メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

仕事が嫌すぎて残業しながら泣いてる

 
泣くな! パソコンの画面が見えなくなるだろ
 
運良く社会の歯車をやらせてもらっていて、大変ありがたいことに自宅の椅子を温めながらパソコンで作業していれば、月に一度お金を頂ける有り難い身分で生活をしている。
社会人、学生バイト要員として働いていたときより、よほど大事にされている。というか、バイトで働いていた大学やコンビニエンスストアなんかより、今のところ会社の方が治安がいい。
上役はコンプライアンスという言葉をちゃんと知っているらしい(大学教員はこのへん知らないことがある)ですし、まだ若く見える人間らしいということもあってか、諸々差っ引いて面倒を見てもらっています。会社ヌクモリティ。
 
ぬくぬくおんばひがさの下、特に何も嫌なことをされたわけでもない。強いて言えば、仕事を振っていただいて火が着いたように泣いてる。
仕事を振ってくれる上司が憎い。
社内稟議でなんかよくわからん机上の空論をゴチャゴチャこね始める上役(卓上の奇人と呼んでいる)のことなんか、二度三度この手で楽にしてやろうかと考えている。
その度に、作業机の上に放置している、妹がくれたお土産をじっと見つめる。ベ平連反戦意見広告をもとにしたものだ。
 
 
業務の中にも、「まだ耐えられる業務」と「耐え難い業務」があって、自分の領域にこもっているうちはストレスが少ない。
時間経過湧き一人完結業務はそこまでのストレスなくこなせる。
あとは、特段締切の決まっていない庶務業務、締切が決まってはいるものの出すもの出したら文句はない庶務業務、庶務業務なら、そこまでストレスなくこなせるかもしれない。
 
最近は社内稟議を通す系の、いわゆる「根回しをする」必要のあるタイプの仕事が湧いてきて、その度に咆哮しているし、資料を出すたびわけわからん指示が出るストレスで脳がやられたので、今日の15時ころまで3+7=9だと本気で思い込んでいた。違った。10だった。
何故こんな辱めを受けなければならないのか。丁度ウェブ会議の向こうで卓上の奇人たちが談笑しながら「〇〇も確認した方がいい」「頭の体操としてですが」「教えてもらいたいんですけど」と和気あいあいと仕事を増やしやがる。ミュート。咆哮。
壁の薄い部屋で生活をしているので、公道を通過するみなさんも、咆哮する在宅ワーカーの存在に、薄々お気づきなんじゃないかと思います。
 
とはいえ、趣味じゃなくて仕事なので、根ぐらい回して金を貰えよ。金は出るじゃん。税金で弱体化されすぎて、何をするにもちょっと微妙な額ですけど、それでも金が出る。
今のところこれで、弊社ちゃんが私の存在に出してくれるこのお金で私、生計を立てて安定した暮らしをしています。お金を使って個人の手による二次小説とかいう、絵師の方に表紙イラストを依頼する口実、厚みのあるイラストのネットプリントをしても、クレジットカードの引き落としで怯えなくても良い暮らし。
 
この生計がなかったら、どうやって暮らしていくんだ? と思うと同時に、これから先私は、ずっとこうやって咆哮しながら暮らしていくのか? という不安がよぎる。
人生100年時代、70代の就労率が高いとニュースで出るたび、IKIGAIIKIGAIって馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返しますが、単に金が必要だからじゃないのか。金がなければ生きていけない。預金残高が寿命の目安のように見える。
 
いっそこの在宅ワーカーを辞めて、オフィスに戻ったほうがいいのかもしれない。
ウェブ会議中にミュート咆哮できているから、まだ大丈夫だろうと見込まれ仕事を振られるのであって、卓上の奇人が暴れだすと同時にブチギレかましたら、たぶん結構早いタイミングで仕事振られなくなると思う。
でも、仕事をしないと生活ができない。これから一日8時間近く社会人ちゃんの着ぐるみを着て咆哮し、目を腫らしながら退勤するんですか?
 
 
こういう根本的なことを考え始めないために、娯楽で自分の機嫌を取る必要があるんですけど、今日は娯楽でガチャ引いて、ご祝儀一回分ぐらい擦ってから、将来へのぼんやりとした不安を覚え、金遣いの手を止めた。
 
出費の用事を数える。直近のご祝儀、それに伴う被服代、美容院代、日々の電気代、水道代、光熱費、通信費、携帯料金、家賃、交通費、サブスクリプション、食費、今日は食事をしないことにした。無意味に使った金のことを考えると、懐に入る前に消えた天引き税金のことを考えてしまって、飯が喉を通らないため。
 
どのキャラが来ても嬉しいガチャならニコニコなんですけど、目当てが一つしかないとガチャ、実質お札をシュレッダーに掛けているようでゾッとしますし、運要素を金額でどうにかするという趣旨なので、中途半端で正気に戻るとこうやって、結局手元に虚無と憎しみしか残らない。本当に良くない。
 
人によっては、あれで快楽を得られるかもしれないんですけど、たぶん「金が戻ってくるかも!」という期待を胸に抱けるだけ、私にとってはパチンコのほうが有益かもしれない。まだやったことがないので実際どうだかの真偽は不明です。
 
 
なぜ、こんなことをしているのか。一日8時間、今日は卓上の奇人たちの活躍によって十時間。
それでも自分が可哀想だと思えないので、悲しくて泣いても涙が出ない。全くかわいそうじゃない。安定感が凄い。「私なんて……」と思ったことがない。堂々たる自我。
これがコミカルな外見から離れてツイッターに立ち現れるとき、自動翻訳越しにもそれを「傲慢」と感じさせるのかもしれません*1
 
会社が嫌すぎて出る咆哮は、どっちかというと、絶望に近い。そして、こんな会社とか社会いう巨大おままごとを必死に成立させようとしている、全てへの憎しみ。
 
なんで私が、こんな目に遭わねばならないのか。人並みに生きるためだ。衣食住に困らず、そこそこの社会的生活を送るためだ。そのための8時間労働。今日は10時間労働。
 
理論上は、辞めたければいつだって辞められるが、これ以上の待遇を望むことは難しいと知っている。
 
能がない。それで金を稼ぐ! と一本気に思えるほどの、価値のある趣味も、芽が出る見込みのある特技もない。他人に価値を認めさせようという努力をしていない。
 
価値も能も愛嬌もコネもありませんが、労働者なので自由に暮らせている。労働者である限り自由。
 
この条件付きの快適な暮らしを打開する目処が立たず、定期的に咆哮を上げる。
 
社会人ちゃんの着ぐるみの中に、虎がいる。
虎は今日、ご祝儀分勢いよく課金して何の成果も得られずに、空腹と腫れた瞼を持て余している。
 

 

山月記

山月記

Amazon

 

*1:私はこの「傲慢」という私への感想は適切ではないと思っていて(傲慢ポイント)、どちらかというと「可愛げのない」が適切ではないかと思っている。誰かが見てくれているかもしれないから宙に向かって感謝するオタク仕草のようなものの一切を廃しているので、確かに愛嬌はない。もっというとツイッターのことを交流会場として見ているか、部屋の壁として見ているかの認識の差によるものじゃないかと思う。

現地ツアーを予約する時はレビューをきちんと確認しよう!(タイの水上マーケットツアーでボられた話です)

 

そもそもちゃんと調べろ、という話なんですけれども。

 

 

 

2022年7月にタイへ旅行に行った。

観光立国タイ*1では2022年6月から入国要件が緩和されており、タイランドパスの事前取得=新型コロナウイルスワクチン2回接種済み証明または陰性証明、100米ドル以上の保証がある医療保険に加入してパスポート情報と一緒に事前登録をすれば、隔離期間なく入国可能になる。

「ここなら行ける」と思ったから行った。

Twitterだけフォローしているが、同じ学校に在籍していたころには挨拶さえ数える程しかしたことがない同窓生も、ちょうどバトンタッチするような日程でタイに飛んでいた。

海外で不安になりたい人間の間で、今タイがブーム! いや知らんけど。

 

ちなみに2022年7月からはタイランドパスが廃止され新型コロナウイルスワクチン2回接種済み証明または陰性証明で入国可能となった。ここに無意味に100米ドル以上の保証がある医療保険に加入した旅行者が爆誕した。

 

閑話休題

 

タイに行ったので折角だから水上マーケットでも見ておくかと思い、水上マーケット観光タクシー貸し切りプランを予約した。以下では、このプランの感想について記録していきたいと思う。
わざわざ一つのプランに参加した記録を残すなら、プラン販売ページのレビューなり口コミなりに書けばいいじゃんというのは大いにあるんですが、その点についてはおいおい明らかになります。

 

www.kkday.com

 

何故他のツアーではなくわざわざタクシーをチャーターしたのかというと、


①ガイドが居る方がなんか高い気がする(これは誤り、高い気がするだけで、チャーターもそんなに値段は変わらない。タイまで飛行機で飛ぼうとしている人間目線だと誤差の範囲。)

②アンパワー水上マーケットを検索した時に出て来た、「蛍観光」をなんとなくしたくなったものの、蛍までカバーしているガイド付きツアーが上手いこと見つからなかった。(これが一番大きいかもしれないが、冷静になって考えてみると別に尻が光る虫を見たところでな……とも思う。虫好きじゃないし。まあ旅行っていうのは冷静さの対極にありますからね。)

③団体行動が嫌い(単純な行動としてはかなり得意だと思うが、単純に嫌い。)

 

これを加味した上で以上の旅行サイトにあるこの口コミが決め手になった。



 

いい感じですよね

 


※なお、以下のスクリーンショット画像は全て、当該ツアー斡旋ページの口コミから引いて来たものだ。最終確認日は2022年7月22日。

 

思い立ったが吉日、アカウントを取得し早々に申し込みを進める。

 

残念ながら自分の時間を売って安心を買い生計を立てている社会人をしているので、間に三連休を挟む実質たかが三日の休みもペコペコして回らなければいけない。

従事する業務が自己裁量で止められる類のものではなく、控え要員が居ないということもある(人員を増やせという話はずっとしているが、誰も入ってこないのだ どうして?)。

要するに、恒常的にちょっとずつある仕事が延々と続いていく賽の河原の石詰みのようなルーチンワークに従事しており、ちょっと連続で休もうとすると請求書の締日や上流から流れてくる突発案件などがバタバタ暴れはじめるのだ。うるせえ!!!!! 俺は休ませてもらうぞ!!!!!

