メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

10年後の安定

不注意で人差し指靭帯を負傷し、テーピングを巻きながら御堂筋くんごっこに勤しむ昨今、腐女子腐女子たるゆえんといっても過言ではない特殊能力・妄想ぢからに衰えの兆しが見えてきた。

腐女子たるもの、ここぞとばかりに推しカプにコスチュームプレイをさせる性の祭典・ハロウィーン(祭典があろうとなかろうと年がら年中何かしらの性的なプレイを繰り広げていることに間違いはないが)を横目に、平穏無事に過ごしてしまってから疾く日が過ぎた。

ところで昨年の自分は果してどのようなことを考えていたのかと、軽い気持ちでツイ―トリクエストをしたところ一年前の私は光に溢れ、元気に、そして生き生きとコスチュームプレイの妄想をしていた。

それは輝かしい明日が来ることを疑いもしない姿だった。

 

一年前、私は何をしていたか、学生をしていた。且つ、コンビニエンスストアでは奴隷の喜びを享受していた。

休憩中にはバックヤードに段ボールを敷いて寝そべりながら、時計の無い部屋で時間間隔を失い、本当に眠ってしまわないよう数を数えていた。

六百を数え終わった時、あるいはレジからの呼び出しベルが鳴るまでの間、段ボールを三枚敷いた床へ横たわりながら数を数え続けていた私は、それでもよりよい明日の到来を信じて疑わなかったのかもしれないし、一年後の私に全てを託し安穏と盲いでいたのかもしれない。そうに違いない。

 

明日を信じる過去の放った余りの輝き、相変わらずニッチな性癖に直撃する己のつぶやき。そこにある日々の喜ばしさを謳歌するまぎれもない己が姿を前に、私は目を覆い地に平伏した。目の前が真っ暗になった。

他でもない一年後の私は、さらなる一年後の自分の姿を想像できない。一年後の自分が果して生きているのか、死んでいるのかすらわからない。人生を船旅と例えるならば、私はさながら難破船だ。さまよえる日本人は早く楽になりたい。

この文章を今は、何の因果か働き始めた事務室のパソコンを使って打ち込んでいる。コンビニとは異なり悪魔の手先ことお客様のご来店は今のところ無いが、もくもくとパソコンに向かい己が成すことを成す群衆の中で余りにも無力に私(六回目の勤務)は地面に平伏すことも許されず、しかし己に求められる職分を理解しないままひたすら、ただカモフラージュのためにいたずらに文字を打ち込み続けている。

この仕事を一年先も続けているのか、それとも辞めているのか。一年先の見通しが立たない不安に苛まれながら、いたずらにキーボードを叩き続けている。

その右手は冗談ではないテーピングで動きを制限されている。

 

 

一年後の生死が定かではない日本人がいる一方、フィンランドには十万年後の安全を望まれる施設がある。フィンランドは西スオミ州、サクラタンタ県エウラヨキのオルキルオト原子力発電所内に存在する「最終処分場」こと、オンカロだ。

フィンランド滞在中、我々(同行者一名総勢ニ名)はそれなりに多くの場所へ行った。トランジットで立ち寄ったモスクワ市内や、船旅の果てに城下町をさまよい、死ぬ気で教会の尖塔を上ったタリン市内。それらの町々で撮影したデジタル画像を前に私は、結局真に心に余裕がなければ景色なんぞ楽しむ暇もなく、ただ憤りばかりが哀れにもちっぽけな脳みそをふつふつと沸かしてゆくものだという小市民的な結論を垣間見たが、一週間弱のフィンランド旅行の終局を彩ったのが、まさにその場所であった。

もちろん、オンカロ内部に一般の観光客がおいそれと入れるような所ではない(ツアーというものがあるらしいが予約を忘れたのだ)。我々一向総勢ニ名が訪れたのは同原子力発電所敷地内にある、オルキルオト原子力発電所ビジターセンターだ。

 

原子力発電といえば、現代日本においてなかなかホットなワードであるが、我々はなにがしかの主義思想ありきでそのような場所へ赴いたわけではない。

それらに端を発する様々な問題と同時代に生きていながらニュートラルな、あるいは距離を置き極めて他人事らしいスタンスを取ることは決して褒められたことではないかもしれないが、能動的な犯罪行為ではないだろう。さとり世代の学生としてはある種テンプレートな態度であるかもしれない。そんなことよりマカロン食べたいお年頃なのだ。

しかしそんな一向が何故、決して観光地化されている訳ではない、言ってしまえば(原子力発電所である以上当然のことだが)、そんな巡礼でもなければ向かう気にもならないような辺鄙な土地へと向かったのか。

