いはバス内の自販機で買えるが、バス内の自販機は非接触型決済が搭載されたクレジットカード、或いは硬貨しか使えない。バスの運転手からは購入不可」

「空港から市内のバスはクソ混む 道もクソ混む あとすっげぇ揺れるので可能であれば電車で移動した方がいい」

Wi-Fiは神、今回これがなかったらマジでアパートの開錠コードがわからず詰んでいた」

以上です。おっさんはマップに点在するオブジェクトとして扱います。具体的な対策はないです。

 

こういうことをしていると、岩塩坑直前日まで現地交通について何一つ知らぬままに生きることになる。

前述のとおりあんまり電車がアテにならない世界線のため、ヴィエリチカへもバス移動をすることだけは決めていた。

しかし正直、この時点でバスが相当な負の記憶になっている。しかしすでにツアー予約で2400円ぐらいの支払いは済んでいるし、スキップするには惜しい。二度とあのバスには乗らないと神に誓ったと呻きながらも、義務感から検索を続ける。

 

witam-pl.com


中央駅に近いところに宿をとっていたため、上記のサイトを参照しつつ市バス304番から向かうことにした。

www.mazourkairis.com

 

しかしネットサーフィンをしている内に、「Wieliczka Kopalnia Soliというバス停がない」という話を見つけてしまう。落ち着いて見れば情報は2015年、上述の2018年版の方が年が新しいし、順当に考えればそちらを信用すべきなんですけど、万一バスに乗ってから降り口がわからんという事案が発生することを恐れ、念を入れて304番のバスについて調べ始める。

 

www.krakowcard.com



ちなみに、クラクフカードについてはちょっと調べてみたら「元が取れない」という意見が多かったので使わなかった&我々は滞在が3.5日間でアウシュヴィッツヴィエリチカに行っているので、旧市街の博物館であるとか何であるとかの観光施設が開いている内に回れないし、確かに元は取れなかっただろう という感想があります。

 

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[典拠元]http://www.krakowcard.com/how-to-get-to-wieliczka-salt-mine


これがクラクフカードページに載っている地図なんですけど、縮尺の感覚がよくわからない。あと市バス304番、二つ停留所がありますけどどっちがWieliczka Kopalnia Soliなんだ?

 

文明人らしくここでグーグルマップ見ろよという話なんですけど、宿のWi-Fiが残念なことにクソ弱な上*1、この時点で不注意により持ち歩きWi-Fiの容量を使い切ってしまっていた。

しかし仮にウェブ環境が満足に整っていたとしても、グーグルマップから正しいバス停を見出すことは困難だっただろう。


そもそも公式サイトに何か書いてないのかと思ったが、グーグルマップへのリンクがあるのみだった。 私はスマホをスリープモードに移行した。

 


当日

バス停の場所を確認しに行くと、バスを待つまでもなく二台バスがたむろしていた。

時刻表通りに市バスが動いているのであれば、乗りたいと目している時間まで二時間強あったが、この際ヴィエリチカに向かってしまおう、もうどうにでもな~れという方向で話がまとまってしまう。

バス停にはチケットの自販機がなかった。バス内の自動販売機を使うにもシステムがよくわからないため、ダメ元で小銭を握りしめ、バスの運転手に向かって「お前からチケットを買わせてくれ」と懇願するも、運転手は困惑顔でバス内の自販機を指さした。

そうしている内に、観光客の気配を察したらしい乗客の老婆に導かれ、自販機でチケットを購入。何かすごい話しかけてくれるが、怒涛の推定ポーランド語を前に何を言っているのかわからない。ヴィエリチカ、ヴィエリチカサル*2 ……などとモゴモゴしていると、状況を完全に理解した表情の老婆が、実に慣れた手つきでチケットを購入してくれた。アリガト、アリガト……しかし空港で地球の歩き方をにらみながら暗記を試みた、ポーランド語でのアリガトウを思い出せない*3。センキュ、センキュ……老婆センキュ……

ちなみにアウシュヴィッツ行きのバス(ライコニック)は、運転手からチケットを購入できた。自販機と戦う必要があるのは市バスのみのようだ。

 

バスに乗車すると、朝から異様にテンションの低い同行者はさっそく眠りについた。クラクフ入りとともに生理入りを迎えた彼女は、一般に最も重いといわれる二日目にアウシュヴィッツ強制収容所博物館がぶち当たってしまい、強制収容所博物館ツアー後半、前半に増して延々と屋外、九月の直射日光のなかを徒歩で行くビルケナウの道行きでは、さながら巡礼の面持ちで足を引きずっていた。その日は三日目だった。

