メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

旅行とは何か

 

 

kotobank.jp(最終閲覧:2016/7/16)

 
 

旅行が趣味だ。趣味と言い切れる程旅行に没頭している訳ではないが、他にこれといってあげられるものがないから、恐らく旅行が趣味なんだろうと思う。

 

これまでいくらかの国内旅行と、何回かの海外旅行を経験している。学業が長期休みに入る度、学生の本分を忘れ、目的のある旅行と目的の無い旅行を発作のように繰り返している。

しかし「おすすめの旅行先は」「何故そこに行くのか」と世間からの真っ当な問いを前に、明確な答えは勿論、何がしかそれらしいことをでっち上げることも出来ない。

 

何せクソ腐女子である。腐女子という言葉を使うことすらおこがましい。クソである。

旅行中はおおむねカップリングのことを考えて生きている。旅行中でなくともカップリングの出会いから告白、孔雀時から生老病死までをつれづれなるままに考えて、心にゆとりを持たせながら何時の間にか成人した。

 

手に技術はなく、世に必要とされる人材でもなく、引く就活の波を追う事もせず、卒論構想から遁れ、日々締め付けの厳しくなりつつある部活動を元気に欠席し、今再び旅行へ向かおうとしている。

 それは旅行ではなく、ほとんど現実逃避と同義語であるような気もする。

関係各所においても、落ち着き、ひいては責任感の無い奴といった評価を受けているような気が薄々している。しかし楽しいものはそれなりに楽しいのだ。

さらにこの期間というのは、一般に日本人が人道的な長期休みを頂ける最後の期間なのだ。いわば末期を前にした、最後の猶予といっても過言ではない。さて死後の世界にどれ程の意味があるだろうか。楽しいことをして何が悪いのか、人生は一度きりなのである。

 

強いて身の振る舞いにおける反省点といえば、やたらと負担の増えつつある部活動からの抜け時を逸したというただ一点のみであろう。

 

 

京都の話をしよう。クソは今夏もバスブックマークというサイトを駆使し、京都行きのバスチケットを購入した。ホテルの予約にはフォートラベルというサイトを駆使し、何とか5000円以内で済ませようと見果てぬ夢を抱いては、数百円に心を砕かれている。

 

昨今の大学生はほぼ金欠と思って間違いない。金も無ければ、時間もそう大してある訳ではない。時間と引き換えに金を捻出しては、逃げるように旅行をする。古代ギリシア・ローマにおける債務奴隷と習性は大して変わらないように思えるが、しかしクソは実際に古代に赴き現物を見たことがある訳ではないから、実態は分からない。

レジ打ちをしない分、まだ古代ギリシア・ローマの方が、現代よりもマシである可能性だってある。コンビニのレジ打ち中、店員が腹痛の余りその場に頽れようが、お客様は容赦なくレジに並び、思い思いの舌打ちを奏でる。日々そのような扱いを受けていた奴隷は、クシャトリヤの乗り物である新幹線に乗ることは出来ないのだ。


クソはこれまでに五回京都を旅行したことがある。一度目は修学旅行、二度目以降は個人旅行である。何故そこまで京都に足を運ぶのかというと、一重に京都伏見高等学校(架空)の存在があるからであるが、自分でも何故ここまで京都に拘るのかは、実のところよくわかっていない。

歴史的建造物は程々に観覧するが、クソは日本史を選択していない。刀剣乱舞もレベル上げに疲弊し、今では本丸の中庭は荒れるがままになっているだろう。京都に執着する理由というと本当に、一重にも二重にも、京都伏見高等学校(架空)の存在しか有り得ない。一般的に考えればグッズを買って、供給者に直接還元すべきであろう所だ。


京都に五回も赴いていることが一般に露見すると、「おすすめの観光スポットはどこか」と、澄んだ目をした同学の方々から問われることがある。しかしクソはおおむねカップリングの未来についてしか考えていないので、どうにも答えることが出来ない。

カップリングのことを考えていないときは、京都伏見高等学校(架空)のことについて考えている。或いは、エースナンバーイチを付けた御堂筋翔くんの練習コースに思いを馳せている。

寺社仏閣もほどほどに回ることには回る。夜行バス移動を恐れ必ず一人道連れを作っていた頃は、相手の趣味に合わせて街を回ったこともあった。刀剣乱舞の展示コーナーを回り、審美眼の持ち合わせがないなりに、ショーケース越しの日本刀を見て訳ありげに頷いたこともある。

 

しかしどこに居ようと結局はカップリングのことを考えている。クソは曖昧に笑って「選ぶのが難しいくらいどこも素敵だ」と言うことしかできなかった。