メーデー!

旅行関係の備忘録ほか。情報の正確さは保証致しかねます。

ねずみ年のおわり


年末からハムスターが、変なところを寝床に定めた。今となっては忘れかけているが、私のハムスターはいつも、私が寝所に良いだろうと見繕った香炉や空き箱を無視して、床材に潜って、そこを寝床に決めていた。しかし、年末からハムスターは、私がいつものように巣材にすればいいだろうと適当に置いたティッシュの上を寝床に定めた。最初は掃除をされたことに不服を唱えて、ふて寝しているのかと思ったが、それからハムスターは、ずっとティッシュの上で寝起きし、ときにティッシュを掘って絡まっている。

ジャンガリアンハムスターの寿命をGoogleで調べたら、Googleが出して来る一番上のサジェスト結果で、12ヶ月と出てきた。野生だとそれぐらいなのか? ウェブサイトをいくつかみると、だいたい2年から3年と出る。このハムスターをもらった当初は明日にも死ぬだろうと思っていた。次の2月まで生きていれば、このハムスターは生後2年を迎えることになる。

これまで何匹か、ハムスターを飼い殺しにしていた。飼っていたのは、まだ私が児童に分類される時期で、小動物による飼育は拷問と同義語である。
ハムスターは急に死ぬものだった。小動物はそういうものだろうと思っていたし、同居の家族も同じような認識だった。
ハムスターは気づけば死んでいるもので、今のハムスターも今にきっと死ぬだろうと思いながら、ケースで飼育されるハムスターを覗いていた。

年末から変なところで寝るようになったハムスターは、一箇所に留まってじっとしている時間が長くなった。
年末から年明けにかけての私は、(ハムスターと同居する部屋は暖房を付けっぱなしにしているが、)それが寒さのせいかと思い、ホームセンターの初売りで少なくなっていた餌と一緒に、ペット用ヒーター、そして回し車を買った。これまで使わせていたものの車軸が曲がっているのか、いつだったか、回しづらそうにしていたのを、たまたま売り場で思い出したし、初売りで4000円購入するとくじが引けたからだ。
ヒーターを導入した翌日、ハムスターが目やにを出しているのを見て私は、これは明日にも死ぬだろうと思い、明日生きていたら病院に連れて行こうと思った。

以前は文鳥を飼っていた。迷い鳥を保護して飼い主のついに見つからなかった(申し出がなかった)ものを、7年ぐらい保護し続けていた。手乗りの可愛い文鳥だった。嘴がズレていて、イカの甲羅を突かせてみても治らなかった。ずれた嘴で啄まれても、くすぐったいくらいだった。
その文鳥は、少なくともハムスターよりも賢く、名前を呼べば返事をするように囀り、鳥かごの出口に飛びついて、名前を呼ばなくても籠の外に出たがり、お前は何をしたいんだと籠の外に出せば、ずっと肩に止まって、満足げにウンコをした。
その文鳥は、気づいた時には死んでいた。胸から血を流していた。何故死んでいたのかわからない。目を離した時には、ケージの下に落ちていた。

唐突に弔った文鳥を忘れ難く、学部生から院生のときに、文鳥を一羽飼っていた。ペットショップで売れ残っていて、珍しい毛色ゆえに1万円だったところを、6千円まで値下がりしていた。
その文鳥も、少なくともハムスターよりは賢く、名前を呼べば、名前を呼ばれていることを心得るように目を瞑って知らん顔をした。籠の外に出せばいつも天井近くまでばたばたと飛び、本棚の上の、家人の一人が同居各位の意向を無視して設置している神棚近くに座ると、満足げにかどうかはわからないが、とにかくウンコをした。
ある夕方に、その文鳥は羽を膨らませて、じっとしていた。動物病院に電話をかけてみたが、タッチの差で診療時間外のアナウンスが流れた。
明日病院に連れて行こうと、道筋を調べ、その日の未明に死んだ。死に目に立ち会ったか定かではないが、寝ているときに鳴き声を聞いた気がして起き出したときには、ケージの済でうずくまっているそれは、まだ暖かかった。が、もう息をしていなかった。

年末から変なところで寝るようになったハムスターも、こうして未明に死ぬのだろうと思って、翌朝ケースを覗いてみると、昨晩のどこか苦しげな様子が嘘のように、とはいわないが、ケロッとした顔で煮干しを齧っていたので、病院に連れて行った。
「呼吸が荒い、肺炎を起こしているかもしれないが、何かあっても老衰ですよ。」と言う獣医は、診察もそこそこにハムスターをケースに戻し、私のケアを始めた。診察料1800円、抗生剤が2000円だった。

老いて動きの鈍くなったハムスターの飼育は楽しいもので、まず元気があまりないので管理がしやすい。動きがトロいので餌や水も変えやすいし、噛みつきもしなくなった。

若く元気なハムスターと比べて、人間との生活が長いからか、人間の挙動に怯えるほど人間に対して関心がない。
生後半年には、スポイトの先端を向けた時点で素早く逃げられた投薬も、口に押しつければ嫌そうに舐め始めるので、かんたんにできる。

さらに、人間を使うことを覚えているし、人間もなんとなくやりたがっていることを3割程度察することができる。
ハムスターの挙動を眺めながら、弱くなった足腰で運ぼうとしている人参のヘタの反対側を、指でつまんで持ってやり、運ぶのを手伝ってやったりすると、文鳥と暮らしていた頃のような意志の疎通モドキを思い出して、心があたたまる。 

人間が年老いて萎びていくのを見るとなんだかいたたまれなくなるが、ハムスターは老いて挙動がトロくなったとて、毛は(ところどころ薄くハゲながらも)柔らかく、そして概ね隙間なく生え揃っていて、目はくりくりと黒光りしている。老いてますます可愛い。ウンコをすると口で咥えて寝床の外にプッと捨てていても可愛い。
思い立ってハムスターに鼻を近づけると、与えたキャベツのニオイがして可愛い。キャベツのニオイがするハムスター、とんでもなく可愛い。しかも私があげたキャベツの芯のクズを手から食べる。可愛い。

