メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

骨の重さを測ったことがある

 

骨の重さを測ったことがある。

 

事の発端はだいぶ前なんですけど、2014年の9月、台北を旅行したときに、行天宮周辺で道端にテーブルを広げて、紫色だったか何だったかの重々しいクロスを掛けて、いかにも占い然としたその上に、白文鳥の入った鳥籠を置いていた男性がいた。おじさんなんだかおじいさんなんだかといったところの年の人だ。九份へのパッケージツアーの解散場所のホテルで魯肉飯を食べてから、何でだったか徒歩で行天宮へ向かう途中の道すがらだった。

当時の私は文鳥を飼っており、文鳥占いの存在を知っていた。躾けられた文鳥が札を引いてくれるのだ。絶対可愛いのでぜひみたいと思ったが、言葉が通じないだろうと思ってその場では諦めた。

しかし9月の台湾、よく考えるとめちゃめちゃ暑かった気がする。何であのおっさんは野外の、それも道端にテーブルを出していたのか? アーケードの内側ではなく思いっきり歩道、背後のなんだか洒落た低い柵のような都市型ガードレールの向こう側は、片側二車線の車道だった。なんだったんだあれ、幻?

 

2019年の8月にまた台湾を旅行したときに、そのことを思い出した。思い立って私は行天宮に行ってみたが、流しの文鳥占い師はいなかった。なので持っていたポケットWi-Fiを駆使して「文鳥占い 台湾」で検索したところ、龍山寺地下街でできるらしい。

 

akahel.com

 

tabizine.jp

 

行った。

MRT龍山寺駅直通、時刻は18時を回っておりなんだか閑散とした地下街を歩いていくと、その一角にプリクラの機械みたいにちょっとした小部屋が集住する占いエリアが現れた。エリアの前で壮年の女性が客引きをしている。だれだったか日本の芸能人も、ここで度々見ていくんだというような話を日本語でしていた。

そこで文鳥占いをしてくれと頼んだところ、「通常の占い」にオプションで文鳥占いをつけることができるという。正直私は文鳥が札を引いているところさえ見れればよかったんだが、文鳥占いだけにしてくれと二三度頼んだところ、通常の占いに文鳥占いを無料でつけて、さらに通常の占いを学生価格ということで半額にしてやると言われた。言葉の往復でなんだか交渉に疲れてきた私は、結局その値段で了承した。

ここで一つ目の反省点、自己の意思を固く持っていない。お前はそもそも占いというよりは文鳥を見に来たはずだ。文鳥占いだけでいいとゴネていれば未来は変わったのではないか?

値引き後の料金は1500台湾ドル、でもよく考えるとそれって、日本円にして5000円超で、学生の身分ではけっこうな大金だ。わたしは「2000円で文鳥占いをしてもらった」というインターネット記事を頼りに龍山寺地下街にたどり着いたんですが、後から考えるにつけて本当、その通常の占いというのが、単価が高い商品だったんだろう。しかし粘れば文鳥占いだけで行けたのでは? 人間の押しに弱すぎ、根性を持ってくれ。

 

ともかく客引きの女性に先導されて入った小部屋で暫く待つと、先生が現れた。彼女は何年か日本で仕事をしていたらしい。流暢な日本語でこの紙に氏名と生年月日、生まれた時刻を記載しろと指示をする。何でもその氏名と生年月日、生まれた時間さえわかれば、自分以外の人間の運勢を追加料金なしで見ることもできるらしい。先生は、意中の異性や仲のいい友人、あるいはなんか気に食わない奴との相性占いもできると言っていた。任意の他人の情報を記入する欄は五人分か六人分あった。結構多いなと思った。

私は自分の生まれた時刻を把握していない。私は生まれた側なので把握しようがないと思うんだが、先生はしきりに「午前か午後かもわからないか」と尋ねてくる。私がわからないと三度答えると、先生は渋々といった様子で、数字をデスクトップパソコンに入力し始めた。

 

