メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

上司の眠る墓

 

東野圭吾人魚の眠る家』(幻冬舎、2015年)を最近読んだんですけど、作中の主人公の一人である薫子の主治医で、ほんのりとした関係の相手である精神科医・榎田が文中で初出した時、私は辞めたバイト先の上司を思い出した。上司と私の間には親子以上の年齢の隔たりがあり、仄かな思い出は皆無である。

上司は、榎田のような人間に対する深い洞察力・観察眼に近しいものを、恐らく持っていたと思う。しかし榎田のような細やかな心配りとは、およそ無縁の存在だった。研究者だったからだろうと、私は偏見を持って勝手にそう思っている。

文理問わず研究者という肩書を持つ人間、博士号を持っていない人間にもそれなりに「感情」が備わっていること、忘れがちではありませんか?

 

 

人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)

人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)

 

 


過去に小規模な団体で、事務員のアルバイトをしたことがある。
主な業務はパソコンへのデータ入力とか、資料作成とか、そんな感じだ。
一通り聞いたところまぁヌルイ業務で、勤務形態はコアタイム無しの任意、「業務自体はキーボード操作が出来れば可能」という文句に釣られた私は、そこで先んじて事務員を勤めていた学科の先輩の口利きで、事務所での「説明」を受けに行くことになった。

 

そこに居たのが、上司だった。

上司は、社会人経験を持つ研究者であった。

研究職在職による論理を用いテトリスのように対象を理詰めしていく手管に、社会人経験による法的知識と経験則を搭載した存在だった。なお、研究者には研究以外に関心がないタイプと政治力に長け学内政治や派閥闘争を繰り広げるタイプが居るが、上司は間違いなく後者に属するタイプだ。

 

上司との最初の口頭でのやり取りは、「人相が悪いね、マスク外したら?」だった。
説明会を前に喉風邪をひいていた私は、咳エチケットに配慮し、マスクを着用していたのだ。

「基本的にここでは、皆さんに自分の裁量で、自由にやってもらっています」

この辺りから、何となく嫌な感じがしていた。
私は先輩がパソコンのデータ入力とか資料作成とかいうヌルい仕事だと言うので遊ぶ金欲しさに来たのであって、給与が高くて自己裁量がでかい分自己責任もデカイという、ハイデューティーハイリターンな業務をしに来た訳ではない。それに今日は取り敢えず説明だけって先輩、言ってたしな、ウーン

「採用。」

私は事務員になった。

 

上司との最初のメールでのやり取りは、「世の中の99%の人が、メールの文中かその末尾に署名をします、そうしないとわかりませんからね」であった。

何が何だかわからない内に晴れて事務員になった私が、業務用のメールアドレスを作成し、それを周知する為に、全体に報告メールを送った時のことだった。

確かに名前を書くのを忘れはしたが、注意の仕方が厭味である。

上司は、全体的にそういった人間であった。

確かにこちらに非があり、上司の言い分は正しいが、指摘の仕方が厭味な感じ。

何が厭味って、こう、嫌に直截が過ぎるというか、妙に持って回ったというか、あの嫌な感じを、適切に形容してくれるような言葉を、私は未だに持っていない。

 

上司は人柄に多少の問題はあったが、所謂パワハラだとかセクハラだとか、何がしかのハラスメントをするような上司では無かった。強いて言えばモラハラを当てはめることはできるのではないか? と、書き出しながら思っている。モラハラだったのではないだろうか? 回顧し書き出すって大事な作業ですね!

兎も角、

上司は人柄に多少の問題はあったが、驚く程有能な上司だった。
自分で話していながらにして状況を呑み込めていない穴だらけの私の説明から、上司は概ね常に正しく状況を理解し、私に助言をした。その後、「私はわかったけど、皆さんにはわからないだろうから、資料をきちんと揃えて、もう一度頭から説明して」と言う。

よって私が事務員になってからの週に一度の全体会議(といっても数人だ)は、私の説明のリテイクによって数十分延長したが、会議時間も給料の対象なので、他の事務員から渋い顔をされたことは一度も無かった。

バイトは時給制だった。言ってしまえば手が遅ければ遅い程儲かる仕組みだったが、エキセントリックな性格の上司と求人を縁故に頼った小規模さ故、それを頼みにずるずる仕事をするような輩はそうそういなかった。結果として手の遅い私は結構な額の支払いを受けていたが、事務員から苦言を呈されたりしたことは一度として無かった。

今思っても、職場の人間関係は、意外なほど良好だったと言えるだろう。互いに過不足無く必要な情報を伝達し、過剰な干渉をすることなくビジネスライクな付き合いだった。

 

上司は人柄に多少の問題はあったが、団体の長として十分な義務を果たしていた。

理屈の通らないクレームが発生したような時は、不慣れな事務員に代わって応対を行い、後の根回しまで手ずから行った。

 

上司は人柄に多少の問題はあったが、存外に懐の深い上司だった。

私が完全に不注意からの巨大ミスを仕出かした時、まぁ申し訳ないがこれで晴れてクビだろうと予測していた私に、上司は言った。「ミスをするのは仕事をきちんとしようとしている証拠ですから」と。

 

上司の人柄に多少の問題があるといったって、「厭味っぽい」とか「揚げ足を取って来る」ぐらいのもので、先んじて事務員をしていた方が評する所によると「目を瞑ればやっていける」「そりが合わない人は徹底的に合わない」といったぐらいのところだった。

私は上司について、小姑を体現したようなあの性質ではまず孤独死だろうと踏んでいたが、上司は既に家庭を築き上げ、育て上げた子供も独立し、事務員を雇って副業を回しつつ、悠々自適な暮らしをして居る旨を後から聞かされた。

 

事務員をしていた頃も、私は常に「いつ辞めるか」を迷い続けていた。

元々労働に向いていない性質なので、遊ぶ金欲しさにアルバイトを始めてもすぐ辞めることを夢想し始める。

それに、立ち居振る舞いからメールから発言から、一挙一投足に細かくケチをつけられる暮らしは、中々精神に来るものがある。

そういえばブラック企業研修でもこういうことするんだっけな、と、私はインターネットの浅瀬で見た知識を思い返しながら、鬱屈と過ごしていた。

だいたい私、覚悟をして事務員になった訳でもない。採用された日だって、業務内容の説明をするからと先輩に言われ、説明を聞くつもりで行ったのだ。

その辺は恐らく、入れ替わりで長期留学に行った先輩の手練手管だと思うが、結果金の出る罠にハマった所の私は、ファイルに入力する複数データの内一つの数値を空目して誤り、上司「これが飛行機の整備だったとします」。一斉送信のメールの文面に誤字をし、上司「ネジの一つでも致命的な事故が発生するのです」。うるせぇこれは飛行機じゃねぇと苛立つ気持ち半分、ああ私のミスだな、それならばミスをしまいと意識をしながら落ち着いて仕事をしようとして、しかしミスってこう、減らそうとすると逆に増えたりするじゃないですか。上司「Re:これが飛行機の整備だったとします」うるせ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!しらね~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!上司「しかし手早く動く点は称賛に値すると思いますよ」あっ、そう? エヘヘ

 

こうして、上司はメーデー(遭難信号)を連発するポンコツ飛行機こと、常にいつ辞めるか迷い続けている私を操縦していたように思うが、私と上司の相性は、致命的に悪かったのではないかと思う。何せ散らかしていくタイプの人間と、ペンの位置が五ミリ動いたら気付くようなタイプの人間だし。

それに、一任された事務の業務もやはり、初期に想定していたような楽な仕事ではなかった。分野が多岐にわたり、量が多い。慣れるまでが大変であるし、そもそも土台の人数が足りていない。この人数でこれだけのことを回しているのかお前たち、みたいな。

こうして、遭難信号を連発しながら低空飛行をして居る新米事務員こと私は、週に一度の全体会議が近づくと胃が重くなるようになった。また公然の場で同じ説明を二度以上繰り返すという辱めを受けるのである。こんなんならオウムになった方が余程マシだ。しかし辱めと言ったって、悪いのは上手いように論理だてて説明が出来ていない私であり、上司はここで繰り返させることで、説明の練習を積ませているつもりなのだろう。

頭ではわかっているが、感情が邪魔だった。人間、論理だけで生きていければ、それだけ楽なことはないのだ。

 

当時の私、ツイッターで「ブラックアルバイト!辞めるには?」というようなトピックが出たら必ず目を通したし、隙あらば「バイト 辞めたい」で検索する日々を一年以上継続していた。

何回か「ここで唐突に辞職メールを送れば、自由の身では?」と考えた。上司が遠出で暫く全体会議に出席できないとなると大喜びし、そのまま帰らぬ人になることを祈った。そうすれば団体が自然消滅して、辞意云々するまでもなく、自動的に辞めるしかないだろうなと期待してのことだった。しかし上司は元気に帰って来たし、辞め時を延々と悩み続けながら、私の勤務も続いた。

 

そもそも、そりが合わないなら合わないで、早めに動くべきだったのだ。

業務開始一か月ぐらいで「慣れた?」と上司に聴かれた時、お前様と人柄が絶望的に合わないしストレスなので辞めます! と、元気よく答えればよかったものを、「アッハイマァ……」とコミュ障限界な返答をしたばっかりに、半年たつと業務にも慣れ始め、前任者である直属の先輩(紹介者)が高飛びをしてしまった以上、後任が居ないことは、労働者である私の責任の範疇ではないことを、頭ではわかっているとはいえ、ここで私までもが高飛びを決めたらば、今の私に割り振られているフルタイムか?っていう量の業務を、同様に仕事を抱えている、私より数か月前に雇われたらしい学生事務員に、押し付けることになるのでは?

それに、このエクセルファイルや諸々のファイルを時間をかけて弄っていれば弄っているだけ、お賃金が出るのだ。

しかも、この形態(事務)の業務経験は、これから先、就職したような時にも役立つだろう。ここで社会人の練習をするのだ、金も出るし。

 

そうこうしている内にずるずる業務が続き、私は徐々に古株の事務員となっていった。

古株となったところでそんなに年期が入っている訳でもない上、お前どこに目ぇ着けてるの?というタイプのミスはよくやらかす。

上司は常に飛行機の例えを用いながら、作業をする前に一呼吸置くように(好意的な解釈)という教示を繰り返した。

 

今思っても、恵まれた環境だったと思う。

給与面といい待遇面といい、「キツ」というのは感じたが「理不尽」は感じたことが無かった。

強いて言えば事務員が少ないぐらいだったが、私以外の事務員は粒ぞろいだったということもあってか、難なく物事をこなしていた。

私は変わらず、給与を貰いつつ事務員のインターンシップをしているつもりで業務に勤しんでいた。ミスをしては小言を貰っていた。

 

そんなルーティーンも二年目に差し掛かる頃に、私は退職を決断した。

理由は上述の全ての条件を元に得られる給与や経験や待遇や、それら全てを合算しても尚、ストレスが大きいと判断したからだ。

 

退職を決意した日は、全体会議の日でもあった。ミスド祇園辻利とのコラボ抹茶スイーツが、期間限定で発売されていた。

相も変わらず全体会議でミスをお詰め頂いた後に、あーっ今週もお言葉を頂戴したわぁ~と思いながら、せいせいと私はミスドに入って、抹茶のポンデリングを食べた。

おいしくなかった。触感だけした。

小規模団体の事務員で、古株になりつつある。他のアルバイトの宛てもない、私の仕事の後を引き継ぐ人員は今のところ居らず、多分ここで私が抜ければ、私より数か月前に雇われ、私がここでミスドを食べるより半年前に辞めた事務員の後任をしている、あの学生事務員にしわ寄せがいくことになるだろう。上司のお話やお言葉は何かと回りくどいようで直截が過ぎ、私からすると厭味な感じではあるが、上司が、有能な上司であることは確かだ。このしんどいような状況は、ひたすらに私の感情と、詰めの甘さからくる対応のまずさが問題であり、これがドラマとか何かだったなら、私はここで奮起して、何かしら秘められた才能を開花させ、ガン詰め上司を見返すところかもしれない。

だが、私にとっては、せいせいしながら食べるストレス解消の為のドーナツの味が、わからないことの方が問題だった。

 

常に辞職についてイメトレをしていた成果もあり、辞意を伝えるメールから辞職の日取りが決まるまで、これまでの一年の煩悶ぶりが嘘のように、トントン拍子で決まっていった。

 

私は今、就職活動をしている。地獄か? 何が志望動機だ馬鹿野郎。

そもそも働かずして金が欲しいタイプの人間なので、わたしが一番きれいだったときを会社なんぞに捧げて堪るかといったところだ。

今が一番身体が動いて何をしても楽しいだろうに、なんでわざわざ志望動機まで誂えて、こんな瑞々しい肉体を、オフィスとかいう棺桶に週五で並べねばならんのか。

しかし現代日本のこの現状では働かないと金が発生しないので、それは致し方ないとして、大事なことは一つだ。

具体的にいくらまで貯金するとか、或いは市場価値の高い人間になるとか、どっかに移住するとか、家庭を持つだとか、様々な展望が人間にはあると思いますが、私の力点はアルバイトの時から変わらず、私がおもしろおかしく生きる為というところにある。

なので、私はそこを基準に、程々に金が稼げて身分が保証されプライベートが確保されるところという条件で、この際職種を問わず仕事を漁っている。これから先もそれを軸に生きていきたいと考えている。

