年末に体調悪くなってから三週間ぐらい介護してたハムスターが、モルカーみたいな顔を晒して死んだ話です。
ハムスターが年末に体調悪くなった話はここですが
ここまでに私のハムスターは1回、このあとに2回通院して(診察代が約1500円)、一、二回目の通院で抗炎症剤(2200円ぐらい)、三回目の通院でハゲの原因検査(3000円ぐらい)、三回目の検査結果として処方された抗真菌剤が3000円ぐらいした。
どれもこれも0.5mlを0.05mlずつシリンジ(針無し注射針)で吸い取って与えろという指示が出ていて、私は二回ぐらい0.05mlを手元が狂って零して、その金額を思ったりした。
しかし、通院の成果はそれなりにあった。特に二回目の通院でどういうわけか耳から膿を出してからというもの、年末からぐったりしていたハムスターは案外元気に動いて、トイレで尿と糞便を排泄して(トイトレが完璧)、餌をもりもり食った。
ハムスターに与える餌はシロップ状になっていて、特に抗真菌剤は獣医さんが砕いてシロップに混ぜたようなものだった。
ハムスターは当初、シリンジに自ら近寄ってきて可愛くお薬をなめなめした。私は一年半前にハムスターの咳止め薬を処方された時、スポイトを見せた段階で脱兎のごとく逃げ出したことを思い返しながら、こいつも人間と生活をすることに慣れたんだなとしみじみ思った。
朝晩二回の投薬を開始してから三日ぐらいしたら、ハムスターは薬に飽きたようで、シリンジを口許に持っていっても口を開かない。何度か角度を変えて強いれば舐めてくれるので、それを見計らって薬を飲ませるのだが、ケージの中でハムスターが取る位置取りによっては確認しがたく、一度薬を巣材に飲ませたことがある。
二週間経つとハムスターも賢くなり、前脚でシリンジを弾くようになった。これも何度か角度を変えて強い、抵抗が無駄であることを示す。この辺りになると人間も手慣れてきて、ハムスターのω←この口の脇にうまく狙いを定めて口を濡らすことが出来るようになってきた。
最初の投薬から三週間ぐらい経ち、抗炎症剤は飲み切ってハゲを治すための抗真菌薬を投与しようとした一昨日、ハムスターが妙な寝方をしていた。
ついに死んだかなと思いよく見ると、息をしている。寝ぼけているのかと思って、ひまわりの種をやろうとした。抗真菌薬は脂質の多い食べ物と一緒に与え空腹時には与えないように指示されていたからだ。
ハムスターはもぞもぞ動いたが、口を開かなかった。末期かと思い水を飲ませようとしたところ、逃れるようにずるずると這いずり、年末に私がうっかり買ってしまった新品の回し車の根元に頭を凭れかけさせたと思うと、その場でもんどりうってぐるりと一回転すると、手足を目いっぱい広げながら横向きになって、目をかっぴらきながら口で息をしていた。
あ、これは持たないなと思い、私はインターネットで「ハムスター もんどりうつ 死ぬ」と検索した。
もんどりうって死んだハムスターに関するブログ記事を二件見た後、ハムスターの飼育に関するサイトで「発作をおこしたっぽいハムスターは、胸を擦ると蘇生することがある」と書いてあるのを見つけた。
間違っても、眠るような死に顔ではないハムスターの形相を見る。口を開けている。
私は何もしなかった。これで永らえても苦しかろうと思った。
嘘だ。その場でそこまで冷静だった訳ではない。後から、「ここで永らえても苦しかろう」と自分を正当化しているに過ぎない。
実際は、咄嗟に何も考えられずタイムアップを迎えたところだろう。
もっと悪く言えば、もだえ苦しんでいるハムスターが恐ろしかった。見知ったものが普段らしからぬ動きをしているのは恐怖の対象に成り得る。
飼育経験がいくらかあったとはいえ、死に目に立ち会ったのは初めてだった。小動物はいつも、気が付いたら死んでいた。私が下手に起こさなければ、あのハムスターだって、「気付いたら死んでいた」のかもしれない。わからない。
とにかく苦し気に口を動かしていたハムスターは、やがて動かなくなった。その内何事もなかったかのように動かないかと漠然と思いながら、私は夕飯を食べた。普通に食べた。食べ終わって眺めるが、ハムスターは動かなかった。