あと同軸で、妹がなんか知らんけど買ってくれたファイアーエムブレム風花雪月をプレイしつつ、エーデルガルトとディミトリの支援二次を探している。やることが多い!(ここまで前振り ここでちゃん下調べが出来ていれば今回の記事は発生していないため。)

 

 

 


出国(仕事からの脱出)

仕事を放り出して成田から飛行機に乗り込む。

平日の昼間ということもあってか、成田空港の売店は薬局とユニクロ以外全部シャッターを下ろしていて不景気な感じですし、JALABCのWi-Fiを借りた同行者は北ウィング1階受け取り口→南ウィング→北ウィング4F受け取り口をピンポン玉のようにラリーされていた。今受け取りをしているのは北ウィング4Fだけらしいです。

 

7月のタイは雨季にあたり、観光シーズンではない。

 

www.thailandtravel.or.jp

 

ちなみに観光シーズンは11月~3月です。
ここでもあんまり真面目に情報収集が出来ていないあやふやな状態で飛行機に乗ってしまっているので、「雨季 タイ 観光」で検索して出てきたブログを閲覧し、「雨季というからにはまあ雨に降られるだろう」と曖昧な覚悟していたのですが、

 

クソ晴れ



晴れ女居た?

 

もしかすると雨季って、「クッッッソ暑い」ってことなのかもしれない。

いや、暑気(4-5月)が一番暑いってタイ政府観光庁は言ってるんですけど、とにかくクソ暑い。

9時を過ぎると既に殺人的な陽光。ちょっとでも日差しが陰ってくると、太陽光の直撃を免れほっと一息つく間もなく、待機中の湿度七割越えを確信する湿った熱気。12時~15時は、ヤバイ(語彙がなくなる)。

まだ高層ビルやショッピングモール、街中のゴン太電線がところどころ垂れ下がってる崩れかけのアーケード等、日差しを遮るもののある場所をウロウロしている分には何とかなりますが、遺跡や寺院等遮るもののない場所でカンカンに照らされていると、身体が焼石のようになる。

日差しを遮るものが無ければ、間違いなく日射病で死ぬ。

同行者は服から露出していない部分に日焼けを感じ、おそらく同行者よりは鈍感な身体の作りをしている私もシャツの襟ぐりが赤く腫れあがった(日焼けかと思ったが、数日置いたらあせもになっていた)。帽子か日傘のいずれかがマストアイテム。

 

16時を過ぎると段々、「日光対策で着ている長袖の上着のせいで暑い」と感じられるようになりますが、それまでは日光が痛くて、長袖を着ている暑さよりも、脱いでいるときに剥き出しの腕に感じる日差しから来る熱さの方が強い。

 

クッッッッソ暑い中で日々の行程をこなすことにいっぱいいっぱいになっており、水上マーケットについてロクに調べないまま旅程は過ぎて行った。

 

 

水上マーケット貸し切りタクシー予約当日

プランでは運転手がホテルロビーに迎えに来るのだが5分過ぎても来ず、電話をすると駐車場の方にいるとのことだった。

なお、この貸し切りツアーは各所を見終わったらタクシー運転手に電話してピックアップしてもらうことを前提としているので、現地で使用可能なSIMを入れるか現地携帯電話を借りるかして電話できる状態を作るのが必須です。

e-SIMという選択肢もありますが、これはおいおいまた備忘しようと思う。

 

とにかく、電話をしながらホテルロビーを抜けて駐車場に向かうと、確かにいる。娘とのツーショを待ち受けにしているおじさんと合流。

今日の登場人物は以下です。

たぶん私より英語喋れる筈なんだけど、折衝を私に任せようとする同行者。

「チェックイン」という単語を忘れて無意味に手を動かしたりする私。

英語を喋ってると思いきやタイ語を喋ってることがある運転手。

登場人物紹介終わり。

 

今回10時間チャーターで出した希望行程は、

①ダムヌンサドゥアック水上マーケット→②メークロン市場→③ワット・バーンクン→④アンパワー水上マーケット→⑤アンパワー蛍鑑賞の行程でした。

 

バンコク市内(サームヤーン駅の近く)からダムヌーンサドゥワック郡(ダムヌンサドゥアック水上マーケットがある場所)やアムパワー郡(アンパワー水上マーケットがある)まではおおむね一時間半程掛かるとのことだったが、時速120kmを出しつつ余裕でながらスマホをしている運転手の後部座席に座りながら辞世の句を考えていると、一時間と少しで着いた。

 

①ダムヌンサドゥアック水上マーケット

www.thailandtravel.or.jp

 

ここは午前に活気づくそうで、ガイドブックには遅くとも8時までにはバンコクを出発するようにとありますし、運転手からも「あそこは朝に行くもんだ」と茶化すような口ぶりで言われたりしましたが、諸々あって9時にバンコク発のツアー行程ということもあり、まあ話のタネに閑散とした市場を見ますか、というテンションでの参加でしたが、意外と賑わっていた。

 

実際市場部分がにぎわっていたのかは不明なんですけど、少なくとも一人1000バーツでボートを貸し切りにしてくれる主観的にはぼったくりボートのルート上はそこそこにぎわっており、あんまりおいしくない果物(ここ以外であんまりおいしくない果物を食べることはなかった 逆に不思議 100バーツ)を売っている船とか、普通においしいココナッツアイス(70バーツ)を売っている船がそこそこに行きかっていた。

 

何で1000バーツでボートを貸し切ったのか?

運転手がボートツアーの出発地点の駐車場(周りに何もない)で我々を下ろし、ボートツアーのスタッフが早速車を取り囲むと我々を連れて事務所に向かい、「これがツアーの行程ですよね」という当然顔で支払いを迫ってきたから。

 

ここで水上マーケットの仕組みというか、ダムヌンサドゥアック水上マーケットについてちゃんと調べていれば、ここで別に船に乗らなくともダムヌンサドゥアック水上マーケットには行けるとわかるんですけど、その時は「水上マーケットっていうからには船に乗らんとあかんのかな~」ぐらいで乗った。

 

ちなみにタイ・バンコク、50バーツ支払えば結構まとまった飯が食べれますし、300~500バーツで本式のタイ古式マッサージを受けられる世界です。

 

また、ぼったくりボートに乗るとダムヌンサドゥアック水上マーケットまでの間にぼったくりボート専用の市場が開かれており、鍵づめを使って観光客を捕獲しては何かを買うように迫るイベントがある。

700バーツの象のぬいぐるみとか、100バーツの果物詰め合わせ(おいしくなかった)とかがあります。

この辺りについては同じツアーに参加した英語圏の人間が血で書いたような体験記を残してくれているので、こちらをご参照下さい。

 

 

水上マーケットは観光客をターゲットにして、他所でいくらでも安く売られている土産物をただの屋台で売りつけている。

値段にして2000バーツのボートツアー(一時間)は、まるで金を払って観光客向けのショップを訪れ、屠殺の順番を待つようなものだ。(文中抜粋)


なお、通常の旅行記を見ると、水上マーケットの船は150バーツまたは250バーツぐらいで乗れる。

 

ダムヌンサドゥアック水上マーケット1000バーツボート貸し切りツアーの良かったところ

 

トイレが綺麗だった

 

途中でダムヌンサドゥアック水上マーケットお土産コーナーのようなところで船から降ろされ、20分ほど放置される。

高速道路のサービスエリアのようなその空間では、ココナッツシロップがウェルカムドリンクとして提供されていたり、推定ココナッツシュガーを食べさせてくれたりする(提供者はビニール手袋をしている)んですが、ここのトイレは無料の上にかなり綺麗、異臭もしなかった。

 

約一時間の行程が終わり、貸し切り1000バーツボートがツアーの出発地点に戻ると、ツアーの行きがけに撮影された写真をしつこく販売される(100バーツ)が、その時700バーツをゾウのぬいぐるみでなけなしのバーツをスったばかりだった(買い物へたくそ選手権)こともあり「お金ないんです!!!!!」と絶叫すると引き下がってくれた。

たぶん現金スッカラカンになった観光客慣れしてるのか、よほど荒んだ顔をしていたかのどちらかだと思う。

 

 

②メークロン市場

www.thailandtravel.or.jp

 

メークロン市場は線路の上で堂々と市場が催されており、列車が通過するときだけ市場の屋根なんかを申し分程度に片付けるという感じで営業している。

「タイ 市場」で検索すると結構画像が出てくる。フォトジェニックな有名スポットです。

 

さっき1000バーツの貸し切りボートに捕まったダムヌンサドゥアック水上マーケットや、後述するアンパワー水上マーケットと比較すると、なんだかんだここが一番地元に根差した雰囲気の市場だった。

マンゴスチン1kg40バーツ、なんか果物を凍らせた謎の細いアイスキャンディー2バーツ、明らかに鉄道通過見学外国人観光客向けの店のマンゴージュース50バーツ、同行者がマズいと言って食べなかったなんか中華風の平麺が100バーツと少しぐらい。

 

 

そこらで味噌のような色をした調味料がカゴに山盛りになって置かれて、甘辛いようなムッとする不快なにおいを放っている。

また、ここに到達したときの時間が11時頃だったということもあり、日射で脳が茹だる。判断力の低下を感じる。

 

メークロン市場自体はそこまで長くなく、一通り歩くとメークロン駅に到着する。

ここに来るまでメークロン市場が廃線の上にひしめき合うマーケットと思っていたらしい同行者は、「なんだこんなもんか」といったコメント。

 

メークロン市場と並走している位置関係の屋根付きの市場では魚や肉が平置きされて売られており、蠅がブンブン飛び回ってかなり雰囲気があります。

 

時刻表(市場入口の店に置いてある)

 

メークロン市場は見て回って一時間潰せるような広い場所ではなく、勿論この暑さと日光の下で一時間もウロウロすると人死にが出るので、ホリエモン似の鼻マスクおじさんが客引きをしている明らか外国人観光客向けの飲食店に転がり込んだ。

空調がないと間違いなく死ぬ環境に置かれている。一方でタイは格差が激しい国でもあり、グーグルマップの教えに従ってバンコクを少しウロウロすると明らか電気通ってなさそうな高架下にお住まいの方などをちらほらと見かける。

あと、これほどの空調を賄うタイの電力供給ってどうなってるんだと思って調べたんですが、六割は天然ガスらしい。

 