後は、思う所としては色々あるんですけど、環境が揃っていて待遇が良くとも、結局人間が占めてくる割合って(ある程度は我慢が効くとはいえ)めちゃめちゃでかいなというのは改めて実感したので、人間の雰囲気や、場の雰囲気らしいものを少しでも見ようと、各々のオフィスに足を運びながら私、やっぱり辞表の書き方を調べている。緊急時に全力で走れるように、日頃のストレッチを欠かす訳にはいかない。

 

折に触れて今でも、上司のことを思い出すことがある。

多少のストレスと共に私の脳裏をよぎる上司は、時にメールを返す前に一呼吸止めてみることや、或いは人のしないような経験を敢えてすることで、自分の話題の幅を増やすとかいうことの講釈を垂れては、頭蓋骨の裏に消える。

 

結局上司が、素で私の為に指導をしていたのか、私との相性が悪く、単純にキツめにあたっていたのか、あれはモラルハラスメントだったのかどうか、等、今となっては諸々のことが、私の解釈次第といったところなんですが、従来務めていたアルバイトでは、辞職を思い悩みながらも結局、外的要因(生徒の卒業・店の閉店等)が起こるまでずるずる居続けてしまう傾向のあった私に、初めて「自発的な撤退」という決断をさせたひとつの場であるという点で、上司は、今では感謝すらできる対象なのかもしれない。

辞職して大分日が経ち、あの厭味な感じのお言葉も、もう長らく聞いていない。

どこかで安らかに眠ってくれていればいいと思う。

 

「一生に一度は見たい絶景スポット」ことウユニ塩湖に、塩以外の何があると言うんですか?(私のトラベルストーリー)

 

ウユニ塩湖には、塩があります。

あとは開放感と、ここでもし何かあったら、私はもう祖国の土を踏むことはないだろうなぁという、ぼんやりとした絶望に似た恐怖。

 

EFブログコンテストに応募するにあたって振り返ってみると、私の海外経験は八割強の個人旅行と、二割弱の留学経験によって構成されている。これらを踏まえて私は、国外に出ることは大変面白く、かつ有意義な経験であると思う。

挨拶すらマジで覚束ない異世界に放り出されると、うっすらと漂う生存の危機に段違いの解放感を味わうだけでなく、紙一枚程度の所まで来ている生存の危機に際して、感覚が著しく研ぎ澄まされる(ような気がする)のだ。

アウグスティヌスが著書『告白』で人々に示した理想的な生き方のように、100%目の前にあることだけを考え、感じることというのは、母国語が通じる世界では中々に味わえないものだと思う。だって片手間であらゆることがわかるしね(個人の感想)。言語って凄い。

 

勿論自分のスケジュールやその時々、身辺等諸々の状況というものもあるので、人間生まれた以上、是が非でも一度は海外経験をするべきだとは言いませんし、私が元々海外や異文化への関心が強かったように、個人の趣味や関心の傾向というものがあるので、渡航するか否かの判断はほんと、人それぞれなんですけど、

目の前に行く機会がぶら下がっており、それを目の前にしてさぁいこうかどうしようか迷っている人間に向かっては、行けばいいんじゃないかな、楽しいし。という、実に無責任な背中の押し方をすると思います。「一生に一度は見たい絶景スポット!」「死ぬまでに見たい景色〇選!」みたいな感じで。

 

ところで本記事は、私が一生に一度は行きたい絶景スポットと名高い「ウユニ塩湖」に訪れたときの話ですが、現地ボリビアに滞在していた当時の我々(私と同行者、総勢二名)は、人々をウユニ塩湖へ掻き立てるあらゆるPR文を恨み、憎んでいた。

何が「一生に一度は見たい絶景」じゃボケ、こんなところにおちおち来てたら、命が何個あっても足りんわアホ。

 

 


ウユニ塩湖とは

ウユニ塩湖、南米ボリビアの南西部にある、四国ぐらいの広さの塩原です。

ここは高低差がほぼない真っ平なところで、ここから流出する河川とかも無いので、雨季になると、どこにも流れていけない雨水やらが溜まって空を写し、所謂「天空の鏡」が出現します。乾季は乾季でどこまでも塩の大地。乾季の大地もわりと人気らしいです。

現地発のツアー同行してくれた日本人ガイドの方が言うには、ここは十年前ポカリスウェットのCMが撮影されてから観光地化が進んだ場所で、それ以前の旅人が「ボリビアに行く」というと、マジで何しにいくの?という感じだったらしいです。

ウィキペディア日本語版によると、基本産業は塩。ツアーに参加すると、塩工場も見られます。

 


ウユニ塩湖までの行き方

現地ウユニ塩湖への観光は、どこかしらの旅行会社が催行するツアーに参加せざるを得ない(お遍路レベルに広い平原がどこまでも広がっているので多分普通に迷って出てこれなくなる)と思うんですが、ウユニ塩湖に最も近い町・ウユニまでは個人手配でもルートがあります。

個人手配でウユニに至るまでは、主に二つのルートがあります。

 

①に、首都ラパスから飛行機で飛ぶ(一時間ぐらい)

②に、首都ラパスからバスで移動する(十時間ぐらいかかるらしい)

 

②のバス移動がバックパッカーの間ではホットかつお値段もリーズナブルらしいんですが、調べたところによると、バス移動だとウユニ着がもっぱら夜になるらしいので、我々は課金し、①の方法でウユニ入りしました*1

実のところ、飛行機の窓から見えた塩湖が、一番それっぽかった。天気に恵まれれば上空から、どこまでも広がる塩原を垣間見ることが出来ます。

 

我々は、ペルーのリマから南米入りしていましたので、同じようにリマからラパスに飛び、「ラパスで観光をしよう」とかいうヌルイことを言って、己の力量を顧みず、憧れのままラパスで二泊三日の後、ウユニに飛ぶという行程を取ってしまいました。

これが悪かった。

 

ラパスという高難易度クエストの地

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「心臓がポンプすんだ!」(渡辺航弱虫ペダル』(秋田書店)12巻 巻島 東堂)

 

ラパス!! アルファベット表記でLa Paz 平和という名を冠する都市ですがコイツがマジでヤバイ。何がヤバイって、標高がヤバイ。ラパスでの体験は、様々なことを私に教えてくれました。主に標高のヤバさについて、そして人体のもろさについて。

ラパスが教えてくれたことの中でもかなり衝撃が大きかったのは、グーグルマップを過信しないこと。というか、グーグルマップ使うときは、ちゃんと高低差もチェックすることでした。

しっかりなさってる皆さんならきっと、ラパスに行くまでもなくご存知のことと思うんですが、太宰を手に屋上にあがってる私は、まさにグーグル検索で世界を見たつもりになっていた。

例えば東京の路地とかでも、「グーグルマップの示す最短距離はこっちか」なんつって歩いてると、アホみたいな傾斜の坂を上らされたりすること、あると思うんですけど、それが常時起こり続ける。トレッキングに来たのか? 息を切らせながら荒れた舗装みちを昇り続ける様、さながら瀕死の修行僧のようだった。自然と曲がる背中、後方で蹲る同行者。

 

ラパス! アホみたいな坂の街です。山の上のすり鉢に埋もれるようにして出来てる都市。なんでそんなところに住もうと思った? いや、人には人の事情があると思うんですけど、高山病に喘ぎ、立っているのですら息苦しいどころか、寝たって大して解決しない状態異常の只中にいる人間はほんと、人の事情までわざわざ考慮してる程の余裕がない。怒涛の標高3650メートル(空港は4071メートル)、なんでそこに住もうと思った???? 

 

ウユニへの往復により、結局私はこの行程で二度ラパスを訪れているんですが、どうしてもラパスに滞在しなければならない・ラパス観光の際の最適解は、たぶんこれです。

「ソポカチ地区やカラコト地区(新市街)に滞在し、移動にはテレフェリコか、ホテルから呼んだタクシーを利用して、可能な限り立ったり歩いたりせずに旧市街を観光」

これ。

我々というか、主に私が犯した過ちなんですが、ウユニ往路のラパスで、「折角宿泊するんやから観光したろ!サンフランシスコ寺院とかハエン通りとかムリリョ広場近いやん!ここにしたろ!」で選んだセントロのホテルが、ホテルっつーか「ホテル」という名前のホステルで、しかしBooking.comで予約したままロクに確認しなかった我々、完全に「ホテル」だと思い込んでいたがために、あらゆる覚悟と練度が足りない状態で宿泊することになり、結果シンプルな地獄を見る等しました。

 

その一方、復路の、「翌朝の飛行機に乗る為だけの宿」として選んだラパス・ソポカチ地区のゲストハウスはかなりまとも、というか、街並みの雰囲気もよろしく(セントロのホステルは目の前でクラブハウスが重低音を響かせながら夜通し営業していた)、周辺に食事できるような気やすいスポットがいくつかあり(ホステルの周辺はちょっと勇気がいるような飯屋しか無く、ムリリョ広場付近まで歩いて覚悟を決め定食屋の風情がある飯屋に入った)、相対的に気の休まる夜を過ごせた(ディスコの重低音の代わりに、徒党を組んだ野良犬の遠吠えが響いていた)。

 

旅のビギナーが色々あってラパスに宿泊しなければいけないケースが発生した場合は、個人的には、ソポカチ地区がオススメです。

たぶん、金に糸目をつけなければ、セントロでもいい宿があると思います。チェ・ゲバラが宿泊したホテル(多分あれも今はホステル)も、ラパスにあります。多分あれはセントロ。

 

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ラパス市民の足 テレフェリコ



ラパスからの脱出

我々に色々な人間の教えを授けてくれたセントロのホテル(ホステル)から脱出して、一生に一度は見たい絶景の広がるというウユニへ向かう。

この時点で、割とライフが足りていない。我々、旅人を名乗るには魂のステージが低いので、高山病や予期せぬホステルに随分削られ、大分やさぐれていた。

アマゾナス空港チェックインカウンター(標高4071メートル)にて、「オメーちゃんと予約した?」「は?どこに目つけてんだテメー」等と荒い応酬をしつつ何とかチェックイン達成。

そういえば結局私、南米では一度もリコンファームせず二時間前に空港チェックイン、全行程で飛行機に無事搭乗成功したんですが、これはたぶん、ただひたすらに運が良かったんだと思います。

 

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写真で見ても「空が近いな?」って未だに思う

 

ここからようやくウユニ塩湖、南米ボリビアの南西部にある、四国ぐらいの広さの塩原です。

ウユニ塩湖の玄関口となるウユニは、ラパスと比較すると全然標高が低い(約3700メートル)ので、ここの空港に降りると、やっと浅いながらも深呼吸が出来るような気持ちになる。それでもまだ酸素は薄め、一生息を深く吸い込めずここで死ぬのではないかという、うっすらとした死の恐怖が脳裏に浮かんだ。

 

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まだ空が近い


 通常個人手配でウユニまで至るルートを選んだ場合、ウユニ空港からタクシーで数分かそこらの市街地にある宿に泊り、同時にそこから出る現地旅行者催行のツアーに参加するのが王道らしいんですが、塩のホテルに宿泊する目的もあった我々は、ウユニ発のホテル宿泊プラン、およびホテル発着ツアーをネット予約していました。これが良かった。バックパックコースよりは間違いなく値が張っていると思いますが、タクシーと戦ったりする必要もなくかなり楽だった。

なんてったって観光地、インスタ映えが地球を席巻する時代ですので、世界中から人間が集まって来ている。

中でも多分アジア系が多いんだと思います。食事が本当に美味しかった。まっとうな味がするだけでなく、なんか、食べ慣れた「食事」の感じがした。味をアジア人に合わせてるんだろうか。真相は不明ですが、我々は数あるらしい塩のホテルの中でも、「ルナサラダ」というところに宿泊しました。

天国。

ほんと リゾートだった。

ここが果たしてラパスと同じ時空に存在しているのが、およそ信じられないぐらいのリゾート。

なんてったって息吸えるし、お湯が出る。部屋がちゃんと施錠される。最高!! ウユニに来て良かった!!

