メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

しゃかいじんちゃんのにっき

 

実は成人しているんですが、他者との適切な関係の取り結び方を理解していない。

他人にされた質問を返せばいいというところまでは漠然と理解しているが、出身大学を聞かれたら出身大学を聞き返し、趣味を聞かれたら趣味を聞き返し、三往復辺りでbotじみた会話戦略が露呈してしまうことを見据えて、ひとまず聞かれるままに自己を開示している内に、相手が上手いこと話を繋げてしまい話が反れ、結果自己の経歴を露呈する人格が仕上がっている。ボールを投げ返すタイミングを掴めない。隙あらば自分語り!


しかも話しながら言葉を選ぶのが極めて苦手なのか口と頭が繋がっていないのか痴呆が始まっているのかなんですけど、口を動かしながら形容が思いつかず「ア……エット……」と止まる時間がある。テレワーク中であれば回線の不具合ということもできるが、対面じゃごまかしようがない。

トレーナーが赤子(新社会人)慣れしているからか「なんでも相談してね!」というフランクさのみを向けてくるので、赤子もよちよち歩きながら「せんぱいあのね」「いまちょっといいでちゅか」と話しかけを図るんですけど、相談する内容をある程度考えた上で話し掛けよう!という気持ちになったところで相談内容を忘れ、「すみません」と声をかけたところで、トレーナーの名前を忘れる。

「すみません、あの……いまちょっと大丈夫ですか? あっいや、今すぐって訳じゃないんですけど……えっと……なんだっけ……」

それと比べて、他人同士が交わしている会話、なんと流麗なことか! あれ何? どうやってあんな流暢に言葉を交わしているのか。ああきたらこう躱す、この話題が来たらこう返す、みたいな、定型文が頭の中に入っているのか? 優雅。幼少期から社交ダンスを習われている? こちとらキャンプファイアーを囲んでペアを変えながらフォークダンスをする波に入れない。遠巻きに火を眺めながら延々と、膝を抱えている。

 

これまで特別人間に排斥された経験がある訳でもない。むしろ他人にはよくして貰った。周囲の人間に恵まれてのびのびと育った結果がこれだ。流石に年次が上がりさえすれば自動で「所謂普通の人生」に載ると意識的には思っていない筈(無意識にまだ信じている可能性は否定できない)が、コミュニケーションって、普通に生きてたら身に着くものじゃないの? 人間は社会的動物ではないのか?

 

ところで、かつての私は労働を始めたら身も心も労働に最適化されるのではないかという夢を見ていたが、運よくそこまでの激務部署への配属ではなかった。配属先ガチャの勝利者故か元々の性質か、相変わらずインタ―ネットを見ている。そこでツイッターのオタクたちの交流を見ている。ツイッターのオタクたち、どういう仕組みであんな交流しているんだと思います? よくわからない。多分コミュニケーション勝者の社交場とかがあって、各々巧みに社交ダンスを踊っている。それでその結果発生した何がしかの作品やらツイートを淡々とタイムラインに放流していくんだと思う。

 

ほんと コミュニケーションを適切というか、軽やかに取り結んでいる人間をオンでもオフでも日々、日々観察しているんですけど、観察しているだけじゃどうしようもないし、脳味噌の内訳を踏まえずに人間の動作を見るの、途中式を組まない状態で式と答えだけを見続けているようなものなので、トレーナーから「今何してる?大丈夫?」と聞かれたときの適切な回答や会話の広げ方を私、一生分からないような気がする。あと、〇〇さんの作品が非常に素敵で~から広がる人間関係。あれマジでわからない。どういう仕組み?などと首を捻っている内に観察するアカウント同士がどんどん繋がってTRPGとかしてるの、神話的恐怖を感じる。SAN値チェックです。

 

インターネットではもはや自己をカップリングオタクに分類することもできず、うっかり他者を観察しているとすかさずブロック頂く感じの「謎」と化しているのですが、オフィスカジュアルを許容される職場で私、一生懸命人間の着ぐるみを着て、他人にオロオロ話し掛けている。

キャラクターのロールを被って他者とカップリング関係を取り結ぶ地獄遊戯(なりきりチャット)で築いたタイプ速度だけは人並みで、過去に事務員モドキをしていたこともあり、定型文でのやり取りはマジモンの赤ちゃんにしては習得している。故に自粛期間中のメール文面とオロオロ着ぐるみ人間のギャップが著しいのか、オロオロ話し掛けに来る私を見る課長の目は、となりのトトロのお父さんのそれだ。「パパお花屋さんね」と言いながら机にもぎったタンポポの花を並べるメイちゃんを見るときのあれ。いやわからん。課長の人相の問題の可能性はある。私の脳が優し気なフィルターを掛けてありとあらゆるものを誤魔化そうとしているのかもしれない。くそ、脳め! この脳が! 

 

他部署の課長と業務連絡のついでに世間話を織り交ぜていく先輩とか、タイムラインに流れる優し気なリプライの応酬とか、あらゆる約束事とか、流麗な会話とか、人間にまみれて生きている以上仕方が無いし、人間にまみれて生きていける程度には健康で元気な状態で、私、一生あれにはなれないなというのを、ひしひしと感じる。人間としての性能限界を感じる。いや、進化を強いられるまでに追い詰められていないというのも大いにあると思います。朝ひっ詰めた髪から夜後れ毛という後れ毛が飛び出していますが、今のところあまり問題を感じていないし、あした、何着て生きていく? 人間ちゃんの着ぐるみ。