ハムスターが死んだ。と思ってから、またインターネットで「ハムスター 死んだら」と検索した。大体のことはインターネットで検索すればなんとかなるというのが習慣として染みついている感があるし、死骸の扱い方について様々なサイトがお悔やみを申し上げながら教えてくれた。
遺体を清め→安置し→死骸の行先を決める
以上が大体の流れである。
ハムスターが死んでいるのを見つけてからの私の行動は以下の通りだった。
ハムスターが死んでいるのを見つける→ハムスターが死んでいるのを見つける→Wikipediaで「エンドルフィン」について調べ始める→ハムスターが死んでいるのを見つける→Googleで「ハムスター 死んだら」と検索する
何でエンドルフィンについて調べているの? 脳内麻薬について知りたかった。
死の直前に脳内麻薬が出るので、その瞬間というのは超気持ちい(し、疑似的に死に近い行為のためセックスは気持ちがいい)というのは、特に創作に手を出すタイプのオタクの皆さんならご存じの概念だと思うのですが、私のハムスターはもんどりうった後に目を引ん剥いて、数度口を開けて呼吸をしていると思ったら動かなくなった。
傍目には、息が満足にできずに苦しがっているのだろうか、という具合だった。とても気持ちよさそうには見えない。
ネズミの脳は小さいから、麻薬をつくる程の機能も無かったということだろうかと思った。しかし、Wikipediaで当該ページを見たところ、ヒヨコを対象にした実験があったという一文を見つけた。多言語版は専門用語が多く、その場での理解には限界があった。
脳の大小にかかわらず、脳内麻薬は効果がある。私のハムスターは酷く苦し気にしていたが、あれがガンギマリフェイスだったということか。腹を殴打される悶絶とセックスの悶絶って似てるらしいし……しかしハムスターには表情筋がない。フェイスから得られる情報はカワイイということぐらいだ。
ハムスターの死に顔は、なんだか驚いているようで間抜けだったとも言えるし、恐慌状態の死相のようにも見えた。およそ、虹の橋を渡ってハムちゃんランドに行くような生易しい死に顔ではない。どっちかというと祟る方面。仏寺の地獄絵とかに描いてある方。
私のハムスターは顔が良いので、家人に紹介する時に私は橋〇環〇と紹介し続け、家人はその内ハムスターのことを「〇本環〇」と呼ぶようになった。「あんたの部屋の〇本〇奈ちゃん元気」という感じ。私が部屋に芸能人を監禁しているように聞こえる。
私が飯を食ったりハムスターが死んでいるのを見たり、Wikipediaでエンドルフィンについて調べている間に、ハムスターの死後硬直は始まっていた。
生きている内は可愛い可愛いとつついて指を噛まれたものだったが、ビックリ仰天死に顔ハムスターを前に、私は、死骸だなと思った。
これは私のハムスターだった。が、今は死骸なので、私のハムスターではない。生活空間に突如現れた死骸への感情というのは恐怖でもあり嫌悪でもある。
頭では「私のハムスターが死んだ」という認識があるのだが、感覚(これも頭であるにも関わらず)がそれについていかない。
最終的に、ティッシュで包んでハムスターの死骸を掬い上げた。虫の死骸をつまみ上げる時とほぼ同じ対処で、少なくとも私は、ティッシュ一枚で死との直接接触を避けられると認識しているらしい。
ハムスターは強張っていた。なのでハムスターの死に目に立ち会った場合、一刻も早く手を入れて目を閉じてやるなり、口を閉じてやるなり、手足をこう、丸めておくなりして、死体らしい格好をつくってやるのが良かったんじゃないかと思う。
エンドルフィンについて造詣を深めている場合ではないし、末期だとわかっているのならばもしかしたら生き返っているかもと思って「そっとしておく」(「放置」の聞こえ良い言い換えだ)のは悪手だっただろう。
ティッシュで包んだハムスターを見る。