やがて情報を入力し終えた先生から、何か特に聞きたいこと、気になることはあるかと聞かれたので、就職したらうまくやっていけるかだとか、あとは一生独り身かどうかという漠然とした将来の不安を聞く。

ここが二つ目の反省点。占いってあんまやったことないんですけど、おそらく、将来の漠然とした不安を吐露する場所ではないのでは?占いって言うのはこう、差し迫った問題や自己の希望をある程度自己分析した上で、こうしたいと思っているが、運勢としてはどんな感じかというアドバイスを貰いに来る場所なんじゃないか。

漠然とした将来の不安を持ち込まれた先生は、数字から導き出されたデータをもとに「何も心配はない」と元気づけてくれた。そらそうだ、5000円超の価格で買った時間だが、こうなってしまうとアドバイスもクソもなく、人並みに元気づけるしかない。私は漠然とした不安を吐露しただけであり、目前の差し迫った問題や希望を抱えていない。自己分析がなっていないのだ。面接で言うのならば「この業界を志望した理由は?」に、「安定感があると思って……」ぐらいの返答であり、「今日は寒いね」という世間話のトリガーへ、「そうだね」と漠然と返すようなものだ。

「私、どうすればいいでしょうか」って、そんな顔を見合わせて五分程度の、質問をしても短文で「とくにないです……」と答えてくる人間に言えることなんて、よっぽど限られている。これを求められる職能は占い師ではなく、超能力者であったり宗教家であったりするのでは? トリックで見た! 

ぼんやりとした不安を抱え、他人とサシで向かい合う時にしがちな反射的な愛想笑いで口角をひくつかせる私に向かい、先生は「何も心配することはない」と重ねて言った。氏名を何らかの法則で数字化し、生年月日となんとかした数をもとに先生は続ける。

「あなたの人生は16歳まではあんまりよくない、でもそれより後は何も心配することはない。とってもいい 大丈夫」

でも、と話を切って先生は続けた。

「他人の意見を聞きすぎるところがある、自分を持つことが大事」

あとは事故に気を付けろと続けてから、先生はラッキーカラー等々開運に必要な事項を述べ始めた。それを私がボケーっと口を半開きにして聞いていると「メモ取らなくていいの?」とやや威圧されたため、私は慌ててメモを取り始める。そうして先生は、私のラッキーカラーが白と黒だという。私はメモに白黒無常と書いた。ラッキーハンターでしょうかとその時は思ったが、後にホテルのWi-Fiでランダムマッチを試み回線落ちをした。

あとは何か聞きたいことはないかとしきりに言われる。私は一生独り身でしょうかと聞くと、「そんなことはない」と先生は力強く言った。

「子供が二人生まれる。」

マジか。

「女の子ね」

そうなんですか。

「身なりを綺麗にして、他人への関心を持ちなさい。そうすれば何にも心配いらない。」

「化粧は大事、化粧をしなさい。」

ここはぼんやりとした不安を持ち込む場所ではなく、自分が定めた行動指針が天命に背いたものではないかを答え合わせする場所であって、こういうふわふわスフレ自我で来られると、先生も一般論を返すしかないのでは? 一般論の「一般」とは母数が多い集団を指し、母数が多いということは、他人から受け入れられやすいということで、それは一つの「正しさ」でもある。というか、さっきから異性愛を前提に話されているなということをこの辺りで考え始める。同性関係の話を持ち込まれた場合は、そういう風に対処するのだろうか。

 

占いマニュアルに思いをはせ始め、「他にない?」という先生の質問を、二度「ないですねぇ……」で誤魔化したところで、ようやく文鳥が現れた。間仕切りのある竹籠に入った、二羽のふくふくとした白文鳥だった。可愛い。

先生は鳥籠の入り口の前にカードのぎっしり詰まった箱を置くと、鳥籠を開けて、彼らに生米を一粒ずつ食べさせた。非常に可愛い。

やがて先生の指から米粒を食べた間仕切りの右側にいる文鳥は、ちょこんと入り口に降りてくると、カードボックスの上をちょこちょこと跳ねて、三枚程カードを引く。左側の文鳥は米粒を食べたあとちょこんと入り口におり、羽繕いを始めた。ボイコットするものもいるようだが、先生は分け隔てなく米を与えた。可愛い、目の前に来てくれて非常にありがとう。(ここで写真を載せようと思い立ちクラウドを覗いてみるが、なんか威嚇されてるのしかなかった)