その内に乗客が徐々に増え、バスが動き出した。果たして本当にこのバスはヴィエリチカに向かうのだろうか。バス停の経路表示にはWieliczka Kopalnia Soliがあったので、とりあえずその辺まではいけるだろう。しかしWieliczka Kopalnia Soliのバス停は、あの地図(前述)のどっちの304なのか。停留所の電光表示が見えない。このバスの中に電光掲示板はないのか? ではリスニングしかない。英語のアナウンスに期待しない方がいいだろう。果たして私はポーランド語を聞き取ることができるのか。不安な気持ちを残したまま、中央駅はどんどん遠ざかっていく。クラクフ市バスは何故こうも揺れるのか? まどろむ同行者はヘドバンを繰り返している。

私は眠気を振り払うようにあくびを噛み殺しながら、窓の外を見つめる。市内から落書きの目立つ郊外に出て、段々と、緑が目立ち始める。アクリル板で区切られたようなバス停に、金槌を並べたスカイブルーの紋章が描かれるようになる。ヴィエリチカに入ったのだ。市の紋章を覚えていたことに、これほど感謝したことはない。

 

などと延々不安な道中の状況を書き連ねたところで、結果としては、どうということはなかった。流石世界遺産登録第一号、ポーランドの誇る屈指の観光地、Wieliczka Kopalnia Soliで、実に観光客らしい出で立ちないし顔立ちの人間は皆下り始めるし、それに従って下りれば目の前に坂道、道沿いに塩に関する土産や特に関係ない土産を売りさばくちょっとした土産物屋。ささやかな人波に身を任せて歩いていくと、そこにはWieliczka Salt Mineの入り口があった 

あった!!!!!!!!!!!!!!!!! なんだあのわけわかんない地図!!!!!!!!!! 縮尺そんなに広くなかった!!!!!!!!!! 嗚呼!!!!!!!!!!!! 汝観光地を信じよ!!!!!!!!!!

 

というわけで、この通りツーリストルートの入り口はWieliczka Kopalnia Soli が最寄りで間違いないと思う(2019年9月時点)。

マイナーズルートの場合はもうすこし市内寄りだと思われる。今グーグルマップで見た感じだと、Wieliczka Mediatekaとかがそれっぽいが、まさか上述の文章を読んだ上で、ここに書いてある不確かな情報を、裏取りもなく参照しようと思う猛者はいないと思う。 いちゃだめ このブログの文章は無責任なので ちゃんと自分で調べて。

 

入り口でバウチャーをチケットと交換する。この時点でツアー開始まで二時間近くあり、受付の人に勧められるがままTężnia Solankowaに行く。

なんか木組みの、ビーバーとかが好きそうなタワーだった。岩塩坑からくみ出した水をここで濾過してるんだかしてないんだかただ噴水にしているんだか 肺にいいらしいが一行総勢二名で呼吸器に不安のある者はいなかった。

塩分を含んだ霧は不純物があるからか純正(?)の霧スプレーよりもなんか粘っこい。地面から出ている噴水が虹を作っており、女児ふたりは疲弊の中でもそれを見たときばかりはテンションがやや上がった。

 

昼食は岩塩坑入り口に近い雰囲気のいいレストランに入ることにした。

入り口と机を仕切る間仕切りに、おそらくイタリアの街路・街並みをイメージした壁紙が張り付けてあった。背の高い花が背の高いガラスの花瓶に生けられ、テーブルに置かれたろうそく型をしたオーナメントが、電気の力でちらついていた。

ここで食欲の失せている同行者はチェリー何たらという名前のなんかおいしそうなチョコレートケーキを頼み、食べ物で珍奇なものを頼んではハズレを引くことの多い私は、ヴィエリチカバーガーを頼んだ。ネーミングに負けたのだ。パテの代わりにベーコンを挟んだおいしいバーガーだった。フレッシュネスバーガーで売ってそうな感じだ。あれのどこがヴィエリチカだったのかいまだによくわかっていない。 使ってる塩か?