老いてトロくなったハムスターは、どこかしんどそうに息をしたり、日がな一日じっとしているかと思うと、果敢に人参のヘタを齧り、急に外に出たがったりする。あとは、煮干しとミルワームをよく食べる。
といっても、食べる速度は遅く、前はミルワーム一本に10秒持たなかったところ、今は30秒ぐらい口をモゴモゴとやって、まだ2本目を残しながらやれやれと座り込む。前は、目の前にミルワームがある限り食べるのをやめなかった。

老いてトロくなったハムスターは、私の目の届くティッシュの上で寝起きして、休み休み餌を食べる。
私は、休み休み餌を食べるハムスターの背中のしまを、何気なく辿り、思いの外骨の目立つそれに驚く。痩せている。そういえば小さくなった。貰ってきた頃に使わせていた百均の陶器の香炉は、夏になる頃には窮屈に見えるようになったので、フリーマーケットで買った三百円の香炉を使わせていたが、今のハムスターの身体は、例の百均の香炉でも、ぴったりと収まりそうな具合に見えた。

老いたハムスターの、思いの外骨っぽい背中のしまを、指でなぞりながら、私は、ケースの中に一応入れはしたが一度も座っているところさえ見ていない新品の回し車を見る。
この毛皮の下が、ふくふくと肉と脂肪に覆われ、私の指を力いっぱい、血が出るまで噛んでから、掃除されたことに異議を唱えるように床材を掘り散らかして、家人から苦情が出るまでにサイレントホイールの回し車を回すことは、もう二度とないのだろう。
とはいえ、ハムスターの右耳に何か、耳垢か膿の固まったものかが詰まっているのが見えるので、以前病院から貰った抗生剤を与えきる週末まで生きているようなら、私は病院に連れて行く。

とかいって夜にお気持ちブログしてたら、翌朝からネズミ(ハムスター)が推定耳から異臭を放ち始めたので、もう明日病院に行く。今日は業務を良かれと思ってこねくりまわしてガンクレームが発生しましたが、知るか。死に際のハムスターのQOLがかかってるんやぞお前、膿臭の中で死ぬ愛玩動物、法律で取り締まられるやろ。治療が完遂して臭いがなんとかなるまではぜってー存命しろ。

勝手に滅ぼすな

有難いことに「羅小黒戦記の風息について何か書けそうだったら書いてみて」というリクエストを頂いたのですが、私は羅小黒戦記について、そこまで深く作品世界を把握できていない。

代わりに個人的な風息の感想文を書きました。

 

※映画の核心部のネタバレを含みます

 

続きを読む

軍人墓について

軍人墓について調べたので、追記で簡単にまとめている。

 

参考にした本は以下の通りである。

小田康徳、横山篤夫、堀田暁生、西川寿勝(2006)『陸軍墓地がかたる日本の戦争』ミネルヴァ書房

田中丸勝彦(2002)『さまよえる英霊たち―—国のみたま、家のほとけ』柏書房

原田敬一(2001)『国民軍の神話 兵士になるということ』吉川弘文館

横山篤夫(2008)「戦没者の遺骨と陸軍墓地」(財)歴史民俗博物館振興会『国立歴史民俗博物館研究報告』第147集、pp.93-131

 

 

 

続きを読む

52ヘルツの俺


インターネット同人オタクが行う「布教」という行為は、影響や感化という言葉に言い換えられると私は思っている。それで人生の殆どの時間をSNSに費やしていると、何か二次創作とか、或いはツイートであるとか語りという行為によって、他者に影響を及ぼす人間をよく見る。

ある特定の発信源Aをもとに、A’的な思想が、同じようなカテゴリの二次創作を見る人間たちの間で伝播していくことは、わりとよくある。一日に数度、カップリング名でSNSを検索する人間には、肌感覚的に理解される現象だと思う。ある特定の発信源Aをもとに、その他の発信源Bが感化されて、Aに類似の創作を行うことが稀によくある。一般の創作活動のことはよくわからないが、二次創作では割とよくあることではないか? 実際の数を取った訳でもないし、そもそも「類似の創作」という言葉自体が極めて感覚的なものなので、これはあくまで私のお気持ちでしかない。

 

お気持ちついでに、自分の話をする。

 

私は自分が見たいものを見るために自給自足的に二次創作をすることがあるが、それを公開する根性の根底にあるのは、あわよくば自作が他者を感化しないだろうかという魂胆だ。

他者のする二次創作は、明確なファンアートというわけではないが、特定の発信源Aに感化されただろうということがわかる解釈の何かしらが観測されるのは、個人的に珍しいことではないと思うのです、

が、

自分のする二次創作でそういった現象、あんまり観測したことはない。

ジャンルとかほぼ被ったことがないけど十年近くフォロワーしてるフォロワーがお情けを掛けて下さって、たぶん敢えて私に寄せた話題をして下さることが稀にあって、いつだって私は所謂フジョシが言うフォロワーというべきか、だが友達というには経緯が謎でフォロワーとしか言いようのないフォロワーの情けで、私は、たまに人間らしい交流を得ているんですけれど、

実際自発的に類似の枠組み(狭義の推しキャラクター、カップリング)で思考する他者の脳を見ていると、自分の思考が伝播することって、ビックリする程無い。

稀に何か感慨やら感銘やら受けて下さったらしい他者の脳が、匿名メッセージサービスに「私さんのお蔭で成仏できました」に類するメッセージを残して成仏していく。待って! 置いていかないで…… 

 

先般、異なるカップリングを主専攻とする他者の通話にチャットで参加させていただくとかいう厚顔プレイをした時も私、この類の話をしたんですが、笑いと憐憫を無理に奪いに行ってしまった気がする。お前はいつもそうだ。文章を読んだ人間が勝手に死ぬ、何で? 他者が言うには、私の二次創作が、なんかそういう、成仏させるタイプの二次創作であるらしい。

 

この話を他者にさせた時に私、思い出したWikipediaの記事があって、以下の通りなんですけど、

 

52ヘルツの鯨(52ヘルツのくじら、英語: 52-hertz whale)は、正体不明の種の鯨の個体である。その個体は非常に珍しい52ヘルツの周波数で鳴く。この鯨ともっとも似た回遊パターンをもつシロナガスクジラナガスクジラと比べて、52ヘルツは遥かに高い周波数である。この鯨はおそらくこの周波数で鳴く世界で唯一の個体であり、その鳴き声は1980年代からさまざまな場所で定期的に検出されてきた。「世界でもっとも孤独な鯨」とされる。

 -「52ヘルツの鯨」 出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』(最終確認日2020年10月12日)

 

 

これ、俺か?