 

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ホテル ルナ・サラダロビー 白い所は全部塩

 
現地発着ウユニ塩湖一日ツアーに参加した

日本からネットで予約した、ルナサラダ発着のウユニ塩湖一日ツアーに参加した。

我々は出発前にネット予約をしたが、現地のフロントデスクに参加希望を伝えれば、現地で上手い具合調整をしてくれるようだ。

朝からホテルを出発するツアーでは、(天候に恵まれれば)所謂「天空の鏡」とサンセットを見られる。一方夜から出るツアーでは、(天候に恵まれれば)「天空の鏡」に映る、満点の星空が見られる感じだ。我々は昼のプランを予約していた。星にあんまり関心がなかったからだ。

 

同じツアーに参加していた面子には、新婚旅行と思わしき男女、友人同士らしい女性二人連れ、そして現地フロントの口利きで一行に加わった、中国人のカップルがいた。

この中国人のカップルというのが曲者というか何というか、所謂典型的なリゾートに存在する人種、ゾンビ映画とかパニック映画だと、真っ先に食われるようなタイプであるように見えた。

いくらリゾートと言ったところで、ウユニ塩湖の周囲に広がるのは驚異の南米大陸、概ね地球の裏側である。そこからわざわざ塩湖に赴いている我々含む、ほぼ日本人から成る日本語ツアーの面々は、予約サイトに表示されていた事前の持ち物を常備し、満を持して挑んでいた。動きやすい服装、歩きやすい靴、上着(温度差があるので)、帽子、サングラス(日差し対策)。

一方、集合場所で合流したフロントの彼等の服装はこう、南国リゾートに来ていらっしゃるの? という風情であった。

男はまぁいい、なんであれある程度動きやすい服装になるだろう。問題は女だった。

彼女は真っ赤なマーメードドレスを纏い、ヒール高めな白いサンダルを履いていた。ノースリーブのドレスからは惜しげも無く白い肌を晒し、アジエンスな長い黒髪を風になびかせていた。

我々はルナ・サラダには一泊しかしなかったので、彼女の他の衣装を存じ上げないんですけど、お前、本当にその格好でラパス通過したの? と、あまりに巨大な疑問に首を捻る余りフクロウを思わせる角度を付けながらも、しかし言葉の壁があるので「今からでも羽織るもの持ってきた方がええと思うぞ」とババアな忠告をする訳でもなく、全員スキーヤージャングルクルーズに参加するような格好で白バンに乗り込む中、中国人カップルは二人だけのリゾートな世界と共に、貸出ゴム長靴を手に乗り込んだのだった。

 

行程は以下の通りである。

ウユニ塩原側の村で塩工場見学(工場といってもほぼ農具小屋のような規模だ)→ウユニ塩湖→ウユニ塩湖内の廃ホテルでトイレ休憩→ウユニ塩湖でサンセット→ホテル

ウユニ塩湖内の廃ホテル(潰れてからはモニュメントと化しているようで、各旅行者が持ち寄った国旗がいたるところに括りつけられ、写真撮影時に使ったものと思われるゴジラのプラ玩具が、いたるところに打ち捨てられていた)に到着した頃には、日もだいぶ傾き、気温はやや肌寒い程になっていた。ノースリーブの中国人彼女も案の定寒そうに我が身を抱きながら、彼氏と寄り添っていた。

彼女らの動向を見るにつけ、心が荒んだ。いや荒む程ではないが、同じ番でも、いかにも旅慣れた雰囲気で、ツアーにおける模範的な、動きやすいスキーヤーのような格好をして居る新婚夫婦と比較し、どう見ても浜辺のリゾートにいるような彼女の格好を見るにつけ、なんだあのカップルという形の荒みというか、ちゃんと準備しとけよなぁというような、呆れに近い感慨を覚えていたのは、確かな事実だった。

やがて行程は終盤、ウユニ塩湖のサンセットに至ると、風が幾分強く吹いて来たこともあり、気温は鳥肌が立つ程に下がっていた。ノースリーブドレスの彼女はさぞ寒かろう。しかしこれこそ自業自得というものだ。だって気温差あるから上着持ってこいって、どのサイトにも書いてあるもん。

どう考えたって我々が正しく、判断ミスを犯したのは彼女だ。だから寒いのも仕方がない。それが報いというものだ。

 

しかし、違ったのだ。私は己の認識の間違いを、ここで深く思い知ることになった。

 

行程も終わりに近づき、流石にウユニ塩湖の塩を舐めるのにも、塩の結晶を拾い集めるにも、自分の写真を撮るにも飽きが出てくる。

小休憩と言って配られたホットコカ茶を嗜みつつ、周囲を見渡す余裕が出来た頃になって、新海誠が作画したような、鮮やかかつ幻想的な光景の中に佇むどうみてもリゾートな格好であった彼女は、いかにも現実離れして美しいことに、私はようやく思い至ったのだ。

 

むしろウユニ塩湖って、そういう写真を撮って、一生に一度の絶景で、一生に一度の記憶を刻み付けるために、はるばるここまで来るのでは? 

その一生に一度の光景で、何が悲しくてスキーヤーのような格好で、ゴジラに踏みつぶされなければいけないのか。正しい選択をして居るのは彼女だ。

いくら天空の鏡が美しいからといって、雪山でもないのにスキーヤーのコスプレをしていては、ウユニ塩湖の美のポテンシャル、肝であるフォトジェニックさを殺してしまう*2

 

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(参考)ウユニ塩湖でもっぱら観光客を踏みつぶすゴジラの図


 

例えばラパスとかで、ああいういかにもリゾートな格好してると、こう、危機管理とかリスクヘッジ的にどうなのかそれはという問題はあるが、しかしそれだって、私が口を出すことではない。

彼女らの安全管理に問題があると責めるようなことを許されるのは、強いて言えば、彼女らに加わる危害がそのまま自分のダメージにもつながりかねないような家族や、或いは彼女らの身を案じるような友人ぐらいのものだろう。

たまたま彼女らを旅行先で見かけたような、縁遠いことこの上ない人間の口出しをする領分ではないのだ。

自分のこともいっぱいいっぱいなのに、何故他人のことを品定めしようとする? 

一緒に旅行しているような、道中運命を共にする同行者でもなく、人口密度という観点から言えば概ね無人の塩湖を走るだけの連れ合いに、何故、本人たちの快適さと企業の免責の為に設けられている規範に従うことを、義務として強いようとしたのだろう。そしてそれに従わないことによって彼女が被る不利益を、罰として理解していたのだろうか。

 

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作画が新海誠のソレ

 

程なくしてウユニ塩湖観光はつつがなく終わり、急ごしらえのグループは解散した。これから先、再び同じ面子が、一同に会するような確立は、それこそ天文学的な数字だろう。

我々は適当な挨拶を交わし、Air DropなりLineなりで写真を共有して、散り散りに各部屋に戻った。

新婚夫婦だけは部屋には戻らず、そのまま夜のウユニ塩湖ツアーに参加していた。お盛んなことである。

 


旅程を終えて――海外で過ごした経験がどのように自分に影響したか

日頃の行動範囲から大きく離れた場所に滞在すると、自覚の薄いままに自分を構成している様々な「常識」や「固定観念」から解放される。

様々な形で様々な人間に邂逅し、自分から遠く離れたところに行く程に、自分を無意識のうちに縛っている様々な事柄から、解放されるような気がするのだ。

人間、なんでも自由に考えているようで、案外自分で自分を縛っていることは多い。

なので、もしも気持ちがあるのなら、自分なんかがと尻込みすることなく、一生に一度は見ておきたい絶景だの何だの、各々興味関心を見つけ、留学でも旅行でもなんでも、足を伸ばしてほしいと思う。

 

www.efjapan.co.jp

 

まぁ、実際旅行してる最中は、今にこの飛行機が落ちるんじゃないかとか、何かがあるんじゃないかと様々に考え、トラブルの渦中では全力で後悔したり、重めの懺悔をしたりするんですが、まぁそれはそれとして。

 

 

告白録 (キリスト教古典叢書)

告白録 (キリスト教古典叢書)

 

 

*1:我々は検討しなかったルートなのでここでは割愛しますが、調べてみた所この他に、マチュピチュからのバスルートやアカタマ砂漠から入るツアールートもあるらしいです。

*2:あくまで個人の意見です 実際ウユニ塩湖で薄着をすると、寒いと思います。薄着が馬鹿だと唾棄するのは愚かだと思いますが、推奨はしません。ドレスみたいな薄着で行かれる方は自己責任でお願いします。

タンペレの夕日に同志様!!同志様はいらっしゃいませんか!?

 

11月24日の某イベントにて個人的な解釈基準で最高の同人誌を発行および頒布したんですが同カプ界隈、音沙汰なし。蛙が飛び込む音もしねぇ。池、枯れてんじゃね? 斜陽~~~~!!!!

あれから半年が経ちまして五月、弊同人誌読了の上でのこれといった反響は無。あんまりにも無なのでSNSで「無~~~~~」などと荒れてたら、「読んだよ」というご報告を、有難いことに頂いたんですけど、それに対して弊同人誌どこがどんな感じで良かったですが(強欲)って追撃かましたら、報告の霊圧が消える等、人様の慈悲にずけずけと土足で付け入るような罪深い行為を重ねている。

その一方で、弊ブログの今月のPVは、二週目にして100を超えていた。有難い話です。当ブログ、弊同人誌と違って、自解釈の布教とか洗脳を目的にしている訳でもなし、衆目を集めることを一義としている訳ではありませんが、一人殺せば殺人者だが百万殺せば英雄となるように、なんだか、数によって正当化して頂いているような気がした*1が、普通に考えてページビューによる正当化は無いですね。単純に令和に入ってから早速百回以上、他人に恥部を晒しているということでしかない。重ね塗りしたところで恥は恥じゃん。笑ってもらえるだけだいぶマシなんですが。

 

特に今月に入ってから多めに晒している恥は、エゴサして把握している限りでは以下の二記事です。

 

ra927rita1.hatenablog.jp

この記事、ツイッターで北欧志向の活動家とお見受けされる界隈にシェア頂いた他、Facebookでもシェア頂いているようでなんだか本当に恐縮なんですが、この記事、内容としてはコペンハーゲン着初日、駅裏の部屋がやたらと縦長、廊下細めのホステルで、怯えるように息をひそめているフジョシの生態といったところです。

ひとえにブログタイトルが紛らわしいことに端を発する、メーデー違いでシェアされてしまっている気がしてならない。しかしこちらとしても攪乱目的でブログタイトルにした訳でもないので、ひたすらに不幸なマッチングとしか言えず、いや、ほんと、恐縮しかできない。

 

ra927rita1.hatenablog.jp

この広大なインターネットで人類、どうやってこの記事に辿り着いているんでしょうか。

確認できている限り、ツイッター上ではこの記事について、なんだか趣味の近そうな方々がシェアして下さった上で、「わかる」から「ヤバい」「怖い」まで様々な感想を述べて下さっている。すっごく嬉しい!!!!!!!いやほんと、そういうのが欲しい!!!!!!!!!!有難う御座います!!!!!!!有難う御座います!!!!!!!!!!

ほんと小説同人誌、読んで頂いただけで御の字というのも一理あるんですけど、私が最後、頒布した自作最高同人誌の読者として想定され得る、同好の他人に向けている希望らしいもの、このしょうもない人間パンドラボックスの底にあるものといえば、弊同人誌を認識した他人は、どのような感情を抱くのかというところなので、それが賛辞であれ恐怖であれ好意であれ憎悪であれ、嬉しいのだ。なんてもんを読ませてくれたんだという苦情でいいから、欲しい。むしろ、苦情が欲しい。だって内容に言及してくれるんでしょ!?!?!?!?????

読んだよという報告を、わざわざお手数かけて頂き御寄せ頂いたところから、何らかの好意的な感情ないし慈悲溢れるこころを汲むべきと言われればそれはそうですし、そもそも読まれたという報告だけでもほんと、御の字なんですけど、ゴールデンウィーク中にまたありましたいくつかの同人イベントで発行された〇〇さんの同人誌が最高!すごい!ここがいい!わたしこういった世界観が好きで!この二人の関係性が!!っていう諸々の応酬の中で、わたし、読んだよの四文字ばかりを握りしめている。読んであなた、何を思ったんですか、有り得ないと思いましたかどこが有り得ないと思いましたか、是非それを話してくれませんか、私に、ねぇ、どんな感情を持ったの、お話しして!!

しかしまぁ人間、お話しする相手は選びますよね。

ここで限界サークルムラハチフジョシのライフハックをひとつお伝えします。現代には質問箱なりマシュマロなり匿名質問サービスが大量にありますので、それをオープンにしている界隈者に向かって、「(カップリング名)でおすすめの小説本はありますか?」と聞いてみましょう!(カップリング名)でおすすめの本はありますか?という聞き方だと、十中八九漫画本かイラスト本が出てくるので、自作が他人のオススメに入るかどうかチェックしたいという邪な下心を抱いている零細小説マンは、「小説」限定で狙い撃ちをしろ。そうやってなけなしの匿名の皮を被れば、ややもすればムラハチを越えていける、だって自作のアレどう考えても最高傑作だし! 恋! とか思ったんですけど、実践してみたところ普通に弊最高同人誌についてはノーコメントでした。戦線に異状なし!

 

上述の通り、もしかするとこう、活動方面の方からもビューを頂いているかもしれませんし、折角なので、赤いタンペレの話をします。

 

 

www.booky.fi


フィンランド第二の都市タンペレ、雰囲気としてはイギリスで言うマンチェスターという感じの所です。タンペレは紡績、マンチェスターは織布なんですけど、まぁだいたいそんな感じ。雰囲気もわりと似てるような気がします。煉瓦だし。

フィンランドの首都ヘルシンキからの移動方法等は以前の記事で触れているので、そちらを参照頂ければと思います。

 

過去にはフィンランドにおける労働者運動の牙城となったタンペレには、ムーミン博物館の他にレーニン博物館があります。

かつてムーミン博物館があった推定タンペレ市美術館からタンペレ駅方面まで引き返し、教会の手前、道路沿いに延々と続いている公園のところまで戻ってきたら、公園の道沿いに右折、いくつかブロックを歩いていくと見える建物の、二と二分の一階にあります。当時それを目の当たりにしてオッ!ハリーポッターじゃん!九と四分の三番線!などと思いながら撮影した写真がデータに残っているのですが、最新のトリップアドバイザーを観たところ、どうやら古い建物を改装した結果の表示バグらしいです。何故三階が二と二分の一階になるか、バグの生じた理由まではよくわかりません。

レーニン博物館、規模としてはそれほど大きく無く、館内は全て撮影可能。学生料金もあります。ヨーロッパさん、本当に学生という無産市民階級に理解がある。いや、子供も持たないので、古代ギリシア的には、最早プロレタリーですらないんですが。え、何者?

