メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

も~っと!存在の耐えられない軽さ

 

このところ深夜一時半から寝る支度を始め、深夜二時半に布団に入り、それから無意味にスマートフォンを弄って眠れなくなった結果、深夜三時半から午前四時半頃の間、眠れる訳でもなく布団に横たわり、時折スマホ衝動に耐えられずスマホを弄るも、水着イベの周回をするにもクラス相性を間違えてバトルスタートするなど頭はほぼ眠っている状態で、およそ生産性の無い時間を過ごすのが恒例になっている。

かつては深夜一時を越えると「もう十分に深夜だ」と一人ワクワクしていたが、爛れた生活リズムをずるずると続けてしまった今となっては、深夜三時にもならないと「もうそろそろ眠らないと」という焦燥感が生まれない。深夜三時なんて、特に夏場では、「深夜」という冠を付けることも若干躊躇われる午前四時と一時間しか変わらないのに……。

 

こうして無意味に布団に転がる虚無タイム中、ふと「存在の耐えられない軽さ」というフレーズだか何かが頭をよぎった。

どこかで聞いたことのあるフレーズだ。

テレビ番組だったかnoteの投稿記事か、或いは他人のツイートか。

スマホの衝動にかられスマホを起動し、ブルーライトの波を浴びながら検索したところ、「存在の耐えられない軽さ」というのは、「本およびそれを原作にした映画のタイトル」だとわかった。

そういえば昔、そんな感じのタイトルの小説を図書館で借り、結局持ち歩くだけ持ち歩いてハードカバーサイズのダンベルとして存分に活用した後、本として読まずに返却した覚えがある。

そのことまでもを思い出してしまうともう改めて借りる気力も生まれない私は、惰性のままに検索を続け、Wikipediaに記載されているストーリーを見た。

 

「冷戦下のチェコスロヴァキアを舞台に、1968年に起こったプラハの春を題材にした恋愛小説である。」(「存在の耐えられない軽さ」Wikipediaより 最終確認日2018/8/13)

 

概要の二行目で、私はおおよそのストーリーラインを把握した。

ここにおける「存在」とは、恐らく「個人の存在」のことであり、たぶんこれは、命が軽い感じのことを主題として取り扱ったストーリーだろう。

だいたいあの時代の共産圏を舞台にしたストーリーにおいて、個人なんか羽毛よりも軽いと思ってまず間違いない。

なお、私個人の冷戦期共産圏のイメージは『動物農場』や『1964』、そしてきょーじゅちゃんがイキイキと語り聞かせてくれる、朝鮮戦争参戦時中国共産党が取った人海戦術の逸話、というのは、アメリカサイドの性能の良い銃器に対抗し、中華人民共和国サイドは膨大な兵士を雲霞のごとく排出。人民による長城を形成することで弾切れや銃器の打ち手の精神摩耗を狙い、その間隙を縫って突撃し前線を釜山まで押し戻したとかなんとか、そういったもので構成されている。

そういえばこれ関係ない話なんですけど、『死のロングウォーク』のスクラム、『動物農場』の馬に似てない? スクラムの咳シーンで、私は毎回あの馬の顔を思い出していました。

というか、聞く話によると死のロングウォーク、映画化されるらしいんですが、ところであの「こんにちは臓物」シーンはどう映像化していくんでしょう。

あそこ、個人的にかなり印象的なシーンなのでここは存分にモツをピュッピュしてほしいんですけどそんなことしたら人は死にますし、日頃ゴア描写のある映画とか見ないんでわかんないんですけど、最近のCGなら、文章を基に私の脳裏に発生した鮮やかなモツの映像も再現可能なんでしょうか。

それにしても、ここはやはり、フレームアウトとかで妥協しないでほしいですね。フレームアウトするぐらいなら、バラエティ番組のキラキラエフェクトの方がまだマシ。イってQの牛乳マラソン祭り回みたいな。

 

と、いうところまで徒然に思いを巡らせながら、より詳細が描かれている存在の耐えられない軽さ(映画版)のウィキペディア記事を見たら、なんか色々違いました。(2018年8月13日現在)そもそも小説版Wikipediaにも「恋愛小説」って書かれてるし、主題はまぁ普通に恋愛らしい。

実際のところ小説も映画も何一つまともに見ていないので詳しい所は何もわかりませんが、恋愛というか、「恋人関係」という関係性について、パートナーとの間で解釈違いが起きたみたいな感じの話、みたいです。