私のハムスターは年明けから、どういうわけかティッシュに包まって寝るようになった。ハゲが真菌と判明し医者からこまめな床材の交換を命じられた私は、その時丁度ティッシュを床材に入れていなかった。ハムスターは新聞紙を掻き分けどこか満足げにそこに収まっていたので、それでよかったのだろうと思う。ティッシュを掻きながらそこに収まるハムスターは、なんだか死骸めいていて嫌だった。
私はティッシュに包まって寝る私のハムスターを見ると、『風が吹くとき』の老夫婦の末路を思い出すので嫌だった。
けれども、ティッシュを巣材にしていた頃のハムスターはなんだかんだ息をしていたのだ。
ティッシュには包まっていないが、回し車の下に転がりビックリ死に顔のハムスターは、どう見ても死んでいる。科博の地下にあるはく製めいた不自然さだった。ビックリ顔を何度かチェックするが、蘇生の気配はなかった。
ハムスターを木箱に入れた。私のハムスターに遊具として与えていたものだった。ハムスターが走り回らなくなってからは、トイレの芯をストックする箱になっていた。
ハムスターを木箱に入れてから「安置」の項目を見ると、保冷剤を入れてやって腐敗を防ぐ必要があるらしい。
私は複数人と同居をしていて、冷蔵庫は共用である。冷蔵庫まで行くのが嫌だった。ハムスターが死んだことを家人に言うことが億劫だったからだ。
ハムスターはネズミである。Wikipediaによると「キヌゲネズミ亜科に属する齧歯類の24種の総称」がハムスターである。
ハムスターの寿命は二年から三年で、私の飼っていた「ジャンガリアンハムスター 寿命」とGoogleで検索すると、一番上に「12か月(野生)」と表示される。
親元から譲り受けて来た当初から「今に死ぬ」と言い続けていた。ハムスターのケースを覗くときは、毎回今にコロリと死んでいるんじゃないかと言いながら覗いていた。それが生きているとほっとする。
私のハムスターがあんなに可愛いのは、私が毎回「死んでいるんじゃないか」という懸念を繰り返していたことによる、吊り橋効果めいたものが遠因にあったんじゃないかとも思えてくる。
私は、ハムスターはすぐに死ぬと言い続けていた。それが死んだ。それだけだ。
ハムスターは芸を覚える訳でもない。私のハムスターが覚えたのはトイレだけだ。芸というよりは本能によるものだろう。
私のハムスターは手乗りだったが、得てしてInstagramに生息するハムスターのように、手の上で腹をみせてブロッコリーを齧るわけではない。
そもそも人間を人間として認識してはいないだろう。右手で餌をやりながら左手でちょっとトイレを掃除しようとすると、左手にビビって威嚇するハムスターだった。
可愛い以外に特徴も何もない、私のハムスターが死んだ。初めから死ぬものだと知っていたし、可愛いというところしかないので、思い入れも「可愛い」というところしかない。記憶だって、「可愛い」というところしかない。
それだけのことというのが恐ろしく悲しいが、私のハムスターはネズミだ。死んだのは私のネズミだ。ネズミっていうとネズミとりで引っかかるアレですし、飼っているハムスターの話をすると生きている内から「すぐに死ぬ奴ね……」という反応をされる。
それが通常だと、私も理解をしている。私のハムスターが死んで私はこんなに参っている。この上で、その感覚を通常とする他人に、これを説明する気力がない。私だってどうしてこんなに恐ろしく悲しいのかわからないのに、他人の心地まで慮って、どう人間とコミュニケーションするか等考える余裕がない。普段からそんなに他人の気持ちを慮っている訳でもないんだが……とにかく億劫だった。
私は保冷剤を取りに行くのを止め、ハムスターを殺さないために着けっぱなしにしていたエアコンを切った。冬なので、腐りはしないだろうと思った。
次に考えるべきは、ハムスターの死骸をどうするかである。
インターネットで調べると、「ペット葬儀に頼む」「その辺に埋める」「プランターに埋める」というのが出て来る。
解剖検査を依頼するという選択肢もあったが、流石に価格が厳しかった。
ハムスターについては「その辺に埋める」が一番ポピュラーなようだが、庭もなくその辺に埋める土もない私に選べる選択肢ではない。