電車が通過する時刻が近づいてくると観光客が段々と増え始め、店内に居座ったノーマスクの欧米人観光客団体が店外のベンチに向かったのを皮切りに、店内でたむろしていた観光客がなんとなくそちらに向かい始める。

鼻マスクのホリエモンと各店員は店の前の庇を長い棒を使って外しながら、店外のベンチに群がる観光客に「ベンチの上に立っていいぞ」と指示をする。そうしないと見えないらしい。

 

 

 

 

メークロン市場について前知識がない同行者が廃線と思う程平然と市場が開かれていた線路の上に、果たして本当に列車なんか来るものかと半信半疑で眺めていると、その内メークロン駅の方向から警笛が聞こえて来て「あっこれ本当に来るんだな」と脳が理解する。警笛からしばらくすると、ゆっくりと列車がやってくる。

列車の運転手が窓から手を出しており(ハイタッチかな?)と思っていたところ、ホリエモン似の店員がビニール袋に入ったドリンクを運転手に向かって突き出し、運転手はハイタッチの要領でそれを受け取って行った。

 

遮断機の入る程の隙間はない近さで見上げる電車はこれまでにないアングルで、ホームから落ちた時に待避所から見上げる電車ってこんな感じかなと思った。

 

ここで旅程中で初めて日本人観光客とはっきりわかる四~五人の集団に遭遇(タイミングが良かったのか悪かったのか、或いは単純に母数が少ないのだろうが、王宮等では一度も見なかった)し、「ここの人たちからすると日常だよね」とか、「なんだかんだ〇〇さんの言う通りに観光が進んでてマジ凄いな~」という話をしていた。

その後、同行者とはしばらくの間、複数人の旅行って大変じゃないだろうかという話で盛り上がった。十年超顔を突き合わせていると話す話題が尽きてくるので、目に着いた他人がいるとすぐにその話で盛り上がってしまう。下世話だ。

 


③ワットバーンクン

ワットバーンクンに向かう。

時刻は11~12時頃、太陽が今まさに天辺で煌々と輝いている時間である。日差しが恐ろしく厳しい。同行者はここで10バーツのココナッツアイスを食べたが、彼女が言うことには「これは市販のアイスにココナッツシロップを掛けただけの味だ」と言っていた。一匙二匙食べさせてもらった私には、違いがよくわからなかった。

 

ワットバーンクンについては事前にタイ政府観光局のページを流し見る程度のことはしていた。

 

www.thailandtravel.or.jp

 

なんとなく写真のイメージのまま、「本堂が菩提樹に埋もれてる、遺跡みたいな現役の寺」をイメージしていったんですけど、ゴリゴリの現役寺だった。

 

現役寺

 

現地の人かタイ人観光客かわからないものの、結構な人が金箔を持って靴を脱ぎ本堂に入っていく。

本堂は確かに菩提樹に埋もれているが、なんか真新しくどでかい建物が本堂から離れたところにいくつか立っている。

入口には「ワットバンクーン&バンクーンキャンプ」という記載があり、何らかの施設が併設されているのかとネットで調べたところ、タイ語しか出て来なかったので検索を断念した。誰か知っていたら教えてください。

 

 

④アンパワー水上マーケット

www.thailandtravel.or.jp

 

アンパワー水上マーケットはダムヌンサドゥアック水上マーケットと比較して「ローカルな水上マーケット」という口コミを聞いていたんですが、こここそある意味、最も観光地化されていないか……?といった感じの、風情のある景観だった。

 

100バーツの座席(後述)の眺め

物価は、確かにダムヌンサドゥアックと比較するとはるかに安いとは思う。

一方で、そこまで広い市場でもないので、お土産を市場で買うのであればダムヌンサドゥアック水上マーケットか、何ならメークロン市場がいいのではないかと思う。

個人的にはメークロン市場の方がいいと思う。ダムヌンサドゥアック水上マーケットよりも規模はだいぶ小さいものの、値段ははるかに安かったからだ。

しかし、ペニスを象った置物とか灰皿とか、あとなんかよくわからないゾウの絵?とかは、見る限りダムヌンサドゥアック水上マーケットでしか売っていなかった(気がする)。

とはいえ、そもそも水上マーケットで雑貨は買うべきじゃない(観光地価格だから)というのは、他の方の旅行記でも言われていたような気がします。

その手のものは「チャトゥチャック・ウィークエンドマーケット」で買うのが一番いいらしい。今回行けていませんし、これを紹介している旅行ブログのリンクも喪ってしまったので、最早風の噂のレベルなんですけど……

 

ところでアンパワー水上マーケットなんですけど、貸し切りタクシーツアーリクエスト時、ここで馬鹿正直に「蛍鑑賞」とリクエストに書くと、また運転手が貸し切りボートを斡旋してくれる。

アンパワーはダムヌンサドゥアックと比較すると遥かに小さい規模の市場なので、最初からボートツアー発着地点に連れて行くのではなく、何かの元締めのような迫力ある女性の元に連れて行かれ、「船に乗りたければ1000バーツ、蛍鑑賞が終わったら運転手がここに迎えに来る」という手筈を板に水を流すような流暢さで説明してくる。

 

一方の私も、アンパワーについては事前に観光客の口コミを見ていた私は、アンパワー水上マーケットの蛍ボートは50バーツ程でどこでも乗れるということを知っていた。

なので「チケットはここじゃないところで買う」と言い張るものの運転手はここぞとばかりに英語が聞き取れない様子(だし、私の英語は確かに酷い)になる。

「貸し切りはいらない、1000バーツは高すぎる」と繰り返し言うと、「一人100バーツで他の観光客と同席」というところになるものの、「だからお前からはチケット買いたくないんだって」といっても話がらちが明かなくなるので、仕方なく100バーツを払うことになった。

 

蛍鑑賞は19時から、アンパワーに到着したのは16時過ぎのことで、3時間潰すにはなかなか狭い市場だったもので、一通り見て回ってから同行者と私は適当なベンチに座って快適なインターネット環境を楽しみ、そこで蚊に刺された。

見て回っている合間にも中国語や英語で「蛍鑑賞60バーツ」とうたう文句を何回か見聞きし、私たちは結局100バーツ払って60バーツの船に乗ることになった。

暗く暮れかかる空に、17時頃に雨を降らせたでかい雲がそこかしこにもくもくとしており、雷の音がする度に空が紫色に光った。

雨季なので蛍は見れないんじゃないか(何なら蛍観光をせずに帰ってもいいぐらいの気持ち)と思っていたが、私たちが船に乗った時は結構蛍が居た。

とはいえ、火垂るの墓やリトルマーメイドで描写される「いい雰囲気を作り出す」タイプのあのムードはなく、なんか暗い豆電球がチカチカしてるな~という感じだった。

あの蛍は蛍そのものの美しさというより、心理描写の一環に近いんだなと実感。

 

旅程後突如運転手から斡旋されなんか断っても断り切れなかった現地ツアーについて催行会社に問い合わせたところ、以下の返信が来た。

 

 

「1000バーツの貸し切りボートはオプションなので、そこで断れば普通にダムヌンサドゥアック水上マーケットに向かう」

「アンパワー水上マーケットの蛍ボートは、外国人は一律100バーツ。60バーツというのはタイ人の価格」とのことである。

前者はダムヌンサドゥアック水上マーケットについてよく知らず、適当に流されて支払った私が悪いのだが、後者では現地で60バーツで外国人を案内する看板を見ているし、実際外国人だって60バーツで乗れるという口コミを見ている身からすると、この回答は好意的に見て「先方が把握している状況が実態に即していない」か、悪く言えば「嘘を吐いている」ということになる。

 

と言う訳で、その旨を当該ツアーページの口コミに書いてみた。

が、言ってしまえば当然ながら、ツアーサイトの口コミは評価が良い順にソートされてくるので、私のシャウトはいくらページをスクロールしても出て来ない。

今パソコンで当該ページを見たら評価順でソートできたんですけど、スマホアプリ版だと「低評価順」のソートが実装されていない。

 

その代わりに、「友人」とか「一人旅」とか、旅行者の属性別に撮影された写真をソートすることができる。

試しにソートして他の観光客の感想を見ていると、以下の感想が出てきた。

アプリ版レビュー>会員様提供画像>「友達」から閲覧できるレビュー


おや……冒頭に掲載したトップソートの感想と一字一句たがわず同じじゃん……と思って戦慄して記事を書き始めたんですけど、

記事を書きだし、誤字を修正しながらよく考えるとこの感想がトップの感想として掲載されている(そして匿名で感想を投稿するという選択が機能していない)、ということではないか……と思った。

 

いずれにせよ、ここでよく確認すれば「運転手ガチャ」という事ぐらいは、ネットで確認できる低評価レビューから確認できたんじゃないかな……と思いました。旅行前にはよく確認してください。諸々を(自戒)

 

 

 

 

*1:2019年度の外国人観光旅行客受入数ランキング8位(39,916千人)、ちなみに日本は15位。「世界の外国人旅行客数 国別ランキング・推移(国連)」、GLOBAL NOTE株式会社、データ更新日2021年3月26日、https://www.globalnote.jp/post-3608.html(2022年7月22日最終確認)。 

同年度のタイにおける旅行・観光業がGDPに占める割合は全体の19.7%(1,080億米ドル) 世界全体平均は10.3%、ちなみに日本は7%。「ASEAN における観光政策
~タイ・ベトナム・フィリピンにおける地方誘客を中心に~」、Clair Report No. 508 (March 10, 2021) 、(一財)自治体国際化協会http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/508.pdf(2022年7月22日最終確認)。

明け方の二次創作小説同人オタク(10年選手)

 

 

定期的に二次創作小説を書き溜めるだけのブログサイトを開設してから10年経ったらしいので、ここでドブに捨てた10年を振り返って見たいと思います。

 

ra927rita1.hatenablog.jp

 

自己紹介を始めます。カスの同人オタク。アーサー・カークランドはこんなに簡単に元弟を「赦し」たりはしないという執念から二次創作小説を始めてしまう。「自分がこういうものが見たい」というその場しのぎの動機で二次創作小説をしていたものの、二次創作小説を続けている内に「他人にこういうものを描いて/書いてほしい(自分でやりたくない)」という本来の動機に気付いたその時、「二次創作小説」という媒体を選んでしまったことを心から後悔した。十年間絵を描く練習をしていたら、また何か変わっていたんじゃないですか? (自己紹介 おわり)

 

ブログサイト開設1年目~5年目:BD(Bifore Doujinsi)

「二次創作同人小説」という、「3万円を豪華な紙束に変える行為」に手を染める前の時期。

ブログサイトを振り返っていると以下のペースで二次小説をアップしている*1


2012年6月3件 7月4件 8月5件 9月10件 10月4件 11月3件 12月3件

ちなみに10年モノのブログサイトを開設したのは6月ですが、それ以前にはFC2サイトを運営していた。そのHTMLサイトに掲載していた二次小説の更新数は、1月10件、2月11件、3月5件、4月19件、5月0件。

年合計77件、平均すると月6件の同人小説を書いている。

 

字数は?