 

15分前ぐらいから列に並び、岩塩坑内部に向かっていく。

待ち合わせ場所からさらに地下へ下るにあたって、また謎の音声ガイドが配布されるが、アウシュヴィッツ強制収容所博物館のものよりも操作は易しく、ツアー開始前に「チャンネルを〇〇〇番に合わせろ」という指示がされる。それに合わせればあとはガイドがマイクに話しかける音声が耳元で再生される仕組みだ。

数字を聞き取るのが鬼門の私は、待合場所の長椅子で隣に座っていた老婆の手元を覗き見ようとして失敗、私の不審な挙動に気付いた老婆は寛容に微笑み、私にディスプレイを見せてくれた。サンキュ……老婆サンキュ……(二回目)

 

一事が万事この調子なので英語のガイドお前、本当に聞き取れてるのか? と皆さん疑問にお思いだと思いますが、実のところ、何となく雰囲気で聞き取っているところが9割。集中力が切れると普通に何を言っているのかわからないがうなずくかというフェーズが発生する。

しかしキンガ聖堂のような観光の目玉は目に見えるし、壁についた手をなめるとなんかしょっぱいので、岩塩坑感は十分味わえる。

岩塩坑中では他にも白雪姫の小人をモデルに掘りましたね? という新し目のアトラクションがあったり、岩塩でできた鍾乳石(塩では?)のようなものがあったり、ツアー参加者から有志を募って、当時坑夫らが切り出した岩塩を上に運ぶために使っていた大がかりな機械を動かす作業を模したりもする。

見るものも多くツアーは結構なスピード感があり、道行きには結構な高低差がある上足元は滑りやすくなっている。のろのろと足元に気を配りながらうかうかと写真を撮ると、後ろに行列ができていたりするし、そもそも写真を撮ろうにも内部結構暗いし、何か、手持ちのエクスペリアのせいなのか私の腕が悪いのか、とにかくブレるし暗いし(二度目)何がなんだかよくわからない写真が撮れてしまうことが多い。何よりとにかくよく歩く。前日も良く歩いた。その内私はカメラを起動するのもおっくうになり、壁の岩塩が描く模様をジッと見つめ始めた。マイナーズコースにうっかり応募なんかしていたら、二人そろってこの塩のシミになっていたことだろう。私は自分の賢明な判断に感謝した。

そうやって過去の自分の判断に感謝している過去の自分へ、

ツアーの最後に立ち寄るホールみたいなところに売店があり、そこで10ズロチ前後で塩のチョコレートが買えますが、最終的な出口、地上のチョコレートの方が包装がリッパで同じ値段なので、チョコレートを買うならそこで買った方がいいです。

私は地下で買ってしまい帰宅してみたら割れていたので、土産にするのをあきらめその場で食べました。中に予想外にキャラメルが入っており胸焼けしました。

 

というわけで、ヴィエリチカ岩塩坑だったんですけど、全行程の中で一番テンションが上がったのは、坑道から地上までの帰路だった。

ツアーは地下で解散、レストランと映画館があるぞと言われるも、すでに十二分に疲弊していたため、一心不乱に我々は地上を目指していた。岩塩の壁に掘られた世界遺産マークの写真撮影もそこそこに、いそいそとEXITの文字に従い歩いていく軍団に加わる。

しかしこの時点で、どうにも上に上がる気配がない。扉が開かれるとそこから先に新たな暗がり、岩塩坑が広がっている。

「ここは本当に出口なのか?」

お互いに首を傾ぎながら歩いていく。先導を切るおじさんは先ほどの英語話者ではなく、ここから先はポーランド語のみのご案内になっていた。そういえばさっきの英語話者、ここから新たなツアーもあるとさっき言っていた。誤って別のツアーに編入されてしまったか? しかしEXITと書いてあるし、え、何か下ってね? 

暗がりを歩くこと五分、我々はエレベーターに到達していた。やった! これで地上に出るんだ! もう階段を上がらなくていい! うきうき歓喜しながらエレベーターの上昇を楽しみにする我々、 下るエレベーター は!? どこにいくというんだよここから は?????