 

ジャンル被らないのに年単位ツイッターで相互フォローをしているアカウントがいくつかあり、時折それらのアカウントの温情によって他者と脳を接続させて頂いたり、こう、他者に思考を伝播させて頂いた心地を得ることが出来るので、52ヘルツの鯨より、私の方が強いです。

 

こうして10年近くツイッターに時間を浪費し、一応四半世紀は「人間」をしている筈なんですが、人と話を合わせられない。10年近くツイッターをしているからか?

この間駄々をこねて、身近な他人を直島の地中美術館に連れ込んだんですけど、同行者との行動の乖離が顕著で、待ち時間にはお互い話す話も大してなく、船着き場近くの墓標の形をチェックしたりしていた(趣味だ)。墓に興味津々の私を置いて、同行者は同行者で何かしている。

私、「慣れ」で人間関係を何とか乗り切っている。もっと言うと、「他人に慣れさせて」人間関係を乗り切っている。

 

直島に行ったのは今年の9月かそこらなのですが、思ったより普通にフェリーもバスも出ていて、大した問題なく観光できた。

私は当初、直島のことを「美術作品しかない無人島」だと勝手に思い込んでいたのだが、いたって普通の有人島で、小中もあれば、なんか国道らしい道もあった。無礼な話で本当に申し訳ないが、普通に島だ。

宇野港から向かった私が見た、島の北側のファーストインプレッションが中々の禿山で、私は絶対無人島だろうと無礼な確信をするなどしたんですが、普通に島でした。

 

www.naoshima.net

 

直島の島内には、バスが回っている。私が到着したのは宮ノ浦エリアの海の駅なおしま付近ですが、そこから本村エリア⇒積浦・琴弾地エリア⇒美術館エリアの入り口まで向かうバスに乗って移動した。同行者は島を回るなら自転車だろうと言っていたが、私が頑なに拒んだ。十年近く自転車に乗っていないからだ。

町営バスの終点はつつじ荘で、そこからはベネッセの運営するバスに乗り換えになる。町営バスは有料、ベネッセバスは無料である。

つつじ荘には「おやじの海」の碑が立っており、そこでは「日本」は古来より戦争負けなしということになっているが、古来っていつだ、白村江の戦いについてどう考えているのか、そもそも「日本」という領域概念ってどの辺から出てきたんでしょうか。自国のアイデンティティ意識をほぼ明治期に求めるタイプの思考をしがちということもあり、前近代のことが何もわからない……

 

つつじ荘から美術館エリアに向かうベネッセバスに乗り、地中美術館まで行った。ベネッセがオススメする観光方法は、徒歩ないし貸し出し自転車*1で野外展示を見回りながら歩くことらしいのですが、一向は日頃の不摂生も祟っており、いつかの修学旅行のように、いつまでも元気いっぱい!というわけでもない。

何せ、旅行をしている時点で、もう既に、だいぶ疲れている。日頃と違う環境ってこんな疲れる?ってぐらい、疲れている。ブログ記事にしているようなこれまでの旅程もだいたい疲れているのだが、年々疲れ記録を更新している。今年度最高の疲弊。

直島はアップダウンが激しいので、万一自転車で回っていたら中々疲れていたと思う同行者がどう思っているかは知らないが、地中美術館までベネッセのバスで一路、ベネッセの出しているバスで向かうことにした。

 

benesse-artsite.jp

 

地中美術館は、完全予約制である。これはコロナの影響ではなく、なんでも2018年から、観覧環境の整備のために、そういうことにしていたらしい。モネの睡蓮と、なんかあと色々現代美術の展示がされている。

 

WEB予約をした時、何も考えず適当に空いているところに予約を入れたため、残念ながらバスの時間と全くかみ合わず、入館予定時刻一時間前に到着した。

受付でまだ人数枠に余裕のある一番早い時間に変えてもらう交渉をしはしたものの、30分ぐらいはそこの、バス停ともインフォメーションセンターとも受付ともつかないところにとどまった。地中美術館の建物入り口と、チケット販売所もといバス停に程近い「入り口」は、徒歩五分程度離れているのだ。

 

クリスチャン・ボルタンスキーという芸術家がいる。略称はCBらしい。死や不在について扱いたいような作風が多く、きっと殆どのオタク属性持ち人間は、こういう死や不在について視覚的に表象された空間に飛び込んでいくのが大好きなんだろうと私は思い込んでいるが、そのクリスチャンボルタンスキーの展示が、直島周辺の島でやっていることを、私はここで初めて知った。瀬戸内海のアート系の島でなんかやってるっていうことは知っていたので、思い出したという方が正確かもしれない。

地中美術館のチケット受付口側にあるインフォメーションセンターなんだか売店なんだかといったところにあるパネル案内によると、場所は豊島だった。実り豊かだったもんで豊島と名前がついたが、一時不法投棄が問題になったとか何とか。

クリスチャンボルタンスキー作品の存在を知ってたら、豊島に行ったかもしれない。自分の心臓の音、登録したくない? いや、わからんけど。でも多分、豊島で心臓の音に包まれよう!って言ったら、同行者どころか友達も失いそうな勢いがあるし、地中美術館で良かったんじゃないかと、今はそう思っている。