それならまぁ、わかる。それもまた存在の耐えられない軽さの一つだよね、みたいな。自分にとっての唯一に無碍に扱われる気持ちってどう? 実体験として(そもそもそういった唯一パートナーの存在が居たことが)無いので想像力をたくましくするしかないが、便利な言葉ながらまぁ、筆舌に尽くしがたいものではないかと心中お察しする。海外で各々のパートナーに連絡している私の同行者らを思い出すと、特にそう思う。

 

一例、九份から市内に戻り昼食、暫く名前も思い出せない淡水河のほとりで道に迷い、それから二二八博物館に渡り、夜にはいるころには完全に疲弊し歩く死体と化していた私に、同行者の存在を勘定に入れていないという点で百と言わず五百の非があるにせよ、付き合って三か月目の彼氏とSNSでそれをネタに盛り上がるのは止めてほしいし、私はその彼氏のアカウントを閲覧用リストに無許可で入れていたので、普通にその愚痴大会見える、見えている。見えていた。

交際して三か月目の彼女の為にいかにその同行者が「世間の基準」から見るとクソかについて弁舌を振るうのはやめようね彼氏。気持ちはわかるけど、至らないながらこっちも人間だからね。ま、お前は見てるの知らないんだろうけどな。

というかそもそも、これって私が1000%悪いにせよ、今ここにいる私と同行者の問題であって、ここにいないお前が干渉する権利ってどこにもなくない? これが通じないのが彼氏もといパートナーという最恵国待遇の存在なんだろうなというのは、薄々勘付いている。なんだ急に強権を振りかざして、ポッと出のオメーと同行者の付き合いより私の方が二倍近く年数あるぞ。それが意味を成さないのも、パートナーという最恵国待遇なんでしょう。むなしくなってきたので次に移ります。

 

二例目、元カレなんだか今カレなんだか不明な相手からのプレゼントだったリュックサックを当て所なく彷徨ったヘルシンキのバーに置き忘れてしまったまでは兎も角、それで市内Wi-Fiで何とかそのパートナーなんだか何なんだかわからない相手と通話し、電話口でなんだか修羅場に発展してそうな会話が聞こえてしまうのも出来ればやめてほしい。

ここにいるのは私とあなたで、いくら最恵国待遇のパートナーといえど物理的距離がどれほどありますか。それ、今報告する必要ありますか。一例目の事例:台湾は兎も角、今回フィンランドですよ。時差がどれほどありますか。ちゅうか絶対暫くはバレないって、ダイジョブダイジョブ……(同行者の耳に届かない心の叫びだったもの)

殊に現代の電子化社会において物理的障壁を越えてくる、それがパートナーという存在なんでしょうか。

 

三例目、地球の裏側から帰って来た時に今の彼氏と空港で合流するのも別にやめてほしいっていう権利はこちらにはありませんし、それを見るのも嫌ならもっと手前でさよならしてろって話なので、別に結構なんですけど、なんというかこう、無常を感じる。

空港以前から同行者は事あるごとに彼氏と通話してましたけど、私と話してる時とCVが違うことから始まり、あぁ違う女がここにはいるなぁという認識が起こる。今ここにいる彼女が、目の前でここではない場所に行くのだ。聖なる谷で通話をする同行者の心はパートナーと共にあり、私は一人で聖なる谷の修道院を改装したホテルの広いベッドの上に、腹痛と一緒に身体を埋めている。

とはいえ旅程も後半になって来ると段々慣れ、また彼女は彼氏に私の動向含め報告するタイプの通話の仕方をしていたので、なんだかこちらも微笑ましく見守ってしまいましたけど、実際空港で彼氏と握手をする彼女を見ているとなんだかこう、灯台に向けて入港していく船を見送る流木みたいな気持ちになる。

 

であれば端から一人で行けよという話ですが、一人で行くにせよ、深夜のバスターミナルで再開を約束し別れを惜しむ人々や、旅の疲れを癒すように座り肩を寄せ合う人々の中に放り込まれる結果になるので大して差はない。行く世間に人々がいる限り、人はそこに無常を見、己の孤独を知るのである。

 