同行者が自然科学系のゼミに所属しており、そこを行き先として強く希望していたというのがまず第一の理由になるだろう。私個人は金沢21世紀美術館の映像展示でその周辺を題材に扱った映像作品を見たことがあり、少なからずの興味関心はあったとはいえ、往復八時間の道を行く程の熱意はなかった。

旅程が一人であったなら、疲労にかまけパスしてしまうような場所にビジターセンターはある。しかしそのビジターセンターが、私の旅程の中で極めて印象深く残っていることは確かだ。

 

オルキルオト原子力発電所ビジターセンターの展示は、原発関係に特化していることを除けば、いたって平凡な科学館のような佇まいをしていた。無論最後に科学館なるものへ足を踏み入れてから、少なくとも五年以上の歳月を経ている私に、平凡な科学館なるものがなんであるかという、はっきりとした基準があるわけではない。しかしここが遠い異国の原発施設内であるからといって、何ら奇抜な展示等があったわけではないというだけの話だ。

とにかく、そのいたって平凡な展示はウランの歴史からオルキルオト原子力発電所にある三基の原子炉の構造、原子力発電の仕組みや原子力発電所内で行われている安全対策・環境調査の概要等を明快かつ簡潔に展示していた。

それら展示品の対象年齢はおそらく、小学生にあたる年齢の児童であるだろうということは、原子炉他原発施設の各部分・メカを模した展示コーナーの形や体験式展示、放射能をいかにして遮るかをテーマにしたビデオゲーム展示等のわくわくドキドキな展示を見ればすぐにわかることだった。しかし成人済みであっても童心に帰ればどうということはない、120%楽しめるワクワクな展示がそこにあった。

自転車ペダル発電に挑戦する体験型ブースでは私は本気の立ちこぎを見せ、同行者はドン引きを通り越し仏のまなざしでそんな私を見放した。花の二十代、夏の思い出の一幕だ。

 

十万年の安全を嘱望される施設・オンカロに関する概要展示は、ビジターセンター順路の末尾にあった。

順路に従ってセンター内の展示室を進み、演出過剰なエレベーターに乗って地下520メートルまで降りた(と表示される、実際はおそらくビジターセンターの半地下にあたる場所だろう)所に、岩盤に囲まれ幼子の冒険心、あるいは香辛料程度の恐怖心をそそるような薄暗さの中に、オンカロに関する映像展示がある。

異国の原発敷地内で演出過剰なエレベーターにがたがたと揺らされ、ちかちか光る照明に照らされながら不安定にも急速に、かつ緩慢と下へ降下する経験は、ちょっとしたホーンデットマンションに相当するだろう。(私は本家のホーンデットマンションにライドした経験がないが)

 

ビジターセンター内の展示説明曰く、オンカロは極めて安全に限りなく近い最終処分場である、という。

オルキルオト原子力発電所の地下にある岩盤はジュラ紀から現在まで変化が無い。オンカロはここに地下520メートルまで穴を開け、そこに予定では2020年、今から四年後から十分に密封処理をされた核廃棄物を埋め立てていく。その後2100年頃に満タンになった穴を、もともとそこに穴が無かった頃と同じように埋め立てるのだ。

学者の予測によると、オンカロを埋め立てた後の地球はやがて、小氷河期に入る。小氷河期に入ればフィンランド含め北欧一帯は北極圏にのみ込まれると予測されている為、地中にて最終処分された核廃棄物が掘り返されるないし、地表に露出することで残された地球環境に影響を与えることはないと、予測されている。

もし仮に、核廃棄物を入れる容器に傷が付いたとして、そもそも廃棄物を封入する構造は三層構造の上にセメントのようなもので中を埋め、完全に固めている。その上で万が一漏れたとして、ジュラ紀から現代にいたるまで変動することのなかった岩盤が、少なくとも十万年の間は汚染を食い止め続けると予測されている。

万に一つ、その岩盤に穴が開き仮にそこから溢れたとしても、オルキルオトは島だ。周囲を囲む水や干潟が放射能を中和する可能性が高いのだ。

 

この世に存在するあらゆる建造物とは、どだいスケールが異なっている。

エウラヨキ行きの前にオンカロについて調べた時のイメージでは「未来の人類/我々の子孫にどのように影響を及ぼすかわからない」といった主張が多くなんとなく否定的なイメージを持って行ったが、そこには未来の人類等ほぼ眼中には無かった。

人々や国家、人類等がどうなろうと知ったこっちゃない。地上で何があろうと関係ない。オンカロの中からは、地上で何があろうと絶対に、何物も出さないという熱意を、展示物や映像展示、そしてオンカロ展示から出た後の休憩スペースに展示してあるレジュメ資料等から、私は極めて一方的にひしひしと感じた。