 

入り口に向かう途中、アブだかハチだかと微妙な距離を取りながら地中の庭を抜けた時、地中美術館っていうのは何とも珍妙な名前だと言ったのは同行者で、その建物は確かに妙なつくりをしている。

私はこう例えるしか能がないので、唐突に話が飛ぶんだが、東京は武蔵野台地の縁なんだかで、台地の上にあって土地のある程度高いところと、台地ではなくってなんだか低いところの高低差が激しい。

例えば、東京大学周辺の道をグーグルマップで調べて、まぁある程度近いし歩いてみるかと足を伸ばしたら最後、恐ろしい高低差に取り込まれて日差しに焼かれHPの残りゲージが赤になる感じだ。自分の大学構内にも台地によるよくわからん地形があり、南側から見ると平屋の食堂が、北側から見ると二階建ての二階部分にあったりする。

地中美術館もそういった作りをしているんだか何なんだか、何ていうんだろうなアレと思いながらWikipedia地中美術館」の記事を見たら、「山の稜線に埋まった建築の構想」と書かれていた。つまりはそういうことである。

別に階段を下りて地中に潜った感じはしないし地下ではないのだが、より高い場所に埋め込まれるようにあるので地中にあることは確かだ。

 

地中美術館に展示されているモネの睡蓮は晩年のものであり、私は色彩鮮やかで明るいのでいたって好印象だったが、同行者は人間年老いると適当になるんだなという印象を得たと言っていた。

 

地中美術館から宮浦港まではなんと下り坂なので意外と歩ける。お地蔵様が一定間隔で点在していて、〇〇箇所目のお参りというような言葉が石に刻んである。歩道はない。道は広いが、プリウスが来たらどうしようというようなことを言い合いながら道路脇を歩いた。

その内に平坦に開けた住宅街に出て、住宅街の果てに隆起する山を迂回するよう道を選んでいくと、広い車道にぶつかる。そこからこれまで歩いてきた方角を背に真っすぐ歩いていくと、港に戻る。道中では同行者の悪友の風俗狂いがピンポンマンションを訪れたらしいという話をしていた。

 

そうやって肉を伴う交流の中で、私はこれまで、善意の他人に、自分の有り様を慣れさせる形でのコミュニケーションばかり取ってきたように思うので、道に落ちている銀杏の実を指さして金玉!と発言することを許されない段階で、他者とどう関係を取り結べばいいのかというところから頓挫している。

じゃあ、否応なく他人と交流しなければいけない場面で何を話をしているかというと、延々と、天気の話をしている。急に寒くなりましたね、そうですね、衣替えをしなければいけませんね、オフィス用の衣服を春物しか買わなかったので、妙にパステルカラーで、目を細めるとマスク越しには笑顔に見えているだろうと私は思っているが、もともと細い目なので実際どう見えているかはさっぱりわからない。

 

肉を伴う交流で既にどこか挫いているところがあるからして、肉を伴わないSNSで他人の善意につけこむタイプのコミュニケーション以外を取れるかというと、そうでもないのですが、しかし、SNSを見るとどうにも、なんか、他人と他人が、あまりにも深い溝のあるように思う人間と人間同士が、あまりに容易くつながっているように見えるし、他人と他人の脳同士があまりに容易くBluetoothされて、他人好みの創作が伝播されていくような様を見ることが多いんですが、あれってマジでどうやって、何の話して交流を深めているんでしょうね? 図画における視角の優位性と適切な言葉選びによる簡潔なツイートでしょうか、適切に読みやすい文章と素直なキャラクター性でしょうか。

私はもう界隈に自分の解釈が伝播してくれとは思わないから、他人に自分好みの話を出させようとも思わないから、どうか、読んで勝手に死なないで欲しい。マジで、メッセージとか頂けるだけで本当にありがたい年単位のイベントなんですけど、遺言ばかりを残していくな。俺の性癖を殺してくれ! 

 

というようなことを数日前、領域の異なる(主専攻カップリング違いの)人間同士の通話にチャットで参加させて貰った時にそうやって口をついて出たっていうか、「オタクすぐ成仏するじゃないですか」というようなことをチャットに書き込んだ私は思っていたんだなと、ようやく理解できたのですが、このタイムラグは現代の大SNS時代におけるコミュニケーションではおよそ絶望的。無線で遊ぶな。有線で遊ぼう。脳味噌を直接LANケーブルで繋げ。頭にハエ止まってんのか? 

こんなことなら、52ヘルツの鯨だったらよかった。公式の情報も気に入っている他人の脳の動向もなんかよくわからん原理でBluetoothされた人間たちの動向も一緒くたに見て、自分ができないことを軽々としてみせる他者の群れを前に感情が滅茶滅茶になったりしないし、

でも、鯨もコミュ力が全ての世界だったらキツいな、というか、鯨の生態ってよくわからんなって思って、ひとまず、52ヘルツの鯨のWikipediaページをまじまじ見ていたら、メインで調査チームを出している研究所の地名が中々な名称だなと思って、ほんとうに、クソ脳!

 

 

*1:1500円ぐらいで貸し出してくれそうな店が、海の駅の目の前に三軒あった。内1件は事前予約優先だった

しゃかいじんちゃんのにっき

 

実は成人しているんですが、他者との適切な関係の取り結び方を理解していない。

他人にされた質問を返せばいいというところまでは漠然と理解しているが、出身大学を聞かれたら出身大学を聞き返し、趣味を聞かれたら趣味を聞き返し、三往復辺りでbotじみた会話戦略が露呈してしまうことを見据えて、ひとまず聞かれるままに自己を開示している内に、相手が上手いこと話を繋げてしまい話が反れ、結果自己の経歴を露呈する人格が仕上がっている。ボールを投げ返すタイミングを掴めない。隙あらば自分語り!