物心がついたころに妹が生まれるや否や、オリンピック出場も夢ではない懇親の赤ちゃん返りを見せ母乳を所望したミスチャイルドはすくすく育ち、人間関係について特段悩むことなく、驚くことにつまはじきにされる経験もなく、周囲の人間と環境に恵まれまぁ大体の人間と友好的に、しかし長期にわたって育むような交流や旧交もなく、またこちらが一方的に旧交と思い込めど、思い込む程の何かがある訳でもなく、誰から見ても概ね代替の効く存在として、時空を超えてくるような干渉力を持つパートナーだとか親友だとか幼馴染だとか何だとか、何らかの「かけがえのない」「唯一」的なものを持たない軽さに馴染み、異国でパスポートを窓から投げ捨てるような動作をすることにハマった。

それがおよそ狂人の行動であることは確かだが、生まれてこの方内向的、小中高6・3・3の教育課程を教室の隅でノートにらくがきんちょ、そうでなければ図書館の本を借りて読み、時に活字中毒を喧伝するようなタイプのヒトが、突如自分の生活領域から急激に離れると得てして狂うものだから仕方がない。私がエビデンス

 

という訳で異国でパスポートを窓の外に投げ捨てるごっこをして遊んでいた頃の備忘録です。

日頃から情報の正確さについては保証できませんが、記憶自体が新しくはないので、より一層保証できないエントリーになります。ご了承下さい。

 

私の「異国でパスポート窓の外に投げ捨てるごっこ」は数年前、イギリスでの短期語学留学がはじまりでした。

ちなみに一口に「留学」といっても「短期語学留学」というのは、私の知る限り短くて一週間スタートのものからあるので、学部生の皆さんは「アイツは留学に行ったから英語が出来る」というような目で見るのは止めてあげてください。

短期語学留学に行って海外により関心を持つ・より長期の留学への前哨戦とするというパターンは見たことがありますが、単発で短期語学留学から帰ってきて英語が上手い奴は、元々英語が喋れる奴です。

 

このエントリーでは特に、私が希望収容されたイングランドの果て(偏見)、キングストン・アポン・ハル(Kingston upon Hull)における数年前の観光案内と、そこからの脱出法をご紹介したいと思います。現在のハルの観光情報については各自、トリップアドバイザーなどの情報サイトを見て下さい。

なお、参考までに最近のハルの観光情報をトリップアドバイザーで確認したところ、「Escape Room Hull」という脱出ゲームが人気一位らしいです(2018年8月13日現在)

 

キングストン・アポン・ハルはイギリス東海岸に位置するシティであり、イングランドヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー地域の、イースト・ライディング・オブ・ヨークシャーという自治体に所属しているそうです。(Wikipedia調べ、2018年8月13日時点)

出所は定かではないものの、諸々あって前述のキングストン・アポン・ハルに所在するハル大学(Hull University)へ短期語学留学と相成った時、調整をして下さった現地側担当者の人によると「今!留学生に人気のイギリスの大学ランキング(2014年時点)」でハル大学は見事ワースト二位、理由は「名前がダサイ」「なんかパッとしない」というものらしいが、まぁ気を落とさないでねという感じのお話を頂きました。

 

ハルの市街中心部にある「ハル駅(Hull Station)」は、ロンドンはキングスクロス駅(King's Cross station)からヨーク(York)まで乗り(四時間)、ヨークで乗り換えてさらに列車で三時間程度揺られたところにある終着駅なので、ヨークでの乗り換えさえしてしまえばあとは安心して乗っていられます。ハルが近づいてくると、日中であればたいてい、車窓からハンバー橋という長さ世界第二位のつり橋を見ることが出来ます。なお、一位は明石海峡大橋です。

最寄りの空港はハンバーサイド空港(Humberside Airport)ですが、ここからはたぶん車しか移動手段がないんじゃないかと思います。空港からは第三帝国時代における非アーリア人に対するSSを思わせる愛想を蹴散らしたような態度の某旅行会社所属添乗員に急き立てられながら夜中と早朝にマイクロバスに乗って送り迎えだったので、正直ハンバーサイド空港からハル市内までの所要時間は、あまり記憶にありません。

 

ハルでの一番の目玉は、個人的には「ウィリアム・ウィルバーフォースの家」(Wilberforce House Museum)でした。

ウィルバーフォースというのは19世紀イギリスの奴隷廃止主義者で、1833年グレイ首相のもと成立した「奴隷廃止法」の制定のため尽力した人です。

館内の展示物としては、ウィルバーフォース個人の活動や当時の奴隷制の状況、そして現在に続く奴隷の問題についての紹介パネルが続き、いくつかの物品が併せて展示されているというものでしたが、中では当時実際に奴隷たちに使用された鉄製の棒に繋がれた足輪や、黒人奴隷を輸出していたアフリカ側の文化紹介の一環としての部族のお面(触れるように展示されているお面の前に鏡が設置されており、自撮りシングルにやさしいフリーフォトスポット)があり、私個人としてはウィルバーフォースに対して世界史の教員が熱弁を振るっていたなァという程度の思い入れしかなかったのですが、中々に楽しめる場所でした。