五秒足らずで到達したエレベーター到着階には、相変わらず岩塩坑の景観が広がっている。ひょっとして地獄に来てしまった? ここから出られずに死ぬのか 日の光、 日の光が見たい……何が起こるかわからないという恐怖をごまかすように口々に呟きながら、集団に飲み込まれたまま歩いていくと、トロッコがあった。 トロッコというか、より現代的な乗り物 ディズニーランドにある、西部鉄道を模したアトラクションみたいなやつだ。

我々は歓喜した 

そうして動いている姿をなんとか収めようと、こうめちゃめちゃに動画を撮り始めるが、前に座ったカップルの片割れの十円ハゲが執拗に画面に映りこむ。

全員のシートベルト装着確認、ほどなくして動き出すトロッコ、寄り添うカップルと自撮り、画面に執拗に映り込む十円ハゲ、トロッコは前に進む、時折ささやかに上がり、時折何故か下り、切り替えもなく、行く手に作業員も現れず……

やがて十円ハゲを映さぬようトロッコが動く動画を撮ろうとする努力を我々が放棄し、ぼんやりと周囲を見たころに、トロッコは止まった。

そこからさらに、エレベーターで上がったような気がする。行きついた先は、岩塩坑の入り口とは異なる場所だった。おそらくマイナーズルートの入り口に近いところだろうか……? さらなる迷子を覚悟したが、少し辺りを歩いてみれば流石に標識があり、それを頼りにツーリストルートの入り口に到達、そこから復路のクラクフ中央駅へ向かうバス停を探したが、そんなに労した記憶もない。

ですので、汝観光地を信じよ。あとは世界遺産というネームバリューに伴う英語表記の豊富さ、保養地ゆえの道行く人々の人慣れ具合、観光客っぽい素振りをする人間の波、そして寛大かつ親切な老婆を信じよ。

信じたところで救われるかはこう、運次第なところは否めませんが。

 

 

ワラ人形(藁人形)

ワラ人形(藁人形)

 

 

*1:調子がいい時を見計らってもツイッターに画像を上げるのに三分はかかる程度

*2:現地のスーパーで塩を探し求めて気付いたのだが、「ソルト」はここでは通じない ソルと言ってみたところ、「ソリ?」と聞き返された。なお私の発音がクソカスの可能性は大いにある

*3: dziękuję(ジェンクーイェン) 

コミュ力ゴミ虫同人失格者ですが、アウシュヴィッツ強制収容所博物館に行ったので備忘します

 
タイムライン(日本標準時)から時差マイナス七時間(推定)の時間軸で、フォロワーの神絵師から送られてくる表紙進捗に顔面崩壊したり、おそらくブロック→ブロ解頂いたフォロワー(過去のつながり)アカウントにおける、相互フォロワー限定公開の壁に追突したりしている。ブロックされてないだけマシでは?
同人人生を謳歌したいと思い「界隈」との交流を試みた結果生じた苦しみから、公開アカウントとツイート用の非公開アカウントを分けた過去があるんですが、非公開アカウントで自分の脳内の情勢を垂れ流してると、関心を持ってくださった他人(相互フォロー)から、非公開アカウントだけでなく、公開アカウントの相互フォローも外して頂けるダブルブロックチャンス!わたしもブロック気軽に使う性質ですしそれは全然構わないんですが、そこからの「相互フォロー限定公開」の壁がマジで分厚い。ログイン限定公開とか、フォロワー限定公開じゃダメか。ほんと、フォローとか返さなくていいので、アップされたそれを、わたしは見たい。あっ、でもわたしには見せたくないか……?みたいな思考がこもごもする。
もうこの際、ツイッターで相互フォロー公開はもうこの際いいので、人類(でかい呼び掛け)、いずれはpixivにアップしてくれよな!(たいてい相互フォロー限定公開、pixiv等にアップされなくない?※体感と偏見による個人の見解です)
 
そういうわけでコミュ力ゴミ虫同人失格者ですが、アウシュヴィッツ強制収容所博物館に行ったので備忘します。
 
私はクラクフ市内からアウシュヴィッツ強制収容所博物館に向かった。
クラクフ中央駅のバスターミナルから出てる「ライコニック」というような名前のバスに乗る。
例えば迂闊に市バスなんかに乗ると、バス内のチケットマシーンはタッチ型のクレカかコインしか使えなくて、飛行機から降りたての観光客はたやすく詰むなどするんですけど(あとマジの混雑をするしクソ揺れるので本数少なくても絶対電車乗った方がいい)、ライコニックは中央駅に隣接する窓口購入でも運転手からの購入でも、差し込んで使うクレカを使用できるので安心!料金は一人15ズロチ(20円前後)だった。
 
クラクフ市内からアウシュヴィッツ強制収容所博物館までは、バスで一時間半ぐらいかかる。なので妙に尻が深いライコニックに乗車して、時々うとうとしながら向かうんですが、わたしほんと、どう足掻いても人格がオワで、囚人と紙飛行機を口ずさみながらバスに乗った。そういうとこたぶん、ブロック→ブロ解の後相互フォロワー限定公開の作品を見掛ける原因だと思う。
 