しかも話しながら言葉を選ぶのが極めて苦手なのか口と頭が繋がっていないのか痴呆が始まっているのかなんですけど、口を動かしながら形容が思いつかず「ア……エット……」と止まる時間がある。テレワーク中であれば回線の不具合ということもできるが、対面じゃごまかしようがない。

トレーナーが赤子(新社会人)慣れしているからか「なんでも相談してね!」というフランクさのみを向けてくるので、赤子もよちよち歩きながら「せんぱいあのね」「いまちょっといいでちゅか」と話しかけを図るんですけど、相談する内容をある程度考えた上で話し掛けよう!という気持ちになったところで相談内容を忘れ、「すみません」と声をかけたところで、トレーナーの名前を忘れる。

「すみません、あの……いまちょっと大丈夫ですか? あっいや、今すぐって訳じゃないんですけど……えっと……なんだっけ……」

それと比べて、他人同士が交わしている会話、なんと流麗なことか! あれ何? どうやってあんな流暢に言葉を交わしているのか。ああきたらこう躱す、この話題が来たらこう返す、みたいな、定型文が頭の中に入っているのか? 優雅。幼少期から社交ダンスを習われている? こちとらキャンプファイアーを囲んでペアを変えながらフォークダンスをする波に入れない。遠巻きに火を眺めながら延々と、膝を抱えている。

 

これまで特別人間に排斥された経験がある訳でもない。むしろ他人にはよくして貰った。周囲の人間に恵まれてのびのびと育った結果がこれだ。流石に年次が上がりさえすれば自動で「所謂普通の人生」に載ると意識的には思っていない筈(無意識にまだ信じている可能性は否定できない)が、コミュニケーションって、普通に生きてたら身に着くものじゃないの? 人間は社会的動物ではないのか?

 

ところで、かつての私は労働を始めたら身も心も労働に最適化されるのではないかという夢を見ていたが、運よくそこまでの激務部署への配属ではなかった。配属先ガチャの勝利者故か元々の性質か、相変わらずインタ―ネットを見ている。そこでツイッターのオタクたちの交流を見ている。ツイッターのオタクたち、どういう仕組みであんな交流しているんだと思います? よくわからない。多分コミュニケーション勝者の社交場とかがあって、各々巧みに社交ダンスを踊っている。それでその結果発生した何がしかの作品やらツイートを淡々とタイムラインに放流していくんだと思う。

 

ほんと コミュニケーションを適切というか、軽やかに取り結んでいる人間をオンでもオフでも日々、日々観察しているんですけど、観察しているだけじゃどうしようもないし、脳味噌の内訳を踏まえずに人間の動作を見るの、途中式を組まない状態で式と答えだけを見続けているようなものなので、トレーナーから「今何してる?大丈夫?」と聞かれたときの適切な回答や会話の広げ方を私、一生分からないような気がする。あと、〇〇さんの作品が非常に素敵で~から広がる人間関係。あれマジでわからない。どういう仕組み?などと首を捻っている内に観察するアカウント同士がどんどん繋がってTRPGとかしてるの、神話的恐怖を感じる。SAN値チェックです。

 

インターネットではもはや自己をカップリングオタクに分類することもできず、うっかり他者を観察しているとすかさずブロック頂く感じの「謎」と化しているのですが、オフィスカジュアルを許容される職場で私、一生懸命人間の着ぐるみを着て、他人にオロオロ話し掛けている。

キャラクターのロールを被って他者とカップリング関係を取り結ぶ地獄遊戯(なりきりチャット)で築いたタイプ速度だけは人並みで、過去に事務員モドキをしていたこともあり、定型文でのやり取りはマジモンの赤ちゃんにしては習得している。故に自粛期間中のメール文面とオロオロ着ぐるみ人間のギャップが著しいのか、オロオロ話し掛けに来る私を見る課長の目は、となりのトトロのお父さんのそれだ。「パパお花屋さんね」と言いながら机にもぎったタンポポの花を並べるメイちゃんを見るときのあれ。いやわからん。課長の人相の問題の可能性はある。私の脳が優し気なフィルターを掛けてありとあらゆるものを誤魔化そうとしているのかもしれない。くそ、脳め! この脳が! 

 

他部署の課長と業務連絡のついでに世間話を織り交ぜていく先輩とか、タイムラインに流れる優し気なリプライの応酬とか、あらゆる約束事とか、流麗な会話とか、人間にまみれて生きている以上仕方が無いし、人間にまみれて生きていける程度には健康で元気な状態で、私、一生あれにはなれないなというのを、ひしひしと感じる。人間としての性能限界を感じる。いや、進化を強いられるまでに追い詰められていないというのも大いにあると思います。朝ひっ詰めた髪から夜後れ毛という後れ毛が飛び出していますが、今のところあまり問題を感じていないし、あした、何着て生きていく? 人間ちゃんの着ぐるみ。

 

 

人は不滅か?

 

「永遠というのは人の想いだ 人の想いこそが永遠であり 不滅なんだよ」(産屋敷耀哉 『鬼滅の刃』137話) 

 

 

定期収入が出る身分になったので電子書籍に手を染め、鬼滅の刃を19巻まで読んだ。

以下はそれとは特に関わりのないお気持ちの日記である。

 

父方の祖父は年度末に死んだので、何かと忙しい時期に親族が集まって法事をすることになる。GWのただ中に死んだ母方の祖父とは大きな違いだ。

いずれの祖父についても、孫である私が知っていることは極めて断片的だ。祖父の生前、私はいずれの祖父にも関心がなかったからだ。

 

私の覚えている父方の祖父は、機嫌のいい老人だ。私が何かすれば金に糸目をつけず寄越してくれるので、つまりお金をくれる機嫌のいいおじいちゃんである。ことあるごとに、お前そろそろ下着が必要だろう赤い派手なのを買ってあげようなという話を振って来るので、私は祖父のことを好きではなかったが、祖父の家から離れた場所に住んでいたので、実際何かあったということもない。