余りのスケールの壮大さに、心の中の男子小学生を強くくすぐられたのは確かだった。

 

帰国後に私はオンカロをテーマにしたドキュメンタリー映画を見た。かの有名な『100,000年後の安全』だ。その映画は、監督が暗闇の中でマッチを擦り、オンカロへ侵入してしまった未来の人類の視点を持った我々へ語り掛けるシーンから始まる。

正直、痺れた。私は厨二病の殻をおしりにくっ付けたヒヨコのまま成人してしまった哀れなカモだ。中で取沙汰されている議題は決して肯定すべきものではない。これからわたしも生きていく以上、好む好まないに関わらずおそらくは頭を突き合わせて考えていくか、背を持たれさせなぁなぁにやりすごしていくかしなければいけない問題であろうことは認識している。しかし何分映像が上手い。私はまんまと、地下深くへ引き込まれた。

 

 

これからフィンランドヘルシンキに当て所なく旅行される予定がある方には、是非オルキルオト原子力発電所ビジターセンターをお勧めしたい。SF的やディストピア的な雰囲気が好きな方は十分に楽しめるだろうし、TRPGパラノイアをご存じの方がいけば原子炉の中のチェレンコフ光というパラノイアの世界観では慣れ親しんだ重要なアイテムのレプリカを等身大で目の当たりにすることが出来る。交通費はかかるが、入館料は無料だ。

そしておすすめはしないが、エウラヨキ市内からタクシーを捕まえて原発施設内まで行けば、「見渡す限り何もない光景」というものを目の当たりにすることが出来る。

何もないのだ。本当に何もない。特にバス停のある大型ショッピングセンターの横の広い空き地なんかもう何もない。草はある。百キロ道路の国道沿いに黄金色の雑草が生い茂っている。青看板にEurajokiの地名表示がある。それだけだ。何もないのだ。バスを待ちながら私は四葉のクローバーを見つけた。バス停は貧弱な鉄パイプ一本で支えらえている。屋根もない。青天井だ。四葉のクローバーを握りしめ立つ私の足は震えていた。バスドライバーがバス停に立つ私の姿を見落とせば、私はフィンランド語しか通じない辺境で宿のないまま夜を迎えることになるのだから。夕日が眩しかった。二、三人の少年が横の道からふらふらと国道を渡っていく。ポケストップも何も表示されていない更地のポケモンGOの画面を見ながらふらふらと走っていく。一人がこけてから、立ち上がり、慌てて走る。数十秒後にトラックが猛然とそこを走り去る。

 

何もないのだ。

本当に何もない。

 

遠くで風車が回っている。

 

 

しかしエウラヨキ市内から進むルートは決しておすすめはしない。本当に何もないからだ。

 

閑話休題ヘルシンキ市内からオルキルオト原子力発電所ビジターセンターに行くまでには、どれもバス移動であることに変わりはないが、いくつかのルートがある。

一つ、Kamppiの地下二階バスターミナルから先述のEurajoki市内、スーパーマーケットの横にある何もないバス停まで行く。三時間強かかる。そこからスーパーマーケットでタクシーを捕まえ、ビジターセンターまで乗せていってもらう。行きは運よくタクシーを捕まえられれば20ユーロで行けるが、帰りはどうしても指名料がかかるので30ユーロ近くいく。

二つ、KamppiのバスターミナルからEurajokiの一つ手前、Raumaまで行き、そこで降りてからタクシーでビジターセンターまで行く。今回は行っていないがラウマは中世の街並み残る世界遺産の町だ。エストニア世界遺産の町タリンと見比べる等をしてみたかった。

三つ、KamppiのバスターミナルからEurajokiの一つ後、Poriまで行きそこで降りてからタクシーでビジターセンターまで行く。ビジターセンターからのメールによるとPoriからビジターセンターまではだいたいタクシーで30~40ユーロかかるらしい。

ポリはガイドブックには載っていないものの国内のバカンス地ではあるらしいので、少なくともエウラヨキよりは何かあるに違いない。(我々も帰路タクシーを捕まえてくれと頼んだ時、受付のおっちゃんから「ポリか?」と聞かれた。エウラヨキで頼むと言ったらば心なしか、狐につままれたような顔をしていた。)

ちなみに移動手段としてはどれも同じだ。フィンランド国内の格安バス会社「オンニバス」でOulu行きのバスに乗るのだ。オンニバスについては以下の記事にそれなりに詳しく書いてあるので、参考にして頂ければありがたい。

allabout.co.jp

 

勿論オンニバス以外での行き方もあるだろうが、いかんせんフィンランドは物価が高い。何といっても税率が高い。平成26年版世界の消費税率トップ10(全国関税会総連合会)によれば、ルーマニアと同率八位、怒涛の消費税率24パーセントだ。一つの選択肢として格安バス会社も選択に入れておくのもありではないかと私は思う。