ライコニックはアウシュヴィッツ強制収容所博物館の目の前に停まるので、後は人波に従って博物館入り口に向かう。他にバス停留所近くには軽食を食えるスタンド、博物館入り口ではない方の建物には本屋、郵便局もある。博物館ではない方の建物には地下にトイレがあり、利用には2ズロチ掛かるが、カードでの支払いにも対応しているので、安心して催そう。
ここはトイレは有料インフラの世界だ。ちなみにクラクフ中央駅の便所は硬貨のみ対応、クラクフ中央駅に隣接するガレリアとかいう名前のショッピングモールの便所は、利用料の支払い以前にクソクソ混んでて尿意が引っ込んだ。男女問わず列形成してたので、たぶんあそこも支払いがあるんだと思う。
 
 
ハイシーズン(夏場)のアウシュヴィッツ強制収容所博物館には、ガイドツアーを申し込まないと入れない。インターネットを見るに日本語ツアーが稀にあるらしいが、私は12:00開始の英語ツアーを申し込んだ。
博物館入り口には荷物検査の列があり、ツアー開始30分前ぐらいからこの列に並べるようになる。荷物検査前にインターネットで予約支払いしたバウチャーを提示、学生証のチェックがあるものと身構えていたが、パスポートだけで通過した。
荷物検査の後に博物館入り口に入場、奥のカウンターでバウチャーを見せると、音声ガイドの機械とヘッドホンの一式、そしてガイド参加者の身分を明らかにするシールを手渡され、シールを見えるところに貼ってからその辺で待つように指示される。
ガイドがミーティングスポットに接近すると、博物館奥のエントランスゲートにいる人がお知らせしてくれるので、同じようなシールを貼った人間の動きを見つつ、ゲートを潜る。
英語のリスニングが不得手な上、ここの人間のしゃべる英語は訛りが強いことが往々にしてあるので、周囲の空気を読む力が絶妙に試されてくるのだ。
極東クソ島国の同調圧力がどうのとか、普段は威勢良くキレてしまう性質なんですけど、この結果がこれ、どこでも人間同士のコミュニティ、懐に入る力、空気を読む能力が結局資本になるんだな、アハハ!笑えよ……(虚空に向かって)
 
ゲートを潜ってもすぐガイドがいるわけではなく、暫く待つ。我々のガイドは上下を薄い青のスウェットっぽいペラ服で揃えたおっさんだった。サンダルを履いていた。
ガイドのおっさんと合流するとまずヘッドホンと音声ガイドの使い方のレクチャーが始まる。音声ガイドと思っていたそれっぽい機械はおっさんのヘッドセットと繋がっており、これでおっさんの解説をヘッドホン越しに聞く機械だった。案の定説明を聞き取れず、無事おっさんに助けを求めて、音声ガイドの使い方チュートリアルをクリアした。チュートリアルは以下の通りだ。
1.機械右側面にある▲▼のボタンを同時に押したりなんとかして画面に表示されてる鍵マークを解除する
2.左側面にあるスクロールで音量を調節する
 
 
ここはアウシュヴィッツ強制収容所「博物館」と言うが、屋内展示はほぼない。アウシュヴィッツ強制収容所跡地を、延々と歩き回るツアーだ。行程は三時間を予定されていたが、同じようなことをしてるポーランド語ツアーやドイツ語ツアーがあるのでまぁ混雑するし、結果的に四時間歩き回った。
 
良く晴れた日だった。九月のヨーロッパをナメていた私は帽子も日焼け止めもなく、アウシュヴィッツ強制収容所はまだ建物内部の展示物(写真がメインだ)が多かったんですが、アウシュヴィッツ強制収容所博物館(アウシュヴィッツⅠ)から無料シャトルバスで向かうビルケナウ(アウシュヴィッツⅡ)はマジで日差しとの戦いの感があった。
他にもいくつか戦いがあり、何分後かも場所も言わず突如「じゃあ休憩のあとビルケナウ見学するからまたあとでね」と解散したガイドあるいは同ツアー参加者を雑踏のなかから見つけ出すミッションなどがあり、結局ビルケナウに着く頃にはツアー参加者が半減するなどしていたりもした。
ビルケナウ前の立ち振舞いにおける正解としては、たぶんシャトルバスの出る博物館前駐車場バス乗り場(ここからライコニックも発着する)前での待機です。緊張の面持ちで待機する我々の前に、ガイドはポテトを片手に、軽い感じでやってきた。
 