「プランターに埋める」というのは個人的にナシだった。「地獄少女」で出てきた「木の根に囚われる両親」を思い出すからだ。
「地獄少女」アニメ一期第二十六話「かりぬい」で木の根に囚われる両親の魂が出て来た……ような覚えがある。
ペット葬儀に頼むことにした。一万円以上かかるが、この際仕方がない。さもなくばゴミと同様に処理してもらうしかない。それは流石に抵抗があった。
ネット上で見積もりを頼むと、十分後に電話が掛かって来た。明日に火葬車を寄越すという。一応、ハムスターが病院に掛かり始めてから、ハムスターが死んだら葬儀屋に頼むことに決めてはいた。
葬儀屋にはいくつかプランがあり、大別すると「死骸をそのまま引き取って合葬する(骨を返さない)」か、「個別で火葬し骨を返す」かどうかに分けられる。
骨を返さないプランの方が安い。「どちらになさいますか」と言う、私より悲し気なオペレーターの声にちょっと迷ってから、骨を返さないプランを選ぶことにした。
私のハムスターの名前は「けだま」という名前だった。けだまちゃんである。名づけに心底迷い修士号という名前を付けかけたが、そんな業の深い名前を背負わせるなと止められた。
何も思い出さない名前にしようと思い直し考えていたが、何も浮かばなかったところ、友人が「けだまちゃんにすると良い」と言ったので、そのまま借用してけだまちゃんと名付けた。
毛玉である。絹のような毛がみっしり生えて概ね名が体を表していたが、季節の変わり目にはハゲたし、年明けに耳垂れが出て来てからはなんだかゴッソリ禿げたので、「はげだま」と呼んでいたしよくその話をネタにした。
ただでさえハゲで呼称が変わってしまうハムスターだったのに、骨になったハムスターをどう呼べばいいのか。骨か、骨ちゃんと呼ぶのか。ただでさえ死骸を死骸としてしか認識していないのだから、私の手元に骨があったとて仕方がない。
金を出して骨を返して貰っても、まともに相手もできないのなら、そのまま「お骨」として、適切に扱ってもらった方が良いだろう。
遺骸の行く先を決めてから、人と対面するのが億劫だったので歯も磨かずに寝ることにした。
寝る前に無性に何か読みたくなったのでツイッターで漫画を読み、無料期間らしいネウロを読み、以前無料期間だった時に読み切ってから全巻セットで購入したネウロの単行本を6巻まで読み、布団に入り、明日も平日なので仕方がないから目を瞑って寝ようとすると、ハムスターが生きているような気がする。
というのも、私のハムスターはびっくり面で死んだわけだが、あそこから回復したのか木の箱を爪で引っ掻くような音がする。
それなら早く暖房をつけて、寒さで殺さないようにしないとと思って、私は起き上って箱を開けると、ハムスターは強張って死んでいる。私は布団に戻る。ハムスターが咳をするような音がする。ハムスターの咳かどうか本当のところはわからないが、私はその音を聞く度にハムスターが咳をしているのではないかと疑っていた時の音だ。
ハムスターが死んでいるのを見ても、ハムスターが咳をするような音はし続けていた。しばらくそれを聞き続けて、どうやら共用部で人間が足音を殺して出入りするとああいう音になるらしい、ということを、ようやく察した。
私のハムスターが死んだのに、人間はどいつもこいつも元気そうだった。
学生を辞めて、今はブルシット・ジョブをしている。雇用契約を結んでいると、特別連絡しない限り、平日は概ね出勤になる。
これが通常出勤であれば、「人前に出る顔をつくる程の余力はない」という判断から休むなり何なりしたが、幸いにもパソコンさえつければ業務遂行可能な職種だった。
化粧をする余力はないが、パソコンの前に座ることぐらいはできるし、わざわざ連絡するより、私のハムスターが死んだことを知らないどころか、私がハムスターを飼っていることも知らない人間と定型文のやり取りをする方が楽かと思った。
結果から言うと、そういうわけでもなかった。Wikipediaによるとイギリスではペット保険に加入している人間は、Animal lossを理由に一週間丸々オフにすると回答するのもいるらしい*1。