字数には何の意味もありませんが、ここでは空費した時間を示す値として適当に示す。

 

2021年に30日間二次小説を書き続けるお題チャレンジに手を染め、旅行先でもスマホで二次小説を書いていた時の平均字数は4000字だった。

これは私の肌感覚ですが、10年前の当時から自作二次小説の字数が大きく増減した印象はない。なのでこれを基準に、二次同人小説1件=おおむね4000字×6件で一月24000字、年合計で308000文字です。

一文字一秒で打ち込んだとして4000秒=一時間弱、一発で全て自分が納得いく文章をそのままズバリ書けることもないので、一回書いて書き直し、そのあと誤字脱字修正フェーズが入るとして1同人小説に三~四時間程度使っているとして、これは一体どういうことだ? 

この時間を二次創作小説以外に費やせば、今頃一角の何かになっているのではないか。

二次創作小説 不毛です。

この時間で一次創作してたら、少なくとも懸賞小説に応募するストック程度にはなっていたのではないか? 

仮に二次創作小説を書くにしたって、何か書き方の文章作法のようなものを、きちんと学習するべきではなかったのか? 

 

何を目的にこんなことをしているのか?

私は「こういう二次創作が見たい!」という動機で二次創作に手を染めてしまいましたが、その結果「自分で書くことがあまり好きではない」ことに気が付きました。

「こういう二次創作を見たい」というサンプルを出すので、皆さんこういうのを描いて/書いて下さいというスタンスで行きたい。自分で書きたくない。こういうの読みたいけど、ないから自分で書いている。

他人が書いてくれるまで待機はできないので自分で書くが、あわよくばそれを他人に読んでもらってそれっぽい何かを二次創作してほしいし、日曜の明るい時間から暗い時間まで漫然と削ったり足したりした文章が、他人からどう読まれたのかということも知りたかったので、わりと積極的に「自作二次」を宣伝するオタクだった覚えがある。

 

一番読まれたもので、pixivで100users入りのタグが付くことがあった。覇権大手ジャンルでよく見るカップリングの二次創作をしていた頃だった。それでいて、「読みました!」という温度感のものを含めて、感想はこの時期に10程度頂いた記憶がある。嬉しい。しかし自作二次っぽい二次をしてくれるオタクは現れなかった。

そもそも、「二次創作小説」って読まれることが稀。目的を達成できずくさくさしながらも、二次創作小説を書いては後悔している。

二年目合計17件(約68000文字)月平均1件、三年目合計53件(約212000文字)月平均5件、四年目合計16件(約64000文字)月平均1件、五年目合計16件(約64000文字)月平均1件。

なお、当時タイトルを付けられたものを「SS」、そうではないものを「Log」として十把一絡げにまとめていたため、Logとして掲載された文章は件数の内に含んでいない。

 

何故オタクは洗脳されてくれないのか?

1~5年目のテーマがおおむねこれ。(答えはコミュ力 オタクとの身づくろいの方法を知らず、またその努力を怠り、コミュニケーションを取っていなかったから。)

「何故読まれないのか」というのは、「娯楽で小説を読む人間は少ない」ということが言えますし、第一二次創作の閲覧数は、ひとえに原作を履修したオタクの数に依存する。

なので、読まれる読まれないよりは、「「読みました!」「素敵!」と稀に単語を送ってくれるオタクが、何故洗脳されてくれないのか」というところに疑問が集中した。

 

同時並行して、〇〇さんの同人誌を買いました!という記念撮影をツイッターにアップするオタクの存在を観測していた。

同人二次小説をインターネットに公開していたほうが絶対的に露出数は多いと思うが、「本」という媒体に言及するオタクの数が、不思議ととみに多かった。ここに「当時の私が同人誌を出したことがなかった」という、劣等感にしてはお粗末な意識がこの記憶に影響している可能性はあるが、とにかく多かった。

また、「イベントでスケブ書きました!AB*2~!(画像付きツイート)」「アフターで〇〇さんのABがどうこう~!(画像付きツイート)」と盛り上がるオタクの存在を観測しており、これをもとにイベントに参加することを、ゼミや研究会へ出席するようなものかと誤解をした。

たしかに、ヤフージオスティーズで趣味ページを公開するより、同じような趣味の人間がいるところへ出ていったほうが、何かとそういったフィードバックを得ることもあるのではないか?

 

色々突っ込みどころがありますが後述するので、なるべく耐えてくださいね。

 


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ブログサイト開設6年目~10年目:AD(After Doujinsi)

万札をして紙束にする行為をするようになった時期です。

これによって得られたものは、「小学校の教室で仲良しのあの子が休んじゃった子供の記憶の追体験」などを除くと、「表紙を他人に外注する口実ができる」ことだけです。(ネタバレ)

 

累計14冊同人誌を出した。

部数は一種類ごとにだいたい5冊~10冊、一回だけ仕様の都合で30冊刷り、あまりに余ったので、たぶん15冊ぐらい新聞紙に包んで、外から何がなんだかわからないようにしたうえで捨てている。戦前の捨て子みたい。

 

イベントに参加した回数は、確か3回弱だと思われる。

イベントに参加しないで勝手に同人誌を刷ったり、エアブーのみ参加という回もあったりして、もう何が何だか分からなくなっている。

結果として、同人誌を刷ったところで、目標は達成していないです。ここが重要。

 

ra927rita1.hatenablog.jp

 

二次創作活動を通して、同人オタクはどのように交流をするのか?

二次創作をしているが、これがさっぱりわからない。

サークル参加したら、ゼミの出席者同士みたいな他人行儀な交流程度は生まれるのかと思っていましたが、それは普通に間違っています。いました。これは私が悪かった。

二次創作者、結局原作を同じくするので、皆だいたい似たようなことを考えているのではないかと、私がオタクに期待をしすぎていた。

同人誌を出すことで理解したのは、「二次創作の動機は様々なものがある」ということです。

二次創作活動を通して、原作の補完を行う層・原作の「瑕疵」を改変する層・原作の設定を元に異なる設定下でキャラクターがどう動くかの実験をする層・原作のキャラクターに極端な「愛情」を持ち、原作世界観を改変する層・自分の好きな外見のキャラクターを使って人形遊びする層・架空のアバターを用い、原作の世界に介入する層*3、様々。

 

研究会やゼミであれば、この「スタンス」から大きく違ってくることはまずありませんが、二次創作となると大きく変わってくるし、その許容度は人によって異なってくる。

 

そもそもの問題ですが、オタクって相手のABを褒める/受け入れることから交流が始まるらしい。

なので、褒められたら褒め返さないといけないことになっているらしい。

任意のオタクに話しかけたとき、〇〇さんの文章好きです! と取ってつけたように返ってくることがあり、そういう時大抵他オタクへのリプライには「〇〇さんのABの△△の××が~~」と結構具体的なことを喋っているので、「読んでないのに何でそんなことを言うんだ?」と真剣に疑問に思っていた。

この現象について最近やっと「Twitterのbioを見て、二次小説を書いているオタクなんだなと把握してからリプライをしてくれた律儀な人なんだろうな」と理解した。

「読みました!」だけで具体的な説明フェーズに入らないのは、「実際読んでいない」「読んだが特に何も感じなかった」以外に、「(そもそも対面していないが)まだ初対面の段階で、お互いに「どういうスタンスの人」かがわからず、探りの状態に入っている」からというのも考えられる。

 

私見ですが、私は二次創作のことを原典で喰らったトラウマをどうにかするための逃避行為だと思っていて、現象界に存在するあらゆるものがイデア界に存在する真なるものの影であるように、二次創作は原典を投影した影のような存在だと思っている。

なので、「〇〇さんのAB」という認知がない。他人の二次創作について、強いて言えば「原作のここっぽくて好き」以外の感情がないんですが、なんか違うらしい。

「〇〇さんのAB」という概念がよくわからない状態で、「(なんかよくわからないけど)好きです!」と返すのは不誠実だと思っていたので、そうやって稀に話しかけた相手から仕草を返されると、「いやわざわざ読んだことないもの読みましたって言わなくていいよ不誠実だな」と感じていたのだが、あれはたぶん、交流にあたって必要と考えられている義理だ。

なにもよろしくなくても「よろしくおねがいします」、クソが馬鹿にしやがってと思いながらも「ご指導ありがとうございました」と言うのと同じなんだと思う。

 

まともな人間は二次創作をしない。

そもそも、まともな人間は二次創作をしない。

逆に言うと、二次創作に手を染める人間はいっとき正気を失っている*4か、そうでなければ、自分の限られた時間でどのように欲望を満たすかに苦心している。

「他人の二次創作に影響されて書き出す」のは、余程のことがないと起こらないし、「もうある」ものを重ねて書こうとするオタクはまずいない。

 

なので、四年に一度ぐらい取り憑かれたように長文の感想を送ってくれるFF外アカウントが発生すると、大体の場合それが最初で最後になる。

人間は処女が好きなのか、オタクはパイオニア精神が強いのか知りませんが、「これが読みたかった」と言うオタクは、大抵「これ」に類する二次創作に手を染めていないことが多いし、何がしかの二次創作に手を染めている人間が感想をくれると、次の瞬間には「ABは書いてる人いるから私はいらないよね」という旨のツイートを見ることになる。

 

一人だけ、私の二次を見て対抗二次を出してくれた人間がおり、本当にありがたかった。10年で1人出会えるのって凄いな 天体現象みたい。

 

この彗星を除くと、二次創作の経験があるジャンル外フォロワーに四六時中自分の妄想ツイートを読ませることで洗脳に微妙に成功するパターンがある。

たぶん二次創作するオタクって、繋がりたいタグで不特定多数のアカウントとつながり、ツイートの形で洗脳することで、自分好みの傾向の二次創作を他人に書かせているのではないか、ということを最近ようやく理解した。