 
調べてるときに上のウェブページを拝見して、ゆうてなんかあるやろと思いながら行ったんですけど、特になにもなかった。
オルタナティブコミックのマウスを膝に受け、個人が歴史化する過程や彼我の差異に強い関心を持った人生でしたが、だいたい写真とか漫画とかで説明された景色が目の前にある感じ。
アウシュヴィッツ強制収容所博物館の方は整備されている感もあり、強制収容所というと出てくるような解放時の非人道的な栄養状態の写真をここぞとばかりに掲げてくることも無かった。
回収されおそらく再利用のために備蓄されていた髪の毛、靴、杖や靴磨き、義足、鞄や家具がところせましと並ぶケースはあった。展示スペースの都合上ごく一部しか展示はできないとガイドは説明し、わたしもまぁそうやろうなと思った。
ビルケナウに移ると、ソ連による解放当時に爆破されたまま保存されているガス室跡地なんかがあり、より遺構感が強くなる。
日差しにじりじりと焼かれながら、ひたすら草地を歩いた。ガイドの話によると強制収容所のエピソードのなかでとりわけ際立つのが冬の寒さの厳しさで、カポーは森で樹皮に火をつけ暖をとれることもあったがそれはごく一部、死のバラックですし詰めにされている銃殺待ちの受刑者の凍死を待たず、瞼や指や耳をネズミが齧っていくような話をしていた。
ガイドの説明のなかで、毎度決め台詞のように使われていたのはImagineという単語だった。敗戦後多くの書類が廃棄され、収容所における実態に関する多くの事柄は、生存者の証言しか拠るものがないと言っていた。ガス室に隣接する火葬場から集められた灰が展示されていた。
特にこれといって目を驚かすようなものはなく、当時を対象に扱った多くの作品や言説と同様に、ここに収集され消された人間の不在がうずたかく積み上がっていた。ナーロッパ的なものとして理解しているのでそれはそれでいいんですけど、衣食足りて礼節云々とも言うしマジで極限なので、囚人は有刺鉄線の外に恋とか無理じゃなかろうかと思いつつ、SSが常駐していた監視塔を横目に、二重になっている有刺鉄線を潜った。
 
見学を終え、生まれたての子羊よろしく一歩足を踏み出すごとに腰を痛めた我々は、往路同様ライコニックでクラクフ中央駅に戻り、生理痛に苦しむ同行者をベンチに座らせがてら、わたしは10ズロチ(200円前後)のアイスクリームを身ぶり手振りで買った。
味を三種類選べたので、ラズベリーと、なんか名前のよくわからん黒っぽいベリー、外国の香料のにおいがするピスタチオを選んだ。コーンに詰め込まれたアイスクリームの上には生クリームが乗っており面食らったが、甘くない上アイスクリームで冷える胃腸をやさしく包み込んでくれるいい仕事をしていた。

我々はどこから来たのかもわからず何者かの身分も曖昧なままとにかくクラクフに行くらしい(他人事)

 

エマ・ウッズの人生について考えてたら夏が終わったし、自分の人生が覚束ないし、あともういくつ寝ると出国らしいですよ! は!? 同行者は高飛び開始に向かってすっげぇ社畜してるし、一方の私は一月〆切の一世一代論文原稿が、これは一年前から薄々気付いていたことなんですけど、構想段階から骨折してない? 地鎮祭も終わってないのに、引っ越しトラックが押し寄せそうな勢い。バーカ!! こんなところに居られるか!! 一足先に抜けさせてもらう!!

 

予定している高飛び、三ヵ国周遊プランらしいんですけど、イチから一々自分で予約してる癖に、全然記憶にない。驚くほど記憶にない。予約履歴を見ると、オーストリアハンガリーポーランド。ここに行くらしいです。

「東欧三ヵ国周遊」とか言うと絶対もっとマシというか、人道的というか、王道のプランがある筈なんですけど、オーストリアハンガリーまではわかる。そこからチェコとかスロヴァキアとか、その辺抜けるルート取りの方が、無理がないのではないか?いやもうあらゆる予約を済ませてから、言うことじゃないんですけど、何これ。何でポーランド? と思って色々思い返してみると、そういえばこれ、私が無理を通して主張したことだった。

 

マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語

マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語

 

 