 

正直、レーニン博物館、印象としては割と薄め。

ミーハーなので、喜び勇んでウラー!と入ったはいいものの、展示の威圧感といった点では、タリンの占領博物館地下階の方が強い。

タリン占領博物館はタリン旧市街の城壁を潜り抜け、坂道を恐らく新市街に向かって暫く降りたところにある、バウハウスみたいな(どんなだ?)全面ガラス張りの現代建築なんですけど、地下階に向かう階段の上には赤と黒のカラーリングで「こよりは地獄」と言わんばかりの表示がされている。希望を捨てきれずワクワクで階下に降りますと、ソ連時代に行方不明になった政治的な活動家についてとか弾圧とか拷問具といったラインナップに加え、何故かスナッフ感あるゲイセクシュアルモノクロムービーが延々と流れている空間があった。

あの展示、ソ連時代の人権弾圧についてフォーカスした感じの展示だろうな~みたいな、何らかの推測をすることはできるんですけど、マジでなんだったんでしょうか。稚拙な英語力と基本エストニア語表記のダブルパンチにより、私の記憶の中の占領博物館はわりと謎に包まれている。

それは兎も角、タンペレレーニン博物館は、やはり結構小ぢんまりとしている。いやタンペレレーニンスターリンと出会った場所という流石の貫禄と、これがかの有名なレーニンさんの咥えたパイプですね!!といった、一種の聖遺物的なテンションの上がり方はあったんですけど、特にこれといって、強く印象に残っているようなところは正直少ない。展示物というか、館内全体に立ち込める、出張モスクワな雰囲気の方が、何だかよほど覚えがある。

私のロシアに対する原初の記憶は、2005年愛知万博ロシアパビリオンの出口近く、シベリアの凍てつく森林と、その上にかかるオーロラという、幻想的な空間を再現した建物の壁に示された、「次はモスクワで会いましょう」という謳い文句なんですけど、実際にフィンランドに行く際経由し出会ったモスクワは、パビリオンで見たような、色の組み合わせで例えると紺と青緑の光~といった雰囲気ではなく、結構キツめに赤い(個人の主観)。赤いタンペレも、割とそんな感じだった。

そうして思い返してみれば、タンペレレーニン博物館の展示の中で記憶に引っかかっているのも、展示順路の最後、出口近くの一文だ。「フィンランドはロシアの隣国であり重要な友好国の一つである、友好の歴史を学ぶことでこれからも良い関係を持ち続けよう(うろ覚えの意訳)」といった内容のそれを受けて、タンペレレーニン博物館に至るまでの間にタリン占領博物館*2や、スオメンリンナ軍事博物館を経ている私としてはこう、様々な人間、様々な視点といった感じがして、重なり合う記憶!と最高にゾクゾクした瞬間だった。

これもやはり個人の趣味の話なんですが、特に未だ傷が浅い近現代の歴史をどのように後世に「紹介」するかを使命として帯びている性質の博物館は、最高に興味深いんですよね。そこの博物館の展示を通して歴史的事実を学ぶというのもまぁあるんですけど、「歴史的事実」と言われるものをどのように見せ、鑑賞者に対してどのように印象付けようとしているのか、という視点、オススメです。だからどうという訳でもないし、これが何か役立つかと言われれば、まぁ随所でニヤニヤできるぐらいしかないんですけど、楽しい。

しかしそういえば当時の同行者にも私、こういうようなことを語った記憶があるんですが、割と相手にされず、「ここで待ってるから好きに見てこい」と言われてしまったことを思い出しました。


レーニン博物館を後にして、駅に戻りがてら、道中にあった店にいくつか入った。タンペレマーケットホール(Tampere Market Hall)にも入った。ガイドブックに掲載されているようなところで、1901年に創業した北欧最大の屋内市場なんですけど*3、訪れた時間が土曜の16時だったので、インターネット上の口コミにみられる活気あふれる雰囲気は流石に鳴りを潜め、どこか閑散としていた覚えがある。

次々に店じまいをしていく店の間を縫って、まだディスプレイしていたいくつかの店舗をひやかし、ジャムオンザクリームといった方向性の重そうなケーキを見てから、マーケットホールに隣接する、デパートに入った。

そこではムーミン博物館で値段を吟味し選んだお土産と全く同じムーミングッズとかが平然と安値で販売していて、なんだかショックを受けたりもしたんですが、このデパートで私は、フィンレイソンに出会った。いや、フィンレイソンというか、フィンレイソンとコラボした、トムオブフィンランド

前述の通りタンペレは紡績業等で栄えた時期があったこともあり(Wikipediaによると今は情報技術産業や電気通信産業に取って代わられ、Hervantaに多くの本社があるらしい。オンニバスで通路を挟んで隣り合ったアベックの教えが今更身に染みて来た)、テキスタイルブランドであるフィンレイソン発祥の地でもある。

このフィンレイソンが、フィンランド屈指のゲイエロティックアーティスト・トムオブフィンランドとコラボしたテキスタイルや、それを使用したグッズというかアイテムが、デパートに売られていた。

当時の私はトムオブフィンランドについて、「ツイッターで見たことあるあのすっごい奴」という印象しかなかったので、その他無難に素敵な柄のトートバックと一緒に籠に入れられ売られているトムオブフィンランドコラボのやわらかいトートバックを一目見るなり、エッこれフィンランドにあったっていうかマジでこれエッすごいなと思うがままに薄い語彙力で衝動買いした。私が所持するにはちょっと引け目を感じる程おしゃれである。日頃のワードローブでは全然使いこなせない。それ以前に、どうしても普段使いで擦り切れることを考えてしまい、未だに使ったことがない。今は、すっかり展示物となっているトムオブフィンランドのトートバックを眺めながら、どうせだったらあそこで五枚ぐらい衝動買いしておけば良かったと思っている。

 

genxy-net.com

 

それにしても、数年前タンペレに訪れたときは私、完全ムーミンレーニンの二大巨頭目当てだったので、タンペレという都市自体には大した関心がなかったんですが、今回顧するにあたって、改めてタンペレについて調べていると、フィンレイソン旧工場見学(湖沿いにあるあの赤レンガの見るからに工場な建物がソレだった)とか、フィンレイソンアウトレットとか、世界各地のスパイ職にまつわる展示や解説が集められた「スパイ博物館」とかあったらしくて、えっ何それ 俄然行きたくなってきました。

 

kiitos.shop

 

www.anniversary-t.com

 

ところでトムオブフィンランドフィンランドでは切手に採用される等メジャーなアーティストでいらっしゃって、ヘルシンキ・ヴァンター空港免税ショップに売られているフィンランド土産の中にも、トムオブフィンランドとパッケージがコラボしたコーヒー豆とかいうゴツめの商品がありました。

当時の私はそれを購入し、旅行中に開催される同人イベントで買い物を肩代わりしてくれると声を掛けて下さったフジョシに、御礼と称して送った。

フィンランド旅行当時の私は、駆け出しのフジョシロールプレイをしている最中で、交流することによって自解釈が広まるなら交流俄然しましょうといった心構えがあったし、そうやってアカウントの鍵を開け活動していると、運もあってか、或いはジャンル全体の斜陽の始まりというか、声の大きい佛や、コミュ大手の文字書きが、やたらにリプライをしてくれるようになった。といっても、「この間の飲み会で(わたし)さんのこういうところが好きっていう話をして~~~キャッ恥ずかしい!」みたいな、謎リプを飛ばされる立ち位置だったんですが。直接言ってくれ。

こういった謎リプを飛ばされる立場にいて、実際何か良かったことがあるかと言われるとほんと、買い物代行を申し出てくれる他人が居たことぐらいで、他はだいたいロクなことがなかった。フジョシロールプレイの一環としてスカイプ通話に誘われるがままに参加し、事前に通知されていない謎の逆カプ大手が面子として乱入、地雷設定の布教をされる等、トンデモ案件流れ弾ばかりを喰らいながら、しかしどっこい希望を抱いて生きていたTシャツの中。

兎に角、旅行中の私の為に買い物代理をして下さったコミュ強フジョシは、私からの見当違いな返礼・トムオブフィンランドパッケージコーヒー豆(トムオブフィンランドは何も悪くない。悪いのはフジョシロールプレイに勤しみ、界隈を自解釈で洗脳するという見果てぬ夢を抱く側から早速溺死をしている私だ)について、コーヒーは飲めないので同居人に上げるけど、素敵なパッケージ有難う御座います!みたいな、当たり障りのない返答をして下さった。

後に、どうやら本を出しただけでは界隈とコミュニケーションが出来ないらしい、っていうか、同好の士とか〇〇クラスタさんとか頻繁に言葉に出ますけどああいう慣れ合いっていうか繋がりっていうか、〇〇さんのツイートを絵にしてみました☆とかいう関係性ってどこの棚から落ちてくるのかさっぱりわからないということに気が付き始めた私が、SAN値チェックおよびフジョシロールプレイに立て続けに失敗し、面の皮がはがれ始めた辺りに、抜け目ないコミュ強フジョシからは、しっかりブロックして頂いていた。

しかし最近、エゴサしている最中に、長らく見なかったコミュ強フジョシのアカウントが見られるようになっていて、オヤどうしたんだろうとホーム画面を見てみたところ、どうやらブロックが外れているようだった。

一体どういう心境の変化があったのだろうか。時は人間の心を変えるものなので、荒れるムラハチに対する恐怖が消えたというか、そもそも現在は界隈ではないというか、まぁ色々とあったんでしょう。

相変わらずのコミュ強ぶりを一通り拝見した後、己が快適インターネットの為にブロックをしてから思ったことは、わたし、コミュ強字書きフジョシになりたかった!

pixivに投稿すればめちゃめちゃにブクマされ、一般参加時代からサークル参加の人に挨拶に行ってはもっぱらの話題となり、絵を貢がれ、周囲に背中を押されるようにしてサークル参加をする者になりたかった!!本を出す以前からツイッターの取り巻きなんかに「〇〇さんの(カップリング名)のこういうところが最高」とか、言われたかった!飲み会とかしたかった!(カップリング名)会とかいうふざけた名前で居酒屋の予約を取って、バカみたいに騒ぎたかった!いい年した人間が大学のサークルみたいにはしゃぎまわっている様、冷静になって見れば確かにドン引きするとは思うんですけど、冷静にならずに原稿合宿とかして、(カップリング名)の部屋とか、作って見たかった!いや、原稿合宿とか飲み会とかはぶっちゃけそんなにしなくていい。一番したかったのは、他人に創作をさせることだった。何気なく書いた小説を、ワンシーンを逐語訳的に漫画とかにしてほしかったし、ウェブ再録と共に「実はこれ読んでました!!」とか言われたかったし、イベント後に〇〇さんの小説最高だった!!みたいなムーヴと共に絵描きからイメージイラストをアップされたかった!!

何よりもわたし、何気ないことで、箸が転がるようなことで、これって(カップリング名)だよねとか言って、馬鹿みたいに笑い合いたかったのだ、同病の誰かと!!

 

しかしまぁ、見果てぬ夢である。

しかもこのどうしようもない感情、今では時間によって粗方解決された。

蒙昧な界隈を恨み大手解釈の流布を恨み大手解釈に毛が生えたようなものを二次創作と〇〇さんの(カップリング名)最高と言って憚らないタイムラインを唾棄しながら自解釈を一つ成仏させて半年、投げ込んだ池に蛙が飛び込みすらしないことを確認している今となっては、何かしらを他者に期待するよりなによりも、自分で最高の自解釈を生み出しては見ては読んで最高と打ち震えるのが、おそらく最善の道であろうことを知った。

というか、大抵のフジョシが通るらしい「自分が解釈違い」というフェーズが存在しない時点で、多分私は、かなり恵まれているのだ。

恵まれたリソースを人間関係の解釈にふんだんに費やし、同病ではないものの何かしらを患っているフォロワーと共に、一年先も見通せない不透明な身分を、楽しく過ごしている(楽しく過ごしていいのか?という疑問はある)。

最高の自作を読み返し、最高と唸る日々である。

しかしそれにしても自作があまりに最高過ぎて、これに対する反響が同病の界隈に全く見られないという点に首を捻り、ムラハチである自覚を持ったうえでハンドルネームを変えた擬態アカウントを生み出し、ムラハチ身分を隠せば読まれるのでは?とSS名刺を量産しては、特に反応がないことに首を捻り、さらに擬態アカウントも速攻ムラハチの者であると肉バレしてブロック頂き、小説の書きグセは兎も角、果たして文体で中身の肉がわかるものだろうか人間って怖いなぁと首を捻り、そうやって幾度となくシャドーボクシングをしがてら、ムラハチながら面会頂いた今は別ジャンルにいらっしゃる方には「孤高」、界隈とは関係の無いフォロワーの友人から繋がりを得たフォロワーには「心に荒野がある」等と表現されてしまったりしているんですが、ほんとうに、この、界隈という群体のような幻想、非人称に向かって承認を欲求する余り超速で量産されゆく生き恥。自作が自己解釈にとってあまりに完全と理解しているばっかりに、他者という鏡に映し自作がどのように見えるか知りたいと願うあくなき好奇心。ほんと、どうすればいいんでしょうかね、時よ!(二回目)