そうやって四六時中妄想を刷り込み、あと時々無意味な声かけをすることを通して「信頼関係」を築くことで、「自分の解釈に近い二次」であったり、「自作の感想」とかを収穫してるんじゃないかなと。

 

感想文って具体的になればなるほど、自分の頭の中を見せる行為に他ならない。

「あなたの二次を見て私はこういうことを/こういう二次を考えました」というのは、発信側も受容側も互いに信頼関係がないと難しいのだ。時折不幸な事故が起こることもある。

 

togetter.com

 

二次の露出を通し知り合った人間と、自慰行為ないし思考を見せても大丈夫! と相手に思わせるほどの信頼関係を構築することが、たぶん私の目的(自分の妄想を他人にどうにかしてほしい)を達成する最短距離だった。

 

もっと言えば、それっぽいツイートだけ公開アカウントで残し、猛然とツイート検索を始めた人間の脳に傷を残して、あとは二次創作が生えてくるのを待つのが一番では? というようなことを思いつつ、コンスタントな二次創作は続いている。6年目合計34件(約136000字)月平均3件、7年目合計42件(168000字)月平均4件。

8年目以降はTwitterに掲載した文章をある一定の間隔でサイトに掲載するようになっており、サイトの更新履歴記事も、以前までのように「20XX年X月X日に〇〇をアップしました!」という方式ではなく「〇〇をいくつかアップしました」という書き方になるため、更新数を逐一追えなくなる。

代わりにローカルフォルダに書き溜めているtextファイルフォルダの更新日付を見ると、8年目82件、9年目59件、10年目(~6月29日)で現状41件のテキストファイルが、「掲載済」のフォルダの中に入っている。

 

他人に頼って「こういう二次創作を見たい!」とする戦法は、四六時中そのことばっか考える異常者にとっては不確実なので、いるかどうかもわからん他人をあてにせずにこうやって好き勝手無軌道に自分の妄想をしていると、他人との信頼関係は醸造されない。

なので、当初はコミュニケーションをする気概があって話しかけたり話しかけなかったりしたオタクは、そちらはそちらで、コミュニケーションを取れるオタクとよろしくやりますし、この状態になると、良くて時々アップしてるのを見てもらって、フーンと読み流して頂く程度のところに落ち着いているのではないか? と思う。悪ければミュート頂いている。


この状態で反響が欲しくなって、匿名メッセージサービスが実はあります! などとを連投したところで、そもそもの信頼関係がありませんので、「読みました!」「よかったです!」が関の山になる。

それが悪いというわけでもない。

 

他人に期待しないことは「誠実」か

急に私の話をしますが、他人に無暗に期待を寄せるべきではないと考えている。不誠実だからだ。他人が何をしてどう考えるかは、他人の自由意志に委ねられるべきである。

しかし、自由意志とは何か? 

全オタクがSNSをやめて、拍手やコメントを閉鎖した個人サイトに細々と絵をアップロードするなら話は別でしょうが、「同好の人間との交流手段」として絵や文章を使う人間からしたら、当然反響が大きいものに寄っていくのは自由意志であり交流戦略です。

自分が得たいものを得るために、お前はまずオタクと向き合うべきではなかったのか。

お前は10年何をしていたのか。自慰行為。

 

オタクから何かを得たいのであればオタクと向き合うべきですし、本当に自分が読むだけでいいのであれば、「無かったら書く」オタクのパイオニア精神を摘まないためにそもそも自作二次を公開をするべきではない。

10年かけてそれっぽっちのことを理解し、それでもなお、中途半端に、「あわよくば洗脳される人間がいないかな」と思って、公開しているんじゃないですか? 多分。公開する理由はそう。他人への期待を捨てきれていないから。

 

そして二次をしだすのは、それ考えるのが楽しいからだと思います。

旅行に行きたがるのと同じ。新しい世界を広げる・他人とつながる・新しい居場所を見つけるために趣味をする人間がいるように、趣味と称して目の前の諸問題から逃げる方便とする人間もいます。

眠れないままの明け方って、明日が台無しになることがわかってるのにやたら楽しくて、結局、あれをずっとやろうとしているんじゃないだろうか。

 


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*1:自サイトの「更新履歴」記事を参考にした。

*2:特定のカップリングへの言及を避けるため使用する代名詞 A×B

*3:夢小説・オリキャラやなりきり、乗っ取り二次やクロスオーバー二次の層を想定

*4:このタイプは熱が収まったりライフステージの変化に伴い二次創作行為から足抜けができると思っている。これは私の偏見だ。

妹が買ってくれたYuppie Psycho

 

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ブログをしていない間、ゆっくりゲーム実況動画をしていた。

他にも労働の合間にTwitterをしたりTwitterをしたり、Twitterをしたりしていた。この調子でいくと、走馬灯にあの日に見たTLを見ることになりそうで、恐怖を感じている。

 

妹が買ってくれたYuppypsychoを数年越しにプレイし、実況動画にはできていないが、一通りシナリオを終えている。

何故購入から数年越しになったのかというと、妹が買ってくれた当時、お姉ちゃんが持っていたパソコンのスペックか性能か、それともメモリか、どれかが低いか条件を満たしていないかしたために、まともに動作しなかったからだ。

当時のパソコンで出来た唯一のSteamゲーはPapers,Pleaseで、白目が赤くなるまでやり続けていた。

万一何かあってあの時に死んでいたら、あの日見続けていたゲーム画面を走馬灯に見ることになっただろう。

 

以下Yuppie Psycho: Executive Editionのネタバレを含みます。

 

世界的大企業の一つ、シントラ社で初日を迎えるブライアン・パスターナックをプレイしよう。将来性もない、覚悟もない、資格も一切持っていないパスターナック。果たして彼はシントラ社の階層社会で輝く術を持っているのだろうか。彼が生き残れるのかどうか…全ては彼が最初の任務をどう進めていくのかにかかっている。(Steam:Yuppie Psycho: Executive Editionより)

 

陰鬱な90年代の社会の中、世界的大企業シントラ社で初日を迎える何の取り柄もない若者、ブライアン・パスターナックをプレイしよう。将来性もない、覚悟もない、資格も一切持っていないパスターナック。果たして彼はシントラ社の階層社会で輝く術を持っているのだろうか。彼が生き残れるのかどうか…全ては彼が最初の任務をどう進めていくのかにかかっている。(Yuppie Psycho: Executive Edition ダウンロード版 | My Nintendo Store(マイニンテンドーストア)より)

 

続きを読む

このオタク二次創作に10年"持っていかれた"らしいですよ

 

私が二次創作同人小説に手を染めた時、二次創作同人オタクの間でpixiv・Twitterはそこまで広まっていなかった。

「二次創作がそもそもダメだろ」っていうのとは別に、「オタク趣味」自体を「隠れるべきもの」として見る風潮が残っていた。

私が二次創作に手を染めたきっかけが、擬人化ジャンルだったということも関係していると思う。

 

二次創作同人オタクはFC2ブログや忍者ツールズ、さくらインターネットロリポップ! 等でサーバーを立ち上げウェブページを作り、indexページ<body>~</body>タグの間に<meta name="robots" content="noindex,nofollow,noarchive" />を打ち込んだ。FC2のアクセス解析や忍者ツールズのアクセス解析を利用し、心当たりのあるサイト外からのリンクがないかを熱心に確認した。

しかし、このやり方には面倒だった。いちいち文章を書いてサイトにアップロードしたいと思うたび、ウェブページを作成してアップロードし、リンクをする必要がある。

別に、それはそれで楽しい。二次創作同人小説を表示するウェブページに、思い思いのフリー画像を設定したりして楽しめる。今でいうpixiv小説の表紙に何のフリー画像を設定するか選ぶような感覚だ。

だが、いちいちそれをhtmlタグに入れたりFFTPでアップロードしたり、リンク設定してまたアップロードしたりするのが段々面倒になってきた私は、ブログサイトに移行した。

 

ブログサイトって知ってる? 

 

ウェブサイトではなく、ブログに二次創作をアップしてサイトの代用とする行いを指します。

大概はindexだけウェブページで持っていて、そこからブログにリンクさせていた。

ブログ自体を非公開設定にして、パスワードのヒントを書く場所に「indexにあります」とか書いておく。そうすると、仮にブログが検索エンジンにヒットしても、ブログの中身は見られないという仕組みである。

 

ブログを更新する行為は、サイトを更新するよりも手軽だ。何といっても、いちいち背景画像にする画像を探したり、フォントを選別したりしなくてもよい。カスタム度が低い代わりに、文章を書いて「公開」を押せば一発で公開できる。

一方で問題もあった。何もしないでそのままブログを更新し続けると、一番上に新しいエントリーが来続ける。視認性が悪い。カテゴリーでジャンルごとに分けることもできるが、限界というものがある。どこまでスクロールすればいいんだこれ? 

 

この問題をウェブサイト風のCSSを採用して解決するブログサイトもあれば、私のように力技で解決するブログサイト運営者もいた。

常に一番上に表示されていてほしい、公開中二次創作同人小説へのリンク一覧記事の公開日付を「未来の日付」にするのだ。

よく考えるとそれでは未来に公開されることになり、結果的に今は非公開になってしまうのではないか? と今の私は書いていてちょっと思ったが、この策はこの10年間上手く作用しており、私のブログサイトのリンク集記事は10年間、ブログトップに君臨し続けている。

 

10年前、私はブログサイトを始めた。

10年前の私は常にブログトップに表示されていてほしい記事件名「about」の記事を、10年先の日付に設定して公開したのだ。2022年。

 

10年オタクやってると、定期的にpixivに投稿した同人小説を消したくなります。

オタクが自分で投稿した二次創作を時にはアカウントごと根こそぎ消すのには様々な動機があると思いますが、私の動機は復讐が近いです。復讐の内訳は後述します。

 

私が二次創作同人小説をズブズブやっている間に、サイバー空間はますます広がりを見せ、二次同人オタクの間では個人サイトを持たないという形態が「一般的」になった。

pixivに作品を掲載する形式から、Twitterでまず発表し、pixivにそれを後からまとめる形式が現在の主流でしょうか? pixivにまとめるっていう時点でなんか古い気がしなくもない。

とはいえpixiv・Twitterの後継となるオタク受け皿が存在しているか? というと、「多くのユーザーを」「一挙に抱えるプラットフォーム」というのはないように思っている。思っているだけ。すべて私の私見です。な~んも調べてない。

いっときTwitterの後継を目し、彗星のようにマストドンが流行しましたが、今どんな感じですか? 絵師の場合はtumblrを使ってる人がぼちぼちいたような覚えがありますが、二次創作同人小説の場合はちょっとよくわからない。他、Twitterとの合わせ技としてのPrivatter、fusetter、ポイピク、ジャンルによっては、pixivの代わりにピクトブランド。

ピクブラが流行り始めたころはタイバニ全盛期で、おそらくあれの創設者は虎兎派だったのか、露骨に兎虎を揶揄る宣伝文句を行い、一時炎上していた記憶があるんですけど、検索したら「プレミアムが退会できないんだがwww」という内容の記事ぐらいしか出てきませんでした。被害妄想かもしれない。

その辺りは特に重要ではないです。全部私のうろ覚えで列挙している。重要なことは「二次創作の主な公開・閲覧の場がSNSに移った」ということです。

 

「二次創作の主な公開・閲覧の場がSNSに移った」ことで、各々がサイトを持っている時より、確実に閲覧数が増えやすくなったのでは? 