マウスII アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語

マウスII アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語

 

 

これが私の人生ブック、今に至るまで私を苦しめる人が歴史化していく過程、或いはアイデンティティ問題への関心の源(推定)なんですけど*1、同行者に「どっか高飛びしたいからプラン出してくれ」と言われた時、私そういえばこの本を持ちだして、オシフィエンチム行きを希望した。

じゃあ東欧っていうと、ウィーンとかその辺が有名どころか。 そういやウィーンが女性的で、ブダペストは男性的な都市らしい。 おっハンガリーは物価安らしいぞ!←このテンションで行程を決定

前回から何一つ学んでいないのでは? 何このゴミフットワーク 風が吹いたらどこまでも飛ぶのか? 少しは腰を据えて物を考えてみろ。

 

ところでこの旅程を組んだはるか遠い過去(マジで何時頃にどっちがこの日程確認してオッケーして予約を取っていったのかの記憶が無い)の記憶を、乱雑な文字記録の残されている手帳を片手に解読していきながら思ったことなんですけど、人類、どうやってクラクフに行ってるんですか?

 

 

クラクフ

Wikipedia(日本語版)によると、クラクフポーランド南部にある都市で、マウォポルスカ県の県都ポーランドの古都で、日本でいう京都みたいなところらしいです。

旅行サイトとかを見ていると、「ヤゲヴォ大学」とか「カジミエシュ」とか何か世界史Bで聞いたわ……みたいな固有名詞がポツポツ。

 

stworld.jp

 

www.travel.co.jp


今回の高飛びでは経由地としてのアレが強く、ここからのオプショナルツアーをブンブンに予定に入れているんですけど、割と町に見るものが多いみたいですね?(行き場の無い問いかけ)

 

今回の行程でクラクフを経由するのは、オシフィエンチムに向かう為です。あとついでにヴィエリチカにもいく。マジで経由地扱いだな過去の自分、京都だぞもっと滞在しろ。

 

visit.auschwitz.org

witam-pl.com

witam-pl.com

www.wieliczka-saltmine.com

witam-pl.com

tabitabi1110.com

 

ところでそのクラクフへの移動手段なんですけど、極東の島国にお住まいの皆さん、どうやってクラクフに向かわれているんでしょうか。

 

YOUはどうやってクラクフに?

いやマジで、

日程の問題もあると思うんですが、我々が検索した時点でスカイスキャナーで成田からクラクフまでの便がなんか物凄い便(韓国で異なる空港間乗換とか)しかなくて、直にクラクフに入るのは早々に諦めた。じゃあワルシャワは? っていうと、それはそれで便が無い。もっと早くから予約していればもう少し選択肢はあったのかもしれない、と思ったような記憶があるあたり、ここ数か月で旅程をつめたのか? そんな馬鹿な ふしぎ星の☆ふたご姫見てた記憶しかないぞ

結局、一番選べる便数が多いウィーンから入ることにしました。ウィーンは物価クソ高って聞いてるけどしゃあないのでそこから陸路移動をしよう。ヨーロッパ旅行っていうと鉄道みたいなイメージあるし、旅情~~~~

 

www.ohshu.com


調べてみたらなんか路線ありそう。五時間とか掛かるらしいけど、寝台列車とかあるし、ワッ! 夜行!旅情~~~ロマンチック~~~とか言って調べるとまぁ結構いい値段するし、そもそもサイトの仕組みがよくわかんない。ミジンコフットワークで調べているのでロクに比較検討とかも出来ていない。

 

urtrip.jp

 

取り敢えず公式サイトから買えばなんとかなるだろという大雑把な考えで区間検索をするんですが、なんか価格が便によってあまりに違い過ぎる。異様に安いチケットにはTicket for section onlyとか書いてあるし。そういうようなことをわからないなりにえっちらおっちら調べてみると、Ticket for section only、「オーストリア国境まではここで予約できる。国境を越えた先はお前が自分でチケットを取れ」という意味らしい。

じゃあポーランド側の鉄道予約はどうかっていうと、どうやら乗車日の一か月前からじゃないと取れないというのを確認して、じゃあ鉄道にするんだったら、予約はもう少し後でもいいか、という話になった覚えがある。

なおSparschiene ticketは「早割」、OBBのサイトは時刻は見やすいけど日付はあんまり大きく主張して来ないので、しつこく日付確認してくる日本の夜行バス予約に甘やかされた私さんはほんと気を付けて欲しかった(後に誤って購入した上キャンセル不可タイプの最安な買い方をした結果チケットを一枚ドブに捨てた)