 


星野源 - 時よ【MV & Album Trailer】/ Gen Hoshino - Tokiyo

*1:チャールズ・チャップリン『殺人狂時代(Monsieur Verdoux)』(1947年)"One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify"(「一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。数が(殺人を)神聖化する」引用部分と和訳はWikipedia(日本語版)を参照した。最終確認日2019年5月9日)

*2:エストニアにおけるソビエト連邦期やナチス・ドイツ占領に関する歴史を紹介している

*3:"Opened in 1901 and located in a gorgeous art nouveau building, Tampere Market Hall has grown to be the biggest indoor market in the Nordic countries."(Tampere Market Hall公式サイト英語版トップページより、最終確認日2019年5月11日)

メーデー! とも令和とも特に関わりがない映画『テルマ』について

 

別に節目でも何でもないが、タイトル回収回である。

しかしアレですね、三月四月のブログ更新率を見るにつけ、お前!ブログしてねぇで自己PR文書けよ!!書けよ!!!何してるんだよ!!!!!アッハッハッハッハッ!!!!!!!(履歴書の最後の一字でミスをした私feat.おひさまの国のお城で孤独に佇む黒化ブライト様)

 

このブログのタイトルは、五月一日に世界各地で行われる祭典に因んだものではない*1

メーデーさんに因んだものである。

本名はスキャグデッド。『バイオハザード リベレーションズ』に登場するクリーチャーだ。

メーデーさんというこの呼称は、作中初出のスキャグデッドの台詞(台詞?)メーデーメーデー…こちらクイーン・ゼノビア、救難信号…メエェェェデエェェェ」から来てるので、正確に言うとメーデー(遭難信号)から派生したメーデーさんに由来する、つまるところ孫引きのようなものなんですけど、ええんかそれは。

なので、五月一日はわりとただの日付である。なお今年は改元イベントのあった日付でもあり、寝て起きたら平成が令和になっていたが、日常で和暦に余り接さないので、大した感慨もない。

というか、新年カウントダウンの如く盛り上がっている人間を見て、逆に冷めたクチだった。お前、ほんと、そういうところだと思うぞ。踊るアホを見るアホがどうのこうのって、言うじゃん。節目を意識することで、日常の生活にメリハリが生まれるんじゃん。

しかしなんか、回顧をすることによって「平成は良い時代だった」「ありがとう平成」「次来る時代も穏やかな良い時代でありますように」「ようこそ令和」というテンションに引っかかりがあるというか、良い時代でしたか、平成。総括の場で「何ら良いこともない、悪くなるばっかりのクソみたいな時代だった」と言ってもしょうもないので、何かいい感じに締めとこうという所は、わかる。「悲観的」に見ても仕方がないというのも、わかる。しかし、兎に角終わり!閉店セールだ!と言わんばかりのお祭り騒ぎを見るにつけ、パンとサーカスジョージ・オーウェル!と、つまるところ、勝手に興奮する性癖なんですね、善悪の判断は置くとして、現象として面白いですよね。

 

メーデーであり、令和の初日であり、しかし労働してないし、和暦にそんなに関わってないので、どちらとも大して関係なし、それどころか、どっちかというと、そんなことしてる場合じゃない身分なんですけど、折角なので、末期の平成において何をしていたか、ここに書き残しておきたいと思います。

 

といっても、特に何もしていなかった。平成最後の昭和の日に大正駅で云々とかいうのが夕方のニュースで流れたりもしましたが、あんな感じで、最後の日に何して過ごす? みたいな発想が、まるでなかった。

履歴書を書き、誤字をし、ゴミと化した履歴書を丸め、捨てる。やる気を失い、漠然とネットサーフィンに繰り出す。ふと思い出してダウンロードしていた論文に目を通す。語句を調べようとしてタイムライン警備を始める。きっとこんな風に、最期の日を迎えるんだと思う。予定の無い日を緩慢に過ごしてしまいがち、流しそうめんみたいに若き日の人生を流している訳ですが、平成最後の日には運よく、見たかった映画のタイトルを思い出していたので、映画を見た。

 


映画『テルマ』予告編

 

テルマ』である。

2018年の末頃、ツイッターで繰り返し複数のアカウントからリコメンドされているのを見たのだ。年末に見ようと思って結局見なかった映画なので、じゃあこの末に見るかなと思い立ちました。前情報としてはホラーサスペンス百合超能力ぐらいだったんですけど、実際見た感想としては陰鬱陰鬱百合超能力(?)といったところでした。

舞台はノルウェー、寒村にて厳格なキリスト教徒の両親に育てられた少女・テルマは、大学進学を機に都会・オスロで一人暮らしを始める。そこで出会った少女との「禁じられた」初恋を契機に、彼女の内なる力が目覚めてしまい……といった感じのあらすじなんですが、一通り見てからあらすじを見ると、何となくミスリードを感じるので、陰鬱な北欧が好きな人は、以下の文章を見る前にご自分でご視聴された方が、多分楽しいです。

 

doga.hikakujoho.com

 

UNEXTでは見放題の範疇に入っていなかった(580円でレンタル可能)んですが、一ヵ月無料体験時に付与される1000ポイントで無料レンタル出来ました。

 

 

で、私の感想なんですが、はっきり言ってよくわかってないです。

「いるのですよ、この世には。本物の力を持った霊能力者がね……」*2といった、幕引きを感じた。

陰鬱な画面とか色々あったんですけど、中でも特に観客に情報が開示されていくにつれ、登場人物への見方が結構大きく変わったのは、凄い面白いところだなと思いました。他人の感想を見てる時に蛇蝎の如く悪し様に言われがちだった父、私も冒頭何だこのハゲぐらいのお気持ちあったんですけど、父、父……私の中で最も大きな印象変化があったのは父でした。作中においても旧弊な価値観の権化として描かれているのは間違いないと思うんですけど、「あなたは本当に優しい人よ」という夫婦のシーンに象徴されるように、どうしようもなく一市民でしかない彼は、娘の力を前にして圧倒的に無力だった。

恐らく彼の父(祖父)も同じことを彼の母(祖母)にしており、抑圧の末に自分の身に危険が迫ることを分かっていたと思います。自分の父の末路を知りながら、(そのように育てたのだから当然なんですが)自分たちに救いを求めてきた娘テルマに対し「必ず助ける」と言う、その横顔の影に見える悲壮。父~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!

昨今の流行と倫理の更新、そして祖父というフラグの通りほんと、従来の家父長制や権威主義による秩序の行く先は悲惨しかない!といった感じの末期を辿る訳ですが。

 

それにしても、この映画でひとつの価値観が提示されていることはわかるんですが、その内容が一晩寝て考えてみても掴めない。霧島澄子が頭の中で歩き回っている。「流しましょう。私たちの全て……」*3

テルマ』が例えば2000年代初期に制作された映画であったとしたら、父を炎上させた後に、湖の底に向かって泳いでいくテルマ/大学のプールで、在りし日のようにアンニャと再会するテルマ このシーンの後にエンドクレジットが来るか(限りなく死に近い生死不明)、湖畔に打ちあがったテルマの溺死体を映しエンディングにしていたと思う。

しかしこれは2010年代の人権先進エリアで育まれた映画なので、矢張り殺しはしなかった。衝撃的な終焉を迎え、マイナスの状況下の中で、「それでも生きていく/生きていかねばならない」というテイストの映画、最近割と多いように思うんですが(割と多いとかいって、私そもそも、そんなに映画を見る習慣がないのでこのパターンに該当する映画として、『シン・ゴジラ』とかしか浮かばない。)、歴史は終焉に向かわず統合の夢は潰えた現代史という話が好きな私はめちゃめちゃに性癖。時代が追い付いて来たなっていう感じがします。(何?)

話をそれでも生きていくテルマに戻します。

湖畔で幸福な夢のまま死ねなかったテルマが吐き出した小鳥の死体。キリスト教的な象徴だと思うんですが、そこは不勉強なので現時点ではスルーします。

その後のテルマの行動と、その状況をどのように解釈するかによって、この映画における主題が、大きく変化するように思う。

 

個人的な見解として、「力」をあってはならないものとして抑圧するのではなく、それも「私」であると受容することによって、テルマは力をコントロールすることが出来るようになった(母の脚の治癒)、というのは、以下に述べる二つの解釈のどちらにも共通するように思う。この映画の中で示される主題の一つは、自らを抑圧するのではなく、受容せよ(さもなくば未来はない)といったものでしょう。

以上のテーマが共通のものであるとしたうえで、以下が問題のラストシーンなんですが、

 

治癒した母親の制止を振り切り、実家を後にするテルマ。場面は切り替わってラストシーン、大学構内に戻ったテルマは、首筋にアンニャの口づけを受けることを夢想する。するとその後に続いて、後ろからやって来たアンニャにより、首筋に口づけを受ける。微笑み合う二人。台詞はうろ覚えなんですけど、「その服似合ってるわ」(アンニャはこれまでパンク系のファッションを着ていることが多かったが、ここでは白いシャツにスカートといった素朴な装い)「あなたも、私の上着がよく似合ってる」(テルマは物語中盤までのアンニャが着ていた確か黒い革ジャンを着ている。パンツスタイルだ) 大学構内を歩く二人。ここで暗転、エンドクレジット。

 

ここで個人的な争点になるのは、アンニャの自由意志である。

物語の中盤、テルマを救おうと彼女の力を抑圧する父との問答の中で「彼女を愛していた」「彼女は愛していなかった」「お前には誰かが必要だったんだ」「お前がそのようにあれと願った、だから彼女には選択肢がなかった」というのがあるんですが、アンニャからテルマへの恋愛的アプロ―チが、テルマの願いによるものであるか。ここが争点。

物語序盤から、割とアンニャは積極的にアプローチしてくる。テルマが願いを自覚する以前からアンニャがアプローチをしていたのならば(またはテルマの力はテレポーテーションやテレキネシスに限り、人間の精神に感応するヒプノシスな力はないとすると)、アンニャのテルマへの恋慕は自由意志ということになり、エンディングにおける去っていく二人は、抑圧を越え自身を許容/受容したことによる、妥当なハッピーエンドとして見ることが出来ると考える。


しかしアンニャの恋慕が、テルマの願いによるものであった場合を考えると、どうなるか。

前述の通り、テルマの超能力はテレポーテーションとか物質の移動とか少なくともそういう物理に働きかけるものがメインであるという描き方をされていると思いますが、ここでは、彼女の能力が人間の精神の操作を可能にするものだった場合、あのエンディングシーンを、どのようなものと解釈できるのか。

父の言う通り、「テルマは孤独で、誰かが欲しかった」というのを前提に、たまたま横に座っていたアンニャに白羽の矢が立った。或いは、アンニャは元々テルマに関心を持っていたが、それを恋慕に変質させたのは「アンニャと親しくなりたい」というテルマの願いであったと考えた場合(テルマのアンニャへの執着は、作中前半において描かれている)、

二人で手に手を取って去っていくあのエンディングはつまるところ、作中マリファナと言われ煙草を吸わされてトリップしたテルマによる自慰行為のシーンがあるんですけど、あれと同様、あのエンディングは、テルマの自慰に過ぎないのではないか。

テルマが首筋への接吻を夢想するイメージが明確に描かれていることから、私は個人的に後者の説を意識してあのエンディングが撮られた可能性が高いんじゃなかろうかと思っている。

「全身全霊を掛けて願えばお前の力が叶えてしまう」と父に言わしめたような超能力を持つテルマは、父殺しにより抑圧を逃れ自由を得ることで、自らの力をコントロールすることが出来るようになった。彼女の力によって崩壊した家庭で「行かないで」と縋る母を背に、彼女は都市へ出ていく。自らの力によってコントロールされているアンニャの手を取り、力を持ったテルマは、しかし、孤独だ。以前の価値観の象徴である家に戻ることも出来ないし、側にいるアンニャは彼女の自由意志ではなく、力により操作されている。

その孤独の中で、それでも生きていかなければいけないというのは、こう、極めて今っぽいテーマだなと思うと共に、ツァラトゥストラはかく語りき!って感じで、私はそういう話好きなので、テンションが上がる。神は死んだ。絶対者のいなくなった世界で、超人にならねばならない!