途中から祖父の家の近所に引っ越しはしたが、それでも学校行事に勉学にと何かと理由をつけ、定期的に会うこともなかった。私が覚えている祖父は、いつだって機嫌のいい老人だ。あと、お金をくれる。

 

祖父の息子である父は、それなりに気性の激しい人だ。私はその父のいる火薬庫で育ち、結果的に、特に食事のしつけが非常に行き届いた人間になったと考えている。

鍋をつつくようなときに、うっかりつゆのひとつが白滝から垂れようものなら、父の火薬は容易く爆発した。熱いものを冷ましてから口に入れようとするときにも、何かが気に障ると爆発するし、水を飲んだだけで怒鳴られた記憶もある。

私がまだ大分幼かった頃、父は自分の受けてきた仕打ちを引き合いに出し私の「問題」の対処にあたろうとすることがあったらしい。母がその方針を出る度に切って捨てていたために、私は九九を覚えるために定規でしばかれたりすることはなかった。

祖父の仕打ちが実際どのようなものだったかを私は知らないが、体罰を伴わなかっただけ、私が受けたものは相対的に軽かったということが出来るかもしれない。しかし声を荒げる大人の威圧は、子供が身の危険を感じるのに十分だ。

 

気性の激しさが遺伝するものとは思わないが、私も、そして父がやや老いてから生まれた妹も、気性の激しいところがある。恐ろしく虫が悪いところに何かが重なると、感情のコントロールを恐ろしく簡単に失うのだ。虫の居所が悪いと、息をしているだけで腹が立つ。その時に話し掛けられようものなら父は物に当たるし、私と妹は声を荒げる。特性としてはほぼ赤子である。これが、いつまでも抜けない。

息をしているだけで腹が立つようなことは、今となってはあまりないが、ティーンの時は大概がこの状態だった。

一方で、この怒りを覚えてからというもの、私はある程度、父をやり過ごすのが上手くなった。これには私がそれなりに育ち、視界が広くなったという要素もあるのかもしれない。

苛立っている父をうっかり引き当てた場合も、気性の荒さが火を噴く前に、すっ呆けたことを言えば、回避できるということも覚えた。何を言っているのか思い出せもしないしょうもない冗談を言えば、父は呆れて閉口したり、時に笑いだすこともある。

 

父方の祖父の法事では、祖父の子供らとその家族が、それなりに一同に会することになる。祖父の子供らは四人いるが、どれもこれも「機嫌のいい」人たちだ。彼らは決して優しくないし、間違っても寛容ではない。

どれもこれも不思議と気性が荒く、食事の席で誰かが誰かの地雷を踏み、妙な雰囲気になったり、言い争いになることもあるが、きまってそこでは、誰かがトボけたことを言って、笑って済まされることが多い。私が父をやり過ごすように、各人が各人をやり過ごしている。

 

父方の祖父について、私が知っていることは断片的だ。戦前台湾に住んでいたらしい。おそらく幼少期だろう、同窓会で台湾に行ったときに、自分でも忘れていたが、過去に俺に定規で殴られたことを延々根に持ってる奴がいたと言って笑っていた。戦後引き上げてきて、GHQが家の前の道をずっと通っていたんだと言っていた。

晩年、祖父が何かを患っていたことは知っていたが、その病名を私は知らない。入院するようになって一か月も経たずに悪化か合併症かを起こして亡くなった。強いられて、父に連れられ祖父の見舞いに行ったとき、父は鰻重を買って、病室に持って行った。祖父は珍しく自分の過去のことを良く喋った後、私の進路について自分の思うところを述べていた。私は祖父がもういらないと言った鰻重の残りの半分程をもりもり食べた。

次に会ったときに、祖父は死んでいた。通夜葬式では、この人生百年時代では思いがけず早いと繰り返された。父と同じように、叔父叔母も祖父の好きだったものを病室に持ち込んでいたらしく、好きなものを好きなだけ食わせたから死んじゃったかもしれないわねと、葬式の後に苦笑いをしていた。

 

今年も、外出の自粛を求められ始めた時期に、既に予約をしてしまったしという名目で、法事が強行された。その中でやはり集まった祖父の気性の激しい子供たちが皆、私が父をやり過ごすように、互いをやり過ごしているのを見ると、かつて祖父は確かに生き、彼らに「気性の激しい大人」というトラウマを与え、子供の所作の中に残り続けているのだなと、何だか感慨深くなった。

少なくとも、おそらく私が、癇癪じみた気性の起伏とともに生きている限り、祖父がその子供にもたらしたトラウマが、滅びることはないのだろう。

 

 

鬼滅の刃 16 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 16 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 

最西端に行けば、負の二次創作者は救われるのか?

 

 

生き残れば生き残るほど、どうしてこんなにみじめなんですか (梓 みふゆ 「マギアレコード 魔法少女まどか マギカ外伝」 第12話 )

 

 

ra927rita1.hatenablog.jp

 

www.travel.co.jp

 

今でこそリモートワークと称し、自宅で社内規程や就業規則を一字一字丁寧に解釈する過程で、社会に跳梁跋扈する見知らぬ語句を調べているうちに、ウィキペディアマルクス主義用語への造詣を深めているが、昨年のこの時期には、求職のために大阪に行き、京都伏見で桜を見ながら、十石船に乗っていた。

その時私は初めて、ジャンルを同じくするフジョシとオフで面会、略してオフ会を経験したのであった*1

 

わたし、同人小説、とくに二次創作小説なるものを、結果的に十年近く書いていて、神絵師に表紙を頼んだら快諾して貰えたとか、たまに自分と同じような幻覚を見ていそうな他人の人格からの、解像度の高い感想が来ることがあるとか、そうやって、たまにはいいこともあるが、割合としてはそれが一週間、残りの九年十一か月三週間のメンタルは、「無」か「むしろ悪い」に振り切れている。

同人小説なんかを書かずにいられる人生が一番幸せだ。小説を書いている自分に自尊心を持てない場合、また二次創作における「生産者」であることの喜びに自覚的でない場合、同人小説を書くという行為は、生産性の面で最悪。書き手としては早めに正気に戻るべきだし、読み手としては推しの書き手がいるのなら、正気に戻さないために何かしらの働きかけはした方がいいです。いや、その働きかけが時に最後の一押しになることは往々にあるけれど……

 

同人小説を趣味として書いている、その行為による弊害について説明する。

第一に、同人小説を自作していると、えらい時間が掛かる。これが一次創作なら懸賞小説コンクールに応募してみるなりできるかもしれないが、二次創作なので、そういうコンクールは一切ない。生産性皆無。「趣味で小説を書いている」とも言えない。社交性皆無。同じような趣味嗜好を持つ人間の内の何割が、好き好んで長ったらしい文章なんかを読むのか?