 

次いで調べたのがバスだ。イギリスに行った時私はチキって列車移動したんですけど、ダウントンアビー推しで英文科に入った知人はそこでビッグバスだったかビッグベンだったか、なんかそんな感じのネーミングのバスをブンブン乗り回して毎週末格安聖地巡礼していた。

 

www.eurolines.eu

turedure0725.blog.fc2.com

www.omio.com

narumori.com

 

そういうようなことを思い出しながらなんかこのサイトで今調べたらEurolineの方は出てこなかったんですけど、Omioでは出て来た、エッ!? 以前調べた時はオッウィーン→クラクフのバス路線あるやんと思い、目当ての日程を入れたら死ぬほど出てこなくて死んだんですけれども。

 

結局どうしたかというと、金で解決した。世は大空輸時代。都市から都市の移動は、だいたい飛行機で飛べば何とかなる。

そうやって予約した格安航空、なんか荷物の持ち込みが出来ないタイプのまま予約しちゃったみたいなんですけど、本当に大丈夫なんでしょうか。

飛行機予約でトチッた同行者と鉄道予約でミスった私は顔を見合わせて笑った。彼女が笑顔の裏で何を思っていたかは推し量りがたいが、私は笑って許してくれる友達を持って本当に良かったと思った。

 

笑っちゃうほど行き当たりばったり、旅行の最大の敵はリサーチ不足と油断らしいんですけど、今のところその双子を小脇に抱えて、同行者と二人でタップダンスしている。ゆうてヨーロッパだから大丈夫だろう、英語がきっと通じるだろう、荷物の持ち込みについては、カードで支払えばきっと解決するだろう、まぁ荷物なくても死なないし、ゲラゲラ! どうなんでしょう、このようにして、いかにも平和ボケをしている。生活をしていてもそうですね。リサーチ不足と油断と手を繋ぎ輪になって踊る。ここに惰性がやってきて私の足にじゃれつく。

現在同行者に貸し出している私の人生ブックも序盤は本当にそんな感じだった。いや、正確にいうとそんな油断惰性怠惰と踊ってる訳じゃないし、全然違うんですけれども。

オルタナティブコミック「マウス」は、筆者であるアート・スピーゲルマンの父が経験した「戦争体験」を描いたものなんですけれども、父ヴラデックは裕福な家出身の才覚ある青年で「身に付けた技術は自分の身を救う」というのを信条の勤勉さも兼ね備え作中ではその勤勉さがここぞというところで光る人生を見ることになるのですが、そんなヴラデックも、特に戦争前の青年期では、知り合った女性と惰性でメイクラブして、その後その女性となんとなく疎遠になった頃に出て来た見合いの席で、彼はこれはという女性と出会うんですけど、彼女とまとまる時にその惰性メイクラブが面倒を引き起こす、みたいな、脇の甘い展開もある等、本当 人間の暮らし、なんか課長島耕作っぽいエピもある。

それがある日、「戦争」で急に物事が悪くなるという訳ではなく、日々を暮らしている内に、段々段々と悪くなっていくんですけれども、火に掛けられている水の中にいる蛙が、段々温度が上がっていくことに気付かずそのままゆで上がるという話って、果たして本当なんですかね? 例えそれが蛙にとっては事実でなくとも、人間だとそういうことは本当にあるんだろうなということを、教授ちゃんやレジュメのアレで微々たる学をつけつつ私の人生ブックを読み返す時を始め日々感じている。

これでオリンピックマジでやるのかよと思ってたら、マジでやるみたいですし、消費税マジで上がるのかよと思ってたら、マジで上がるようですし、近隣地域はなんか、エライことになっていますし、戦争発言の議員は、また別場所で戦争発言をしているようで、ええっ どうなるんでしょうねコレ こんなところに居られるか!! 一足先に抜けさせてもらう!! 一足先に抜けたところにユートピアガンダーラがある訳でもなしに、どうなるんでしょうね我々、どうするんでしょうね。

 

 

増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊 (ちくま学芸文庫 (フ-42-1))

増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊 (ちくま学芸文庫 (フ-42-1))

 

 

*1:人文系の学生が一定数罹患している風邪みたいなもの。特に文献史学を主とするところに所属の学生が罹患すると余程の才覚がない限り文献史学の厚みにやられてエリバ博士になる。