ハル駅からヴィクトリア女王の像がある広場(丸屋根の海事博物館前)まで商店街をまっすぐ歩き、そこから旧市街に入るとそこから先はあまり記憶がありませんが、まぁとにかく徒歩圏内だったような記憶があります。

 

また、先述の海事博物館(Hull Maritime Museum)も中々に展示内容が興味深い博物館でした。

私の記憶に強く残っている展示ベスト3としては、第一に「ハル周辺で起きた近現代の小競り合いに関するパネル」、第二に「人魚伝説に関するパネル」第三に「捕鯨反対運動を紹介するパネル」があります。特に第一のパネルには、ここハルの近海ではアイスランドとの間で起こった鱈戦争がらみの小競り合いが頻発したことの他に、帝政ロシアバルチック艦隊がここハルの近海を通ったので妨害してやったぜ的なことが書いてあり、実際に事が起きた場所の近くで見るパネルの、Wikipediaとは異なる味わいに胸を熱くしたものです。

なお、別に鱈戦争やバルチック艦隊にも大した思い入れは無いのですが、ハルにいた数年前の二月三月というのはおよそ発狂していた時期なので、感受性が豊かということで片付けましょう。

 

他にも交通博物館(Streetlife Museum of Transport)等、その筋の人が行ったら大興奮だろうなというような博物館施設がありましたので、博物館の為にロンドンから七時間、或いはハンバーサイド国際空港まで何とか来られる方にはおすすめの観光スポットかもしれません。個人的にはハルは在住者向きの観光地だと思っています。

共に短期語学留学をした同行者の内一人は、かいがいぐらしに精神的に疲れ切ってしまい途方に暮れて港まで当て所なく歩いていったところ、夕陽が沈むさまを見て深い感銘を受けたという話をしてくれましたが、私は港にいっていないので深くは触れません。

 

ハルから少し離れますが、バスで一時間程いった所にビバリー(Beverley)という、ここらの教会の元締め的存在の大きな教会がある小さな町があります。

そこでは小さな町内でアットホームな雰囲気の青空市場が開かれており、クソダサセーターなど、味わい深いブリティッシュネスなものを路地で売っているので、おすすめです。多分日曜日にやってたような覚えがあります。バスのチケットはハル駅の窓口で購入できますが、外国人が頑張ってビバリーと発音しようとすると「Library?」と鼻で嗤う感じで(認知の歪み)返されますので、予め紙に書いた方が、話が早いかもしれません。文字はおおむね万能。

 

ハルで私が挙げられるような観光紹介、もとい訪れて楽しかったスポット的な紹介は以上になります。

 

短期語学留学というのは案外忙しく、また出席も厳しく取られるので、時間割は大体午後三時頃には終わっていたにも関わらず、それなりに大学につききりの生活をしていました。

 

当時の私含む日本人学生一行は、大学のはからいにより、現地の学生に所在を明かせば哀れまれるような学生寮(駅微遠・大学遠・無線LANなし・停電頻発)に住んでいたということもあり、バスで大学から駅までの戻り、そこから駅前のテスコ(Tesco)というスーパーで買い物をして石畳を歩いて帰り、寮で同じフロアの同行者もとい元々留学が決まる前から知り合い同士だった彼女らと共に、疲弊の色をにじませながら歩き、時に人間関係は酷く、険悪になるも喧嘩をする程の仲ではなく、イギリスの空は気がつけば曇天。

そういえばイギリス、常時天気が悪いというわけではなく、青空が見えたと思えば曇って三時間だけ雨が降り、雨が上がったと思うものの嫌な感じに雲が残っている小康状態、というのが絶え間なく続き、結果的に陽の目をまとまった時間見ることがないので、総合的には悪天候という事実をその時初めて知ったつもりになったんですけど、単純に運が悪い、または季節柄なのかもしれないですねこれ。