 

ところで物語中盤、オスロ・オペラハウスが出てくるシーンがあるんですけど、実際行ったことがある/記憶がある場所が映像として出てきて、なんだかよりテンションが上がった。あっ!このオペラハウス行ったことある! 勧められるがまま、ここの屋根に上って、雪で滑って、斜面で尻打って、成人にして、新たに蒙古斑を作りました。2018年ベスト痛い打ち身イヤー。昔取った杵柄! って感じで、ささやかに受け身を取った形跡もあったんですけど、何よりも先に派手に尻もちをついて、暫く起き上がれず雪の上に蹲っていたら、困惑顔の女性数名が手を差し伸べてくれました。優しい世界。

 

www.visitnorway.asia

 

オスロ・オペラハウスは、オスロ中央駅の南側から出ると徒歩五分というか、目と鼻の先に見える。

私は12月オスロで雪を漕ぎながらだったので、五分かそこらぐらいの印象を得ましたが、夏だったらもっとサクっと行ける距離にあると思います。

 

テルマ』の作中では、都会の象徴として描かれるオスロなんですが、私の感覚からいくと、流石に首都という風格はあるんですけど、かなり小規模な都市だった。

どれぐらいかというと、ナットシェルでたまたま一緒になった中国人グループと、そこらの道端で再会するぐらい小規模。駅前から王宮までを繋ぐカールヨハン通り、片側一車線もなさそう。いやそこの道で車移動が想定されていないとか、馬車道とか、色々あるんですけど、印象としては、小規模な街です。

夏に行けばまた、ダイナミックにフェリーに乗って島の方にあるヴァイキング船博物館とか行って、印象変わるんじゃないかと思うんですけど、どうにもこぢんまりとした感じ。

これまで北欧の都市は、片手で数えることが出来る程の回数行きはしたんですけど、その度にこう、オスロに見た印象と類似の、「管理できる小規模」という雰囲気を見ている。

日本語圏のツイッターで、選挙シーズンとかに、選挙カーを否定する文脈で「北欧の都市では演説の為に市民にドーナツとコーヒーを支給して、集まって来た奴に話を聞いてもらうんだぞ」というツイートをどっかで見たんですけど、首都であの小規模なら、そら、北欧では出来るのかもしれないが……といった印象になる。

無論、人権意識とか諸々で北欧は先進地域だろう。しかし北欧で実施できているあらゆる事柄というのは、「先進的な思想の枠組み」は勿論、同時に、「小規模感」によって実施できているという側面も、少なからず大きいのではないかと思う。

文明の発達した今でこそ、おしゃれスタイル北欧とか何とか出てきますけど、元々自然環境が恐ろしく厳しい土地だ。というか、おしゃれとか銀行とか、付加価値を売りにしているところは、基本的に土地が貧しい。すなわち粗方掘り返し尽くした「現代」に利用可能な価値観の先進と言い換えることが出来るので、北欧がフィーチャリングされる流れは全く正鵠を射ているというのもあるし、前提条件が全く異なるところからも、勿論学ぶべきところはあると思うんですけど、ここには無いほっこり幸福なイメージを、北欧に求めるのは、何かズレているんじゃないだろうか。しかし、そもそもイメージビジネスなんだから、実態がどうであれイメージが売れれば、それはそれで正しいんじゃないのか。そもそもほっこりヒュッゲ♥にやたらと引っかかりを覚えるお前が、単に陰鬱な景色が好きなだけじゃない? ハマスホイとか。というか、ノルウェーにおけるヒュッゲ概念が存在するのかどうかはわからないんですけど、そもそもヒュッゲって大切な人と一緒に過ごす時間♥の概念じゃないですか(主観)。後者のアンニャに自由意志は存在しない、テルマの「力」にはヒプノシスマイクが含まれているという解釈で行くと、テルマはそういうの、手にしてないんですよ。

能力を抑圧する鎖/家庭という場を破壊することによって、自由を得たテルマは、自分の願いによって変質したアンニャの手を取ることが最早自慰行為でしかないにせよ、それでも、生きていく。

父と類似の悲壮がここにあり、赤い煉瓦の並ぶ陰鬱寄りの街並みがそれに影をそえるというか、いやしかし、人間は見たいものしか見ないので、私はそういうものを見たいから、そのように見ているんでしょう。ここが主観の限界、おしまいの地です。

 

 

幸せってなんだっけ? 世界一幸福な国での「ヒュッゲ」な1年

幸せってなんだっけ? 世界一幸福な国での「ヒュッゲ」な1年

 

 

*1:出典: 「メーデー」、フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』(最終確認日2019年5月1日)

*2:霧島澄子 『TRICK』(2000年) 第三話「母の死」

*3:霧島澄子 『TRICK』(2000年) 第三話「母の死」

マッチング相手と出来なかった台湾高速鉄道で行く台湾南部の話

最恵国待遇、もとい「彼氏」「彼女」といった肩書によって他者を独占する権利を得たい! という一心でマッチングアプリに登録した時期もありましたが、予期せぬスマホの謀反により目論見はデータごと崩れ去りました。残るは荒城の月、兵どもが夢の後。

しかし、謀反起こらずとも目論見を達成する目算は正直、無かった。アプリを起動するのも面倒になっていた。マッチングした相手への関心が、返信への手間を上回っている内は良かったんですけど、次第に「話題を探し続ける」ことが、面倒になってしまった。

この経験を通し私は、日常生活、例えば共通の趣味とか、共通のジムとか、共通の職場とか、学び舎とか、そう言った所で、相手への造詣を深めていきたい方だなという自己分析を深めた。目下、職場未定だし、学び舎には異性がいません。学部一年前期に受講した教養科目で、哲学教授が言い放った言葉が忘れられない。「異性との交歓の喜びを捨て、学び舎としてここを選んだあなた方は、既に熱心な哲学徒である」

 

ところで、かつてのアプリにてマッチングした男たちの中で一人、鉄オタが居た。日々の労働の中もぎ取った休みで中国大陸に乗り込むと、ひたすら鉄道に乗ると言っていた。

ここでマッチングした鉄オタが、話し相手として良かったかと言われると、正直何とも言えない。トークは常に交流というか、質疑応答の感があった。しかし彼については私は、少なからず共感を持っていた。自分も似たようなものだからである。相手に対して関心は無いが、誰か「自分ではない他人」とつながりを持ちたい。気兼ねなく話せる相手が欲しい。相手の相槌を独占しても罪悪感のない関係! 心当たりがあったら、是非メール下さい。ハンドルネームはまだ覚えているので、よかったらまた、文章のやりとりをしましょう。私の手持ちの話題は、もう全部アプリで使い切ってしまったので、敢えてする話も無いかもしれませんが……。

 

この鉄オタと最後にしたのは、台湾高速鉄道の話だった。彼が何故中国大陸の鉄道に強い関心を持っていたのかについては、結局要領を得ないままだった。その理由を聞いたような気もするし、聞かなかったような気もする。答えて貰ったような気もするし、はぐらかされたような気もする。相手を理解する為のトークを幾晩かこなしながら、結局私は何一つ、理解できたものはなかったのかもしれない。なかったのだろう。

その中でも、鉄オタが台湾高速鉄道に乗り、高雄まで行ったことは知った。高雄、駅名としては「左營」で、全然わかんなかったなという話が、我々の最後のトークの切り口となった。

 

私が台湾に行ったのは推定五年前、初めての海外旅行だった。

このブログの最初のエントリーで話題にした場所は京都だが、次なる記事として、私は台湾に関する記事を上げようとしていた。

まっとうな旅行記事を書こうという意気込みがあった当時、意気込みに潰され、結局記事としてはお釈迦になった。

いや、当時はこんなクソ腐臭強めな、ラクーンシティの教会みたいなブログになる予定無かったんですけど、ほんと、どうしたの? 何か辛いことあった?

 

台湾、出国前に日本でWi-Fi予約したのに、完全にこちらの手落ちにより(日本で一度ログインしとかないといけなかった)(一度もログインせずに出国しちゃった)完全な無用の長物と化したとか、桃園国際空港で降りたら、なんか予想以上に台北市内が遠かったとか、桃園国際空港から取り敢えずバス乗って市内移動しよって思ったら、窓口のオバちゃんに英語通じなくて、メモ帳と漢字が大活躍とか、結局「乗り換えしろ」って言われたことがわからなくてバスに乗りっぱなし、そのまま松山空港まで乗って行ってしまうとか、なんかホテルの空調が一晩でポストカードふやかすレベルの湿気を放ったり、鍵がイカれたトランクを百円ショップ(みたいな)にて購入したハサミでぶっ壊して開錠したとか、あと、台湾のゴキブリは日本で見るのよりなんかフットワーク軽め色も浅めで、最初はでっかいコオロギだと思い込んでいたとか、九份に昼間に行ってしまったばっかりに、人波見てゴキブリ見て帰ったとか、タピオカや豆花の存在を知らない(当時そんなに流行ってなかった)なりに回った台北でも色々あったんですけど、ここではマッチング相手に出来なかった、ガオティエの話をしたいなと思います。

 

台湾高速鉄道! 要は新幹線です。台北から高雄まで、一時間から二時間で結んでいます。外国人(中華民国以外の旅券所持者)は、数日間限定の乗り放題チケット有! 当時はオトクかどうかわかんないけど、取り敢えず購入した記憶がある。同行者が持っていた昨年度版るるぶと、私の所持していた台北フォーカスのガイドブックでお前、よく台北から出ようと思ったなというところなんですけど、例のように前準備がゴミ。

乗り放題チケットを入手するにあたり、五年前は、同行者手持ちのるるぶ(その時点で昨年度の情報)を参照し、現地の日系旅行代理店にて、なんか引換券を購入して(だいたい一万円)、そこで受け取ったバウチャー?と、パスポートを台北駅窓口で見せて、チケットを取得した覚えがあります。

 

www.jtb.co.jp

 

www.taipeinavi.com



ちょっと調べてみたら、私が旅行した翌年から、ウェッブで予約できるようになったみたいです。ハッピー!

 

周遊権を獲得しガオティエを駆使してどこに行ったかというと、高雄と台南の二都市。三日間チケットだったので、帰りに桃園まで乗って、いい感じに使い切ったかなという感があります。

それにしても、桃園から桃園国際空港までのシャトルを探せ!クエストとかが発生して、トランク転がしながら駅構内ダッシュ決めた記憶があるんですよね。ほんと綱渡りだなお前の旅程。

以下、どんな感じに下調べ無く現地に赴き、状況が穏やかながら混迷を極めたかについてを、記憶に残っている限りで、記していきたいと思う。

 

一往復目:台北⇔高雄(高鉄の駅名としては「左營駅」)。

何で高雄を行先に選んだのか記憶がない。多分駅名を知っていたからというのと、後はなんか、南端だったからじゃないかな。

高速鉄道の乗り込んだホームの雰囲気が極めて日本的で、少し驚いた記憶がある。開放的な天井から垂れ下がっている歓迎の幕に、何でか知らんが相撲レスラーが描かれていたからだ。九月で旅行ハイシーズンだったと思うんですが、矢張り平日ということもあってか人影はまばらだった。

まだ日が高い午前のうちにバスに乗って龍虎塔へ向かい、龍虎塔に入りがてら、この後台北の湿ったホテルで水分を目いっぱい吸い込み、書いた側から文字の滲んでいくことになるポストカードを貰った。龍虎塔の内部は、イッツアスモールワールドを仏教ナイズドして、予算の額面を落とした感じ。

龍虎塔のある公園内は、サイクリングコースみたいな感じで当時から既に整備されており、公園の地図を見た感じ「徒歩で左營駅戻れるんじゃね?」という誤判断をやらかしたか、或いは普通にバス乗って左營駅に戻ろうとしてわけわからないところに迷い込んだかなんですけど、この辺りで一度大きく道に迷う。当時のカメラロールを探していても、撮影地のはっきりしない謎写真が多くて、正直怖い。

 

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やたらと輝く湖面

 

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多分玉乗りをしている何らかの動物


事前の準備不足としか言いようのない現象により何かと彷徨った高雄で一番印象に残っているのは、美麗島駅だ。高雄メトロの萌えキャラによるツインテールウルトラマン)に興奮する外国人画像構図をトレスした公式ポスターとかいう、何がなんだか訳がわからないものとかもあったんですけど、やっぱ色々差し引いても、こう、美麗島駅。

 

www.travel.co.jp

 

調べたところによると、アメリカの会社によって「世界で最も美しい駅」ランキング第二位に選ばれたりしてる駅、一面がステンドグラスです。綺麗。フリーのピアノも置いてあった気がする。ちょっとした教会というには、にぎやか。

 

高鉄の終電までにも時間があり、台北に戻っても敢えてすることの無かった我々は、ここから高雄港に向かって歩いた。特に意味のある行動ではなかった。

地下鉄の適当な出口から出ると、高雄港までは、ほぼ一直線に進めば良いようであった。天井一面がステンドグラスの現代的な改札周辺と比較し、地下鉄から出て来たところの出入り口は奇妙に鄙びていて、あの生臭い港の臭いが薄く漂っていた。空には淡い橙を基調に、様々な色合いの暖色が棚引く時分だった。

 

地下鉄から上がって暫く歩いていると、右手に広場が見えて来た。そこの光景をよく覚えている。

老若男女が凧あげをしていた。通り過ぎた道沿いにスパイダーマンとか、ドラえもんとか、キティちゃんとかの凧が売っていたんですけど、どれもタコの尾の方に虹色のリボンがついていて、空を滑空すると、その虹色の帯が夕日に棚引いて、きらきらと綺麗だった。以来、高雄と聞くと、この景色を一方的に思い出す。手前勝手な楽園イメージを重ねているのだ。

 

我々は凧あげをしなかった。楽園を横目にそのまま一路、海に向かい歩いていくと、なんか、その内に、謎のオブジェが林立し始めた。色とりどりのミシュランみたいな奴。

 

www.travel.co.jp

 

今思うと、多分これだ。

しかし当時は高雄港について何の前情報もないまま無為に歩いていたので、現代美術的なアレだなということしかわからなかった。辺り一帯は日没し、比較的広い道路の先、並ぶ赤提灯(恐らく夜市だ)を遠目に、カラフルミシュランが左右に控える謎の道を歩いていくと、倉庫のような場所に出た。やっぱり間違いなくあれ、駁二芸術特区だと思います。

赤煉瓦造りの倉庫と地面に敷かれた廃線路。倉庫の壁面にへばりつく頭無し巨大イモリ。ライトアップされたきゅうきょくキマイラ。プラスチック製のフラウィーちゃん。脈絡のない交通標識。日没後の黒い海面。

ライトアップされた現代美術的オブジェに取り囲まれ、異様な雰囲気の一角の中、唯一まともそうな白い灯りのついている倉庫があった。その中に案内もあるみたいだし、取り敢えずちょっと入ってみようとしたところで、男性に止められた。営業時間外だったそうです。

日本語ドイツ語中国語のトリリンガルらしい男性は、「また明日来てね」と言っていた。ゲームだったら多分、翌日行ったらパーティーに加入してたと思う。結局翌日は台中に行ってしまったので男性をパーティーに加入させることは出来なかったんですが、惜しいことをした。

 

その後オレンジの光を名残惜しく思いながら美麗島駅へ戻るのですが(※前述の通りWi-Fiが無いので自分たちの勘で歩いているのだ)、道中完全に日没していて、また来る途中にまっとうな道を外れて芝生を通ったこともあってか、クソクソ迷った。

廃線になった線路を辿りながら、しじまの向こうに見える程の街の喧騒を目指して、最早暗い芝生というか、草むらの上ひた歩いていくと、廃駅に辿り着いた。ホームによじ登り表示を見る。高雄港とあった。出口はない。

思い返すにつれ、あそこで不審者とエンカウントしてたら確実なゲームオーバーだったなと思ってるんですけど、何だかんだフェンスの切れ目を見つけて脱出しました。街路灯に照らされた車道沿いの道に、心底生きているという感じがした。文明!