十年以上、わたし、余暇の時間を捻出しては、自己の性癖の慰撫以上の何物にもなり得ない、虚無を生み出している。

絵であれば手に図画制作のスキルが残り、手芸であれば工作のスキルが残り、コスプレであれば化粧や撮影技術といったスキルが残り、ROMであれば自分で時間をかけて一つのものしか捻出できないということはない。

小説、何が残る? 私が今のところ手にしているのはタイピングのスピードだけです。それもなりきりチャットで培ったもので、同人小説によるものかというと疑わしいところはある。

やったところで何にもなり得ないし話題にもなり得ないという点で、ある意味もっとも人生らしい活動であるが、それはともかく、とにかく時間が溶けるのだ。

 

第二に、同人小説を書いて発表していると、同じような趣味の人間からブロックされないということがない。わたしは、きまって私が気に入って定期的に観察していた自我からブロックされる。観察しているからでは? 

たぶん私の推しの他者を観察したがるような人格ゆえか、性癖ゆえかどちらかの問題だが、とにかく、同じような趣味をしている二次創作者からブロックされる。これによってピクシブへのアクセスやboothへの作品のアクセス手段を奪われた訳ではないが、すくなくともプライベッターとかフセッターにはアクセスできなくなる。

少なくとも私にとって、この現象は結構な痛手だ。私の性根は、自分の読みたいものがないから書くというところに集約されており、気持ちはROM専に近いところがある。自分で性癖のツボ押しができるROM専です。

 

性癖や情念、怒りの捌け口として文章を多少使えるという点で、書くことは自分のメンタルをコントロールすることにはつながっているのかもしれないが、それだって文章なんか書いていなきゃ感じなかった疎外であろうし、感じなかった怒りだろう。

SNSフジョシ界隈で見ることのある「小説書き」という自称概念と、それを自認する他者の自我が憎い。架空の「読み手」に語り掛けることができる強さが憎い、読み手なるものに感謝できる在り様が憎いし、何より「読み手」に語り掛ける強さとそれに感謝する在り様を他者から承認されている様が心に来る。私は何に憤っている? 何故こうも疎外されるように感じるのか。

しかし、自分がそのように「小説書き」として在りたいかと言われれば、そうでもない。別に、読まれたいから文章をウェブにアップしている訳ではない。

架空の「読み手」に伝える気持ちで書くという行為としての小説は、とっくの昔に諦めている。虚無に話し掛けることほど虚しいことはないし、他者が他者と交流し会話しているのが手軽に観察できるSNS社会では猶更そうです。

pixivなんかで閲覧数として表示されている数字の九割は、自分によるアクセスだという自負がある。折角書いたのだから一割でも読まれるに越したことはないが、それ以上に私は、自分が読みたいものを書いているので、折角書いたものをいつでも四六時中どこだろうと読み返したい。インターネットにアップする理由はそれだ。

そうやってインターネットのどこかで公開されると、必然的に他者の目に触れることになる。悪意のある第三者に自分が書いたものを転載されるのも癪なので、先手を打って考え得るSNSで公開する。

そうすると、おそらくどうしようもない人格や性癖がバレて、善良なる創作者から先手を取ってブロックされる。

 

他人の脳から出てくる妄想を認知したいというROM専の私からすると、マジで二次小説なんて書いているからこんなことになるのであって、でも公開しないとなると自分の性癖を刺激するためだけの文章を、この大インターネット時代にいつでもどこでも手軽に読み返せない。

じゃあプライベートモードで、自分にだけわかる暗証番号とか掛けてネットに公開すればいいじゃん? しかし、それはそれで惜しいのだ。折角書いたんだから、読まれるのかもしれないなら読まれたら嬉しいし、私は他人に対しては、他人が書いた話はなんであれできるかぎりネットにアップしてくれと思いますし、読まれたらそれはそれで嬉しいので……という経緯でアップすると、さらなるブロックに繋がります、サイクルが回っている!

 

そんな私、去年のこの時期に大阪でオフの面会をして、自分が所属できない界隈なるものに関する会話といったって、(ハンドルネーム)さんの(カップリング名)のここがスゴいというような会話なんですけど、それができて、私はすごく楽しかった。

それ以来、西に行けばなんとなく救われるんじゃないかという「祈り」を、心の中に持っている気配すらある*2

SNSを使って交流できないし、性癖の文章をうっかりアップすると、他人の作品を見られなくなる。他人が他人と交流しているのを、水槽の外側から眺めて、内側と外側の何が違うんだ!?などと発狂することしきりですが、鬱屈と無自覚の祈りを持って、西の果てに行くことはできます。

 

今年の二月、コロナの話が概ね件の豪華客船の中にとどまっていたころに、ロカ岬に行った。ロカ岬っていうと、ヨーロッパ最西端の岬らしい。ポルトガルにある。

ポルトガルの首都リスボンからロカ岬までは電車で40分、バスで40分、だいたい一時間半でつくので、やろうと思えば日帰りで行けるが、通常はシントラやカスカイスとのセットでショートトリップをするのが、模範的な観光ルートらしい。