定型文の業務遂行は、確かに可能だ。だが、飛んでくるチャットに殺気立っている。今それどころじゃない。
しかし、私のハムスターが死んだので休ませてくれと言うのも億劫だった。「普段していること」は、行動コストが低いので遂行できる。それ以外のことを受け付けない。
休暇を取得しようと思えばできるのだろうが、その方が億劫だった。この状態で不測の事態が発生するとおそらく面倒なことになるので、リスクとしては休みを取ってしまった方が良いのだろうが……。
業務に従事している内に、部屋が恐ろしく寒くなってきたので、これではハムスターが死んでしまうと思って暖房をつけた。
ハムスターの死に目を見ているのに、今にどこからかハムスターが帰ってくると信じている。何故かわからないが、脳がそう信じているのだから仕方がない。
ペットロスについて造詣を深めるためWikipediaのペットロスの記事を見ていると、2021年1月28日時点に記載されている「代表的な症状」としてあげられている項目に、この上なく当てはまっていて、かえって感心した。
以下に、代表的な精神疾患、精神症状・身体症状の例を示す。
- うつ病[3]
- 不眠
- 情緒不安定、疲労や虚脱感・無気力、めまい
- 摂食障害(拒食症・過食症)
- 精神病様症状[4](ペットの声や姿が一瞬現れた気がする錯覚、幻視・幻聴などの幻覚や、「今に帰ってくるのではないか」という妄想など)
- 胃潰瘍など消化器疾患(心身症)
結局、ハムスターを飼育してみたが、愛玩動物飼育の是非は何もわからなかったし、当初から想定していた喪失状態に存分に陥っている。
野生に放ってあるのを連れて来たのではなく、最初から飼い殺しにするために生かしていたのだ。
発作を起こしたハムスターは胸を擦ると蘇生することがあるらしい。無論、しないこともあるだろうが、飼い殺しにするために飼育して、私のエゴのために生かし可愛がっていた。
蘇生するのかもしれないなら、胸がハゲるまで擦ってやればよかった。中途半端に可哀想だと思うべきではなかった。無理にでも生かしていれば良かった。
火葬車が来た時にはみぞれが降っていて、陰気な顔をした中年の方が死骸の入った箱を引き取っていった。
クレジットカードで支払うと手数料で3%ぐらい取られるので、昼間に降ろしてきた現金で支払った。
すぐに支払いに移ろうとする私を制し、引き取り手の中年は私に用紙記入を依頼した。住所氏名電話番号を書く奴だ。
名前を書く場所が二か所あり、一か所は私の名前で、もう一か所がペットちゃんのお名前を書くところだった。
私はそこに、私のハムスターの名前を書いた。癖字がキツく読めなかったのか、中年がしばらく紙を注視して首を傾いでいた。けだまだと、癖字のひらがなの読み方を口頭で説明すると、何かよくわからないが急に涙が出てきた。
人の対応をするのが億劫だが、明日もこの調子で出勤して面倒になったら嫌だと思い、直接業務に関わりのある人間にまず連絡を入れたところ、定型文ながら悼む文章が返って来た。この人間に私のハムスターの名前を教えた覚えはないが、毛玉ちゃんを、ちゃんと見送ってやるようにと返信があった。
私のハムスターは死んだのだ。私は死に目に立ち会っている。アホ面というには真に迫り、苦悶というにはトボけた顔で死んだ。知っているのに、他人に供養をしてやれと言われ、驚いて涙が出てきた。
骨を返されたって何にもできないが、弔ってやれと言われたのだから、骨を手元に置くべきだっただろうか。それに、花でも上げてやればよかったのだろうか。だが死骸は死骸だ。あれは私のハムスターだったが、もう私のハムスターではない。花なんて供えたってどうしようもない。
以前一度、私のハムスターに、刺身についていた菊の花を嗅がせたことがある。近寄って来たハムスターは、ネズミの両手で掴んで花弁を齧った。食わせている内に私は段々、これは食わせてもいいものなのかと不安になって回収した。ハムスターもそんなに菊の花に関心がなかったようで、特に抵抗しなかった。