文鳥が三枚カードを引き終わると、先生は文鳥にまた米を与えて籠に戻し、文鳥が引いたカードを表にする。先生はその三枚の、かるたの取り札か百人一首かのような絵柄をしたカードを私に見せながら、絵柄を説明した上で、私が気を付けるべき事項を説明する。

「人の話を聞かずに突っ走ることがある」

「助言は程々に聞いた方が良い」

さっきなんか似たような話を聞いたなと思ったが、臨機応変にということだろう。

料金の1500元を支払った私は完全なオケラ、このあと龍山駅から台北駅に戻る道中で手持ちの小銭を使い切り、旅程をあと二日残しながらに、キャッシュレスを擬人化した存在となる。

 

その後、特に文鳥占いとは関係のない経緯から島尾伸三の『香港市民生活見聞』(新潮文庫)を読んだんだが、169-171頁の「秤骨歌」を見たとき、強い既視感を覚えた。

島尾によると「人は生まれながらにして成人した時の骨の重さが決まっていて、この重さがその人の富貴貧賤を決めているというのです」とのことで、後に筆者は自らを例にとり、生年月日と生まれた時刻の計算法を明示する。

この部分を読んでから、あ、そうか、あの時の私は骨の重さを測られていて、だから生まれた時刻を、ああも執拗に聞かれたのだと、ひどく納得しながら、それと知らずに骨を測ることになった、あのやや煤けた占いブースのことを思い出した。

そういえばあの時、例の診断結果を三つ折りにして拝領していた。作業中ずっと机の上に置きっぱなしで、しきりに視界の端にちらついていたが捨てるほどでもなく放置し続けていたピンクの紙がきっとそれだろうと思い込んで私、今さっきそれを、紙束から引っ張り出して開いたんですけど、開いてみてびっくり、台湾の銀行で両替した時のレシートだった。

じゃああの可愛い文鳥の名刺はないか、あれがあるところにきっと一緒にしておいてあるんじゃないか、名刺はどこにやったかと思い立ってみるが、生活とともに荒れ果てた部屋を眺めていたら、その気も萎えた。過去に飼っていた文鳥は季節の変わり目に死んでしまって、今はハムスターが、ガサガサと新聞紙を掘る音がする。

 

というわけで今年の抱負は身辺整理を進め、室内に打ち捨てられている謎の物品を捨てること、そして占い師の前で自我ふわふわスフレな返答をして5000円超をドブに捨てないよう、自己分析をしっかりと行うことです。欲を言えば客引きに対して毅然とした態度で要求を突きつける度胸もほしいが、とにかく私にはぜひ、目的意識と問題意識を持って、自我ふわふわスフレで興味のまま、糸の切れた凧じみた挙動をせず、自分の人生に挑んでほしい。

近況としては修士論文を提出し終えて、同期の一人は締め切り前の焦燥感に苛まれ続け、一人はかろうじて顔だけ知っている分野外の教授への妄執を、憑き物が取れるように落とした。

プレッシャーと年末を楽しく過ごす人間らの生活を見て勝手に苦しんだ経験から、渡すにも知らず知らずのうちに、アイデンティティの一部に論文が付与されてしまっていたようで、自分が何に熱を入れあげていたか、何をするべきなのかを忘れたままわたし、財布も買い換えないままでぼんやりと、あの産み落とした修論が、占いで言われた女の子なんだろうかというようなことを、考えている。思考の足を地につけて生きてくれ。頼む。

 

 

香港市民生活見聞 (新潮文庫)

香港市民生活見聞 (新潮文庫)

  • 作者:島尾 伸三
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1984/12
  • メディア: 文庫
 

 

 

今週のお題「2020年の抱負」