しかし、特に美麗島駅以降のでオレンジの街路灯やライトアップに照らされた記憶、どれもこれもちょっとヤバいというか、トリップ? みたいな感じが強い。いやまぁトリップには違いないんですが。

 

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旧高雄港駅 記憶を元にインターネットで検索してる今はトリップ状態の記憶を色々補完出来て楽しいんですけど、当時現地にいた私の心境は手ブレがよく表している


 

二往復目:台北⇔台南

台南である。

こちらは元々目的地が決まっており、ゼーランディア城目当ての旅行であった。

なんでも、17世紀頃に台湾南部は一時オランダ東インド会社の支配域に入っていて、その当時に建造された台湾最古の城塞なんですけど、その後明末清初のごたごたで大陸から追い出されてきた鄭成功がそこを襲撃、東インド会社を追い出して根城にしたぜ!って感じの城です。レンガ造り。現在の史跡として向こうで通じる名前は安平古堡(あんぴんこほう)。

名前調べて来たし、まぁ最寄りもわかる、行けるっしょ!と意気揚々と我々(というか、私だ。同行者は史跡に関心がないが、「お前が好きなようにすればいい」と私を野放しにしてくれていた)台南駅のバスターミナルから案内を片手にバスを探していると、おっさんが後からついて来た。

いや、白シャツパンツのおっさんがこっちめっちゃ見てるし、歩いてくる。森のくまさんよろしくスタコラサッサすると、おっさんもスタコラサッサしてついてくるんですね、後から。

最終的に捕まってヒエッお助け~~~~~~ってなってたら、「お前らどこに行きたいんだ」みたいな会話イベントが発生しました。台湾、割と謎の善人イベントが多い記憶がある。運が良かった。

 

しかしこの台南駅、鉄道駅としての名前は「沙崙駅」なんですけど、台南中心部から結構離れている。バスが高架に乗り込んだ時、私は正直ぎょっとした。えっ、そんなに離れてんのは、正直想定外だった。

高雄駅(左營駅)はメトロが直結だったので余り考えたことがなかったんですけど、台南編では私が目的地を定めていたこともあり、周囲のことを余り確認していなかったので、何か新幹線の駅と建物の壁に書いてある駅の名前違うわ~~~って感じで、沙崙駅の名前だけ控えた状態での異国on高速。心は地獄。台湾の高速道路、私の走った路線は高架式の所が多かったんですが、橋げたというか、あの脚の部分が、日本のものより随分スマートでいらして、通る度に勝手にヒヤヒヤしていた。気分はジェットコースターのチキチキチキチキって言いながら、上に昇ってる時のアレ。神経が見る見る内に、音を立てて細くなる。キュッ

まぁ(体感で)随分走ってから高架を降り台南市街に近づいて来たあたりで私は諸々を諦め、というか、神経が細くなる余り、なんかあらゆることに現実味を無くしてしまった。

ねじ式的な眼医者看板をいくつか見たが、当時の私はねじ式を知らず、アッなんかインターネットでよく見る奴だと思っていた。また、車窓からは駐車場のある回転寿司屋の求人垂れ幕が見えた。都内の時給を知っている者からすると、恐ろしく低い値段だ。極めて傲慢に、当地の人々の暮らしについて思いをはせた記憶がある。

 

「安平古堡」のバス停で降りてからゼーランディア城までも、結構距離があった記憶があるが、どのように行ったかは正直、もう、記憶にない。事前に台北のホテルでグーグルアースで確認しスクショをした通りの道を歩いたか、或いは何となく人が流れていく方に歩いたか、それかなんか、看板があったのかもしれない。

ゼーランディア城に到達するまでの間、二つの恐らく観光客向けの青空市場を通り、一つ城下町のような参道のような所を通り抜けた。

九月。建物は皆低く、日光を遮るものは店先の僅かな影の他、殆ど無かった。暑くて暑くて仕方がなかった。緑のペットボトルに詰まった青草茶という、茶というには甘いが、ジュースというには砂糖みのない液体を購入した。ドゥオーシャオチエンと値段を聞いたら、片言にしては流暢だが、間違いなく母語ではなさそうな雰囲気の日本語で返って来たのが、ここだった。

台湾を歩いていると時々、日本語が通じる老年の人がいるんですが、彼等と接触するにつけ、個人的には、身の置き所のないような気持ちになっていた。何もかもは覆りようのない歴史であり、それは私個人に関わるものではないんですけど、人間は社会的な生き物なので、国家によってそれぞれの人間の生活保障をする枠組みの中に居る以上、どうしたって、ルーツからは逃れられないのだ。強制の記憶があり、加害の記憶がそこにあることを、むざむざと目の当たりにする。店を切り盛りしていると思わしき老夫婦は笑顔だった。日本人観光客にも慣れているのだろう。

ゼーランディア城が見えて来た当たりでなんたらビン(餅)と銘打たれたピンク色の饅頭モドキを購入した。中央に安平と印が打たれていてなんだかご機嫌だと思ったからだ。多分白もあったと思う。柔らかいものを期待して購入したが、固かった。まぁ食べれる味だった。中は空洞だった。

 

ゼーランディア城である。

煉瓦造りの城であり、内部は発掘調査の結果出て来た焼き物の欠片や、現地の歴史の流れについて解説してくれる、結構お金が掛かってそうな展示があった。

当時の大砲や鄭成功銅像オランダ東インド会社の残したなんか、色々な遺物等見ていて、かなりエンジョイしましたし、物見やぐらというか灯台みたいなものもあって、その展望台から台南の市街地が一望できたりして(建物が全体的に低いのでそんな迫力ある景色ではない。解説を一通り見た後だとテンションは上がる)私は楽しかったんですが、生物系の同行者は人知れず熱中症になりかかっており、最後の方は「お前が楽しければいいから好きに見て回ってこい」と、常ならぬ寛容な事まで言い出していた。彼女と私は中学から面識があるが、それほど優しい言葉を掛けられたのは、あれが最初で最後であった。中学時代、彼女からのファーストコンタクトは「うわ、キモ」である。

 

ゼーランディア城からの帰還が、一番骨が折れる放浪だった。

取り敢えず城から出て、足取りがヤバい同行者を休ませるためカフェを探したが見つからない。天皇御用邸というか日本の天皇も訪れました!みたいな施設を通りかかって、フリーエントリーだったので屋内でキメッキメのポーズで写真を御取りになってらっしゃる中国人カップルを脇目に、木陰に休んだりはしたんですけど、中々大通りにも出ない。

赤緑の郵便を横目にバス通りにようやっと出た頃には恐らく三時、気温が最も厳しく、同行者も結構ヤバそうだった記憶がある。その状況下で飛び込んだ、Wi-Fiフリーと書かれたカフェが極楽浄土だった。もう店の名前も思い出せないが、客が居らず空いていたその現代的な店には英語のメニューがあり、クーラーが効いており、冷たい飲み物を口にしていると、店主と思わしき男性がカウンターから出てきて、ベルやジンジャーブレッドの形をした一口大のカステラを机に置いて、「サービスだから食って行ってくれ」と言ったのだ。地獄に仏か? 

駅までの行き方や、周辺のバス停の地図まで見せてくれた記憶がある。この店主は以降の旅行中に出会った人物の中でも、トップクラスの聖性を放っている。神。マジ感謝。お陰で台南駅まで戻ることが出来たんですけど、ここで問題。バス移動によって降り立った豪華な建物、推定漆喰の壁にハイビスカスをあしらってるこの台南駅は、「台南市の市中心部に位置する。台南の玄関口として市を代表する中心駅であり、縦貫線の全列車が停車する。台湾最西端の駅。(出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』最終確認日2019年4月29日)」であり、台南駅 (台湾高速鉄道)ではないのだ。

エッ違う駅じゃん!!!!!! まぁ一応、何か違う駅だなってことは察してはいたんですけど、思いのほか全然見た目が違う。

そこで駅員さんを捕まえ「シャーリン」「シャーリン」と喚いていると、制服の駅員さんが面倒臭そうに出て来て、代わりに券売機で切符を買ってくれた。 日本で言うところの一昔前の券売機で、イングリッシュも無し。わりとマジで操作の仕方がわからなかったので、本当に助かった。

切符を片手にプラットホームへ行き、なんかレトロな雰囲気の車両に乗って暫く暮れなずむ車窓を眺めていると、台南駅 (台湾高速鉄道)、もとい沙崙駅に到達した。

そこからやれやれと台北に戻る途中に、行きがけに鍵ぶっ壊れてやむなく壊したトランクが、ジッパーの口をキーでロックする方式で、どうせ代替の鍵を買うんだったらばちょっとした南京錠を買うべきところ、普通に忘れてダイヤルロック機能の付いたトランクの胴体に巻くベルトを買うとかいう、わりとわけわからない散財の仕方をこの駅でするんですけど、それ以外の散財として、空腹を持て余し駅構内で買った豚の角煮弁当を食べた。

ほんと、トランクはマジでただの無駄遣いだったんですけど、この台南で食べた豚の角煮、ほんとうに美味しかった。

高雄でも空腹を持て余して、駅構内で安い煮卵を食べるなどしたんですけど、ハッカクですかね? なんかスパイスが効いた味のする台湾の食べ物、めっちゃ美味しい。アレを思い出す度、幾度となく台湾に行きたくなる。結局あれから行ってないんですけれども。

でもなんか、このブログ書くためにちょっと調べたところによると、桃園国際空港と台北市内の間に、メトロが開通したらしいですね? 超行きやすいじゃん。西門西門!ってバス窓口のオバチャンに喚いていたアレ、何だったんだ。ほんと、公共交通機関最高。行きやすいじゃん。是非また行きたい。

そういえば鉄オタに最後に振った話は、この台南の駅弁の話でした。

君も、そういう話聞くと台湾にまた行きたくなると、そういうようなことを言っていましたね。

スマホぶっ壊れが発生して、アプリがもうどうしようもないことになったこの世界線では、これまでの縁なのでしょうが、世が世なら、そういう未来もあったかもしれませんね。

 

ところで、この旅行を同行して下さり熱中症の危機に瀕した寛容な同行者なんですが、当時交際三か月だった先輩と、今度結婚するらしいです。

時よ!

 


星野源 - 時よ【MV & Album Trailer】/ Gen Hoshino - Tokiyo

闇夜にうごめくBLUE SAPPHIRE


劇場版『名探偵コナン 紺青の拳(フィスト)』特報2【2019年4月12日(金)公開】

 

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これはチップをうず高く盛って自ら狭くした入り口に体をねじ込むうちのブルーサファイア

 

※以下、現在劇場公開中の映画作品『名探偵コナン 紺青の拳』ストーリー部分のネタバレがあります。

 

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ふしぎ星の☆出所不明な恋慕(諸企業からの御祈りと真っ白なレジュメを添えて)

 

恋は、何人をも容赦しない暴君である 

 --ピエール・コルネイユ

 

 

これはほんと、ただの日記なんですけど、

 

推定十数年ぶりに、ふしぎ星の☆ふたご姫(無印)、全51話を視聴しました。

マジで何してんの? 

わたし、しょぼっと就活生! きぎょうちゃんお祈りパワー・メークアーップ! 