旅程で出会ったアメリカ人は「カスカイスには三週間居た」と言っていた。これから先の人生で三週間の休みをねん出する方策が思いつかない。会社辞めるか? 二か月のバカンスが文化として根付いていない場所に、人間は生まれるべきではないです。

 

リスボン市内のロシオ駅からシントラまで、電車で行く。始発から終点なのでずっと乗っていればいい。40分ぐらい、淡々と電車に乗る。8時半ぐらいの電車にのると観光客のまばらで、一車両あたり三人ぐらいしか乗っていない。

地球の歩き方の冒頭でポルトガルの焼き菓子について特集されていたので、それに乗っていた焼き菓子をいくつか、駅の売店で調達して車内で食べたが、特に美味しくはなかった。チョコレートサラミは食べられる粘土の味がしたし、マジで分厚い。エッグタルトは普通においしいが、マカオの奴の方がおいしいです。何で? 作りたてを食べたからだろうか。あるいはマカオのエッグタルトは、アジア飯を食う奴の舌に丁度いいように改変されているのかもしれませんね。知らんけど。

 

シントラからロカ岬までは、公共のバスが走っている。シントラ⇔ロカ岬⇔カスカイス周遊みたいな観光バスもあるらしいが、これは予約しないと乗れないらしい。私はそれについては調べずに行き、ロカ岬で乗車を断られた。まぁ、公共交通機関でもいける。

シントラから何番のバスに乗るかは事前にグーグルマップで調べたが、バスの側も心得ているのか、ロカ岬に行くようなバスは、「Cabo da Roca」と乗車口に張ってあったりするし、乗車した時点で「ロカ、ロカ……カボデロカ……?」というような狼狽え方をするとシだかノーだかの返事はくる。他の英語が堪能な西欧人がいい感じに質問をしていることもある。

 

リスボン近郊の交通について説明する。

リスボンのバスや路面電車、シントラやカスカイスといった近郊に向かう電車ではICカードが使える。 ヴィヴァ・ヴィアジェンカード(Viva viagem card)という名前である。駅の自動販売機で買える。ヴィヴァ……と探すと、ボタンはすぐに見つかる。

見た目は完全に緑の厚紙、銀だこの回数券ってこんな感じですか?という触った感じだが、ICカードだ。なお、リスボン市内の公共交通機関や観光地の入場無料があるリスボアカードを持っている場合は、別にこれがなくても電車に乗れる。シントラに行く場合は、シントラの世界遺産の入場チケットだか割引チケットがついている、シントラ周遊パスというのも使えるらしい。

私はリスボン空港に降りた時点で市内の観光案内所をあてにし、結果観光案内所がしまる時間までに市内にたどり着けずリスボアカードを買い逃したので、ヴィヴァ・ヴィアジェンカードと現金で全ての用をなした。

ロシオ駅でカードを購入し、よくわからんのでシントラまでのチケットを購入。この時点で多分チャージをすればよかったんだが、よくわからないままシントラまで行って、即バスを捕まえてしまい、そのまま現金(一番割高)でバス代を払うことになった。多分、三だか四ユーロぐらいした。

シントラからロカ岬に向かう道中では国立自然公園を突っ切るらしく、曲がりくねった道の果てに大西洋が見えてきた時のテンションはそれなりのものだった。

 

ロカ岬周辺は、国立自然公園なので、マジで何もない。いたって森と平原、そして崖だ。

岬の際まで行くバス停の傍には、一件の観光案内所(ここでヨーロッパ最西端到達証明書を貰える、印刷のものが5ユーロ、カッコイイ手書きっぽい文字のが10ユーロ、「袋をつけてくれ」というと1ユーロで封筒をつけてくれる。便所は有料)、一件の厳めしい顔の土産物屋(レストランを併設している)、赤い灯台と、詩を刻んだ碑がある。

とにかく、風が恐ろしく強い。観光バスで来た団体観光客が居り、「せっかく買ったんだから飛ばさないでよ!」と、証明書を抱える家族連れの声が響いていた。時間の関係か、最西端に行きたがるのはそういう奴が多いのか、日本人が多かった。

風があんまりにも強く、最初はたしかに興奮したが、しばらくすると風に吹かれていることにも疲れてきて、私は景色もろくに見ず、最西端到達証明書を貰ったらバス停近くの地面に蹲り、次来たバスに即乗って帰った。

背後に過ぎ行く大西洋に若干、もう少し滞在して何か、これからの人生についてでも思索するべきだったかと後悔をしたが、まぁ後悔が残るぐらいが丁度いいだろうと思って座席に深く座った。

 

そうやって、西に行けば何か、きっと救われるんじゃないかという信仰を私は持っていたが、西に行ったところで、別に何も変わらなかった。

社会に出ればきっと、こんな不毛な趣味から足抜けするだろうと思っていたが、相変わらず脳は自分の性癖を熱心にツボ押ししようとするし、その過程で、創作活動に楽しみを見出したり、創作者であることによる利益(創作者コミュニティ的な仲良し絵師・書き手・合同サークルたち、いません?)を受けている他者を時折水槽の外側から見て、やっぱり発狂している。

どうしてこうも上手く回っていかないのかと、勝手に救われたい気分になっても、今となっては西にも行けない。

もうどうしたら趣味で人とつながれるのかとか思わないので、どうしたらこれを辞められるのかということばかりを考えている。脳だけは、今日も無邪気に譫言を続けている。

 

 

 


ポルノグラフィティ 『サウダージ(short ver.)』 / Porno Graffitti 『Saudade(Short Ver.) 』

*1:これまでに出席した同人イベントを除く。何故除くかというと「会話」らしい会話をそこでは経験していないからである

*2:私は以前、この種の祈りを「同人イベント」と「同人誌発行」に対して抱いていた。 参考 界隈での交流/zero零細文字書きが一時の気の迷いと「同人誌さえ頒布すれば自分だって」というような思い込みでサークル参加するぐらいだったらその分貯金して南米にいった方がいい - メーデー!