それと同時に、他人を視認することが増えた。他人が他人へ向ける感想を見ることも増えた。

 

「感想が欲しい!」というのは二次創作をするオタク(私)の欲望の中に常に存在しますが、これを細分化するとおそらく、

「どのように読まれたのか知りたい、私は母語を使って妄想を出力できているのか?」

という疑問の他に、

「私の妄想に時間を使ってほしい」

というところに近しい感情がある。

 

何せアホ程時間がかかる。朝ちょっと手を付けると休日が終わる。

一方で、私も絵師の人から絵を描くのにアホ程時間がかかる話をいただいても、あまり響かないところがある。結果だけを攫って行く人間だからだ。

美術館に展示されている絵に、作者以上に時間を使う人間、いますか? 研究者や修復師、それか贋作を生業にする人間は使うのかも。

 

要は、そういうことです。「私が時間を使って出力した妄想に、他人にも同じように時間を使わせたい」これは欲望の形として間違っている。

私と同じだけの時間を使って、私が出力した妄想を見る人間は存在しません。文章を並べる速度と文章を読む速度は全く違うものです。

 

これを自分の脳に理性でわからせていますが、感情はよくキレてる。

というのも、他人が、他人のためには良く時間を使ってなんかコメント書いたり、言及したりしてるのを見るから。

SNSにおいて、他人が他人へ向ける感想を超よく見る。

他人が他人へ向ける妄想のファンアートであるとか、そういうの非常によく見る。私の脳内で回数が増幅されてたりしません? ってぐらい見る。

 

一方で直近の私の話ですが、「本読みましたありがとうございます!」という趣旨の名前の公開リストになんか追加頂いたので、「おうありがとな」って気持ちでリスト製作者のホーム画面を見てみたところ、数秒前に「たった今他人に超長い感想DM送っちゃったテレテレ」ってはしゃいでるところだったとかです。その人だけでよくない? 追加するの。

「後で感想送ります!」ってやつは、マジでたぶん一生来ない。あの予告送ってから感想送った!って人間、この世にどれほど存在しますか? もしいたら教えてください。

一方で、感想予告も「あっあの本手に取った人間マジでいるんだ~」という実感にはなるので、実際ありがたいと思うし、こういう放言をして他人を委縮させるべきではないと、理解はするんですけど、じゃあ「感想来るかも!」と思いながら他人の他人による他人への感想見てる私は何? ってなるのはある。

コメントを入れられるツールなんてものがあるから、予告コメントをいただくことになるのでは? となると、メッセージツールを持つべきではなくない? 

そうはいっても、なんであれ自作二次を見た他人の反応が入ってたら嬉しいので、それはそれで開けておいた方がいいんじゃない、とは思う。貰える可能性がある状態にしておくということに越したことはない。


そもそもの問題ですが、自分ほど自分の妄想に時間を掛けて、自分が出力したものに向かい合う他人はいない。これはよく理解している。

さらに娯楽で文字追う人間はまずいないし、まして読みやすさを考慮しないカスの素人二次だもんで、読まれるだけ驚いていた方が謙虚というものでは? 

一方で、他人が他人に時間を使ったり交歓したりしてるのをよく見ていると、俺が時間を使って最高だと思ってるもの、他人には時間を使う程のものでもないってことか というのは定期的に思う。

自分の妄想によって他人Bに時間を使わせている他人Aは、まず他人Bのためにどこかで時間を使っているのでは? といえば、それはそう。

しかし、二次創作同人なんかしてたら、他人に使ってる時間なくない? 食器洗ってる時間もない。別に二次創作ばっかしてるわけではありませんが、Twitterとかしてるので。するなよ。皿洗って本でも読め。寝ろ。

 

そういうようなことを考えながら生活してるんですけど、その中で「(自分の二次に)反響がないのは、自分がそれだけのものを出力していないから。読まれたところでわざわざ時間かけて何かコメントを残す程でもないっていう、それだけの事実を表している」という趣旨のツイートしてた絵師が、そのあと大量にマシュマロ感想を収穫してる様を見て私は高らかに笑いましたが、

 

そうやってゲラゲラしてる一方で、感想ってそんな自発的に送るか? というのもあって、それは大いにそう思う。送らない。他人の妄想とか読んで、「良かった」しか残らないの、大いにわかる。

「良かった」しかないところ、下手になんか凝ったこと考えてコメント残すか? と思ったところで、これは俺の自慰行為の押し付けではないのか。というのが常に付きまとう。

私も、他人のために、なんかキモいやつになるリスクを冒してまで、そこまでの時間を使わない。

私の苦しみや私の時間というのは、他人の苦しみや他人の時間というのが、私にとってかなりどうでもいいのと同じだけどうでもいいし、影響を及ぼさないんですよね。

 

そういう世界線にいるつもりなんですけど、他人は他人のために時間を使いますし、私のために時間を使ってくれたらしい他人、奇特な他ジャンルの方を除くと、基本的になんか感謝の言葉だけ残して成仏したり、〇〇は書いてくれる人いるから~と各々の活動に戻ってくれます。

「人間の脳を洗って私好みの二次創作をさせたい!」という方向性からすると私の有り様は完全に間違っている。

 

10年も何してたの? 

 

二次創作同人小説で10年、得たもの、狂ったようにわけわからんツイート垂れ流してるところ、時々喋ってくれる数人のフォロワー(奇特 タイムラインのノイズになってませんか? 気が向いたらまた喋って下さい 嬉しいので)、旅行先で会ってくれる奇特な二人のオタク(貴重過ぎる ありがとうございます)と、キモオタク特有の早タイピングぐらいですか? 最後のものはこれ、二次創作同人小説ではなくて、なりきりチャットで培ったんですけど……。

 

ブログサイトとか自分の二次とか 公開したものを定期的に全部消したくなる動機の一つには復讐があり、ここには、私には時間を使わず、私の妄想を一方的に楽しみやがって、という他人への恨みが根にあるんだろうと思います。

これと同時に、読んでくれるだけありがたいと思う感覚も併存してはいる。

しかし自分の脳内に、できるものなら二次創作なんて書きたくないし、他人が書いてくれた最高概念を読んで綺麗な涙を流してカフェでおいしいケーキを食べたい、というのが常にある。

 

一方で、私もものすごく好きな二次とかあるんですけど、わざわざそこにコメントして作者に好きです~~~~~~~~~あなたのつぎ込んだ時間はここで生きてますよ~~~~~~~~というアピールとか、まずしに行かない。最高が既にそこにあるので、私が何かをそこに継ぎ足す必要がない。

そこに何かコメントをしてくれということであれば、何かしらひねり出すべきだとは感じている。何せ、「俺の出力と校閲に掛けた時間を葉巻にしてすぱすぱ吸いやがる」というのは、私がオタクに対して常にうっすら持っている恨みでもある。

しかし、この最高に私がするコメント、なくない? ここの文章が好きです!って言って全部コピペするの? 新手の荒らしか?

 

そうやって二次創作小説なんか、中途半端に公開して自己満足してるもんだから、自分が書いた/書かざるを得なかったという被害者意識が、常に付きまとっている。

誰から被害を受けている? 自分だ。自分が勝手に考えるので、書かざるを得ない。

わざわざパソコン開いてテキストを見て読み返すより、ブログなり何なりで公開した方が見やすい。

 

だいたいは公開行為で満足しており、それを他人が見ていることに気付くとびっくりするがまあ嬉しい。

時々は、他人が他人に対しては時間を使って言葉を尽くしてそれに賛意を示すのを見ながら、他人は私には時間を使わないので……ということを考える。

 

考えても無駄だ。まれにコメントをいただくことがあるだけで、奇跡的じゃない? 

とはいえ、考えてしまうものは考えてしまうものですし、これを考えないためには、そもそも他人に私が無為に費やした時間の結果を、閲覧できる場所そのものがなければいい。

 

pixivとサイトのアカウントを消せ! 

 

そうやって公開したり頒布したりしなければ、私の時間を葉巻にした妄想をキメられるのは私だけなので、ある種の安寧が訪れるんですよね。

公開するべきではない。公開したって、「〇〇は書いてくれる人がいるから~」になるんですよ? 何で? オタクと社交しないから? 

 

でも、オタクと社交をすればオタクは私の考え方に近くなってくれるかと思ってた五年前ぐらいに、オタクと一生懸命喋ろうとしてた時期あるんですけど、推定善意の他人が、わけわかんないからブロックしてる界隈大手の二次勧めてくれるリプライに、マジで何をどう返せばいいのかわかんなくて同期に相談したし、同期は苦笑いしながら「今度読んでみますねっ(任意のキラキラ絵文字)」を入れればそれっぽく見えると教えてくれた。

そうやって色々相談しながら私が一生懸命対話を試みたオタクたちは、別に私の好きな傾向の話をしてくれるようにはならなかった。まあ当然のことなんですけど、社交が上手い人間ってそういうの素でやってるところありませんか?