これがミルワームだと歯を立てて抵抗する。ハムスターに与える物は小さいので、本腰を入れて抵抗されると、結局奪い取られてしまうことが多い。
私には確固たる信念の持ち合わせがなく、魂の存在を信じることができていない。精神の脆弱性が高いということだ。死んだ後には何もない。この発想に耐えうる程の開き直りもできていない。
魂が存在し、どこかしらで安らかにあると、信じたいが、私は精神が脆弱なので、行きつくべきどこかしらの存在を信じることが出来ない。死んだ後には何もない。死ぬだけだ。無である。ビックリ顔ではく製のようになって死んだハムスターは、事実、死んだ瞬間に時間が止まっているように見える。
私が出来ることは、あの場で胸を擦ってやるぐらいだった。中途半端に可哀想だと思うべきではなかった。最初から自分のために、可愛いばかりの生き物を手元に置いて可愛がっているのだから、最後まで自分のために、多少無理があっても生かそうとするべきだった。
そうしないのなら、口を閉じて、目を閉じさせてやればよかった。なんだあのびっくりモルカー顔。そうでなければ祟る側の顔。祟るのならば帰ってくるのだろうか。毛や骨どころか形のないものを、私は何と呼べばいい。仮に戻っているとしても、私の側に驚く程霊感がないので、何もわからない。
何もわからないので、インターネットの言うことを聞いて、ハムスターの画像を見返していたところ、可愛くて元気が出た。
物を食べるとハムスターに与えられるものを探してしまうので悲しいのだが、食べなければ別に問題はない。だがハムスターが野菜なりを食べてる画像をみると、やっぱり可愛いので安心して腹が減ってきた。
スマホのカメラロールを遡ってハムスターの画像を見ていると、旅行の写真が混ざって出て来る。旅先でアイマスクとマスクを着用した馬鹿ののっぺらぼうの写真も出てきたので、当時の同行者に画像を送ったら会話イベが発生した。ハムスターを見送った人生で誇れるもの、深夜の画像送信に対応してくれるお前ぐらいだな……という気持ちになる。
涙は不随意に出る涎のようなものなのでどうしようもないのですが、産声を上げるような体力はもう残されていないので、一日目はまだしも、二日目辺りから苦しくなってくる。
一日目のメモ書きには「こめかみがいたい」と書かれているぐらいだが、これが二日目になると「目に涙が染みる 息苦しい 気持ち悪い」になる。
涙による不快指数がこれまでにない上がり方をし始めたので、対策をインターネットで調べたところ、涙が目に染みるのは涙が蒸発するスピードに追い付かずドライアイになっているから、気持ち悪さの要因はわからないが、とりあえず水飲んで目元をアイマスクであっためて寝ろと書いてあった。
手元にあったほっとアイマスクは「目元に腫れのある時は使用するな」と書いてあったが、何か異常があったら外そうと思いながら付けたら、そのまま爆睡した。2020年の1月にほしいものリストからこれを贈ってくれた人間、ありがとうございました。
寝落ちして起きると情緒が落ち着き、人と対面するのが「億劫」というところから、「あいつらが私を嘲笑っている気がする」という考えに解像度が上がる。そうです。私はネズミに死なれて立ち行かなくなっている人間ですが何か…… SNSで暴れる分にはまだしも、対人で取り繕う程の気力がない。というか、SNSで暴れるんじゃない。
酷く気だるい気がするが、書いたものを見返していてこれ腹が減ってるんじゃないのかと思う。物を食べようとするとネズミに与えていたものを思いだすので悲しいし、SNSで暴れていると、オタク界隈諸々で孤立極まったとて私にはネズミがいるしなという気持ちで可愛がっていたのを思い出して悲しい。ハムスターに依存をするな。ハムスターは生きていただけなので、これは私のメンタルの有り様の問題です。
私の、可愛いばっかりが取り柄の顔がいいハムスター、トイトレ完璧で一昨日も美しい排尿跡地を見せつけてくれたハムスター、びっくり顔なんだか祟り顔なんだかで死んでいった、私の可愛いハムスター、戻ってこないかなぁ。