ともかく、そしてやっと旧市街の外れ、川のほとりにある寮に戻り、四階だったか五階まで登って、手分けして洗濯をして、手分けして料理をし、宿題を済ませていると、気付けば夜になっていた。本当に、生活をするのでいっぱいいっぱいだった。

 

初日に購入したプラスチック皿(食器類は常時置かれているものではない、これは寮によると思います)で食事を済ませ、部屋に戻り、なんとか英語を読んでしかし実際の文法レベルとしては高校生程度の文法ドリルのような課題を済ませ、全文英語のエッセイを書く必要に苛まれながら、机の横にある窓の向こうに見える黒々とした川に向かって、紺色のパスポートを翳す。

 

私の命やアイデンティティというのはその瞬間可視化され、パスポートというひとつの豪華な手のひらサイズ小冊子じみたそれに凝縮されたように思えていた。

無くすと即死とまではいかずとも、非常に面倒なことになる。それを承知の上で開いても居ない窓越しにパスポートを見ることにひどい緊張があり、ともすればそれは快感に近かった。

これ一枚捨てさえすれば、別に絡みつかれる程のしがらみもない現在の自分から離れることができ、また離れた先に「今よりも素晴らしい何かがある」とでも、信じているかのようだった。

 

結局あそこでパスポートを捨てる真似はしませんでしたが、現状だいたい何者でもないぞって感じの身分なので、願望は九割かなえられたんじゃないかな、結構なことだと思います。

ただこの軽い身分で思うことというのは、ひとえに他人から最恵国待遇を受けたい。世の中の人間彼氏じゃなくても、幼馴染とか古い友達とか結構いて、まぁ驚きますね。家を行き来したりさぎょいぷ(作業中にスカイプで通話しあう存在)したり、わたしそのアイテム知らないです。無課金だから?

 

そんな無課金ユーザーにお勧めなのが漫画・アニメ!

いとも簡単に孤立してしまえる現実、ふと気づけば耐えられないほどに軽い自己の在り様を内省的に見つめなおしたところでそんなに意味はない割りに精神力を使い、先への漠然とした不安にSAN値が削られるので、関係の無い何かしらに没頭して、動きのない現状をやり過ごした方が五倍かマシです。

特に私からのオススメは『弱虫ペダル』、二年目の展開については賛否ありますが、一年目が凄いので初見の人は是非一年目をまず見てみて下さい。

人が人を思うこと、あらゆる形でありながらもその純粋さ、真摯さを前に、自己がおよそ代替可能で恐ろしい程軽いことなど簡単に頭から消し飛ぶのでおすすめです。

 

  

またハルからの休日小旅行もとい脱出方法については、基本的に鉄道メインにご紹介します。

なお、私はビザの関係で休日国外脱出が出来なかったのですが、先駆者の中にはハルからフェリーでノルウェーへ脱出していった強者も居るそうなので、旅程や順路にお悩みの際は是非参考にどうぞ(航路が現存しているかは保障できません)。

 

当時、基本的に自分が何に乗車しているのかもわからず鉄道に乗り移動をしていましたが、私は鉄道の予約に以下のサイトを利用していました。

 

www.tpexpress.co.uk

 

 

2014年時点は予約にクレジットカードが必須だったので、その点ご留意ください。

 

まず行先を決めてこちらのサイトで鉄道の切符を購入し、その後確か発行されるコードか何かを参考に駅で切符を発券してからの乗車という手順です(2014年時点)。

車内では時々切符の拝見が回って来るので、無くさないようにしましょう。

切符の拝見をしてくれる車掌さんが♥ハート型の穴開きパンチ♥で巡回していたこともあったので、キュートさの点ではここも中々の観光スポットじゃないかなと思います。

 

車内は四人単位のボックス席がメインに配置されており、ボックスシートの中には机が配置されています。ハルは始発だったのでハル発の列車ではまずありませんでしたが、ロンドンやヨーク、リーズ(Leeds)から乗車すると机の上に前任者のビール瓶とかが残ってることもわりとままあったので、これもイギリスらしさだなぁと観光気分で流して下さい。運がいいと車内でプチ宴会をしている小太りのおっさんたちを見ることが出来ます。

 

また、「高慢と偏見」の熱烈なファンが高じ英文に進学した一人の同行者は、バス路線で弾丸小説題材地聖地巡礼ツアーに向かっていました。留学中は時間重視で行動していた為バスルートは使いませんでしたが、イギリス国内をリーズナブルに移動したい方にお勧めできるかもしれません。