ほんと、なんで急にそんな思い立ってふたご姫を視聴したかというと、何か、急に思い出してしまった、プリンスブライトのわけわからない執着をおさらいしたいな~~~~と思って、成人済みのお粗末な読解力では受け入れられないシーン等々を飛ばしながらという、雑な視聴の仕方をしていた訳ですが、

結論から言うと、十数年という時を経て、脳内で都合よく改変していた。

プリンスブライトのオルタ化は知ってたんですけど、もうちょっとシリアスな感じになるかと思っていた。

いや、視聴していた頃の記憶として、漠然と終局的雰囲気を覚えていたので、対象年齢的には、効果的だったと思います。冒頭15秒の軽いテンションで語られるふしぎ星の設定から惑星の滅びの危機とか、ちょっとトボけたセカイ系の雰囲気があってよかった。

ただ、対象年齢から十数年、修士(人文系)になった視聴者は、ブラッククリスタルに乗っ取られたおひさまの国より、余程危機的状況にあるのは、正直盲点でしたね。

玉座に座って爆笑するブライト様ごっこ、毎日してる。アッハッハッハッハッ!!!!! 真っ白なレジュメに相対する私、もしくはサークル参加時の私です。ブライト様もうやめて! そんなの、ブライトっぽくないよ! というか! そんなのブライト様じゃない!!!!!!私だよ!!!!!!!!ブーモ!!!!!裏切ったな!!!!!!!!!(一番許せなかった48話「最後の宝☆恋するブウモ!?」パールちゃん×ブーモ成立シーン)(そそのかした奴が勝手に恋の力で浄化されやがって!!!!!!!)(浄化カップリング成立をもって孤立するブライト様と界隈における自分がいよいよ完全に重なってしまう)(「僕が間違っている筈がない」(35話~40話前後のブライト様))(「私の頭がおかしいっていうのか!?!?!????」(このブログで頻出する限界フジョシワード))

それにしてもブラッククリスタル、選出した人員が善良なブライト様だったからこそ、星は救われましたが、仮にもしも私がブラッククリスタルに寄生されブラックプロミネンスの使い手になっていたら、ふしぎ星は三秒も持たなかったと思う。同人暗黒日記とか、ほんと、暗黒の力に満ちているので……

 

お察しの通り、ブライト様が好き。

前半の舞台装置としてのブライト様を、俄然推している。

なんで? プリンセスファインへの恋慕の理由が無いからだ。

 

ふたご姫作中には、成人した大人のクソ想像力では受け入れがたいダイナミックな論理展開が結構あるんですけど、ダイナミックな論理に反して、交錯する人間関係と淡い恋愛の描写、情動の動きについては、思いのほか丁寧で繊細な描写がある(個人の感想)。

ここでブライト様のわけわかんない恋慕をご説明する為、ふたご姫前半のクライマックスシーンの一つとして私が勝手に捉えている13話「こわ〜い森☆ちょっぴりドキドキの体験」における関係性を振り返ってみましょう。

この時点ではファイン→シェイド→レイン→ブライト→ファインの回し車が発生している訳ですが、これを分析していきたいと思います。

 

まずファインからシェイド(13話時点では「エクリプス」)への思慕ですが、これは所謂恋愛感情だと思う。急に現れたミステリアスで顔の良い異性へ寄せる淡い感情。この人なんとなく悪い人じゃない気がする、助けてくれたし、でも、なんか気になる。みたいな。初恋の淡さを感じて、超エモい、推せる。

次にシェイドからレイン。13話時点でエクリプス=シェイド(月の国の王子)は明かされていない設定だと思うんですけど、月の国の王子設定が明らかになった頃から振り返ってみると、ここに込められている眼差しの淡い感情を推測することは可能。個人的には、「母上に雰囲気が似てるから」だと思っています。舞台装置でありながら人間であり、必要とされない/装置として満足に動けないことに軋んだ人間性に付け込まれたブライト様とは対照的に、シェイドは今は健康状態の芳しくない美しい母親に強く心を傾け(私はこれを「信仰」と形容します)、「母を支えるために」自分の「すべきこと」を具体的に理解し、淡々と行動しているという描写があります。

彼にとって母親は一種の信仰の対象であり、無条件の好意が向かう先。双子姫に対する敵対的な言動のある「エクリプス」の時期でさえ、母と類似の雰囲気を持つレインに向かう感情は彼の行動に影響を及ぼしている。それほど母に思うところがあるのではないかと、ここは個人的にそのように解釈しました。おいしい。

というか、いよいよ最終局面を迎え最終話を見終わった後も、最終的にシェイドがファインの手を取った理由が、いまいちよく呑み込めていない。レインがブライト様を支えると心を決めているのが分かったから、じゃあ双子の片方の自分に懐いてる方の手を取るか、みたいな、そんな爛れた訳ではないといや、思います。思いますが、私のクソ読解力が全然読み取ってくれなくて、もうじき午前三時になる。私は何をしているのだろうか……

続いて、レインからブライト。これもわかる。ふたご姫前半エンディング曲「おしゃれファンタジー」中に、「おしゃまなおしゃれファンタジー」という歌詞の一節があるんですけど、レインはこの歌詞のとおり、まさしく「おしゃまな」女の子といたキャラクター像がある。彼女は初期より一貫して「異性愛」に憧れ、「女性的なおしゃれ」に強い関心を持っている。舞台装置としての初期ブライト様は、おしゃまな女の子にとって、極めて理想的な物腰柔らかで見目美しい、プリンセスを引き立ててくれる舞台装置なので、憧れとして彼を求める感情の動きは大変よくわかる。恋愛! 

 

そして最後に、ブライトからファインに向かう感情の動きですが、

これが全然わかんない。

なんで??????? 

 

ファインは「元気」というキャラクター設定。彼女は作中でマザーツリーの怒りを買い、子ザルに変身させられるシーンがあるんですけど、全然、猿に馴染んでる。そういうタイプ。よく食べよく眠り、作中でも恋心を知らない/認識できていないことを示唆されています*1

一方のブライト様なんですけど、第一話「とびきりスマイル☆ふたごのプリンセス」時点から、もうファイン様のことしか見えていない。一話を見て頂ければわかるんですけど、会場に駆け込み床でスライディングしている双子に歩み寄ると、ブライト様はファインを呼んで手を差し伸べるのですが、そこのボイスが明らかに本命ボイス。「あっこいつはガチだ」と歴ばかり長いフジョシは秒で察知、その後も窓の外を眺めながら「プリンセスファイン、貴方は今何をしているのだろうか……」とガチ惚れを見せてくれるわけですが、作中では一切そこに至る経緯の説明はナシ。

ブライト様が胸中で双子姫に言及する時、というか、彼が胸中で思い返すのは基本的にファイン。「プリンセスファイン……!」としか回想しないし、黒化した後も「プリンセスファインならきっとわかってくれる」という回想が入る。物語終盤、彼は妹によって「彼の完璧でありたいという願い、他者に期待をせず、なんでも一人で抱え込む傾向が、ブラッククリスタルの苗床になってしまった」というような推測をされるんですが、そのブライト様が唯一期待をかける対象が、恋慕を向ける対象と同じく、ファインのみ。彼はファインのことしか思わない。

また、ブライト様もその他キャラクターと同じく、双子のことを「プリンセスファイン、プリンセスレイン」と呼称しますが、その他のキャラクターによる呼称が、シェイドの「ふたご姫」と同様の、双子を呼ぶだけの呼称に過ぎない一方、ブライト様は明らかに、「ファイン」を「レイン」と区別する為、双子を区別し「ファイン」を意識するがために、そのように呼んでいるのではないかと思えてくる。いや、考えすぎじゃない? っていうと、まぁ状況証拠しかないですし、反論のしようもないです。

要するに、ブライト様のファインに向かう感情は、先に述べた三者と比較すると明らかに濃度の濃い、明確な恋慕であることは間違いないと思われる。しかし、作中において相対的に「強い」その感情に対する明確な理由付けは、一切作中で成されない。

何ならブラッククリスタルによる洗脳後、「大多数に必要とされたい」という舞台装置の軋みの方が増幅されて、ファインに対する出所不明な恋慕の描写は少なくなりますし、色々あって浄化された後の最終話では、ブライト様は「僕は素直なんだよ 君と違ってね」に代表されるように、舞台装置の役割を降りたような雰囲気を醸し出して、レインの手を取ってくれるわけですが、

は?

何だそれは。

いや、最終的に自分を説得し続けたレインに報いるのは納得するしわかるとして、前半なんでファインしか見て無かったの?????っていうのを、私は知りたい。その動機、何故? 全51話、そこの関係性について、一切のディスコースなし。

 であればファイン側からの働きかけは、ブライト様がうっかり落ちたり期待したりする態度を見せているのかどうなのかというと、彼女、多分ブライト様について特に思う所がないというか、何なら苦手そう。ブライト様の舞台装置的な振る舞いに、ちょっと引いてるところがある。

彼女は「勘が良い」というキャラ付けがあるので、ここを私の見たいように見ると、ブライト様の舞台装置と人間の間にある軋轢、舞台装置の役を自ら進んで自分に負わせてしまうような自己抑圧的傾向を無意識に感じ取って、あっ、こいつはなんか面倒な奴なのではないかと、そのように意識まではせずとも、ちょっと引いたところで見ているという感じがあるんですけど、そこにブライト様が敢えて惚れこむ要素、その一切が謎のまま幕引き。

何故???? 

シェイドのレイン推しに至る動機「母」といったような、ファインに向かうような間接的動機付けもナシ。

ただ、第一話から、舞台装置として自ら引き受けた役を降りかける程(声のトーンがマジでガチなので、フジョシ歴が長いような人間は聞けばたぶんすぐにわかる)、ファインに強い思い入れがあることだけが明らかになっている。

その状況下で迎えた13話、あのマントを貸し出すシーン、レインが先にくしゃみをしても、ブライト様はマントを同じように貸してくれたと思うんですけど、その行為に乗る、公平無私な舞台装置キャラクターの見せる「私」の載る瞬間、向ける眼差しの優しさをこそ、乙女は欲するところだと思うんですけど、それを向けられている相手の方が全然気づいていない、何ならそれを欲しがっていないという描写(千とカオナシの間にある関係との類似性がちょっとありますねこの二人)が、私は、めちゃめちゃに、ツボで、ブライト様~~~~~~そのわけわからない恋慕をファイン様にもっとお向けになって~~~~~~~~~~~~!!!!!というわけのわからない掛け声を画面に掛ける女になってしまった。

しかも私、公式カップリング成立後のGyu!は途中離脱したクチなので、恐らく十数年前から、そういう嵌り方をしていた。正体不明の巨感情が大好きなんだ。いや、ブライト様からファイン様に向けるそれは、正体不明な巨感情というか、単に出所不明のシンプルな恋慕なんですけれども、いや、しかし、恋慕に至る理由が全くわからない。彼女に何を見て、彼は何を期待したのか? より単純に「物語を都合よく回すための舞台装置としての恋慕」という回答も、それはそれで面白いような気がしてきた。舞台装置の初恋!

 

はい、お気づきの通り私、個人的にはプリンスブライトのプリンセスファインに向ける「舞台装置」の初恋ないし「舞台装置としての初恋」をめちゃめちゃに推してしまいますが、その他にもふたご姫、作中の人間模様が濃いので、人間に疲れてしまった成人たちにおすすめです。新生活オススメグッズは、ふしぎ星の☆ふたご姫(無印)。特に作中におけるプリンス・プリンセス恋模様事情。

確かに人間事情以外の物語展開等は、想像力の欠落してしまったアルコール漬けの成人脳では正直、鑑賞に耐えられないところがあると思いますが、しかしそれにしても人間関係は良かった。フジョシ歴を重ね様々な人間関係を考察した後も、素直にテンションが上がりました。純粋な恋慕の、力強い理不尽さ! あなたを見つめる、あなたを選ぶ、あなたを助ける、あなたのことが好きだから。純粋な選択が幾度となく無邪気に行われるさまが心を刺します。

自己を削る努力をするが故、研鑽をしない双子姫を当初受け入れられないアルテッサの見せる、刃物の煌めきのような美しさも推せる。というか私、ふしぎ星の中では特に宝石の国推しなんだな。ふしぎ星全体の中でも「技術発展」という人間の業を一身に背負った王国の末席に座る、舞台装置としての王子と刃物のような美しさを持つ姫。ひえ~~~~~~っ エモ!!!!!!! そして抜き身の刀のような美しさのアルテッサが、まさしく鞘のような性質を持つ隣国の王子の手を取った時の感動!!!!!!! かざぐるまの国×アルテッサ推しです!!!!!!!!!! 

 

と言う訳で、新生活に倦んだ皆さんにおすすめのグッズ、ふしぎ星の☆ふたご姫!是非見て下さい!!私はあらゆる事柄の手を止めプロミネンスパワーに二日を溶かしました。

前半はプリンスブライトという名の舞台装置の初恋、後半は刃のごときアルテッサが手を伸べ続けていた鞘の男の手をいかにして取るか。私のワクワクセット人間関係はこちらの二本立てです。君だけのおいしい人間関係を見つけよう!

 

 


今週のお題「新生活おすすめグッズ」

*1:44話「めざせ優勝☆シャル・ウィ・ダンス?」レインの手を取って踊るシェイドの姿に胸を痛めるが、その理由を理解せず「私の心臓どうしたんだろう」に類する発言。一方レインは13話時点でブライトがファインに思慕を寄せていることを理解し、彼女につめたく当たる。14話「プーモの修行☆ケンカしちゃったふたご」終盤で「私ブライト様のことで嫉妬しちゃっていたの」と回想している。