 

私にオタクの社交を教えてくれた同期が卒業して、彼女と会わなくなって四年ぐらい経って、今日の私は久しぶりに遅刻しかけて駅まで走ったんですけど、スーツ着こんでさも健康体って顔しつつ下半身はドッバドバ出血してるせいか、電車に乗り込んでから物凄い勢いで耳が遠くなって立ち眩みを感じ、隣駅で降りてベンチを温めるなどした。

三回電車を見送ってから、おそらく私が出勤するから出勤してきたのだろう管理職に、「マジ貧血で動けないから午後からいきま~す」と連絡をした。

 

正直一歩も動きたくないが、自分で歩かないことにはどうしようもない。

駅員の人を呼ぶか? 救護室とかで休ませてほしいと思っても、大声を出して人を呼ぶイメージをするだけで喉が萎える。

誰か駅員を呼べ~~~~~~と念じながら、ベンチの背もたれに肘を乗せてほとんど丸まっていたんですが、誰も来ない。

 

まあわかる。私も、誰か不健康そうにベンチで蹲ってたら遠ざかる。

しかし貧血起こしてる私の周りの人間はそれとは違って、遠ざかりもしない。各々スマホ見てるか音楽してるから気づかないのだ。

 

別にそれがどうってわけじゃない。私だってそうする。私がベンチで座れる範疇だから声かける程でも……っていう判断もあったと思う。まして朝だ。遅い朝とはいえ、出勤者にとってはそれどころじゃない。

あそこで暗転してぶっ倒れていたら流石に誰か来ただろう。来なかったかもしれない? しかし、電車が入ったり出たりするたび合図をしている制服の駅員がいた。あそこで満を持して地面にぶっ倒れれば、流石に誰か来ただろう。

 

ぶっ倒れる程ではなかった。献血した後に焼肉食べ放題して池袋のアニメイト(階段がめちゃめちゃ長い)に行った結果、工事現場前で歩けなくなった時の方がひどい貧血だった。正常な月経は20~140mlらしい。献血は400mlなので、抜けた血の量から考えればそらそうだ。あの時は、脳幹が氷漬けになったような感じだった。

結局同行者がタクシーを呼んでくれて、彼女の家で二十分ぐらい安静にした。これを思い出すたびに、あの時のタクシー代まだ返してないな、というのも思い出す。その後完全にタイミングを逃し、連絡を取れていない。いきなり金返したいんだけど! って連絡するのも、なんか……ラインペイ送る……? 

 

とにかく、貧血の度合いとしては、その時よりマシだ。まだ歩ける。

トイレに入って蹲るか反対側の電車に乗るか、ホームで十分迷ってきた電車に乗り、ところどころ人目につかないポイントで便所座りをキメながら、這う這うの体で家に戻る。

 

家に戻ってからしばらく安静にしてウトウトしたら、まあ立って歩けるぐらいにはなったので、出社をする。

こんな這う這うの体なら出社するなよというのは正しいんですけど、他人に口で説明して作業をやらせるより、出社してやった方がよっぽど早いことが溜まりにたまりすぎて明日締め切りを迎えようとしている。

出社時間を二時間ずらしたら電車が空いていて、やれやれと席に座りながらスマホを見て、自分の二次を見返していると、めちゃめちゃ面白い。

自分の脳から出てきているので、たぶん自分の脳や思考にフィットする形で書かれている。

 

これめっちゃ面白いので、消さないでいてくれてありがとう私。

過去の私、決して未来の私に見せるために書いているわけではないんですけど、時間詰め込んで葉巻作ったの過去の私なんだから、今の私が良い思いするぐらい良くないか? 

ありがとう できれば誤字脱字をなくせとは言いませんから、減らしてください。醒めるから。

 

 

 

行けなくなった旅行の備忘

 

日々働いており、税を納めている。働き続けることを前提にすれば、生活はわりに安定している。

今年の営業日を終えて振り返ると、労働環境は悪くない。今のところ怒声を聞くことはないし、おおむね指示が出て、情報が共有される。指示がない時はさもやっている風に、WordやExcelを開いたり閉じたりしている。

毎日(といっても営業日に)同じ時間に起き、勤務し、他人から回されたり、適当に作り出した業務を捌いていく。このご時世に有り難さが極まる一般事務職に就き、毎日悪い夢を見ているような気分だ。

 

月収から税金が天引きされ、そこからさらに家賃光熱費等、生活に必要な雑費を差し引いていくと、実の所そこまで残らない余剰金をアプリゲームに課金し、ゲーム内で購入したキャラクター衣装が、この度全く異なるデザインの別物衣装に改変されるという憂き目に遭っている。

ゲーム内発表から継続して問い合わせを続けているが、年末休暇に入ったのか、「所定の部署に伝えます」というテンプレートの返信も届かなくなった。

 

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直近の返信メール。「カスタマーセンターです」の名乗りの前にゲーム名が入ったり入らなかったり、多少の文言の違いこそあれ、おおむね同じ返信が返ってくる。

 

Twitterを見ていると、「最適化される前に○○したい」という、最適化を受け入れる方向を前提としたオタク各々のお気持ちが飛び交っており、私の脳味噌は三々五々に散らばって抗っている。

つまり、お気持ちを表明・整理せず、現状を認識しない。底して理解しないというやり方で、課金デザインの強制変更という現実に抗っている。

 

衣装の強制的なデザイン変更、もとい「最適化」をされる前にゲームデータを全て消し、現状を「永遠」にする選択肢がある。

その一方、ゲームデータを全て放棄するには、S19推理の径衣装があまりにも好きで、「風を待つ」を明るい環境で見たいがために、霧の山荘(課金限定アイテム)とファーニチャー(課金限定アイテム)を購入する等している。ショボいカモだ。

カモは課金の費用を捻出するため、ただでさえ週に一度特売日のみの買い出しを控え、冷蔵庫では玉ねぎの外側から数えて第二層が、温めてもいない内からゲル状の飴色になっている。

 

以上が近況です。

要は、この頃はあまり前向きではないマインドセットで営業日を終え、給与から税金が天引きされ、手取りから生活費を差し引いたところのはした金を叩いて、オタク的なモノやデータへ散在すること著しい。

振り返ってみれば、最近やたらとお金を使うようになった。

学生から社会人に身分が変化して、定期収入が発生するというのもありますし、前はゲームジャンルにドはまりしてはいなかったので、そもそも課金をする必要がなかったというのはある。

しかし、「遊興費」という点だけで言えば、学生だった頃の方が全力で金を使えたはずだ。なんてったって扶養家族身分の実家暮らしだったので、アルバイトで稼いだはした金を、全額オタク趣味にブッパするのは、理論上可能だった。今の課金額は、学生時代のアルバイトで貰っていた手取りが消えはするが、まあ支払える程度の額だ。

しかし、学生生活を思い返してみると、実家のほぼ無料飯以外の局面では、割と食うに困っていた。学内生協のおにぎりが10円安いのにするかそもそも今日は食べないか、で迷っていた気がする。理論上当時存在していたはずの遊ぶ金、どこに消えていたんですか? と思って改めて思い返すと、まあたぶんほとんど旅行で溶かしていた。心当たりがこれしかない。

 

物理的に生活空間から切り離される遠方に行き、言葉もろくに通じない中、死ぬほど不安な気持ちに晒されて、心の底から旅行に来たことを後悔している瞬間に、「生」を感じる。私は器が小さいので、先進国の大都会でも余裕で大後悔ができる。

今日は昨日食べたもののこともあまり覚えていないので、あすけんの女に尋ねるが、数年前にトランジットで訪れたモスクワで、唯一覚えたロシア語を使ってたどり着いた個室内の洋風和式便座のこと、旅行中の食費が掛かりすぎるので、15DKR(日本円で300円ぐらい)の長いパンをかじりながら生活したら、大便がありえん臭気を発し始めたこと、オスロオペラハウスの天井で滑って転んでケツをしたたかに打ち付け、あまりの痛みにしばらく立ち上がれなかったこと、発熱と高山病にかすむ目で見た標高3000mの草原で、黄色い花がまばらに咲いてやたらと目についたこと、片言の中国語を使ってなんとかたどり着いたトイレ。急勾配の階段で、なんか茶色いしみがいっぱいあると思ってよく見たら、チャバネゴキブリが踏みつぶされてシミになっていたこと。そういうものばかりを、やたらと鮮やかに覚えている。

 

www.asken.jp

 

わたし、こういうかつての鮮やかな、生きていた記憶を繰り返し繰り返し、擦り切れるまで眺めながら、日一日、一営業日を何とかやり過ごし、これを思いださなくなって、記憶が擦り切れた頃に、ゆっくり死んでいくのだろう。

 

死が怖い。物心ついたような頃合から死が怖い。当時は「大人になれば気にならなくなるんだろう……」と思って、しくしく泣きながらやり過ごしていたが、成人して尚、現役で死が怖い。

芽生えた自我がやがて喪われるのは自明の理ですが、これがとんでもなく怖い。自分が自分でなくなる様が恐ろしい。気晴らしに本なんかを読んでいる時、「これを書いた/ここに題材として書かれてる人間、生きてる時間よりも、死んでいる時間の方が長いのか……」と考えてしまうとダメで、そこから長くもない睡眠時間が強制的に削られ、死への恐怖についてばかり考えるようになる。

 

これを、ほとんど毎営業日前日にやっている。死をいくら考えないようにしても考えても、今のところ確実にやってくる死を回避する術を私は持たないんですが、やがて来る死を考え続けて(一度ギアが「死」に入ってしまうと、考えを切り替えるのが非常に難しい。)ひいひい怯える営業日があまりにも嫌。

旅行先では毎秒を生きているのでやがて来る「死」を考えないのかというと、別にそうでもない。一挙一動するたびに死を連想している。飛行機を見れば墜落死、道路を見れば事故死、すれ違う人間の人相がちょっと悪ければ客死を想像、メメントモリモリ。

でも、遠出をしているときはその一瞬一瞬、毎秒をことなくやりすごすことに必死になって生きているので、「いずれ訪れる確実な死」を考えないし、寝る前に何か考えることもない。たぶん疲れてるから。あと翌朝働かなくてもいいし。

 

他にも旅行の効用はたくさんある。

Twitterでオタクがいかに連帯していようが、ブロックしてもブロックしてもミュートしてもミュートしても、検索結果やタイムラインにわけわからんカップリングが出現してこようが、旅行中は隙あらば身近な死について考え、「それどころではない」ので、正直あまり気にならない。時差による時間的な距離があると猶更だ。