北方人種はモンゴロイドと比べればかなり大柄で、アジア人二人で並べばファーストクラスとまではいかないがビジネスクラス程度のゆとりを持ってバスの旅を満喫することが出来る。しかもバス内は全席フリーWi-Fi使用可能だ。私は一度同人サイトの更新を、オンニバスのフリーWi-Fiから行ったことがある。ジャップの夜行バスに詰め込まれた貨物の身分からすると、破格の快適さがここにはあると断言することだって出来る。

 

先述のサイトに説明されていなかったオンニバスからの降車方法だけ、ここにメモをしておく。

①バス前方のパネルに目的地が表示されたら

②座席上にあるストップボタンを押す

③目的地パネルの横のパネルに、STOPの文字が点灯しているか確かめる

④止まったら荷物をまとめて降りる。

これだけの話を聞くために私は通路を挟んで隣の座席にいる老婦人に不安いっぱいモンゴロイドな表情で問いかけ、彼女がサルミアッキを二粒頬張る光景を目の当たりにし硬直してしまった。きっと二度と会うことはないだろうけれど、あの時はありがとうおばあさん、あの時はあんな顔してごめんなさいおばあさん。

 

さて、今回私たちがとったルートは一つ目のEurajoki市内からオルキルオト原子力発電所へ行くルートだった。これにはメリットが一つある。ビジターセンターから比較的近く、タクシー代が安く上がるのだ。

一方デメリットは二つある。第一にエウラヨキ市民には英語が九割の確率で通じない(エウラヨキ市の日本語版観光パンフレットはネット上にも存在する。但しそんな辺鄙な所まで出向く日本人は大概バスに乗って移動する団体客であることを忘れないでほしい)。個人的な体験の話をすると、まずスーパーマーケットに併設されている観光案内所にいる女性に英語での対話を断られた。スーパーマーケットの外でお茶を飲んでいたおじさんの片割れは片言の英語を解してくれたが、「オレは息子を迎えにいかにゃならんのだ」と見捨てられ、英語わかるおじさんのお茶仲間のタクシーに乗ることになったが彼がとんでもなく英語の通じない相手だった。

アンドロイドに入れたフィンランド語アプリTaxi編が無ければ、今頃どうなっていたかわからない。さらに英語の住所を提示したのが悪かったのか、彼は我々一行をビジターセンターではない何か別の施設(おそらく観光客ではない要人や業者の窓口)に連れて行ってくれた。エウラヨキ市内からビジターセンターへ行く場合は、ビジターセンターの住所を控えておく他、「ビジターセンター」をフィンランド語にしておくのが最も重要かもしれない。(徒歩で原発敷地内を歩いて戻ったときは生きた心地がしなかった)

そしてここでデメリット、もとい注意点の二つ目になるが、エウラヨキ市内のタクシーでは五割(個人試算)の確率でクレジットカードが使えないことがある。北欧はおおむねクレジットカード社会と言われその看板に九割がた偽りはないが、やはり未だ現状いざという時は紙幣こそ最も強い味方だ。20ユーロくらいは持っておこう。

 

ここまで色々と文句を垂れてきたが、エウラヨキ市内は兎も角として、ビジターセンター内はぞんぶんに英語が通じる他、ビジターセンターの展示もフィンランド語・スウェーデン語の他にしっかりと英語がメインを張っているので安心してほしい。(オンニバス車内はフィンランド語・スウェーデン語がかなり幅を利かせているので英語はあまりあてにならない。目的地の地名を見逃さないことが肝要だ)

 

オルキルオトビジターセンター内の裏口から出た所から連なる「自然の小道」からは、オルキルオト原子力発電所一号機・二号機を見る事が出来る上、写真撮影も許可されている。

葦の生える湖は青く湖面はきらめき、その向こうにあるレンガ色の発電所は今日も原子の力で熱を生み立ち上る蒸気でタービンを回して発電している。

生きる時代によってはそれは、クリーン極まりない最先端の希望の星であったかもしれない。

様々な事が起きた後の時代を生きた私には、無意識に刷り込まれた記憶が反映され、それは奇妙な違和感やちぐはぐさのぬぐえない光景となって映った。

そして私は、十年後の安定どころか一年後の未来、その先の将来プランはおろか半年先の予想もできない一人のあわれな人間は、突如として猛然と走り始めた! ジュラ紀から変わらない岩盤、これから先十万年を嘱望される岩盤の上を走りながら、私は一路裂け目へと落ち込んでいく! これから先必要に迫られるに違いないあらゆる選択へ手を振りながら深く、地下深くへと……

 

youtu.be