旅行先で他人と会話をすることがあっても、そもそも言葉が通じないので、後から延々と反省をし続けることもない。ソシャゲに課金して手に入れたデータが、全く異なるものに挿げ替えられて、いくら問い合わせを送っても返事がなかろうが、電波環境があまり良くなく、ログインどころの話ではないので、きっとだんだん気にならなくなる。

わけのわからないもの(脱糞泥人形*1 とか)を目の当たりにしたり、なんか毛が生えたパン(いまだにあれが何だったのかわからない)とか、わけのわからないものを食べていると、毎日フルで五感を使うので、それについて考える方に力を使う。

だから、遠く確実にある死や、日常を取り巻いているうんこまみれの諸々について割く思考がなくなる。今がすべてになるのだ。

その瞬間だけ、ひどく生きているように感じられる。早く遠くに行って不安でめちゃめちゃになりたい。離れていれば離れている程良い。

 

 


行けなくなった旅行の備忘をします。

私事ですが(最初から私事ですが)、夏頃に二度のワクチン接種を終えていた。

これは私事っていうわけではありませんが、それ以前(夏ぐらい?)から、ヨーロッパ諸国では入国緩和のムードが出ていた。二度のワクチン接種を済ませていれば、待期期間なしで入国可能になっていた。

日本側の水際入国措置も、空港近くの隔離施設で待機・公共交通機関使用不可ながら、自家用車またはハイヤータクシーを3万円ぐらいで借りて自宅で待機することもできる。

本拠地が都内にあり、かつ同行者を見つけて割り勘にすれば実現可能な金額でもあった。

鎖国と揶揄られた日本側の水際対策も、いっときは一部の国に対し、待期期間が十四日間から十日程度に緩和されていた。

 

なので、2021年、年末を利用したかたちでの海外旅行を画策していた。

業界柄オフィス出勤はあってないようなものである。同じような業界に属し、今冬入籍を控えていた友人に「アイスランドでペニス博物館を見よう」とダメ元で誘ってみたところ、「ペニスは間に合っているので間欠泉が見たい」と返事が来た。

 


www.youtube.com

 

これの顛末を先にネタバレしますと、結局オミクロン株の流行により、水際対策のレベルが上がった*2ことで、旅行計画としては頓挫します。

 

island.is

 

アイスランドへの入国にあたって何が必要か・そもそもできるのか は、以上のサイトから簡単にチェックできる。(アイスランド政府のサイト・英語)


2021年11月時点、アイスランドに親類縁者がいない・アイスランド国籍を持たない人間が日本からの入国する場合、

①二度のワクチン接種証明(ファイザー・モデルナ等世界的にメジャーと認められている銘柄のワクチンである必要がある)または罹患後の回復証明書、

アイスランド入国前の登録

③出国48時間以内のPCR検査陰性証明

以上三点セットで、待機時間なしの入国が可能。

ただしこのサイトにも記載があるが、ワクチン証明が公のものかどうか等、最終的な決定権は税関が持っているので、このサイトでOKが出ても税関で突っ返される可能性はある。

 

アイスランドってどうやって行くの?

そもそもアイスランドってどこにあるの? ヨーロッパの北の果てです。グリーンランドの右下にある島。直行便はない。

調べた空路だと

エミレーツ航空で東京発ドバイ経由ロンドン・ヒースロー着

②よくわからん名前の格安航空系の便でヒースロー発レイキャビク着(※アイスランドの首都はレイキャビ(ー)ク)

2か所経由1回乗換が必要。空の上で24時間近く使う感じになる。

 

空港から市内まで

↑で「レイキャビク着」と書きましたが、実際に着するのは「ケプラヴィーク国際空港」というところだ。

これはレイキャビクから50kmほど離れたところにあり、ここから市内までの移動はエアバス(バス)かタクシー、市営バス、あるいはレンタカーでの移動になる。だいたい40分ぐらいで着くらしい。

 

icevel.com

 

友人はグーグルマップを見て、ケプラヴィークからレイキャビクを「めちゃめちゃ遠いじゃん」と恐れていたものの、「成田と東京だってクソ遠いけど一時間ぐらいで着くじゃん」と宥めた。

成田⇔東京間、個人的には結構な心理的隔たりがあるんですけど、日本での土地勘がないと「まあこんなもん」という感覚になるんですかね? 不明。有識者がいたらこっそり教えてください。

 

 

宿どうすんの

 

guidetoiceland.is

 

北ヨーロッパを滞在先にすると何より滞在費が高くつくんですが、アイスランドってマジで抜群に高いらしい。

 

旅程を考えていた時には、「夏場に涼しいとこ行くならともかく、冬にクソ寒北極圏なんか行くやつおらんやろ!w」とクソ舐めプしてたんですが、そういえばウィンタースポーツっていう、寒い時期にクソ寒エリアに行くアクティビティ、一部の人間の行動様式には備わっているらしいです。

そうでなくとも、世界最北の首都らしいレイキャビク。首都から半日かそこらのツアープランでオーロラ観光が可能な怒涛の北緯64度、何なら冬が観光シーズンでもあるらしいです。

 

よって宿がクソ高い。一年前から計画を立てていたのならともかく、9月10月頃になって「そういや今の雇用形態なら、入国後の14日間自宅待機に耐えうるのでは?」と旅行先を探しているような場当たり旅行じゃお話にならない。

トリバゴ、トリップアドバイザー、エクスペディア、ブッキング・ドットコムを一通り見たが、一週間の旅程として四日間~五日間滞在すると、宿泊費だけで都内一か月分の家賃に肉薄してくる。より詳細に言うと、現在の家賃の七割ぐらい行く。

マップ上から宿を探している時に思ったんですが、そもそもレイキャビクって(他の観光都市と体感で比較すると)宿の絶対数が少ないような感じがあって、それで余計に高値になっているのかもしれない。

 

レンタカーを借りる等して、レイキャビク郊外~もう少し離れたエリアのコテージなんかを借りるとか、あと、そもそもテント張って暮らすので宿とかは要らんわ、というアウトドア旅行であれば話は全く別ですが、無免とペーパードライバー六年目の組み合わせなので、できれば徒歩、それか公共交通機関での移動だけでなんとかしたい。

オーロラとか間欠泉は、レイキャビク発ガイド付きツアーでどうにかする予定だった。

 

とはいえ、このままレイキャビクでうっかり宿を借りると、宿泊費だけで五万を超える。不在の家の家賃を支払ったうえ、さらに家賃レベルの滞在費を支払うのか!? と現状の賃貸を引き払うことを考えながら同行者予定の友人に相談したところ、彼女が諸々調べて、より安価なホテルを見つけ出してきてくれた。

彼女とはこれまでに二度ほどヨーロッパ、そして一度南米の旅行に付き合っていただいて足を向けて寝られないのですが、どちらかと言えば彼女の方が寝床にこだわるタイプなので、宿の予約はめっきり任せているし、ついでに足の予約も任せきりになってしまっていることが多い。

言い出しっぺなのに任せきりで申し訳ないな……と思い、南米旅行中のラパスでの宿泊施設を私の方で探してネット予約したところ、「ルームキーが南京錠」のホテルを見事に引き当て、彼女からの信用は地に落ちている。

宿にこだわりがある方は、宿にこだわりがない同行者に宿探しを任せないほうがいいし、「鍵ついてればおっけ!」というタイプの人(これはこれで神経質だと思いますが……)は、任せきりで申し訳ないな……と思って下手に代行を申し出ない方がいい。やらかした時に旅行先で地獄を見るのは、お友達の方なので。

 

ハイシーズンのレイキャビク宿泊でどこが一番安かったのか、選ばれたのはマリオットホテルでした。
台湾表記問題で共産党政府に頭を垂れたグローバル企業の一角としてニュースになるぐらいの有名ホテル系列じゃないですか!? と思ったんですけど、話を聞くと彼女はSPGアメックスを所持しており、最低価格保証されたマリオットホテルに宿泊できるらしい。

マリオットホテルはレイキャビク市内に一件、ケプラヴィーク国際空港付近に一件あり、その日の都合によって空港近くで泊った方がいいかも……と選択することもできるので非常に心強かった。まあ今回は行けなかった旅行ですが、名前を知ってるホテルに宿泊できるって結構な安心なんだな、というのを旅程組んでいる時に初めて感じた。PCR検査やってるところある!?とフロントに駆け込んでも対応してくれそう。

 

アイスランド旅行の前にはSPGアメックスの会員になるか、当該アメックスを持て余していて行動力がある友人が必要。

他に何かいい方法ご存じの方は、もしよかったら教えてください。国際免許取ったりテント張ったりする以外でお願いします。助けて!

 

 

以上の旅程を考えたのが10月頭頃で、その頃には「なんかわけわからん変異株とかが出なければ予約しよう」という話をしていたのですが、ご存じのとおり、オミクロン株の登場によってこの旅行計画は流れ、どうしても遠出をしたい私は国内旅行に切り替えた。北の島に行くつもりだったので、行き先を北海道にした。

そもそも国内で飛行機に乗るような旅行をあんまりしたことがなく、Twitterに勧められるままJALANAの格安キャンペーンを眺めてスカイスキャナーと見比べ、飛行機代の高さに慄き、そういえば新幹線も個別で取るとアホ程高いけど、どういう仕組みか宿とセットで取るとなんか安くなるな、ということを思い出して、エクスペディアとじゃらんを見比べ、結局じゃらんで予約をした。

そういえば去年の年末にも札幌に旅行しようとしていたが、感染者増加によって札幌市がGOTOの対象から外されて取りやめた旅行を予約したのもじゃらんだった。今回急に決めたのであらゆる割引は完売しており、GOTOは1月以降と言われているためおそらく定価での旅行である。

新千歳から在来線に乗り継いでヒグマを見に行こうかと思いながら予約を済ませ、三毛別羆事件Wikipedia記事を読み返してから、クマ牧場のサイトを眺め、コロナか雪かどちらの影響かはわからないものの足にする予定だったバスが、一日一便しか走っていないことを知る。不安になってきた。

 

 

*1:カガネル スペイン・カタルーニャ地方で、翌年の豊穣・希望・繁栄を祈るためにクリスマスに飾られる人形(「カガネル」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2021年2月12日 (金) 01:57  UTC、URL: https://w.wiki/4cfs)最終閲覧日2021年12月30日

*2:アイスランド→日本入国時の待機・隔離方針が、2021年12月9日付けで「待機所または自宅で10日間隔離」から、「待機所で三日間待機後、さらに十四日間隔離」に変更された。